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火の国編
黒い獅子の獣
しおりを挟む火の国 北西の街道
霧の濃い早朝。
草花もまばらな、荒野に近い街道。
そこは一本道で人通りは全くない。
2人の男は向かい合って立っていた。
アルフィス・ハートルとアルフォード・アルヴァリア。
父と子ではあるが、この出会いは最悪とも言えるだろう。
アルフィスの装着した銀色のガンドレットは赤黒いオーラを放った後、すぐに黒炎が上がる。
その数十メートル先に立つアルフォードの体にはドロドロとした液体が絡みつき、それが地面に滴っていた。
「黒衣武装・黒海」
その言葉の後、アルフォードの体にまとわりついていた液体が地面に広がった。
荒野は真っ黒に染まり、瘴気を放ち始める。
アルフォードの"黒海"はアルフィスの脛のあたりまでくるほどの液体量だった。
「クソ……吐き気がする……」
白い霧によって視界を阻まれていたが、凄まじい瘴気に、風景は瞬く間に黒くなる。
アルフィスのガンドレットの黒炎は"付与"と"解除"が繰り返されていた。
「久しぶりの黒衣武装だ。存分にみんな力を発揮してくれたまえ。まぁ、みんなと言っても、ほとんどヴァネッサに喰われたけどね」
「なんだと!?」
荒野に広がった黒い液体。
そこから、ゆっくりと這い出してくる影があった。
その数はざっと見ても数百匹。
魔人と魔獣が入り混じり、アルフィスを取り囲むようにして現れる。
「なんて数だ……」
今まで戦い続けてきたアルフィスでさえ、この量の魔物に取り囲まれたことはなかった。
「僕の最後の戦い……君の体をもらうよ」
「俺の体?何に使うつもりだ?」
「"魔竜の器"さ。世界最強なら、どこかにある魔竜の魂も収まりがいいだろ?」
これがアルフォードの真の目的だった。
魔竜の体を分解した宝具を一カ所に集められないのであれば、新しい体を用意する。
「なるほどな……だが、そう簡単にくれてやるつもりもないさ」
「そうか。なら力づくだ」
アルフォードの言葉を聞いた魔物達は一斉にアルフィスに襲いかかった。
その一体一体を殴ることで、一回一回、大爆発が起こる。
アルフィスは瘴気の中にいたが、エンブレムの弱点である魔法解除までの時間差を知っていた。
魔法が解除された瞬間、高速で付与し直し、解除される前に魔物に拳を当てる。
アルフィスは"インパクト"を繰り返した。
「数が多いな……なら!!」
襲いかかる魔物の量は常軌を逸する。
魔物達は、どんどん覆い被さり、アルフィスの姿は隠れて"魔物のドーム"を作り上げた。
「炎龍結界!!」
魔物のドームは、アルフィスの熱波による攻撃に一瞬で灰になる。
熱波は数メートル先、ドロドロとした体で見ていたアルフォードに届くことなく掻き消される。
「エンブレムの中だが、一瞬だけ魔法を使って衝撃を与えてるのか。瞬間的に膨大な魔力を魔法に乗せて発動させるとは……普通の魔法使いでは不可能だな」
「他人にやらせないで、てめぇが殴りに来いよアルフォード」
「僕は争いが嫌いでね。少し大きいのを出そうか」
アルフォードの目の前、沼のような黒い液体にぶくぶくと泡が立ち始める。
その範囲は巨大なものだった。
「させるかよ!!」
アルフィスはその場から消えるが、アルフォードまでの距離は数十メートル。
この間、魔法は"付与"と"解除"が繰り返されるため、現れては消え、現れては消え……で一瞬ではアルフォードに辿り着けない。
「昔の文献を見て作ったんだ。気に入ってもらえればいいけどね」
アルフォードの目の前に来た瞬間、地面から巨大な腕がアルフィスを殴り、数百メートル後方へと追いやった。
地面から這い出してきたのは5メートルはある巨大な"黒い獅子の魔物"だった。
「大魔獣・黒獅子……まぁレプリカだけどね」
「でけぇ……水の国の巨大グマ以上だ」
アルフィスは黒獅子から離れた場所に立っているが、その大きさは離れていてもわかるほどだった。
その獣は、完全にアルフォードの姿を覆い隠す。
「だが、でけぇだけだろ?」
「君の自慢の拳で殴ってみたらいい」
アルフィスのこめかみに血管が浮き出る。
走り出しは同時だった。
四足歩行の黒獅子は猛スピードでアルフィスへ向かって駆ける。
アルフィスも黒獅子へ向かって走った。
お互いが出会う。
黒獅子はその巨大な口を開けて、アルフィスに飛びかかった。
アルフィスは瞬時に右拳に黒炎を付与すると、黒獅子の顎にショートアッパーを叩き込む。
ズドン!と一瞬だけ爆発が上がるが、さっきまでと様子が変わっていた。
魔法で起こった攻撃は、すぐに瘴気によって解除されて消される。
だが爆炎は黒獅子の顔を燃やしたままだった。
眉を顰めるアルフィスだったが、すぐに両腕を腰に構える。
"スー"と息を吐き、筋肉を引き締める。
「猛速弾」
超高速の六連打が、炎に包まれた黒獅子の顔面を直撃する。
アルフィスは両腕を腰に構えたままだが、確実にその攻撃はおこなわれた。
爆発の後、六回の轟音が周囲に響き渡り、黒獅子は後方へと退く。
「なんだ……これは……殴った感覚が無い」
アルフィスの拳に違和感が残る。
黒炎で燃え上がる黒獅子だったが、炎は徐々に収縮していった。
そして黒炎は黒獅子の口の中に全て取り込まれてしまった。
「どうなってる……?」
「大魔獣・黒獅子の能力。魔法を取り込んで、それを自分のものにする。そして自ら、その魔法を発動して戦う」
「魔物が魔法を使うだと?」
「黒獅子は特別だった。まぁ、僕はその能力は再現できなかったけどね。ただ吸収するだけで魔法は使えない。だが……」
アルフォードが言いかけた時、黒獅子は巨大な体がさらに大きくなるのが目に見えてわかった。
「まさか……これは……」
「魔法を取り込んで、大きくなるようにしたんだ」
アルフィスは絶句する。
エンブレムとはまた別の魔法使い殺しだった。
「魔法使いで、この魔物を倒せる人間はいないと言っていいだろう」
アルフォードの声は楽しそうだ。
黒獅子は再度、襲いかかる。
アルフィスは、それを防御することがやっとだった。
「クソ!!」
「いつも先々を考えて魔物を作っていたが、魔女の予言は絶対。だが、もしかしたら……という期待は持ちたいものだ」
アルフィスの戦いはジリ貧。
魔法を使えば吸収されて黒獅子は強化される。
炎を纏わずに"インパクト"だけで戦うと火力不足で押し切られる。
この戦いは一方的になものになっていた。
黒獅子の体は10メートルを超える。
アルフィスはその巨大な体から繰り出される切り裂き攻撃をクロスガードするが、耐えきれず吹き飛ばされ、"黒海"を転がった。
「これは……僕の勝ちでいいのかな?」
「……」
ぶくぶくとアルフィスの倒れる場所に泡が立つ。
ゆっくりと、その体は取り込まれていった。
「呆気ない……これが"予言の男"?マリアが言う"炎の男"だったのか?」
アルフォードの感情は勝利の余韻のよりも、困惑の方が強かった。
体に纏ったドロドロとした黒い液体が全て黒海へと落ち、黒獅子も溶けて地面に消えた。
アルフォードのいつもの人間体があらわになる。
取り込んだ者の意識は、脳内で意識共有できる。
アルフォードは、アルフィスの意識を探った。
「アルフィス、気分はどうかな?」
「ヴォルヴ・ケイン……」
「おい、何をする気だ」
「リミッター解除」
「!!」
瞬間、凄まじい地震が起こる。
アルフォードの目の前に広がる黒海はあまりの熱量に蒸発し始めた。
黒い液体は消え去り、地面が現れるが、今度は黒い炎が至る所に噴き出し始める。
数メートル先には黒炎の柱が上がり、それは円形になるようにアルフォードの周りを、ゆっくりと一周する。
最初に黒炎の柱が上がった場所に辿り着くと、そこから1人の男が歩いてきた。
長い銀髪に赤いオーラを纏い、両腕のガンドレットは肩から胸にかかるほどの銀のアーマーと化している。
全身、至る場所から黒炎が上がる。
頬やこめかみには赤い血管が浮き出て、その瞳は真っ赤だ。
「ヴォルヴ・ケイン……破壊闘技場」
「アルフィス……まさか」
「アルフォード……貴様の命はここで終わる」
世界最強の宝具のリミッター解除。
この二千年間、誰一人として発動させたことのない、その能力はアルフォードへと襲いかかるのだった。
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