恋と呼べるまで

ななし

文字の大きさ
1 / 16

再会Side天音

しおりを挟む
 
 付き合っていたあの頃、彼のことは別に好きじゃなかった。
 
 平凡すぎるほど平凡。背が高くて、スタイルはいいのに、地味な服を好み、性格も優しすぎて、多分、つまらないなんて、女の子達に言われてきたんだろうなってそんな人。
 女馴れしていないのか、私の手に触れるだけで、指を震わせていた。今思えば、そんな姿も可愛らしかったのだろうけど。
 私には他に思う人が居たから。
 申し訳ないと思いながら、彼を本当の意味で好きにはどうしてもなれなかった。
 それなのに。
 今、こうして彼を思い出してしまうのは、どういうことなんだろう。
 
 『あ、天音さん…、す、す好きです。』

 少し上ずった声を今でも思い出せる。誰とも付き合う気などなかったのに、その真剣な眼差しに揺れた。この人だったら、あの人を忘れさせてくれるんじゃないかと。
 ―――でも、駄目だった。私が、壊した。私が、すべて踏みにじって終わりにしたのだ。

                          *** 


 仕事を終えて、私は急ぎ足で池袋の改札を抜けた。
 
 思ったよりも早く商談が終わったのは、嬉しい誤算だった。見たかった映画のチケットの予約は電車の中で済ませてある。あとは映画の時間まで、久しぶりに服でも見て、美味しいご飯でも食べようかと、心が躍る。
 
 池袋の街を回るのはどれぐらいぶりだろう。普段は乗り換えに利用するだけで降りることなんて滅多にない。そもそもここしばらく池袋の街を避けていたこともあって、随分と久しかった。ざっとみただけでも、立ち並ぶ店は色々と変わっていそうだった。
 
 そういえば――彼と会ったのもこんな日、だった。仕事が早く終わって浮かれていた日。懐かしくもあり、どこか痛みを伴うその記憶に、私はぼんやりと意識を飛ばす。

『天音さん……』

 困ったように眉を下げて笑う彼の表情を見ているのが、私は嫌いじゃなくて。不器用で、少しからかいたくなるほどに、一生懸命で一途な人だった。震えながら、想いを伝えようとする彼の姿は、年上とは思えないほど、可愛らしくて、なんだか微笑ましかった。
 
 思い出すつもりもなかった記憶が次々とこぼれ落ちて、らしくもなく、もしあの時、なんて考える。「もし」の過去なんて、どこにもありはしないのに。
 
 「天音さん!」

 幻聴?ううん、確かに今――。私はあたりを見渡し、息を切らせて走ってくるその人を見て、動きを止めた。ひょろりと高い背、見るからに人の好さのにじんだ優しげな面差し。逃げ出したい、そう思った。

「なんで…」
「僕もびっくりしました。偶然ですね。お仕事帰りですか。」

邪気のない笑顔はあの頃のまま。

「あ、ええ……」
「よかった、ここで会えて。」

会えてよかった?あんな別れ方をしたのに、どうして。疑問が頭をめぐるけれど、そのどれも口にすることができず、私は彼から目をそらした。

「天音さん、よかったらこの後時間とかありませんか…?僕…」
「私、用、あるから…」

知らず、語気が強くなった。話など…今更できるわけもない。

「あ、そうか、そうですよね…すみません。」

しゅんとうなだれる彼の姿に罪悪感がこみあげる。のどもとまで出かかった、謝罪の言葉を飲み込んで、私は唇を噛んだ。

「その、あ、えっと、じゃあ、よかったらまたお茶でも……」
「ごめんなさい。」
「あ、天音さ……」

必死に言葉をつむごうとする彼の姿を見ていられなくて、私は慌てて逃げ出した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

彼の巨大な体に覆われ、満たされ、貪られた——一晩中

桜井ベアトリクス
恋愛
妹を救出するため、一ヶ月かけて死の山脈を越え、影の沼地を泳ぎ、マンティコアとポーカー勝負までした私、ローズ。 やっと辿り着いた先で見たのは——フェイ王の膝の上で甘える妹の姿。 「助けなんていらないわよ?」 は? しかも運命の光が私と巨漢戦士マキシマスの間で光って、「お前は俺のものだ」宣言。 「片手だけなら……」そう妥協したのに、ワイン一杯で理性が飛んだ。 彼の心臓の音を聞いた瞬間、私から飛びついて、その夜、彼のベッドで戦士のものになった。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて

アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。 二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――

最強魔術師の歪んだ初恋

黒瀬るい
恋愛
伯爵家の養子であるアリスは親戚のおじさまが大好きだ。 けれどアリスに妹が産まれ、アリスは虐げれるようになる。そのまま成長したアリスは、男爵家のおじさんの元に嫁ぐことになるが、初夜で破瓜の血が流れず……?

届かぬ温もり

HARUKA
恋愛
夫には忘れられない人がいた。それを知りながら、私は彼のそばにいたかった。愛することで自分を捨て、夫の隣にいることを選んだ私。だけど、その恋に答えはなかった。すべてを失いかけた私が選んだのは、彼から離れ、自分自身の人生を取り戻す道だった····· ◆◇◆◇◆◇◆ 読んでくださり感謝いたします。 すべてフィクションです。不快に思われた方は読むのを止めて下さい。 ゆっくり更新していきます。 誤字脱字も見つけ次第直していきます。 よろしくお願いします。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

処理中です...