夏の終わりに

佐城竜信

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「……マジかよ」
自分の部屋に戻った彰久は、勉強机の上を見て唖然とした。そこには、彰久が先日買ってきた参考書や問題集などが整理されて積み重なっている。それはいい。だが、問題なのは。
その隣に綺麗に積み上げられたエロ本だ。
「……おいおいおい」
比較的オーソドックスなものではあるが、そこに写されているのは二十歳前半の女性ばかりだ。水着姿のものから下着姿まで、様々な格好をした女性の姿が目に飛び込んでくる。
彰久がベッドの下に隠していたものを、どうやら母親に見つけられたらしい。おそらくは、母さんも男だから仕方ないと思っているのだろう。思春期の息子を信頼してのことなのかもしれない。しかし、いくらなんでもこれはやりすぎではないか? 彰久はため息をつくと、とりあえず一冊手に取ってぱらぱらとめくってみた。……ふむ。悪くはないな。まぁ、確かに女性陣のレベルは高いし、なかなか魅力的ではある。黒髪ロングに輝く笑顔、健康的な小麦色の肌、わりと小ぶりな胸……これでは誰を想像して読んだのかバレてしまう。
「……ま、まあ。このくらいの見た目の人はどこにでもいるし?母さんだって気づかないだろ。うん……」
そう呟いて自分を納得させたところで、早く着替えなくてはと思い直して制服を脱いでいく。ワイシャツを脱ぎ、スラックスを脱ぎ。パンツ一枚のままハンバーにかけていると、棚に飾られたトロフィーが目に映る。大きいものから小さいものまで。今まで空手の大会で手に入れたものだ。その中でも一番大きなものが目に入った瞬間に、声が聞こえてきた気がした。
「彰久、がんばれー!!」
「負けるなー、彰久君!!」
「彰久君、君ならきっと勝てる!!」
思い出すのは空手の県大会の決勝のことだ。彰久は学校では部活動に入っていない代わりに鏑木空手道場に通っている。千里の父親、鏑木正義が経営する道場だ。その道場の門下生として、高校生の部で参加していた。
鏑木親子から声援をもらい、その隣では友人たちが。そして自分の父親と母親が見守る中、対戦相手との決勝戦が始まったのだ。
対戦相手は優勝候補ともいわれている高校三年生の倉田聡だ。身長は高く、手足が長い上にバランスよく筋肉がついている。いわゆる理想的な体型という奴だろう。
「お互いに礼!」
審判の声に合わせて頭を下げて試合が始まる。お互い構えた状態から間合いを取りつつ相手の出方を伺う。
先に仕掛けたのは彰久だった。相手の牽制のジャブや蹴りをものともせずに距離を詰める。相手の必殺の間合いに入った瞬間に、口角が上がったように見えた。
相手の最も得意とする上段回し蹴りが彰久を襲う。だが、来るとわかっている攻撃ほど怖くないものは無い。彰久はそれを腕でガードすると、大きく腕を振って相手の足を振り払う。
バランスを崩す倉田。その一瞬の隙を見逃さずに距離を詰めると、正拳突きを相手の腹に突き刺して体勢を崩させ、下がった頭めがけて上段回し蹴りを放つ。
「そこまで!」
見事その蹴りは倉田に命中し、彼を倒すことに成功する。審判の旗が上がる。
結果は彰久の勝利で終わった。会場全体からの歓声を聞きながら彰久は倒れている倉田に手を差し伸べた。
「ありがとうございました」
「……いや、俺の方こそありがとな。楽しかったぜ。お前みたいな強い相手に会えてさ」
そう言うと、倉田は差し出された手を掴んで立ち上がった。
「おめでとう、彰久!!」
「すごいじゃないか、彰久君!!」
駆け寄ってくる二人の姿があった。それは千里と自分の師匠である正義だ。二人は嬉しそうな表情を浮かべていた。
手放しで褒めてくれた千里の笑顔がまだ瞼の裏に残っている。でも、それより嬉しかったのは。
「本当に凄いよ、彰久君!もしかしたらもうお父さんより強いかもね」
そう言って微笑んでくれた真理の言葉。あれほど嬉しい言葉はなかった。
真理は今年大学を卒業する。彰久とは5歳も離れているだけあって、いつも弟のように可愛がってくれていた。だからつい甘えてしまうのだが、たまに見せる女性らしい表情を見るとドキッとすることがあった。
そんな真理が言った『お父さんより強い』という言葉。それは彰久にとって最高の誉め言葉だった。
「おいおい、俺だってまだ現役なんだぜ?まだまだ若いもんには負けんさ」
「もう、冗談だって」
「彰久にはまだまだ強くなってもらわないといけないからね!」
二人の父親である正義の快活な笑い声に、真理と千里。姉妹のじゃれ合う声が重なる。
小さな頃から付き合いがある鏑木一家は彰久の第2の家族と言ってもいいだろう。
(俺は真理姉のことが好きなんだよな……)
もちろん、姉弟としてではなく異性として。小さい頃は一緒に風呂に入ったりもしたが、思春期を迎えた今は流石に無理だ。
真理は美人だ。性格も良いし、家事全般が得意という完璧超人でもある。そしてなにより、母親を亡くした鏑木一家を支えてきた心の強さを持っている。欠点といえば、少しばかり胸が小さいということぐらいだろうか。
「彰久……。なにやってんだ?」
「うぇっ!?」
突然聞こえてきた声に驚いて振り向くと、そこには彰吾がいた。
「なんだ、親父。驚かさないでくれよ」
「お前が勝手に驚いただけだろ……」
「うるせぇ。ノックくらいしろよな」
「いつまでも降りてこないから心配して見に来たんだろうが。んー……しかしこりゃあ、あれだな」
彰吾は彰久の体を見てにやにやと笑っている。
「なんのことだよ」
「お前、最近また筋肉付いたんじゃないか?」
「マジかよ!?やったぁ!」
「でも、あんまりムキムキになるなよ?女受けが悪くなるからな」
「余計なお世話だ」
彰久は自分の腹筋に触れてみる。最近は毎日欠かさずにトレーニングをしているせいか、以前よりかなり引き締まった感じがする。
「たしかにこんな体なら俺のことをああだこうだ言いたくなる気持ちがわかるわ。さてさて、息子のムスコもチェックしとこうかな」
「ちょっ!やめろよ変態!!」
「まあまあ。いいじゃないか、親子なんだからよ」
「よくねぇって!!」
彰久は慌てて股間を隠したが、彰吾の手が伸びてくる方が早かった。
「……ほぅ……。なかなか立派なモノをお持ちで」
彰久のアレを見た彰吾の感想がこれだ。
「触るな!!」
「照れるなって。男同士だろ?」
「ああ……もういい!もう行くからな!」
彰久は急いで服を着込み、部屋を飛び出していく。
「あんまり見せびらかすんじゃねえぞ?」
「うるさい!」
彰久は逃げるように階段を駆け下りていった。
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