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「後は若いもの同士で」
と言って、彰吾が帰ってしまった後、由紀子と彰久は二人で喫茶店で向かい合っていた。
「まさか峰岸先輩とこんなところで会うなんて驚きました」
「私もだよ」
由紀子はコーヒーを一口飲んで喉を潤す。
「彰久君はどうしてここにいるの?」
「俺ですか?俺は親父と話をしていたんですよ」
「お父さんと?」
「はい。実は今日親父に呼ばれてまして。ちょっと用事があったので」
「そう……なんだ」
由紀子は言葉に詰まってしまう。
(彰久君のお父さんは、彰久君にプロになって欲しくないのかな?)
彰久の父親は彰久がプロになるのに反対しているという話を彰吾から聞いていた。彰久も父親のことは尊敬しているが、やはり格闘家になるという夢は譲れないらしい。
「……あのさ、彰久君」
「なんですか?」
「彰久君がプロになりたいっていうのは……やっぱり格闘家になることが夢なの?」
「夢……というより、俺にとっての目標ですかね」
「目標?」
「はい。俺は子供の頃は弱くて。だから虐められていたんですけど、そんな俺を助けてくれた子がいたんです。だから俺も、そんな子みたいに強くなりたくて」
「……その子が好きだったんだ」
「えっ!?あ、いや、そういうわけじゃなくて、憧れていたというか、なんていうか」
由紀子がそう言うと、彰久は慌てて否定した。その様子に由紀子はクスリと笑う。
「弱い彰久君なんて想像できないなぁ」
「今でも喧嘩とかは苦手ですよ。でも、その子が教えてくれたんです。『男なら強くなれ』って」
「……そう」
由紀子は小さく返事をした。
「俺はその言葉をずっと信じてます。だから、この道を選んだんです」
彰久は拳を握り締めて言った。その瞳は真っ直ぐに前を見つめている。
「そう……」
由紀子はまた相槌を打つことしかできなかった。そして、同時に思う。
「ねえ、彰久君。彰久君の大会見に行ったんだよ。……とはいっても、決勝戦だけだけどね。彰久君の試合凄かったよ。夢に向かって夢中になってる少年、って感じがした。かっこ良かった」
由紀子は微笑んで言った。
「ありがとうございます。でも、まだまだです。もっと頑張らないと」
「彰久君ならきっと大丈夫だと思うよ」
「だと良いんですけどね」
彰久は照れ臭そうに笑って言った。
「でね、彰久君。この間、彰久君のことが好きだって告白したよね?」
「え?あ、はい。でも俺は……」
「あの告白、なかったことにさせてほしいの」
「……へ?」
突然のことで、彰久は間の抜けた声を出してしまった。
「私は彰久君が羨ましかったんだと思う。自分に素直に、やりたいことに。夢に向かってまっすぐ進んでいける彰久君が羨ましくて、きらきら輝いて見えてたの。だから私の感情は……。私の好きだっていう気持ちは、恋愛としての好きじゃなくて憧れに近いものなんじゃないかなって思ったの」
由紀子の言っていることを理解しようと必死になっているのか、彰久は黙っていた。
「だから、その、ごめんなさい」
由紀子は自分の気持ちを整理しながらゆっくりと言葉を口にする。
「……憧れ、ですか」
彰久は小さくつぶやいた。由紀子はその彰久の様子を見ていて、心が痛むのを感じた。
「あの、先輩。恋愛の好きと憧れを勘違いする、って……。例えば、自分が好きだと思っていた人が他の人と付き合っていて、いずれ結婚することが決まっていて。それでも自分が傷つかないとしたら、それは恋愛としての好きじゃない、ってことなんでしょうか」
「ひょっとして、彰久君が好きだって言っていた真理さんのこと?」
由香里の問いに、彰久は小さく頷いた。
「はい。真理姉は同じ大学の人と付き合っていて、卒業をしたら同棲をして、ゆくゆくは結婚をするって聞かされたんです。俺はずっと真理姉のことが好きだと思ってきました。でも、それを聞いた時に俺が思ったのは『贈り物は何にしよう』って、そんなことだったんです」
彰久はそう言って力なく笑った。
「俺、本当に最低だと思います。でも、それが俺の本音だったんです。多分、俺が今までやってきたことは全部偽物だったんだと思います。……でも、それを今更後悔しても遅いんですよね」
彰久は悲しそうな顔をしていた。由紀子はコーヒーを一口飲むと。
「男の子が自分よりも年上のお姉さんに憧れちゃうのって、普通じゃないかな?」
と言った。
「え?」
「私も昔は大人っぽい男性に憧れていた時期があったから」
「峰岸先輩も?」
「うん。私が中学生の頃、近所に大学生のお兄ちゃんが住んでたんだけど、すごく優しくてね。私の初恋の人だったんだ」
由紀子は懐かしそうに目を細めて語る。
「でも、高校生になったときに、その人は遠くの街に引っ越しちゃって。それからは一度も会っていないの」
「そう……なんですか」
「そりゃあ、少しくらいは悲しかったけどね。でも、その時思ったの。私はただあの人に憧れていただけで、恋をしていたわけじゃなかったんだって」
由紀子は淡々と話す。
「だから、今の彰久君の話を聞いていて思い出したことがあったよ。彰久君はまだ引き返せるところにいる。だから、自分の心に正直に生きてみたらどうかな?」
「自分の心に……正直に?」
「そう。彰久君はそのお姉さんとどうなりたいのか。それに、自分が本当に好きな人って誰なのか。よく考えてみて」
由紀子がそう言うと、彰久は何か考え込むような仕草をしていた。
(答えはもうわかってると思ってたんだけどな)
由紀子はふっと息をつくと、残っていたコーヒーを飲み干す。
「じゃ、私帰るね。彰久君、また学校でね」
由紀子は伝票を手に取り席を立った。
「峰岸先輩!」
レジに向かおうとした由紀子を彰久が呼び止めた。由紀子は振り返ると、彰久の顔を見る。
「バスケの試合もうすぐですよね。絶対に応援に行きます」
「……うん。待ってるね」
由紀子は嬉しそうに微笑んで、店を出て行った。
と言って、彰吾が帰ってしまった後、由紀子と彰久は二人で喫茶店で向かい合っていた。
「まさか峰岸先輩とこんなところで会うなんて驚きました」
「私もだよ」
由紀子はコーヒーを一口飲んで喉を潤す。
「彰久君はどうしてここにいるの?」
「俺ですか?俺は親父と話をしていたんですよ」
「お父さんと?」
「はい。実は今日親父に呼ばれてまして。ちょっと用事があったので」
「そう……なんだ」
由紀子は言葉に詰まってしまう。
(彰久君のお父さんは、彰久君にプロになって欲しくないのかな?)
彰久の父親は彰久がプロになるのに反対しているという話を彰吾から聞いていた。彰久も父親のことは尊敬しているが、やはり格闘家になるという夢は譲れないらしい。
「……あのさ、彰久君」
「なんですか?」
「彰久君がプロになりたいっていうのは……やっぱり格闘家になることが夢なの?」
「夢……というより、俺にとっての目標ですかね」
「目標?」
「はい。俺は子供の頃は弱くて。だから虐められていたんですけど、そんな俺を助けてくれた子がいたんです。だから俺も、そんな子みたいに強くなりたくて」
「……その子が好きだったんだ」
「えっ!?あ、いや、そういうわけじゃなくて、憧れていたというか、なんていうか」
由紀子がそう言うと、彰久は慌てて否定した。その様子に由紀子はクスリと笑う。
「弱い彰久君なんて想像できないなぁ」
「今でも喧嘩とかは苦手ですよ。でも、その子が教えてくれたんです。『男なら強くなれ』って」
「……そう」
由紀子は小さく返事をした。
「俺はその言葉をずっと信じてます。だから、この道を選んだんです」
彰久は拳を握り締めて言った。その瞳は真っ直ぐに前を見つめている。
「そう……」
由紀子はまた相槌を打つことしかできなかった。そして、同時に思う。
「ねえ、彰久君。彰久君の大会見に行ったんだよ。……とはいっても、決勝戦だけだけどね。彰久君の試合凄かったよ。夢に向かって夢中になってる少年、って感じがした。かっこ良かった」
由紀子は微笑んで言った。
「ありがとうございます。でも、まだまだです。もっと頑張らないと」
「彰久君ならきっと大丈夫だと思うよ」
「だと良いんですけどね」
彰久は照れ臭そうに笑って言った。
「でね、彰久君。この間、彰久君のことが好きだって告白したよね?」
「え?あ、はい。でも俺は……」
「あの告白、なかったことにさせてほしいの」
「……へ?」
突然のことで、彰久は間の抜けた声を出してしまった。
「私は彰久君が羨ましかったんだと思う。自分に素直に、やりたいことに。夢に向かってまっすぐ進んでいける彰久君が羨ましくて、きらきら輝いて見えてたの。だから私の感情は……。私の好きだっていう気持ちは、恋愛としての好きじゃなくて憧れに近いものなんじゃないかなって思ったの」
由紀子の言っていることを理解しようと必死になっているのか、彰久は黙っていた。
「だから、その、ごめんなさい」
由紀子は自分の気持ちを整理しながらゆっくりと言葉を口にする。
「……憧れ、ですか」
彰久は小さくつぶやいた。由紀子はその彰久の様子を見ていて、心が痛むのを感じた。
「あの、先輩。恋愛の好きと憧れを勘違いする、って……。例えば、自分が好きだと思っていた人が他の人と付き合っていて、いずれ結婚することが決まっていて。それでも自分が傷つかないとしたら、それは恋愛としての好きじゃない、ってことなんでしょうか」
「ひょっとして、彰久君が好きだって言っていた真理さんのこと?」
由香里の問いに、彰久は小さく頷いた。
「はい。真理姉は同じ大学の人と付き合っていて、卒業をしたら同棲をして、ゆくゆくは結婚をするって聞かされたんです。俺はずっと真理姉のことが好きだと思ってきました。でも、それを聞いた時に俺が思ったのは『贈り物は何にしよう』って、そんなことだったんです」
彰久はそう言って力なく笑った。
「俺、本当に最低だと思います。でも、それが俺の本音だったんです。多分、俺が今までやってきたことは全部偽物だったんだと思います。……でも、それを今更後悔しても遅いんですよね」
彰久は悲しそうな顔をしていた。由紀子はコーヒーを一口飲むと。
「男の子が自分よりも年上のお姉さんに憧れちゃうのって、普通じゃないかな?」
と言った。
「え?」
「私も昔は大人っぽい男性に憧れていた時期があったから」
「峰岸先輩も?」
「うん。私が中学生の頃、近所に大学生のお兄ちゃんが住んでたんだけど、すごく優しくてね。私の初恋の人だったんだ」
由紀子は懐かしそうに目を細めて語る。
「でも、高校生になったときに、その人は遠くの街に引っ越しちゃって。それからは一度も会っていないの」
「そう……なんですか」
「そりゃあ、少しくらいは悲しかったけどね。でも、その時思ったの。私はただあの人に憧れていただけで、恋をしていたわけじゃなかったんだって」
由紀子は淡々と話す。
「だから、今の彰久君の話を聞いていて思い出したことがあったよ。彰久君はまだ引き返せるところにいる。だから、自分の心に正直に生きてみたらどうかな?」
「自分の心に……正直に?」
「そう。彰久君はそのお姉さんとどうなりたいのか。それに、自分が本当に好きな人って誰なのか。よく考えてみて」
由紀子がそう言うと、彰久は何か考え込むような仕草をしていた。
(答えはもうわかってると思ってたんだけどな)
由紀子はふっと息をつくと、残っていたコーヒーを飲み干す。
「じゃ、私帰るね。彰久君、また学校でね」
由紀子は伝票を手に取り席を立った。
「峰岸先輩!」
レジに向かおうとした由紀子を彰久が呼び止めた。由紀子は振り返ると、彰久の顔を見る。
「バスケの試合もうすぐですよね。絶対に応援に行きます」
「……うん。待ってるね」
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