夏の終わりに

佐城竜信

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真理は彰久が自分のことを好きだということを知っていた。それもそうだ。子供の頃から一緒にいるのだから、彰久の自分に対する想いは嫌でも伝わってくる。
中学二年生の夏、彰久が告白をしようとしていたこともわかっていた。だが、真理はそれを止めた。彰久の告白を断ったのだ。理由は単純明快。真理は恋愛対象として彰久を見たことがなかったからである。
対して真理にとって彰久はどんな存在だったかと言えば――一言でいえば、嫌いだった。
彰久は明るくて人当たりもいいし、運動も勉強もできる。まさに非の打ち所がない少年であった。そしてなによりも、妹である千里のことを大切にしてくれる。真理にとって大切な家族で会った。
だから、だろうか。そんな光の下にいるような高潔な彰久を見ていると、真理は自分の汚さを自覚させられる。
果たして自分は自分の生活を犠牲にしてまで、妹の千里や父親である正義の面倒を一生見ることができるのだろうか?真理は自問した。答えはノーだった。おそらく真理にその覚悟はない。
それに、学生時代も家族の面倒に追われて。母親代わりとして扱われて、自分がやりたいことを出来ないこともあった。
あった、というのは彰久がいたからだ。彼が真理がやらなければならないことを肩代わりしてくれたおかげで、真理は好きなことが出来た。お手伝いと言いながら、家事や料理を肩代わりさせていた。それを彰久は嫌な顔一つせずに引き受けてくれた。だからこそ、真理は自由に振る舞うことができたのだ。
本当は自分たち家族がやらなくてはならないことも、彰久は率先して引き受けてくれた。だから本当なら鏑木家の人間は彰久には頭が上がらないはずだ。彰久がいなかったら今の鏑木家はなかったから。彰久が自分たちの面倒を見てくれていたからこそ、今の鏑木家がある。その事実を知っているから、真理は彰久に感謝していた。
それに千里の面倒を見るために同じ高校に入ってくれて、どれほど助かっただろう。
そんな彰久が真理のことを好きだというのならば、それを受け入れなくてはならないのかもしれない。彰久が自分の人生を犠牲にしてきたように、自分も彰久のために人生を犠牲にしなくてはならないのかもしれない。
そんなことを考えてしまう自分が嫌いだった。いつしかそれは、彰久に対する嫉妬や妬みに変わっていった。彰久という日の元を歩く少年の姿に、自分の嫌な部分をまざまざと見せつけられるからだ。
「真理姉。俺はあなたのことがずっと好きでした」
そんな彰久から告白を受けたのは先日のことだった。真理は戸惑った。自分はこの告白を受けるべきなのか。そう思った時、真理の口から出来てた言葉は。
「ごめんなさい。私には好きな人がいます」
だった。
真理には婚約をしている人がいて、その人と将来を約束している。だから、他の誰かと付き合うことは出来ない。それが真理が出した結論だった。
「ごめんなさい。私には……」
「婚約している人がいるんですよね?千里から聞いているから知っています」
彰久は笑顔で言った。その笑顔の裏に隠されている感情は、一体どのようなものなのだろうか。
「……ごめんなさい」
真理には謝ることしかできなかった。
「真理姉が婚約した人のこと、本当に愛しているんですね」
「……はい」
「そうですか。ご婚約おめでとうございます。それで、なんですけどね。婚約のお祝いを用意したんです。受け取ってくれますか?」
そう言って彰久は細長い化粧ケースを真理に差し出す。真理は恐る恐るそれを受け取った。
「開けてもいい?」
「もちろん」
真理は蓋を開ける。中には小さな星型のペンダントトップがついたネックレスがあった。
「綺麗……」
「気に入っていただけました?」
「はい。ありがとう」
「いえ、喜んでもらえて嬉しいです」
「これ、ロケットなんだよね?」
「そうですよ」
「じゃあ、これに写真を入れておくことが出来るの?」
「ええと、それが……。もう写真は入れてあって」
真理はロケットの中を見る。するとそこには、千里と真理と父親と母親の四人で撮った写真が入っていた。
「この写真って、もしかして……」
「ええ。真理姉の家族写真ですね。それに、反対側には千葉家の写真も入っています」
「どうしてこの写真を入れたの……?」
真理は不思議に思って聞いた。
「峰岸先輩に……いえ、千里の部活の先輩に言われたんです。俺が真理姉を好きだったのって、お姉ちゃんに対するあこがれだったんじゃないか、って」
「憧れ?」
「ええ。俺はいつも鏑木家の人たちも自分の家族だって言ってますけど、本当に家族のつもりでいたんです。だから、お母さんが死んでも泣かないで家族を支えて、小さなころから母さんに家事を教わって自分でできるようになって。家族を支えようと必死だった真理姉が凄い人だって思っていて、ずっと憧れていたんです。だから俺は、真理姉のことを自分の姉のように思っていて。だから、その……。つまり、真理姉が幸せになってくれるなら、相手が誰だろうと応援しようと思ったっていうか……」
彰久は恥ずかしそうに顔を赤らめて頭を掻く。
「真理姉が幸せになる相手は、きっとすごくいい人なんだろうなって。でも、真理姉には鏑木家も千葉家も忘れてほしくなくて。だから、真理姉の家族をそのロケットに入れておきたかったんです」
「そう……」
真理はロケットをぎゅっと握りしめる。
真理の目からは涙が零れ落ちていた。真理は千葉家の人々を家族だとは思っていない。いや、思わないようにしていた。大変なのは鏑木家で会って、千葉家ではないのだ。だから頼ってはいけないと、自分に言い聞かせてきた。
だが、本当は心のどこかでは家族を求めていたのかもしれないと悟る。そして今、彰久の気持ちを聞いて嬉しかった。家族だと言ってくれたこと、家族になりたいと思ってくれていたこと。その事実がたまらなく嬉しくて、涙が出た。
「あの、その。こんな話をするつもりは全然なかったんだけど、どうしても伝えておかないと後悔するような気がして。だから、真理姉。その、えーと……」
彰久は言葉を詰まらせながら、何かを言おうとしている。真理は黙ってそれを待った。やがて、意を決したように彰久は言う。
「真理姉は俺にとってずっと大切なお姉ちゃんでした。そしてそれはこれからも変わらないと思います。それに、正義さんも千里も俺にとって大切な家族です。だから、二人の面倒は俺が見ます。真理姉は心配しないで自分の幸せを考えて下さい」
真理はその言葉を聞き、彰久に抱き着いた。
「真理姉!?」
「ありがとう、彰久君」
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