プロレス物語 ― 体育教師に騙されてエロレスの舞台で戦います ―

佐城竜信

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獅子王隼人

過去の栄光

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 全日本高等学校体育大会柔道部門、決勝戦。その舞台に獅子王隼人(ししおうはやと)はいた。隼人の役割は『大将』。そして目の前の相手も同じ大将だ。つまり、この1戦で本当に決勝が決まる、ということだ。
 だが隼人に気負いはない。なぜならば自分の後ろには仲間たちがいるからだ。
「隼人。しっかり!」
「頑張れーっ!!」
「俺のライバルなんだから簡単に負けるんじゃねえぞ!」
 柔道部の仲間の声援が聞こえる。それは観客席からも聞こえてくる。
―――ああ、そうか……俺はいつの間にかこんなにもたくさんの人に応援されるような人間になっていたのか。
そんなことを思いながら隼人は目の前の男を見据えた。
身長も体重もほとんど変わらない。だが明らかに自分よりも強いことが分かってしまう。それが悔しくて仕方がない。
だからこそ、絶対に勝ちたい!
「始めッ!!!」
審判の手が上がった瞬間、隼人は動いた。一気に距離を詰めて右拳を繰り出す。しかし相手の男はそれを難なく受け流す。そして反撃が来た。それをなんとか受け止めるが体勢が崩れてしまう。そこを狙って男が攻めてきた。隼人はその攻撃を受けるのではなく流した。そのまま流れるように背負投を仕掛けようとするが男はあっさりとそれを受け止める。そこから激しい攻防が始まった。お互い一歩も譲らない試合展開が続く中、先に仕掛けたのは男の方だった。鋭い一撃が隼人を襲う。隼人はそれを受けた後にすぐに技をかけた。一本背負いだ。相手の男の体が宙を舞う。そして背中から落ちた。会場内に歓声が上がる。
「それまで!!勝者、獅子王隼人」
審判の言葉を聞いて隼人は大きく息を吐く。勝ったのだ。これで全国優勝が決まったことになる。
仲間達が駆け寄ってくる。皆笑顔を浮かべている。隼人の勝利を祝うかのように……。
(……ありがとうな)
心の中で感謝しながら隼人は仲間の方へと歩いていった。
こうして獅子王隼人の優勝によって幕を閉じることになった全日本高等学校体育大会柔道部門。
表彰式を終えた後、獅子王隼人たちは学校に戻るためにバスに乗り込んだ。
バスが動き出すと車内では興奮冷めやまぬ様子の生徒達の姿があった。中には泣いている生徒もいるほどだ。それほどまでに今回の試合は白熱したものになった。
そんな中、隼人の隣には大吾がいた。自分のライバルであり、研鑽を高め合った友人でもある存在。彼はずっと窓の外を見ながら何かを考え込んでいるようであった。
「どうしたんだ?浮かない顔をして……」
心配になって声をかけると大吾はこちらを見て苦笑する。
「いや……お前って凄いなと思ってさ」
「ん?」
いきなり何を言っているのだろうと思ったがとりあえず続きを聞くことにした。
「だってよ、お前って今まで一度も負けたことがないんだよな?だから今回も大丈夫かなとは思っていたんだけどまさか勝っちまうなんて思わなかったぜ」
確かにその通りだと隼人も思う。自分がここまで強くなれたことは奇跡に近いと思っているし、運もあったと思う。だがそれでも自分は勝利を掴み取ったのだ。ならばそれに恥じないようにこれからも努力を続けなければならない。それが自分にできる恩返しなのだから。
「でも次は負けないけどな!」
そう言って笑う大吾の顔からは先程までの暗い表情は完全に消え去っていた。それを見た隼人も自然と頬が緩む。
「ああ。それでこそ俺のライバルだ!」
隼人の言葉を聞いた大吾は一瞬きょとんとした顔をするが、すぐに笑顔になって言った。
「へっ!当たり前だろ!?」
2人は笑い合う。そこにはもう不安など微塵もなかった。


額縁に入れられ、壁に飾られた写真に写っているのは隼人が全国大会で優勝した時の写真だ。あの頃はよかった。切磋琢磨しあえる仲間がいて、腹を割って話し合える親友もいた。だが今は違う。あの時のように共に高め合い競い合う相手はいない。話せる友達もいない。
隼人は『獅子王隼人』であることを求められる存在になってしまった。自分のその『黒歴史』の始まりは、棚にずらりと並べられたトロフィーの数々にある。そしてなによりも。一番端に飾られた金色のメダル。世界的に有名なスポーツの祭典である『オリンピック』において日本選手団が獲得した金メダル。その輝きこそが隼人を縛り付ける鎖となっているのだ。
『獅子王隼人』という名前が持つ意味の大きさを隼人自身は理解しているつもりだし、それに対して不満があるわけでもない。むしろ誇りすら感じていると言ってもいいくらいだ。しかしそれと同時に隼人の中にはある感情が生まれていた。それは『孤独感』と呼ばれるものであろうか。自分の周りには常に誰かがいる。しかしそれは本当の意味で隼人を理解してくれているわけではないのだ。
隼人がどんな人間なのかを知っている人間はごくわずかしかいない。そして彼らは隼人のことをこう呼ぶ―――『英雄(ヒーロー)』と。
隼人は自分のことをそんな人間ではないと思っている。ただのどこにでもいる普通の漢に過ぎないはずだ。しかし周りの人間達はそう思ってくれないらしい。隼人が困った時に助けてくれる人は多い。隼人のために行動してくれる人もいる。しかし隼人が本当に求めているのはそんなことではなかった。隼人が求めるものはたった1つだけ。それだけあれば他には何もいらない。
隼人が欲しいもの……それは自分と同じ目線で語り合ってくれる対等な存在だ。しかし隼人の周りにいる人々は隼人を特別扱いする。隼人が何かを言えばその通りに動いてくれて隼人が望んでいる以上のことをしてくれようとする。そして隼人が何かをすれば褒め称えてくる。まるで神様を崇めるかのように……。
それが隼人にとって苦痛だった。隼人は別に神になりたいわけではなかった。隼人がなりたいのはもっと別のものだ。しかし隼人の周りの人々は隼人を神聖視してくる。そして隼人を祀り上げようとする。隼人はそれに耐えられなかった。隼人が望むものが手に入らなかったとしても、せめて自分のことを一人の人間として見て欲しい。隼人が心の底から欲していることは隼人自身にも分からない。そしてそれが叶うことがこの世に存在するのかも隼人には分からなかった。
高級マンションの1室。トレーニングルームに改装したその部屋の中で、隼人は汗を流す。今日も朝早くから起きて体を鍛えた。そして朝食を食べてからまた体を動かした。そしてシャワーを浴びて、今に至るということだ。
隼人はタオルで顔の水分を拭き取りながら時計を見る。時刻は既に11時半を過ぎていた。
スマートフォンに着信があった。そこに表示されている名前は『町澤秀樹』。自分が闘うリングを経営する男の名前だ。
「もしもし」
「隼人さんですか?次の対戦相手が決まったのでお知らせします」
「そうか」
別に誰でもいい。隼人に勝てるような者などそうそういないのだから。
「次の試合ではあなたに新人の相手をお願いしたいのですが」
「新人だと?」
新人とはいっても、あのリングには他の世界で鍛えたものたちが続々と集まってくるのだ。新人だからと言って油断はできない。
「相手は18歳の少年です」
「ふむ……」
相手がまだ子供だとわかった途端に隼人は気落ちする。18歳という若さでこんな舞台に落ちてくるなど正気の沙汰とは思えない。おそらくは世間知らずが故に多額の借金を抱え、こんな場所に落ちてきてしまった哀れな若者なのだろう。
では、優しく相手してやろう。そう口に出そうとするが。
「相手は『紀ノ國光輝』という方です」
「なにっ!?」
その名前を聞いて隼人は思わず声を上げてしまう。
「どうかしましたか?まさか知り合いとか……?」
「いや、直接知っているわけではない。だが――」
紀ノ國、なんていう名字がそうそうあるとは思えない。昔に見た『彼』の顔を思い出して、隼人は笑みをこぼした。
「町澤さん。お願いがあるのだが」
「なんでしょう?」
「紀ノ國君と戦うのであれば――」
隼人の願いは聞き入れられなかった。とはいえ、相手がそれを了承するのであれば可能とする。そう明言をもらえただけで十分だ。
 電話を切った隼人は笑顔を浮かべる。そしてこうつぶやいた。

「ふふふ。紀ノ國君――待っていてくれよ」
 
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