彼と彼女の曖昧な関係。

いしもりえりか

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第3夜

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21時45分。日付が変わる頃まで営業している大型書店に、僕はいる。どこか落ち着かない日は、この時間よくこの書店に足を運んでしまうのだ。活字中毒、とでもいうべきか、僕は所謂“本の虫”。

「・・・あれ?」

やけにはっきり聞こえた声。何気なく顔を上げれば、知った顔が驚いたようにこちらを見ていた。

「そっちもレポートの参考文献探し?」

彼女は同じ文学科の同じゼミ生だ。

「・・・いや、」

社交的な彼女と違って、僕は必要以上に人と関わることをあまり好まない。いや、好まない、というよりどちらかと言えば、あまり得意ではなくて。だからいくら少人数ゼミだからといって、僕と彼女が仲良し、なんてことはない。なのに彼女はよく、飽きもせず僕に声をかけてくるのだ。

「そうだよね・・・私ったらすっかり忘れててさ、今さっき思い出したんだよね・・・。」

彼女はそう言いながら、僕の後ろにあるコーナーに足を向ける。物色しては、唸る彼女。後ろでそれが数回繰り返されて、僕は僅かに眉をひそめた。

「・・・これとか、これ。」

彼女が見ている棚の斜め上あたりから、2冊ほど取り出して彼女の前に置く。

「わ、ありがと!」

別に・・・、と返して、再び元の棚へと身体を戻し、手元の本に視線を戻す。ぱらぱらと本をめくる音がしばらく続いて、よしこの2冊買おーっと、と小さく呟く彼女の声が聞こえた。

「ほんと、本好きだよね。」

いつの間にか隣に並んだ小柄な彼女が、少し背伸びをして僕の手元を覗き込む。

「・・・っ」

ふいに漂う甘い香りに、戸惑う僕。

「それ、面白そうだね。」

彼女は僕の動揺に気付かないまま、下から覗き込むようにしてあらすじを見る。

「私、本読むの苦手なんだ~。」

そう言って笑う彼女を、動揺していたのも忘れて思わず凝視してしまった。

「あ、今、じゃあ何で文学科にいるのか、って思ったでしょ!」

何も言っていないにも関わらず、僕の顔を見て、図星だ、と笑う。

「書くのは好きなの。」

『読むのは苦手だけど書くのは好き』なんて人いるんだな・・・と思いながら、へぇ、と返す。僕はもっぱら読む専門だ。書くのはあまり得意じゃない。物語なんかは特に。

「私とは違って、読む専っぽいよね。」

なんて楽しそうな彼女。ところでレポートはいいのだろうか。・・・まぁ僕には関係ないのだが。

「ねぇ、絶対に読まないジャンルってある?」

疑問形には流石に返事をするべきだろうか、と少し考えて。

「・・・ホラー。」

怖いの苦手なの?と彼女は目を丸める。

「・・・悪い?」

思ったよりも刺々しくなってしまった。謝らねばと顔を向けると彼女は、ふふふ、と笑っているではないか。

「ごめんごめん・・・怖いものなんてありません的なタイプだと思ってたから、つい。」

私も怖いの苦手、なんて笑うから思わず。

「・・・そっちこそ、この前お化け屋敷の話になった時、平気って言ってたデショ。」

余計なことを言ってしまった、と心の中で舌打ちする。彼女はそんな僕にまた少しだけ驚いたような顔をした。

「聞いてたの?」

・・・嫌でも聞こえてくる、と不貞腐れる僕を見て、彼女は堪えきれなくなったかのように笑う。

「あの時は・・・ほら、そういう空気だったから、かな?」

なぜ疑問形なんだ・・・とは思ったが、そう言った彼女の表情はいつものそれより大人っぽい気がした。普段はもっとあどけない印象の彼女とはあまり結びつかなくて、こんな表情もするんだな、と少しだけ驚く。

「からかわれて目立つのは、少し苦手で。」

そう言って苦笑いをする彼女は、意外だった。まぁ確かに、からかわれて良い気がする人はあまりいないだろう。それでも、いつも人の輪の中心にいるような彼女が、そんなことを口にするのはやはり意外だったのだ。

「あ!今の、みんなには内緒ね?」

「・・・ああ。」

興味のないような僕の相槌のあと、僕と彼女の間には沈黙が流れて。僕は手元の本に意識を戻したけれど、それでも彼女は隣から動こうとはしなかった。しばらくしても彼女は隣で本を手にとっては戻して、を繰り返していて。僕はなんとなく落ち着かなくて、ねぇ、と彼女に声をかけた。

「ん?」

本棚から視線を僕に移した彼女が首を傾げる。そんな彼女に、・・・帰らないの?と問えば。

「・・・あ、ごめん、邪魔だった?」

少し考えたあとに、困ったように笑う彼女。

「・・・そうじゃないけど、」

けど、なんだろう・・・と考えて。

「レポート残ってるんじゃないの?それに・・・こんな時間に、女の人が一人でふらふらしてたら危ないデショ。」

当たり障りのない結論に至った。彼女はそんな僕を見て、少しだけ目を見開いて。

「そうだよね・・・じゃあ帰ろうかな。」

ちょっとだけ嬉しそうな彼女に、僕は怪訝な表情を浮かべる。まぁいいか、と本を閉じて、その本を片手にレジへ向かおうと動いたが、彼女は一向に動く気配がない。

「・・・ねぇ、帰るんじゃないの?」

少しだけ眉を寄せる僕に、彼女は驚いたようにこちらを見た。

「・・・ついでだから、送ってあげてもいいよ。」

僕の車でもいいならだけど、と付け足す。

「え・・・いいの?」

別に・・・嫌なら無理して乗らなくていいよ、と僕。

「っ・・・嫌じゃない!」

慌てて駆け寄ってきた彼女は、やはり嬉しそうで。彼女を送り届ける道中も、纏う空気はやはりご機嫌なときのそれだったように思う。彼女と別れて自宅に帰ってからも、何が彼女をそんなに喜ばしていたのか、結局僕にはわからなかった。
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