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火の国編
ディランテ・レヴァンティア
しおりを挟む火の国 ベルート
朝方、南風が吹き、海の匂いよりも、ハートル家の屋敷の焦げたような臭いが、アルフィスとリリーの鼻を刺激していた。
アルフィスの後方にいるリリーは、目の前で起こっている出来事に息を呑む。
ハートル家の屋敷があった場所の前には、巨大な体の魔人が立ち、そこに、ゆっくりと向かうアルフィス。
両腕のガンドレットからは黒炎が放たれ、目は真っ赤に染まり、髪は全て銀髪へと変化する。
魔人との距離は数メートルまで迫る。
瞬間、大きく動いたは魔人の方だった。
魔人は筋肉質の両腕で地面をドン!と叩くと、その威力で空中へ飛んだ。
放物線を描き、魔人が向かう先はアルフィスだった。
数メートルの距離が一気に縮まり、魔人はジャンプ右ストレートをアルフィスへと打った。
「俺と力比べか?」
アルフィスは一歩踏み込み、黒炎を纏った右ストレートを打つ。
魔人の右拳とぶつかると凄まじい爆発が起こり、爆煙は両者を包む。
同時に魔人は爆煙から凄まじいスピードで吹き飛び、数百メートル地面を転がる。
アルフィスは爆煙を熱波で周囲に吹き飛ばすと、転がった魔人を鋭い眼光で睨んでいた。
「硬い……というより、柔らかすぎるのか」
そう言いつつ、拳に残った感覚を思い出す。
それは"ゴム"を殴ったような不思議な感覚だった。
「"衝撃"じゃないほうがいいな。"爆"じゃなく"炎"でいくか……」
転がった魔人は、筋肉質の腕を地面につき、その巨大な体を起こした。
それを見たアルフィスは、一歩踏み出し、前方に体重を掛ける。
そして瞬時に、その場から消えた。
赤い歪な線が魔人へ向かい、追うようにして黒い炎が遅れて地面を駆ける。
一瞬でアルフィスは魔人の目の前に到達すると、その巨大な腹に右アッパーを叩き込む。
ズドン!という轟音と共に、魔人は数メートル浮いた。
そして上に振り抜いた拳をパッと開く。
すると熱波がアルフィスを中心に円形状に広がった。
「"狂炎噴波"」
熱波は竜巻のように舞い、続いて黒い炎が円柱となってアルフィスと魔人を包み込む。
大きな黒炎の竜が何匹も空中へと登るように、空に浮かぶ雲まで到達する。
天を貫くような黒炎の竜巻がアルフィスを包んでいた時間は数分にも及んだ。
事を成し終えた黒い炎は徐々に消え、同時に灰が周囲に広がった。
そこにいたのはアルフィスだけ。
巨大な魔人だったが、黒炎の火力で全て燃やし尽くされていた。
一部始終を見た、リリーは言葉を失い、腰を抜かして座り込む。
魔人の特殊個体というだけで聖騎士と魔法使い合わせて30人以上の人手で倒すのに対して、アルフィスは、たった1人で、わずか数分で終わらせてしまったのだ。
アルフィスは息を整えると、後方、門の近くにいたリリーを見た。
だが、その表情は険しい。
リリーはハッとして、座り込んだまま、後ろを振り返った。
リリーの後方、数メートル先に立っていたのは執事のような服の男。
若い男で、髪の色が真ん中から、ちょうど半分銀と黒で分かれた長髪。
血色の悪い、長身の男だった。
「これは凄まじい魔力だ……まさか"ジェムズ"を回収しに来たのに倒されてしまうとは……無駄足でしたね」
「なんだ、てめぇ」
「申し遅れました、私はディランテ・レヴァンティア。アルヴァリア家の執事を務めさせて頂いております」
そう言うとディランテは頭を下げた。
アルフィスは思考すると、その家柄には覚えがあった。
「まさか、アルフォードか!?」
「はい。そうです」
ディランテがそう言った瞬間、アルフィスは消えた。
赤い歪な線はリリーを越え、一瞬でディランテの目の前に辿り着く。
アルフィスは右拳を腰に溜めると、そのままの勢いで右ストレートをディランテの顔面目掛けて放った。
その時、アルフィスはディランテの目を見た。
スローの世界、ディランテは完全にアルフィスの姿も、ハイスピードの右ストレートも、目で追っていた。
しかし、なぜかディランテの顔面にアルフィスの右ストレートが直撃し、数百メートルもの距離吹きどばされて地面を転がった。
「気味悪りぃやつだ……避けれたろ……なんで当たったんだ?」
「アルフィス……"アルフォード"ってまさか……」
「姉さん、立てるか?後で説明するから、屋敷の方まで走れ」
「え?でも……あの執事みたいな人は今ので……」
「終わってない!とにかく走れ!」
アルフィスの言葉に驚き、めいいっぱいの力で立ち上がるリリーは、全力で屋敷の方へ走り出した。
それを見届けたアルフィスは門の先に転がった男の方を睨む。
ディランテは倒れたまま動かない。
「死んだフリはやめろ。お前、魔人だろ。殴った感覚でわかる」
「……いやはや、いきなり殴りかかってくるとは……」
ディランテは上半身だけ起こしたが、首だけが180度後ろを向いた状態だ。
だが、その首は徐々に戻り、正面を向く。
「次は"黒炎"を叩き込む……生きて帰れると思うな……」
「ふふふ。再教育が必要……と言いたいところだが、"あの方"が必要としているのは、あなたの体だけだ。手足を切り落としてでも連れて行く」
「なんだと?」
ディランテは不気味な笑みを浮かべると、体がドロドロと溶け出し、地面へと消えていった。
そこから一切の時間差が無く、アルフィスの背後、地面から斜めに黒く細長い剣が突き出し、胸を突き刺した。
「くっ!なにぃ!?」
アルフィスは胸を突き破り出た黒い剣を掴むと、黒炎で燃やした。
だが、すぐにドロドロとした液体となった剣は、再び地面へ落ちると消えた。
そして、どこからともなく声が聞こえる。
「あなたは"闘気"が見えると聞いた。だから、こんな戦法をとらせてもらいますよ」
「貴様……」
アルフィスの胸はすぐに再生する。
周囲を見るが、全く姿がないディランテ。
「やはり……ご主人様が言われていた通り、"火の下級魔法"、"スキル"と"宝具のデメリット"で魔力循環してますね。言わば"永久機関"だ」
「そんなことはどうでもいい。アルフォードはどこにいる?」
「もし、私に勝ったら教えてあげますよ。そのかわり私が勝ったら、その体をもらう」
「そうかい」
アルフィスはこめかみに血管が浮き出る。
両腕のガンドレットの黒炎は、さらに大きく燃え上がった。
たが、あたりを見回そうともディランテの姿は無い。
アルフィスは次に姿を見た時、最大火力を叩き込もうと拳を握る。
警戒する中、先に動いたのはディランテだった。
背後からの黒剣突き上げ攻撃だった。
アルフィスはすぐに気づいて横に回避すると、右ストレートを打つ。
それは黒剣に当たるが、またすぐに液体になって地面に落ちて消えた。
「おいおい、こんな戦いだと、終わらないだろ」
「そうですね……では、これならどうです?」
ディランテがそう言い放った瞬間、地面に黒い点が無数に現れる。
黒い点から剣よりも細い針ようなものが突き出しアルフィスを串刺しにした。
さらに動きが止まったアルフィスの背後の地面から、巨大な黒い剣がゆっくりと上がってくる。
それは刃を向けてアルフィス目掛けて一気に倒れ込む。
「なめるなよ……」
アルフィスは体から熱波を放つと、それを黒炎へ変える。
黒い針も、巨大な剣も一瞬で灰になった。
「遊びはここまでだ……俺は手加減できねぇからな。死んでも文句言うなよ……」
アルフィスは両拳を腰に構え、ゆっくりと息をはき、全身の筋肉を引き締める。
「"獄炎砲"」
アルフィスが立つ地面、四方八方に亀裂が入る。
その長さは数メートルにも及び、亀裂から黒い炎が噴き出していた。
そしてアルフィスが、その場から一瞬で消えると、赤い歪な線が空へと上がった。
線は雲を越えると、空が赤黒く染まる。
竜の咆哮のような轟音が響き渡り、赤い雷撃が空全体に走る。
同時に、雲が円形状に広がると、そこから赤い真っ直ぐな線が高速で地上へ落ちる。
直撃した大地から"黒い火柱"が勢いよく上がる。
地面は粉砕されていた。
割れた地面の破片が空中へと押し上げられ、それは黒炎で全て灰になる。
地上には数百メートルにも及ぶクレーターができ、所々に黒い炎が上がっていた。
「ちょっとやりすぎたな……地形が変わっちまったぜ……」
アルフィスは、そう言いつつ周囲を見回す。
すると数メートル先に倒れている人影があった。
「すげぇな。あれを受けて生きてるとは」
そう言いながら、今にも溶けて無くなりそうな体のディランテに近づいた。
「なんと……美しさのかけらもない……」
「戦いに美しさもクソもねぇんだよ」
「あなたは"あの方"に似ても似つかない……やはり、"あの女"の子供だ……」
「母さんはどこだ?」
「私はアルフォード様の行き先しか答えない。約束はそれだけだ……」
「じゃあ聞くが、そいつはどこにいる?」
「……」
ディランテは少し口籠る。
それはアルフォードという男にとって不利になる情報だ。
だが、なぜかディランテは"約束"には逆らえなかった。
「モーン・ドレイク経由でガバーナルへ……そこで合流するつもりでした。ですが、私が戻らないとなると、恐らく行き先はラザンから土の国へ行くでしょう」
「モーン・ドレイク?そういえばレイアも言ってたな……」
「私が答えれるのはここまでだ。私は……これで……失礼し…」
言いかけてディランテはドロドロと溶け、地面へと消えていった。
アルフィスはそれを見届け、屋敷へと走る。
その際、黒炎は消え、両手の銀の爪は剥がれ、腕輪のような形状へと戻った。
焼けた屋敷の中、床に座り込むリリーがいた。
リリーは震えながら俯いて涙を流している。
アルフィスはリリーの目の前にある二つの影を見た。
それは黒焦げになった人間の遺体だった。
「まさか……そんな……」
見た目では誰の遺体かまではわからなかったが、大きさを見るに、明らかに大人が2人。
アルフィスは絶望と脱力の中に、凄まじい怒りを感じていた。
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