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アラフィフ暗殺者、異世界転生を果たす

1,王の契約

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『セレンディア』と呼ばれるこの世界では、精霊と人間が契約を結ぶことによって、世界をマナで満たしている。マナは大地に恵みを、海に豊漁をもたらし、人々の暮らしを支えているのである。
そして契約した精霊の力を借りるには、その精霊に応じた対価が必要となる。つまり、力の強い高位の精霊と契約すればするほど、人間はその分多くのものを捧げなければならないということだ。
だからこの世界で精霊と契約をするのは当代の王と決まっている。かつて『異世界転生』を果たし、セレンディアを統一した『勇者』の血族だけが、精霊と契約を結ぶことが許されているのだ。
そして今日、その王の継代の儀式が執り行われようとしていた。


民衆が見守る中、戴冠式がはじまった。
玉座の前では、儀式用の礼服に身を包んだアルフォンスが、緊張した面持ちで立っている。
「これより、王位継承者アルフォンス・セレンディアの即位式を執り行う」
重々しい声が響き渡った。アルフォンスは息を呑み、ぎゅっと拳を握った。
(いよいよだ……)
儀式は厳かに進んでいった。
まずは王笏(おうしゃく)が手渡された。それは長い杖の先に王冠を模した飾りがついたもので、これを王に渡すということは、その人物が次の王であることを宣言するものである。
次に、神官長による祝詞があげられる。
神官長は、神に仕える聖なる存在であり、王といえども決して軽んじてはならない存在である。
「……我が名は、ハイランディア王国第十七代国王、アルフォンス・セレンディアである」
アルフォンスの声は凛としてよく通った。
「汝、我と契約を結べば、我が意に従い、力を尽くせ。されば汝の望みを叶えようぞ」
王が朗々と詠唱する。するとアルフォンスの足下に光り輝く魔方陣が現れた。
それはまるで生き物のように複雑かつ繊細な紋様を描き、さらに幾つもの円環へと分かれていく。
やがて全ての輪が組み合わさると、魔方陣全体が発光しはじめた。眩い光が謁見の間を包み込む。
同時に、魔方陣から吹き出した風によって、アルフォンスの髪が大きくなびいた。
その瞬間――
「汝が次の契約者か」
荘厳な声が響き渡る。アルフォンスはハッとしたように顔をあげた。
(これは……まさか!)
次の瞬間、光が弾けた。
謁見の間を埋め尽くすような光の奔流。そしてその中から現れたのは、一人の女性だった。
その姿を見た人々は、誰もが息を呑んで立ちすくんだ。それほどまでに美しい女性だったのだ。
褐色の肌に腰まで届く艶やかな青い髪。切れ長の目をした瞳の色は深い青緑で、どこか神秘的な雰囲気を感じさせる。身にまとう衣もまた、見たことのないものだった。金糸銀糸で縁取りされた白い布地に鮮やかな青色で複雑な文様が描かれている。胸元は大きく開かれており、豊かな双丘の谷間がくっきりと見えるほどだった。
アルフォンスは思わず目を奪われてしまった。だがすぐに気を取り直し、慌ててひざまずく。
「私はアルフォンスと申します。どうか私と契約してください!」
そう言って深々と頭を下げる。だが彼女は何も答えなかった。無言のまま、ただじっと見つめてくるだけだ。
「あの……」
「……おぬしは何を欲しておる?」
ふいに彼女が口を開いた。透き通るような声で尋ねられる。
「えっ? 私の願いですか?」
アルフォンスが戸惑った表情を浮かべた。
「そうだ。何を望む?」「わ、私は……」
アルフォンスは言い淀みながらうつむいた。自分の望みを口にするのはためらわれた。なぜならそれは、今まで誰にも言ったことがないことだったからだ。しかしここで嘘をつくわけにはいかない。正直に答えるしかなかった。
「私は……この国の礎となる力を得たいのです」「ほう」
彼女の目が興味深げに輝いた。
「そのためならどんなことでもやり遂げる覚悟です!」
アルフォンスは決然と言い放った。彼女の相貌はアルフォンスの中身を見通すかのように見つめている。アルフォンスは恐怖に震えながらも必死に見返した。
長い沈黙の後、ついに彼女は微笑んだ。
「アルフォンスとやら。我は貴様たちの言うところの『善』ではない」「……えっ!?」
「ゆえに我は、契約を経て貴様が何をするか。何を望むのか――それには興味がない。ただ、覚えておくがいい。もしも貴様が契約に至らぬ器だと判断したのならば、その時は容赦なく切り捨てるぞ」
「…………!!」
アルフォンスは戦慄した。今にも心臓が止まりそうなほどの衝撃を受けた。
それでも彼は逃げ出さなかった。
「それで構いません」
しっかりとうなずいてみせる。すると、それまで黙っていた神官長が慌てた様子で割り込んできた。
「なりませぬ、王よ! そのような者と契約をなさっては――」
「下がれ、神官長。我が決めたことだ」
彼女は神官長を一蹴した。その迫力たるやすさまじく、神官長は気圧されたように口をつぐんだ。
「では始めるとしよう。アルフォンス・セレンディア、そちの名を述べよ」
「はい。私はアルフォンスと申します。以後お見知りおきください」
「承知した。我が名はアーシャリア。我はそちの力になろう」
次の瞬間、再び光が弾けた。
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