夏の終わりに

佐城竜信

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(私はどうしてここにいるんだろう?)
由紀子は今ファミレスにいる。彰久と彰吾に連れられてやってきたのだ。そこまではいいのだが。
いま彰久は電話をするために一度席を外している。その結果、彰久の父である知らないおじさんと二人きりで取り残されてしまったのだ。
(なんでこんなことに……)
どうすれば良いのか分からず由紀子が困惑していると、向いに座っていた彰久の父親が口を開いた。
「すまないね。こんなおじさんと二人っきりで」
「あ、いえ」
「それにしても、彰久がまさかあんなに喧嘩が強かったとはね。びっくりしたよ」
「私も……驚いています」
そう言うと、彰吾は嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「彰久はね、昔から正義感が強くてね。困っている人がいるとすぐに駆け付けるんだ。それでいつも怪我ばかりしてね。本当に危なっかしいんだよ」
「そ、そうなんですか……」
彰吾の話を聞いていた由紀子の胸がチクリと痛む。
(きっと……この人は彰久君のことが好きなんだ)
そう思うと、なぜか心がざわついた。
「それに、あいつは正義の味方になりたいんだってさ。小さい頃からの夢らしいんだ。全く、子供の夢なんて変わってるよね」
「そう……ですね」
「でも、彰久が格闘家になるって聞いたときは驚いたなぁ。まあ、彰吾は小さい時から正義のヒーローに憧れてたから、意外じゃないんだけどね」
「そ、そうですか」
由紀子は相槌を打つことしかできなかった。
「俺もあんな情けない姿を見せちゃって恥ずかしいな。本当はもうちょっとかっこ良く息子を庇えるつもりだったんだけどね。はは、参っちゃうなぁ。やっぱり歳を取ると駄目だな」
「そんなことはありません!とてもかっこ良かったと思います」
「そうかい?そう言ってくれると嬉しいなぁ」
彰吾の父親はそう言って微笑んだ。その優しい笑顔は彰久のそれとそっくりだ。
(……親子なんだな)
由紀子は改めて実感する。
「でも、彰久は凄いよ。あの歳でもうプロを目指してるみたいだし。しかも、まだ高校生なのにね。……俺なんて、なんの夢もなくてさ。気が付いたら実家を継いで酒屋の店主になってたんだ。彰久は夢のために頑張ってるのに。……頑張ってあそこまで強くなったっていうのに、それを応援してやることもできないなんて駄目な父親だよなぁ」
彰吾の言葉は由紀子に話しかけているというよりも、独り言のように聞こえた。
「いえ、そんなことはないです」
「そんなこと言って貰えて嬉しいよ。ありがとう」
彰吾はまた優しく微笑んだ。その優しさが、逆に辛い。
「でもね、やっぱり悔しくてさ。俺も若い頃は何か一つぐらい夢があったはずなんだ。それを見つけるために海外にも留学してみたりしたんだが、結局何も見つからなかった。だから、俺は諦めたんだ。……簡単にね」
そう言うと、彰吾は自嘲気味に笑う。
「彰久にも言われたよ。『親父は何の夢もなくて酒屋の店主になっただけなんじゃないか』ってさ。それを言われた時に俺は反論もできなくて、ただ黙っていた。それが余計に辛かったなぁ」
「……彰久君でもそんなこと言うんですね」
由紀子の知っている彰久は千里を庇うために自分の好きな人をみんなの前で言って見せたり、千里を守るために空手の強豪校ではなくて千里と同じ学校に通ったり。優しくて、そして一途な男の子だ。
「あいつはね、何でもかんでも一人で抱え込む癖があるからね。心配なんだよ」
「大丈夫ですよ。彰久君は強いですから」
「はは、そうだといいけどね」
彰吾は力なく笑って言った。
彰吾が傷つけられて怒っている彰久を見た時、由紀子は彰久が自分の父親をどれほど大切にしているのかを痛いほど感じた。それは彰久が本当の意味で人のために生きることができる人間だからなのかもしれないが、それでもそういう形の親子というものが羨ましく感じられる。
由紀子と友梨佳の――自分の母親との関係性はそれとは真逆だ。ただ友梨佳のわがままに由紀子が付き合わされる。まるで親と子が逆転しているかのような、そんな関係だった。
「……峰岸さん?」
「あ、はい?」
「どうかした?」
「あ、いえ、なんでもないです」
「そう?」
「はい」
「……」
「……」
沈黙が流れる。
しばらくして、由紀子は口を開いた。
「……あの、千葉さんはどうするんですか?その、彰久君がプロの格闘家になっちゃったら、実家のお店のほうは?」
「ああ、多分あいつは継がないと思うよ」
「え?」
「あいつは俺と違って頭も良いし、器用な奴だ。それに、ああ見えても頑固なところがあってね。一度決めたら絶対に曲げたりしない。だから、もし彰久が本気で格闘技の道に進むのなら、きっと俺が何を言っても聞かないよ」
「…………」
由紀子は何も言えなかった。
自分がもし彰久の立場ならどうするだろうか。彰久の父親に反対されたらどうするだろう。多分、彰久の気持ちは揺るがないだろう。だとしたら、自分はどうするのだろうか。
「……ごめんね、変な話しちゃって」
「あ、いえ、全然!」
「はは、ありがとう」
彰吾は苦笑いをする。
「でも、不思議と寂しくはないんだ。むしろ安心したかな」
そう言うと、彰吾はテーブルに置いてあったコップを手に取り、水を飲んだ。
「安心、ですか?」
「うん。俺が勝手に思い描いていた理想とは違って、現実の彰久は弱虫で泣き虫だったけど。……だけど、あいつは大切なものをちゃんと守ることができた。それだけで充分さ」
「……」
由紀子は、彰吾が何故そんなことを言うのか分からなかった。だが、今の由紀子にはそんなことを訊く勇気もなかった。
「それに、親っていうものは子供が立派になればなる程、自分から離れていくものなのかなって最近思ってね」
「え?」
「俺が子供の頃は親父の仕事場について行って、親父の仕事を眺めていたものだ。親父がどんな仕事をしているのか知りたかったからね。だけど、いつの間にか親父の背中を追い越していて、親父も俺に仕事を任せてくれるようになったんだ。それから段々と疎遠になっていったよ」
「そうなんですか」
由紀子はあまりピンと来ていなかった。親と子が離れてしまうということはどういうことなのだろうか。由紀子は友梨佳から早く離れたいとは思っているが、別に離れてしまっても特に問題はないように思える。
「……うちとは全然違うんですね」
思わず由香里はそう呟いていた。
「そうかい?」
「あ、いえ、私の家は母が口うるさくて、自分のことばっかり考えているような人で……。だから、千葉さんみたいに子供のことを想っている人のほうが珍しいと思います」
由紀子の言葉を聞いて、彰吾は少し驚いた表情をしていた。
「……そっか」
「あ、すみません。なんか生意気なこと言っちゃって」
「いや、いいんだ。峰岸さんの言うとおりかもしれないね。でもさ、俺だって本当は彰久に家を継いでもらいたい、って思いはあるんだ。だけど、彰久の人生は彰久のものであって、俺がどうこうできる問題じゃないってことに気が付いたのさ。それに、あいつは昔から正義感が強くてね。困った人がいればすぐに駆け付けようとする。それでいつも怪我をして帰ってくるんだ。だから、俺はもう心配するのが嫌になっちゃってね」
彰吾はそう言って笑みを浮かべた。
「だから、あいつがやりたいようにやらせてあげようと思ってね」
「そう……なんですね」
「それに、峰岸さんのお母さんも本当は峰岸さんのことを思っている……何て言うと無責任かもしれないけどさ。でも、君のことを心配しているんじゃないかな?」
「そう……でしょうか」
由紀子は俯いて答える。
「親って言うのはさ、いつでも子供のことを見守っているもんだよ。それに、ちゃんと会話しないと伝わらないことも沢山あるさ」
「……そうかもしれませんね」
由紀子がそう答えたとき、ちょうど彰久が戻ってきた。
「お待たせしました。……あれ、二人とも何話してたの?」
「いや、何でもないよ」
「そうそう!なんでもないよ!」
「ふーん」
彰久は怪しげな目つきをしていたが、「まあいいか」と言って席に着いた。
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