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3話 魔王城の食堂

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「じゃあ早速、魔王城を案内するよ!」
「えっあっ、ちょっと!」

 そう言ってリールは私と手を繋ぐ。…それは、恋人繋ぎだった。
 男性経験の少ない私はドキドキしてしまう。こんなイケメンが、私に満面の笑みを浮かべて恋人繋ぎをしてくるなんて、本当にこれは現実なのだろうか。

 しかし、忘れてもいけない。この人、いや、この魔人は私を犯したのだ。毒されてはいけない。
 私は甘い考えを捨てるように頭を振った。その様子をリールは不思議そうに見ていた。

「どうしたの?」
「…何でも、ない」
「ふーん? …まぁ、いいや。よし、それじゃあ最初に食堂見に行こっか!」

 ニカッと笑ってリールが言う。…食堂? 魔王城に、そんなものがあるのか。なんだか、不思議な気持ちになる。
 私とリールは手を繋いだまま歩いた。そうして、歩いて数分もしないうちに、大きな扉の前に着く。

「この中が食堂だよ。扉、開けるね」

 微笑んで、私と繋いでいない方の手でリールは扉を押す。明るい光が部屋の中から差し込んできた。

「ジャーン! ここが魔王城自慢の食堂でっす!」

 満面の笑みでリールが腕を広げた。…そこは広く、美しい空間だった。
 おしゃれなテーブルと椅子、豪華なシャンデリア、壁を美しく彩るステンドグラスがキラキラと部屋を照らしている。

「ここが、魔王城の食堂…?」
「びっくりしたでしょ? 魔王城なのに、こんなに綺麗な所あるなんて。俺も魔人になったばっかの頃はびっくりしたよ」

 そう言ってリールは「さ、入ってご飯食べよ」と私の手を引いて中へと案内する。
 食堂に入ると、色々な魔物がいた。その魔物達は皆こちらを見て驚いた様な顔をしたり、こそこそと話をしている。何だか、すごく落ち着かない。
 そう思っていると、リールは人気の少ない角の方の席に私を連れてきた。

「ね、アイリは嫌いな食べ物とかある?」
「え、いや。特にないけど」
「分かった! 俺、アイリの分も適当に取ってくるから、ちょっと待ってて!」

 そう言うとリールは颯爽と席から離れていった。…私を一人残して。
 私が一人席に残ると、ヒソヒソとした声が周りから聞こえるのが分かる。

「あの子、リール様に連れられてきたけど、人間だよね」
「うわぁ、マジ? リール様、ついに人間の女に手を出しちゃったんだ」
「まぁ仕方ないんじゃない? あの見た目じゃ、魔族の女は相手にしてくれないでしょ」
「それは人間も同じじゃない? かわいそうにね、あの子…」
「リール様、性格はいいんだけどね。あの見た目はちょっと…」

「………」

 周りからの声は、どうやら私に同情している様だ。リールは見た目で嫌われているらしい。…何だか、私の悪口じゃないのに胸が痛む。
 私はギュッとなった胸を抑える。リール、早く戻ってこないかな。
 そう願いながら俯いていると、私の目の前に人影が立っているのが視界に入った。リールかなと思って顔を上げると、そこにいたのはリールではなかった。

「………」
「…あ、あの?」

 私よりは少し年下だろうか。緑色の髪を肩まで伸ばした、中性的でイケメンな魔人が目の前にいた。…いや、私からするとイケメンって事は、この世界ではブサイクなんだけど。
 彼は私の顔をじっと見つめている。私の顔がどうかしたのだろうか。そう思い、私は首を傾げる。すると、彼の唇が動いた。

「……俺を見て、気持ち悪くならないの?」
「……え?」

 不思議そうにこちらを見つめ、イケメンさんは掠れた声で私に問いかける。いきなり何なんだろう?
 そう思いつつも、私はリールに言われた事を思い出した。…そういえば、魔人は見目が悪くて女性に拒否されるんだっけ。
 私は目の前の彼の目を見て笑いかけた。

「気持ち悪くなんてないよ。貴方、とってもかっこいいじゃない」

 私がそう言うと、彼は目を見開いて私を見てきた。その視線は驚きと、どこか切なげな色をしている。…きっと、こんな言葉、言われた事ないんだろう。私からしたら本心なんだけど。
 そう思っていると、目の前の彼は恐る恐るといった様子で口を開く。

「……君は、」
「ちょっと、なーにしてんの」

 ぽすんと頭に何かが乗っかった。重みの感じるそこを見上げれば、リールがご飯を持っていない方の手を私の頭の上に乗せていた。その目線は目の前のイケメンさんに向かっていて、笑顔なのにどこか敵意を感じる。

「ラルド、この子は見ての通り人間。今日魔王城に来たばっかりアイリ。…後々紹介しようとしてたんだけど、まさかここで出会すとはね」
「…アイリ、っていうの?」
「う、うん。アイリ・ミマサカです。アイリって呼んでね」
「…アイリ」

 緑髪のイケメン──ラルドくんは私の名前を呟くと、私の方へ一歩足を踏み出す。その行動の意味が分からず、私は頭にクエスチョンマークを浮かべて首を傾げる。そしてそのまま、ラルドくんは私の顔にその端正な顔をぐいっと近づける。

「…こんなに近寄っても、気持ち悪くないの?」
「気持ち悪くないよ。でも、近いと、その。恥ずかしいかな」
「……アイリ。君、変な子だね」

 顔を離したラルドくんは、そう呟いて微笑んだ。それを見たリールはぽかんとした顔をする。

「驚いた。…ラルドが初対面の人にそんな顔するなんて、よっぽどアイリの事気に入っちゃった感じ?」
「うん。俺、アイリ好き」
「好っ…!?」

 好きとか普通本人の目の前で言う!? 私は一気に顔に熱が集まるのを感じた。リールに出会ってから、イケメンに甘い言葉を言われる事が増えた気がする。こんなの、心臓がいくつあっても足りない。

「ラルドくん! す、好きとかそんな事簡単に言っちゃダメだよ!」
「? …なんで?」
「え!? そ、それは…だって、恥ずかしいじゃない」

 私がそう言えば、ラルドくんはその目を細めた。そして、その長い指で私の頬に手を添える。

「それって、俺の事、男として見てくれてるって事?」

 そう言って、まるで悪魔の様に。甘美に美しく微笑むラルドくんに、私の目は釘付けになった。 
 私が固まっていると、ラルドくんは頬に添えた手を移動させる。…私の唇に。

「…!?」
「すっごい、美味しそう」

 私の唇に、その長くてゴツゴツした指を這わせる。そして、その指が私の唇の間を割って入ろうと動いて…。

「だっ…ダメ!」
「!」

 私は咄嗟にラルドくんの指を掴んだ。掴まれたラルドくんはびくりと体を震わせ、悲しそうな顔をした。

「やっぱり、俺、気持ち悪い?」
「そ、そうじゃなくって! こういうのは、好きな人と誰もいない所でやるものというか…」
「…じゃあ、誰もいない所に行こうよ」
 
 ぐいっと強い力で引き寄せられた。…私は今、ラルドくんの腕の中にいる。

「ら、ラルドくん!?」
「俺、アイリの事好きだよ」
「へ!?」
「だから、俺と気持ちいい事、たくさんしよ? …ダメ?」
「や、やだ、耳元で喋らないでっ…」
「何で?…もしかして、感じちゃった?」
「ひぅっ、だめ、だってばぁ」

「…あのー、お二人さん、ちょっといい? ここ、食堂だから」

 リールの冷静な一声に、私ははっと我に帰る。…こんなところで何やってるんだ私は!!
 慌ててラルドくんから離れて周りを見渡せば、魔族達がこちらを見てぽかんとした顔をしている。その顔はどれも真っ赤で…。

「…ラルドくんの、ばかぁっ!!」
「え、ちょっ」

 「ちょっと待って」と言うラルドくんの制止を振り切って、私は食堂から抜け出した。こんなの見られてあの場に居続けられる訳がない。

「ラルド。お前、盛るなら人のいない場所にしてやれ」
「……うん」

 残されたラルドくんがしょんぼりと反省していた事なんて、私は知る由もなかった。




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