地上最強ヤンキーの転生先は底辺魔力の下級貴族だった件

フランジュ

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土の国編

剥ぎ取りのエルヴァンヌ

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土の国 グランド・マリア


マーシャはエルヴァンヌの屋敷の前にいた。
屋敷は塀に囲まれ、正面には柵の門がある。
その先にある屋敷自体はさほど大きくはなかった。

ここまで案内してくれたジージという老人はマーシャの隣にいるが、少し震えていた。

「私はこれで失礼します……この屋敷には男性は入れませんので」

「なぜですか?」

「エルヴァンヌ様は男性がお嫌いなのです。ただ1人を除いて」

「ただ1人?」

「ええ、アルフォード様です」

マーシャはその名前に心当たりがあった。
それは当初、行方不明の難民の捜索と同時進行で調べるはずだった人物の名前だった。

「なぜ、その方だけなのですか?」

「過去、アルフォード様がこの町に初めて来た日に、ここに立ち寄られたのです。私はやめた方がいいと言ったのです……」

「……」

「なにせエルヴァンヌ様は"ナンバー持ち"を除けば、このグランド・マリアで最もお強いですから」

マーシャは"ナンバー持ち"というものの意味はわからなかった。
だが、それでもこの町で一番強いとされるエルヴァンヌという人物と、戦おうとしていることに心臓の鼓動が早くなる。

「ですが、屋敷に入られてから、数分で出てこられて……"気に入られたようだ、今度お茶に誘われた"と言っておられました。ありえないと思いましたよ」

「そのアルフォードという方はどういう人物なのですか?」

「アルフォード様は……一言で言えば、"子供のような方"です」

「子供?」

「ええ。とても頭のいい子供、無邪気でありながら残忍、目的のためには手段を選ばない。大人になりきれない子供……と言ったところです。ですが間違い無く、この組織で最強」

それを聞いたマーシャは眉を顰めた。
この話を聞くに、アルフォードという人物は恐らく、この組織のトップであることは間違いないが、それが"大人になりきれない子供"とは。

「そのアルフォードという方の目的……とは一体?」

「大いなる目的です。もうすぐそれは達成される」

ジージはそれだけ言うと、マーシャに会釈し、立ち去ろうとしていた。

「あ、あの、最後に一つだけ、なぜ私にこの情報を?」

「ん? ああ、ここにいる人間、誰に情報を与えても同じですから」

「どういうことですか?」

「誰も、この町を出ることはできない」

それだけ言って、ジージという老人は町の中、暗闇に消えて行った。
マーシャはその言葉に息を呑むが、それでも自分の成すべき行動を思い出し、屋敷へ向かった。


____________



屋敷内部は薄暗い。
壁に備え付けられている蝋燭の灯りだけが内部を照らしていた。

マーシャは左手に持つ剣の鞘をギュッと握り、不意打ちを警戒する。

玄関を入ると広いエントランスがあり、左右には階段があった。
右の階段は上へ、左の階段は下へ行くようだ。

「行くなら……下からよね……」

マーシャは左の階段をゆっくりと降りる。
すると、エントランスよりも薄暗い空間が広がっていた。
そこは鉄格子がある牢獄のようで、一本道。
かなり奥まで続いている。

冷たい空気でマーシャは少し震えたが、構わずに前に進んだ。

牢屋は一つ一つ区切られており、その全てに女性がいた。
地面に寝ている者、項垂れている者。
聖騎士、難民と思われる女性と、まちまちだった。
そして、女性達の右腕には包帯が巻かれている者が多くいたが、右腕自体が無い者もおり、それを見たマーシャは言葉を失った。

さらに奥に進むと、まだ何もされていない聖騎士もおり、その聖騎士と目が合った。

「マーシャ様!」

「あ、あなたは!」

その聖騎士はマーシャの屋敷に宝具を運んできた時にいた女性だった。
聖騎士は鉄格子を力強く両手で握ると、涙ながらにマーシャを見た。
そして視線を少し下に落とし、思考した後、口を開いた。

「ここから、お逃げ下さい!あの女は異常です!」

「あの女……それはエルヴァンヌのことですか?」

その名前を言った途端、この地下に悲鳴やうめき声が響き渡った。

「どうしたの!?」

「ここで、その名は禁句です……彼女達はもう壊されてしまった……」

「どういうことですか?」

「エンブレムを剥がれたんです……その痛みとショックで……」

「そんな……」

「とにかく、この屋敷から早く出て下さい!」

その聖騎士の悲痛な叫びにマーシャは心を痛めると同時に、自分の中で何かが燃えるような感覚になった。

「その女はどこに?」

「え?……2階の一番奥の部屋ですが……」

「待ってなさい。後で迎えに来ます」

マーシャはそれだけ伝えると、上へ登る階段へと向かった。
聖騎士はマーシャの眼光に息を呑んだ。
この地下は暗くてよく見えなかったが、その瞳は、薄っすらと金色に輝いているようだった。


____________



2階、一番奥の部屋、ドアの前まで辿り着いたマーシャ。
相変わらず薄暗い廊下と、異様な静けさが不気味だった。

だがマーシャは構うことなく、エルヴァンヌの部屋へと入った。

部屋は暖炉の灯りだけで照らされていた。
マーシャは暖炉の火を見て緊張感が増した。
過去の嫌な思い出を呼び起こしたのだ。

部屋の中央にはテーブルが置かれ、入り口へ背を向けた状態で誰かが座っている。
マーシャは何歩か前に出て、その誰かを細目で見た。
銀色の髪でかなりの長髪なのはわかったが、顔が見えない。
もう少し近づくと、その銀の長髪の者の前に女性が座っているように見えた。
貧相な布の服を着た若い村娘のように見えた。

その女性は右腕を掴まれ、何かをされているようだ。

「最近……より一層、上手く剥げるようになってきたんだ」

「あなたがエルヴァンヌ……」

「いかにも。なるほど、私の名を知っているということは、ここで何がおこなわれているのか、わかっていて入ってきたのね……面白いわ」

マーシャは左手に持つショートソードのグリップを握った。
何か動きがあれば容赦せずに一気に斬り込むことを考えていた。

「誰かに見られていると興奮するタイプなの。もっと近くに来て見るといいわ。私が彼女のエンブレムを剥ぐところを……」

「貴様!!エンブレム!!」

マーシャの我慢は限界だった。
決して焦らずと思っていたが、これ以上、誰かが傷つくところは見たくはない。

マーシャはエンブレムを発動し、部屋に敷かれた絨毯を思いっきり蹴って猛ダッシュした。

そして背を向けるエルヴァンヌに、抜剣の横斬りを放つ。
だが、エルヴァンヌはそこにはおらず、目の前には右腕を前に向けてテーブルに顔を埋めて気を失っている女性しかいなかった。
女性の腕は肘のあたりまでエンブレムごと皮膚が剥がされている。

「え!?」

マーシャは何が起こったのかわからなかった。
エルヴァンヌが凄まじいスピードで動いたにしても音すら無かった。

するとマーシャのすぐ後ろに気配があった。
肩を両手で優しく掴まれ、そのまま、ゆっくりとマーシャの腕まで落ちる。

「綺麗な腕ね……」

「!!」

マーシャは振り向き様に回転斬りを放った。
しかし、またそこには誰もいなかった。
気配は、また背後。
マーシャは後ろを振り向くと、エルヴァンヌはテーブルに倒れ込む女性の後ろ立っていた。
その手にはマーシャが羽織っていたマントを持っている。
それを見たマーシャは驚いた。

「"どういう原理だろう?"という顔をしてるわね」

それもそうだった。
マーシャはマント上から大剣を背負っている。
なんの感覚も無く、大剣を貫通するようにマントを剥ぐことなどできるわけがなかった。

さらにエルヴァンヌは目の前の意識のない女性の体を触る。
するとパッと、その女性がテーブルと椅子ごと消えた。
これで完全にこの部屋には何も無い状態となった。

マーシャはエルヴァンヌという女性を凝視する。
それは腰までありそうな銀の長髪、男が着そうな赤い貴族服を着た背の高い女性。
透き通るような真っ白な肌で、紫の口紅をし、目の下に泣きぼくろがある30代後半ほどの美女だった。

「あら、よく見ると綺麗なお嬢さんね……どこから、どうやってここまで来たのかしら?」

そう言ってマーシャの着ていたマントを顔に近づけると、その匂いを嗅ぐように大きく息を吸った。

「な、何をしているの?」

「ハァ……いい香りね……」

マーシャは絶句した。
この女性が何をやっているのか理解ができなかったのだ。

「この10代特有のフルーティな香り……見た目と合わせて年齢は17か18歳。あと、これはロシールの香水ね。ザッサムにしか売っていない高級香水。ザッサムの大貴族か。そして鼻をつくような……この独特な土と砂の匂いはジバール付近のもの」

「……」

「ザッサムからジバールへ。汗の量から推測するとジバール経由でムビルークまで来て、炭鉱の入り口からここまで来たわね」

マーシャはありえないと思った。
"匂い"だけで、全ての情報が筒抜けだった。

「あまり驚かなくてもいいわ。こんなのは特技程度でしかない。私の強さとは関係ないから」

そう言うとエルヴァンヌは不気味な微笑みを見せた。
そして持っていたマーシャのマントを床に落とすと、落きる前に、それもパッと消えた。

「なぜ、こんなことを!」

「こんなこと?ああ、"剥ぐ"のも私の特技だから。それより、そのいさましさ……あなたに凄く興味が湧いたわ。戦いに来たのでしょ? もし、あなたが勝ったら地下にいる聖騎士や難民は解放する。そのかわり……」

「私が負けたら……?」

「あなたが負けたら、あなたの"エンブレム"と"全身の皮"をもらう」

エルヴァンヌはそう言うと、口が裂けそうなほどの笑顔になった。
それを見たマーシャは凄まじい恐怖を感じる。
だが、それ以上に、このエルヴァンヌという女性を生かしておいてはならないと思った。

マーシャはショートソードを両手持ちで前に構えると、鋭い眼光でエルヴァンヌを睨んだ。
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