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最終章

会議

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その噂は、すぐに全国土に広まった。

"王が倒された"

信じ難い話しだった。
さらに、信じられないのは、倒されたのは"火の王"だということ。

火の王の強さは、この世界に住む者なら誰でも知ってる。
間違いなく世界最強。
人間が勝てるような相手ではない。
だが、その火の王を倒し、王になった者がいる。

その名を耳にした者達は、納得する者、信じられないの者、嘲笑する者と様々いたが、ある日のセントラルでの出来事を機に、誰もが知ることになる。

この噂は事実なのだと。


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火の国 南東門


ある日の昼間。
門前は相変わらずの長蛇の列を作る。
魔法使いや、聖騎士が熱い日差しに汗を流し、それを手で拭いながら順番を待った。

門番はいつもの女騎士だ。

そこに、その列を無視して歩いてくる1人の男がいた。

黒いレザーパンツで上には白いローブを羽織るが、上半身はそれしか着ておらず、はだけた部分からは肌が見えていた。
そして髪の色の、ほぼ全てが銀髪で、少しだけ赤が混ざる。

その鋭い眼光に、女騎士は息を呑むが、さすがに順番待ちを無視できるのは、二つ名とシックス・ホルダーだけだ。

順番待ちしていた魔法使いや、聖騎士達も、その男をギロリと睨む。
今まで見たことのない風貌の男に警戒心を強めた。

男は検問を無視してセントラルに入ろうとするが、すぐに女騎士は止める。

「貴様、何者だ?二つ名やシックス・ホルダーでないのなら、列に並べ」

「はぁ?いつからそんな規則ができたんだ?」

「なんだと」

「シリウスのジジイがここを作った時に一度だけ来たが、その時は普通に入ったがな」

「な、何を言ってる?」

そんな会話をしていると、馬に乗った聖騎士が駆けてきた。
赤髪に黒が混ざった長髪の女性で、門番の女騎士はその姿を見てかしこまった。

「セ、セレン隊長!!」

「その方はいいんだ、お通ししろ」

「え?」

そのやり取りを見ていた男はニヤリと笑う。

「手間を取らせる、セレン・セレスティー。少しは他の兄弟を見習って、外を出歩かなければな。世間がわからなくなる」

「馬の上から失礼。他の王は特別です。ロゼ王。あなたにしょっちゅう出歩かれたら私どもの心臓が持たないですよ」

"ロゼ王"という言葉が言い放たれた瞬間、目の前の女騎士含め、列に並ぶ魔法使い、聖騎士は唖然とした。
しかもセレン・セレスティーが"敬語"を使うのなど、誰も見たことがないため、なおさらだった。

「俺はもう王位を譲った。ああ、だとすると、やっぱり並ばなければならんか。一般人だからな」

「あなたが並んでいたら、他の者達が気が気ではないでしょう。とにかく中へ」

「へいへい」

セレンはため息をつく。
つくづく、"あの男"に似ているなと思いながら、ロゼがセントラルへ入って行くのを見守った。


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水の国 北西門 


門を通るための列は少ししかいなかった。
そこに、一台の馬車が到着する。

ドアを開けて出てきたのはリーゼ王。
そして、もう1人、金髪でサングラスをした青い軍服の男、リヴォルグ・ローズガーデンだった。

「ここまで、送ってくれて助ったよ」

リーゼはニコニコしながらリヴォルグを見た。

「いえ、私には、これぐらいしかできないので」

「謙遜しなくてもいい。あなたがいるから、私は、こうして出歩ける」

「こう見えても失敗だらけですよ。あえて伝えてませんがね」

冗談混じりのリヴォルグの、その言葉にリーゼは自然に笑みをこぼす。

「やはり、あなたをシックス・ホルダーにしてよかった」

「褒めても何も出ませんよ」

「別に構わない。彼を導いてくれただけで十分だ」

「いや、彼が勝手に全力で走り抜けただけです。私は、ほんの少しだけ"走り方"と"走る道"を教えただけでしかないですよ」

「それでも、多くの人が彼によって救われたことは間違いない。しかも兄上まで倒すとは……」

「私はやると思ってましたがね」

「私も最初に彼に会った時、もしかしたら、この少年なら……と」

そう言って、2人は笑い合った。
そしてリーゼはリヴォルグに小さく手を振ると、そのままセントラルへと入っていった。


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土の国 南西門


強い風で砂が舞い上がる中、セントラルへ入るための列があった。
そこに、一台の馬車が到着し、2人降りた。

1人はカイン王。
もう1人は聖騎士のマーシャだった。

「送ってもらって助かった」

「いえ、私も王とご一緒できて光栄でした」

笑みを浮かべるマーシャ。
たが、カインはマーシャの胸の内を知っていた。

「アイン・スペルシアの件……残念だった」

「……い、いえ……私は大丈夫ですので」

マーシャの悲しげな表情はカインの心を痛めたが、カインには"ある確信"があった。

「私の勘だが……」

「え?」

「君とアインは、もう一度会える気がするよ」

「……」

「適当に言ったわけではない。そんな予感がする。兄弟の間でも、"私の勘は怖いくらい当たる"と評判でね。大事なのは希望を持ち続けることだ、マーシャ」

「ありがとうございます。お励まし、感謝いたします」

「では、行ってくる」

「はい」

マーシャはセントラルに入って行くカインの背中が見えなくなると、その場を後にした。


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風の国 北東門


人もまばらな門前に、一台の馬車が到達した。
降りたのは2人。
子供のような体格の王、レノ。
そして、もう1人はアゲハだった。

「送ってもらって、ありがとう」

「いえ、いいのです」

「何か嬉しそうだね。彼のことかい?」

笑みをこぼすアゲハの表情にレノがすぐに反応した。
すぐに顔を赤らめ、少し俯く。

「ええ。無事でよかったと……」

「兄上と戦って生きてた人間なんて、初めてだからね。僕ですら殺されかけてるし」

「これで……彼の願いは叶うのですね」

「王はみんな、彼のことは気に入ってるからね。全力でサポートするさ」

「ありがとうございます」

「でも、いいのかい?彼とはもう……」

「いいんですよ。彼は、自分の責任を果たすために、この世界に来たのでしょうから。私はその邪魔をしたくはない」

「そうか……それじゃあ行ってくるよ」

「ええ。お気をつけて」

レノはアゲハに大きく手を振るとセントラルに入っていった。
少し悲しげな表情のアゲハだったが、やはり、自分の胸の奥の感情に耐えきれず、涙が頬を伝っていた。


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ある部屋の一室。

綺麗に装飾された大広間。
その中央に、円形状の机が置かれている。
東西南北の位置に椅子があり、そこに4人の男が座った。

カイン、ロゼ、リーゼ、レノ。

他には誰もいない。

最初に口を開いたのは長兄のカインだった。

「兄弟全員が集まるとは、何年ぶりだろうか」

「個人個人で会うことはあっても、全員が同じ場所に集まるというのは……」

リーゼは少し考え、首を傾げた。
王位について二千年間は長すぎる。
だが、レノは覚えていた。

「父上を倒してから、全員集まることは無かったけどね」

「やはりか……」

「まぁ、一人だけがいましたからね」

カインとリーゼ、レノは、目を閉じてイビキをかいているロゼの方を見る。
全員、この状況には呆れていた。
椅子に座ったまま熟睡できるのは、この男だけだろうと。

「それにしても、彼には感謝せねばなるまい」

「そうですね。これだけの偉業を成したのですから、ご褒美くらいあってもいい」

「まぁ、僕たちの血くらいどうってことないし、いいんじゃないかな」

3人の意見は満場一致だった。
さらにロゼもここにいるということは4人全員の意見は一緒ということだ。

「だが、魂の移動。しかも、"3つ"も移動させるとは」

「さらに時間軸に指定までありますからね」

「僕たち全員で協力しないとできないね」

レノの言葉に笑みをこぼすカインとリーゼ。
兄弟全員が協力し合うことは稀だ。
三百年前のケルベロス戦ではロゼは出なかった。
だが、今回は間違いなくロゼの力も必要だ。
王が全員で協力するのは魔竜戦争以来だった。

「肝心なヤツが寝てるが、これでいいならすぐに取り掛かる。異論はないな?」

「私は全く。彼の願いであれば」

「僕も大丈夫さ」

カイン、リーゼ、レノは頷き合い、寝ているロゼの方に視線を送る。
すると大きなため息をつくとロゼは目を閉じたまま、口を開いた。

「……俺も異論は無いさ。やつのことは気に入ってる。だが少し残念だな。せっかく見つけた遊び相手がいなくなるのは」

「ふふ、また、そんな人間が現れるかもしれないですよ」

「ヤツほどの強さの人間は、この先"数千年"現れんさ」

それだけ言うとロゼは、また深い眠りについたようで、大きなイビキをかきはじめた。

そして最後にカインが口を開く。

「では、一つの魂は"過去"へ、一つは"現在"に置き、もう一つは"未来"に送る」

リーゼとレノは、その言葉に頷く。

そして、この会議は、ごく僅かな時間で終わると、3人は談笑を楽しんだ。

この、四属性王がセントラルに集結したという話は一瞬にして広まり、それは"王が倒された"という噂の裏付けであろうと、皆が思った。
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