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エターナル・マザー編

それは永遠なる母体

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今回のサンシェルマ事件の犯人は第五騎士団長のユーゲル・ランバルトだった。
共犯はサンシェルマの店主であるホリー。

全ては、この事件の犯人をザラ姫に仕立て上げることを目的としていた。

なぜそんなことをしたのか?

そもそも前回のサンシェルマ事件の犯人がゲイン・ヴォルヴエッジの言うように盗賊の仕業とするなら"復讐"という動機は的外れだ。

だがユーゲルが言うように、もしザラ姫が犯人であるという証拠があったとしたなら……

____________


昼頃のこと。
クロードはアカデミアの門を抜けたあたりの庭園にある2人掛けのベンチに座っていた。

片手には分厚い表紙の本を持ち読みふける。
天候がよく、気持ちいい風が吹き抜けるのを感じて読書日和を痛感していた。

そこに近づいたのはリリアンだった。
今日は長い紫の髪をストレートにしてあり、白いワイシャツにブラウンのパンツとラフな格好だった。

「昨日はご苦労様だったわね」

「まぁ、解決したならなによりさ」

クロードは顔も上げずに言った。

「隣に座っても?」

「ああ、構わないよ」

リリアンは本に視線を落としたままのクロードの隣に腰掛ける。

「気になっているんだろ?」

「え?」

不意の言葉にリリアンは驚く。
クロードは本をパタンと閉じて深呼吸した。

「なぜ二年前の事件の犯人がザラ姫なのか」

「ええ」

「僕が気になったのは"メイアの手紙"だった」

「あれでサンシェルマにあったのは囚人の死体だったことを推理したんだったわね」

「ああ。だが、それだけじゃなかった」

「え?」

「あの"手紙についた匂い"さ」

リリアンは思い出すように眉を顰めるが、すぐに首を傾げた。

「あれは"サンスベリアの香水の匂い"だ。メイアは香水をマイヤーズという人物から貰ったのだろう。なにせあの香水は王都にしかないと聞くからね」

「でも、その香水がなんだっていうの?」

「前回のサンシェルマの事件では火事があったのは襲われた次の日だと聞いた。つまり騎士団は一度、サンシェルマに入って調査している」

「そうね」

「恐らく、その時に当時の第五騎士団副団長が気づいたんだ。ザラ姫が犯人であることに」

「どういうこと?」

「ザラ姫は"店に落としたが決して拾って回収できないものを落としてしまったんだ"」

リリアンは気づいた。
前回の犯人が落としたもの。
だが決して拾えないもの。

それは"匂い"なのだと。

だから次の日に何者かが火事を起こして証拠の隠滅を図った。

「店が無くなった今となっては確認しようがないがユーゲルの反応を見る限り、この推理は間違っていないだろう」

「でも、それはいいとしても、なぜそこまでしてザラ姫を守るの?この国の王は王族が犯罪者であっても見逃さない」

「この隠蔽によって彼が得られる利益がなんなのかは僕にはわからないな。彼のことは君の方が詳しいんじゃないか?」

クロードが言う"彼"というのはリリアンの婚約者であるゲイン・ヴォルヴエッジのことだ。

「私にだってわからない。ゲイン卿とはあまり会わないから」

「会わない?」

「ええ。私の騎士団は南の管轄だから滅多にね。王都に出向いてもゲイン卿はほとんどの時間を第一騎士団長と一緒に過ごしているようだから会えないのよ」

「気になっていたが、なぜ君はゲイン卿のことを苦手としているんだ?」

「なんとなく……裏がある気がする」

「"推測"で嫌ってるのか?」

「そんな言われ方をしたら返す言葉もないわね。女の勘としか言いようがない」

「女性の勘は鋭いと聞くからね。あながち間違いではないかもしれないよ。元に彼は前回の犯人だと思われるザラ姫を無実にしている」

「冒険者なのに私の味方をしてくれるの?」

「冒険者や騎士団なんて関係ないさ。君は友達だ。友達を助けたいと思うのは人間としては当然のことだろ?」

その言葉にリリアンの涙腺が緩んだ。
空を流れる雲をじっと見ながら感傷に浸る。
さらにクロードが続けた。

「君がガイに惹かれた理由がわかった気がするよ。ゲインと真逆で裏表のない真っ直ぐなガイは君にとっては魅力的だろう」

「そうね……ガイの了承があれば私はどこへでも彼についていく。でも無理だとわかってるの。私も自由に"恋"がしたかったわ。その小説に書かれた主人公のようにね」

そう言ってリリアンはベンチからゆっくりと立ち上がるとアカデミアから出るようにして門へ向かった。

クロードの手にあったのは、以前メイアから借た小説『ミル・ナルヴァスロ ふたつの愛の行方』だった。

____________


昨晩の深夜のこと。

その部屋は異様なまでにドス黒い熱気が漂っていた。
暖炉があるが使われてはいない。
真ん中にあるテーブルの上には一本の火の灯った蝋燭と"水晶"が置かれている。
部屋の奥にはクイーンサイズのベッド。
上には真っ白なシーツが敷いてあるが、大きく黒い液体が広がり汚れていた。


部屋に何者かが入って来た。
ノックもせず、スッと部屋に身を入れるとドアはすぐに閉まった。

入って来た人物は薄暗い部屋の中央にあるテーブルの前に立つと徐に水晶を手に取った。

すると暗闇で包まれたベッドの方から声がする。
それは女性の声だった。

「あらあら……今日はさっきの人間で終わりだと聞いていたけど。まだいるなんて……」

「……」

「どうしたの?怖いのかしら?」

「久しいね。転生しすぎて僕の気配を忘れたのかい?」

それは若い青年の声だった。
声の主は動くことはなく、手に持った水晶を見る。
水晶には"5"という数字が表示されていた。

「まさか、まさか……そんなことが……ありえない……ありえない」

何かがベッドの上で動くと、そのはずみで軋んだ。
だが降りてくる様子はない。

「部屋の前にいた警護の騎士はどうしたの……?」

「今頃、いい夢でも見てるさ」

「そう……"夢の子"からは回収したのね。ということは私で最後ということかしら?」

「ある意味そうだ」

「私がいなくなれば魔物はどうするつもりなの?あなたの計画には必要でしょう」

「今はそうでもない。"英雄ごっこ"はやめたんだ。それに君の代わりの母体はもう見つけてある」

「なるほど……私はもう用済みなのね」

「そうなるな。主人を忘れる犬には興味はない」

冷たい氷のように言い放たれる言葉に女性は無言となる。
するとすぐにベッドが再び軋んだ。
今度はそれが長く続き、さらに小さくうめき声のようなものも聞こえてきた。
同時に黒い液体が周囲に飛び散り、部屋全体を汚らしく染める。

「君が僕のことを忘れても、僕は君のことは永遠に忘れないよ……"魔孕まはらみのザラ"」

青年の発した言葉で"ザラ"と呼ばれた人物は糸が切れたようにベッドの上で力尽きた。

青年はため息混じりに言った。

「これで彼をナイトにする理由も無くなってしまったな……まぁいいさ、今回の旅は順調だからね。あともう少しで終わりだ」

そう言って青年は水晶を除くようにして見る。
水晶に映し出された数字は"6"と表示されていた。
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