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火の国編
最後の銀の獣
しおりを挟む火の国 北西の街道
早朝、霧の中。
荒れた荒野に一本だけ道が通る。
草木はまばらで、緑より土色のほうが多いこの街道は全く人が通らない。
そこに、たった1人だけ街道を歩く男がいた。
長い銀色の髪に、黒いロングコート。
細いが背が高く、血色の悪い男だった。
男はロングコートのポケットに手を入れて、無表情に歩く。
セントラルまでは、あとわずかというところで、目の前の霧の中、かすかに人影があった。
「久しいね。アルフォード」
「その声は……マリアかな?」
霧の中から姿を現したのは、体にフィットした紫のドレスに、つば付きの三角帽子を被った、銀髪の女性だった。
「あんなに、探しても見つけられなかったのに、わざわざ自分から出向くとは」
「私の役目は終わったからね」
「なんだと?」
「君は……怒らせてはいけない人間を怒らせてしまったよ」
「まさか」
「"炎の男"だ」
「そうか……アルフィス……」
2人の距離は数十メートルほどだったが、お互いがお互いの表情は手に取るようにわかった。
少し微笑むマリア、残念そうな顔のアルフォードの2人だけが霧の中にいる。
「君なら……このケルベロスを、いい方向に導いてくれる思った」
「僕に"薬"を渡すタイミングが悪かったね」
「あの時しかなかった」
「そうかな?それこそ、紫髪の少女と同じようなタイミングだったように思うけど」
「うむ。だが、彼女に、あの薬を渡したのは間違いだったね」
「なるほど……ヴァネッサがキーパーソンだったか」
「あなたは、"この世界で最強の男"を怒らせた。ここであなたの旅も終わりだ」
アルフォードはため息混じりにポケットから手を出すと頭を掻く。
「まさか、"門"を守るはずの銀の獣が、その"門"を自ら開けようとするとは思わなかったよ」
「魔女でも予想外かい?」
「未来がわかると言っても断片的さ。しかし……"魔竜の復活を阻止するための闇の組織のトップ"が、その魔竜復活を目論むとは……また組織は作りなおさねばなるまい」
「この組織を破壊するために……水の国へ行ったのか?」
「ええ。あなたの計画を止めるには2人の魔法使いがいなければ成り立たなかったからね」
「そうか……スペルシア家か」
「あの家は男の子を欲しがってたから、ちょうどよかったよ」
「全ては計画的通りかい?」
「まぁ、そうね。だけど三百年前より、ちょっと時間が掛かった。もうこれっきりにしたいわね」
マリアはそう言うと、アルフォードから視線を逸らした。
その目は、アルフォードの背後を見ているようだった。
「ほーら。来たよ。この国の次期、"王"だ」
アルフォードが少し振り向くと、そこには凄まじい気配を放つ、1人の青年が立っていた。
銀色の短髪に、少し黒が混ざる。
白いワイシャツの上には黒いジャケットを羽織り、下は黒のレザーパンツ。
袖をまくった腕には銀色のガンドレットが装着してあった。
「アルフォード・アルヴァリア……」
「アルフィスか……」
アルフォードは、マリアがいた場所を再度、振り返り見る。
たが、そこにはもう誰もいなかった。
「てめぇを殺す前に、一つだけ聞いときたいことがある」
「なんだい?」
「なぜ、ヴァネッサに、あの薬を渡した?」
「せっかくの親子の再会なのに、そんな質問をするのか?」
「いいから答えろ」
鋭い眼光と、ドスの効いた声だった。
アルフィスを中心として熱波が広がり、周囲の霧を吹き飛ばす。
その熱波はアルフォードの髪とコートを大きく揺らした。
「彼女が望んだからさ」
「なんだと?」
「強者の役目とは……弱者の代わりになること。彼女は痛みのない夢の世界を望んだ。僕は彼女が、その夢の中で永遠に生きれるように手助けをしただけだ。辛い思いをするのは、それに耐えられる強者だけでいい」
「……いい気になるなよ。どんなに強くても、弱い人間の代わりになることなんてできやしねぇんだよ」
「なに?」
「"本当に強いやつ"ってのは、弱いやつの辛さを受け止めて、隣に並んで、一緒に悩んで、一緒に乗り越えてやるんだよ。それが本当に強いやつの役目なんだ」
「綺麗事だな。物事はそう上手くはいかない。君の旅はずっと、ここまで順調だったかもしれないが、今回はそうじゃなかったろ?」
「確かに。だが、世の中ってのは上手くいかないことだらけだろ?だからって、その辛い現実から逃げる口実に"強い"とか"弱い"とか使うんじゃねぇ。ヘドが出るぜ」
「なら、君は傷ついたり、苦しんだりする世界の方がいいっていうのか?僕は弱者が、楽しい夢を見続ける世界を作りたかっただけだ」
「夢の中じゃ、美味い飯は食えねぇからな」
「その思考……僕の息子ではないな」
「てめぇが親父なんて、こっちから願い下げだ。本物のアルフィスもそう思ってるさ」
「……やはりか。僕の理論は正しかった。"魂の入れ替え"……まさか我が息子がやってのけるとは」
「おしゃべりはここまでだ。てめぇがよくわかん頭してるのは、よくわかった。ここで全て終わらせる」
「そうか……しかし"予言の男"と戦うことになるとは……これもまた運命か」
「そうかもな」
アルフィスの両腕のガンドレットが形状の変化を始めた。
腕輪の部分が液体のように溶け始め、手のひらに絡みつき、鋭利な爪になると凝固する。
そして、ゆっくりと右手を掲げると、そのまま一気に握った。
「"エクスフレイム・マジック"」
右手の血が飛び散る。
だが、血は空中で停滞すると、ブルブルと震え、瞬時に拡散。
すぐにガンドレットへと吸い込まれる。
大竜の咆哮が轟き、アルフィスを中心として熱波が幾度となく周囲に広がる。
ガンドレットは黒い炎に包まれ、髪の色は全て銀色になるが、少し赤みを帯びているようだった。
「魔女の予言は絶対……だが、抗えるだけ抗うさ……"黒衣武装"」
アルフォードの体からドス黒い瘴気が放たれた。
その瘴気でアルフィスのガンドレットの黒い炎が消える。
同時にアルフォードの体に黒い液体が絡みつ始めた。
固まることもしない液体は、完全にアルフォードの体を包み込んでしまった。
人であることは確認できる……だが、それはドロドロとした謎の黒衣だった。
周囲には瘴気が充満しており、アルフィスの魔法は"付与"と"解除"が高速で繰り返される。
「生きて帰れると思うな……アルフォードォ!!」
アルフィスの叫びと共に、"最後の銀の獣"との決戦は、ここに幕を開けるのだった。
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