【改訂版】スキルなしの魔法使いは、自分の才能に気付いていない

諫山杏心

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32話 新しい教師

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 数年が経ち、私達は今日から五学年になる。――例のスキル学が必須科目になる学年だ。

 結局、セルフィアが目覚める事はなく。けれど、退学するわけでもなく、彼女はずっと休学状態だ。
 彼女を洗脳したと言う〝先生〟の正体も分かっていない。イレックスは極めて白に近いという事をフィデスから聞いた。

 ――犯人も分からないまま、セルフィアは眠りに就いたまま。
 
 少しの寂しさを心の隅に置いたまま、私は、柔らかな風が流れ込む窓を閉める。
 外は、白に近い桃色を満開に咲かせたシクルスの木が見える。春ならではの光景に、私の口角も自然と緩んだ。

 部屋を出て、いつも通りの道順を辿る。この道を歩くのにも慣れたものだ。
 たどり着いた部屋の扉をノックすれば、明るい声と共にそれは開かれた。


 「リリアちゃん、おはよう!」

 「おはよう、フォルティア」


 朝からにっこりと笑顔の親友――フォルティアに、私も笑顔になる。
 
 年を重ねるにつれ、私達の中からは子供らしい可愛さは薄れていき、性別による違いがハッキリと表れるようになった。
 私とフォルティアの体は丸みを帯びてきたし、頬についていた肉は少しシャープになってきた。

 ――でも、フォルティアが可愛い事に違いはない。
 私は笑いながら彼女の頭に手を伸ばす。ぴょんと跳ねた髪が、上機嫌な彼女と共に揺れている。


 「もう、フォルティア?寝癖ついてるよ」

 「えっ嘘!?どこどこ!?」

 「直してるから動かないで。……うん、これでいい」


 跳ねている部分を髪で押さえれば、まとまった髪へと入り混じってそれは消えた。
 「ありがとー!」と可愛く笑うフォルティアへ返答をして、私は笑った。


 「どういたしまして。でも、寝癖ついたフォルティア可愛かったから、直さなくても良かったかも」

 「もう、リリアちゃん!変なこと言わないの!」


 ムスッと頬を膨らませてフォルティアは私を見上げる。……ここ数年で私の背は伸びた。
 男の子達ほどではないが、他の女生徒よりは確実に背が高い。自分で言うのもなんだが、モデル体型バリの縦長さだ。

 私は「ごめんって」と笑い、彼女の頭を撫でる。フォルティアは少し気持ちよさそうに目を細めてそれを享受する。変わらない、いつも通りの朝だ。
 撫でられながら、フォルティアが私を見上げる。くりっとした瞳は、女の子らしくて素直に可愛いと思う。


 「学校行こう、リリアちゃん!」

 「うん、そうだね」


 ――私のフォルティアが、今日も元気で可愛い。
 心の中でにやけながら返事を返し、私達は校舎への道のりを歩き始めた。

 寮を出れば校舎までの道のりはシクルスの木が立ち並んでいる。
 空の青さに、宙を舞うシクルスの白い花びらがきらりと光る。毎年見る光景なのに、毎年眩しく感じる。

 私達は他愛もない話をしながら歩みを進める。
 その時だった。


 「リリア、フォルティア。おはよう」


 背後から掛けられた、少し掠れた少年の声。名前を呼んだその声に釣られ、私達は振り返る。
 ……そこにいたのはベリタスだった。いつも通り長い前髪で隠れた顔へ、私達は挨拶を返す。


 「おはよー。ベリタス、早いね?」

 「新学期だし、早めに出ておこうかなって。レオ、置いてきた」

 「ふふっ。ベリタス君って、レオには容赦ないんだね?」

 「そりゃあ俺達、幼馴染だし。これくらい普通だよ」


 彼等の友情は私達よりサッパリしているらしい。私達は「いいねー」と笑った。

 そして、私達は仲良く三人で登校した。
 いつしかベリタスへ「女二人と一緒に行動するのって嫌じゃないの?」と聞いた事があるが、私達なら大丈夫との事だ。信頼されたものである。



 
 教室に着いて、もうそろそろ朝の鐘が鳴りそうだという時間になった頃。彼はやってきた。


 「オーッス。ベリタス、リリア、ついでにフォルティアー。おはよー」
 
 「おはよう、レオ」

 「おはよー、遅かったね」
 
 「いや、ついでにって何よ!……おはよう」

 
 やってきた少年――レオへ上から順にベリタス、私、フォルティアが答える。
 私達の返事を聞いた彼はニカッと笑った。漢らしい笑みだ。

 レオは「いやー間に合った間に合った」と笑いながら自分の席へと向かっていく。彼の動きに合わせて、長い彼の金髪が揺れる。

 ユーリへの憧れを募らせたレオは、髪型すらもユーリに寄せ始めた。長い金髪をユーリと同じく首の後ろ辺りの低い位置で纏めている。
 すると、どうだろう。元々高かったレオの女子人気は、うなぎ上りに高くなった。

 なんでも「王子様みたい!」との事らしいが……普段の彼の様子を知っている私からしたら、正直笑ってしまう。
 今だって、「あっヤベ、教科書忘れた」等と言ってフォルティアへうざ絡みをし、ベリタスに叱られているのだ。……彼は見た目だけは王子様に、中身は年頃の生意気な男の子へと成長していた。

 去年と変わらない光景に笑いながら、私は彼等の輪へ加わる。彼等は笑いながら私を受け入れた。
 
 ――セルフィアもいたら、完璧だったな。
 
 そんな事を思ってしまう私は贅沢だろうか。





 
 新学期の恒例、朝の全体集会へ向かえば、ガヤガヤとした喧騒が講堂を満たしていた。
 私達は同じ長椅子に座って、雑談をしながら壇上に教師たちが現れるのを待つ。……それには時間はかからなかった。

 
 「あ、校長先生だ」


 壇上へ顔を向けたベリタスの呟きに、私達は会話を止めて視線を向けた。
 そこにはフィデスと、他にも見知った教師たちが立ち並んでいる。一人、眼鏡をかけたこげ茶の髪の、見知らぬ男性がいる。彼は誰だろう?

 講堂の喧騒は、フィデスの静かな声で鳴りやんだ。


 「皆さん、おはようございます。新学期という事もあり、皆さん明るい気持ちで今日と言う日を迎えた事でしょう。……しかし、皆さんへ、非常に残念なお知らせがあります」


 彼女の静かな声が響き渡り、その内容に私達生徒一同は首を傾げる。――新学期早々、残念なお知らせ?
 フィデスは固い表情のまま、意を決したように息を吸い込み、吐き出した。


 「――スキル学を担当していたイレックス先生が、お亡くなりになりました」

 「――は?」


 私は思わず声を漏らす。――イレックスが、死んだ?
 困惑しているのは、もちろん私だけじゃない。フィデスの言葉を聞いた生徒たちは途端に騒めき始める。


 「皆さん、お静かに。……彼は不愛想で悪い所も目立ってはいましたが、教師としては優秀な人材でした。本当に、惜しい人を亡くしました」

 「本当にそう思ってるのかな?」

 「フォルティア、しっ」


 隣で耳打ちされた言葉に、私は小声でフォルティアを諭した。彼女は「はーい」と小さく返答した。……普段優しい彼女がこんな言葉を吐くほど、イレックスという教師は生徒から嫌われていたのだ。
 私は再び壇上へ目を向けた。フィデスは話を続けている。


 「という事で、今日は皆さんにご紹介したい人がいます。……レクス先生、こちらへ」


 彼女の呼びかけに、先程気になった眼鏡をかけた見知らぬ男が前へ出る。


 「初めまして。僕の名前はレクス。亡くなったイレックス先生に代わって、スキル学のを受け持つことになりました。皆さん、よろしくお願いします」


 そう言って彼は穏やかに微笑んだ。なんだかジェイルに似た雰囲気を感じるが、彼とは決定的に違うところがある。……天然たらしの雰囲気がない、ただの優男風なのだ。
 自己紹介をして、自身の経歴などをつらつらと話す彼――レクスを横目に、私は別の事を考えた。

 ――イレックス先生は、なんで亡くなったんだろう。

 彼は中年ではあるが、まだ若い。去年まで見てきた彼は元気そうだったし、病気の線は低いだろう。事故だろうか?
 悶々と考えていれば、周りの拍手で私の意識は浮上した。どうやら、レクスの挨拶が終わったらしい。

 横にいるフォルティアが「ねぇ」と私の耳へ唇を寄せた。


 「レクス先生、良い人そうだね」

 「え?……ああ、そうだね」


 彼女の言葉に頷いて、私は壇上にいるレクスへ視線を向けた。
 彼は微笑んだまま、講堂を見渡している。まるで、何かを探している様に。そんな彼と、目が合い――彼は一層、笑みを深めた。

 ――え?
 私はレクスを見たまま固まってしまう。彼は私の方を見ると、辺りを見渡す事をやめて視線をこちらへ向けたまま。
 
 ――私を見ている?いや、まさか。
 自意識過剰だろうか。しかし、少し気味が悪いのは事実。私は慌てて彼から目を逸らした。


 「リリアちゃん?」

 「何でもないよ」


 不思議そうに首を傾げるフォルティアに、私は笑いかけた。……多分、ぎこちない笑みになってしまっただろう。






 昼食の時間になり、私達は食堂に来ていた。
 レオとフォルティアは相変わらず言い合いをしていて、私とベリタスは苦笑いを浮かべた。

 フォルティア達に気を取られていたからだろう。……私は、人とぶつかってしまった。


 「わっ」


 短い声を上げて、私はふらついてしまう。
 後ろへよろけそうになったところを、誰かの腕が私の腕を掴み支えた。
 

 「おっと!君、大丈夫?」

 「あ、はい。すみません、大丈夫で――」


 聞こえた声に顔を上げて、私は固まった。……そこにいたのは、新しくスキル学の担当になったレクスがいた。
 私はハッとして慌てて謝れば、彼は穏やかな笑みで首を振った。


 「いや、君は悪くないよ。ちゃんと周りを見ていなかった僕が悪いから」

 「い、いえ。私も前を見ていなかったので……本当にすみません」

 「ハハッ、そんなに謝らないでくれよ。リリアは、怪我はないかい?」

 「え?」


 レクスの言葉に、私は瞠目する。――なぜ彼が私の名前を知っているのだろう?
 私がよっぽど驚いた顔をしていたのだろう。彼は「あっ」と声を上げ、慌てて否定するように手を振り始めた。


 「突然ごめん!いや、スキルなしの子がいるって事前に聞いてたから、君の事は知ってたんだ。……その、いきなり名前呼ばれてビックリだよね、アハハ」

 「あー、なるほど。私、有名人なんですね」


 気まずさを緩和させたくて冗談を言えば、レクスは「もちろん」とお茶目に笑った。
 ――なんだ。結構、彼は良い人なのかもしれない。
 そう思ってしまえば、彼に抱いていた警戒心は少し溶け、緊張も解ける。

 私が「それじゃあ」と別れを告げると、彼は「あ、うん……」となぜか名残惜しそうな顔で頷いた。なんだろうか。
 少し不思議に思いながらも、私は彼から離れて友人達の元へと戻る。私達のやり取りを見ていたらしい、レオとフォルティアが声を上げた。


 「新しい先生、良い奴そうだな」

 「ね!スキルなしって知っても、リリアちゃんの事、馬鹿にしないし。イレックス先生と違って」

 「フォルティア?」

 「いや、不謹慎なのは分かってるんだよ?でもさ、リリアちゃんに酷い事言ったイレックス先生と比べると……やっぱりねぇ」


 そう言ってフォルティアは可愛い顔を少し歪ませた。
 どうやら、彼女がイレックスを嫌っている理由は私が関わっていたらしい。その事実に感動と罪悪感を同時に覚える。
 
 
 「…………」

 「……ベリタス?」

 フォルティアとレオから目を離せば、何やら難しい顔のベリタスが目に入る。そういえば、彼はずっと黙ったままだ。
 私はなんだか不安になって彼の顔を覗き込む。私に気付いたベリタスはハッとして、慌てた。


 「リリア?どうかした?」

 「いや、どうかしたって……ベリタスこそどうかしたの?なんか、ずっと静かじゃない?」

 「え、そう?」

 「うん、そう」


 私が頷けば、ベリタスはまた黙り込んだ。一体、何なのだろうか?
 首を傾げて彼を見つめれば、私の視線に「なんでもないよ」とベリタスは笑った。


 「さ、早くご飯食べよう」

 「あ、うん」


 何かが腑に落ちないまま、私は差し出された手を取った。
 彼の手は、数年前に握った時よりも一回り大きくなっていて、私の胸がどきりと跳ねた。

 この数年で、ベリタスの背はとても伸びた。女子の中でも背の高い方の私の頭一つ分は大きい。
 不思議と熱くなった胸を抑えて、私は彼に導かれるまま着いて行く。彼の手は、ずっと温かかった。



 *



 
 「リリアちゃん、でしたっけ?」


 薄暗い部屋の中、女が柔和な笑みを浮かべて男に尋ねた。柔らかい顔つきをしているはずなのに、女の目つきは鋭い程に冷たい。
 尋ねられた男は、椅子に座ったまま女を見上げ、微笑んだ。

 
 「ああ。お前には、ちゃんと話していなかったな」


 低い声でそう言えば、女は「それで?」と続けた。


 「その子。結局、どうするおつもりですか?」

 
 ふわり、美しく微笑みながら女は問いかけた。――その問いに、男の唇は歪んだ。


 「私の物にする。――たくさん傷付けて、私しか見えないようにして。誰の事も信じられないようにして……」
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