彼と彼女の曖昧な関係。

いしもりえりか

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第6夜

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22時。繁華街の片隅にある時計の下につまらなさそうに立つ小柄な少女。そしてその少女を囲む、2人の男。

「キミ、可愛いね~。こんな時間にひとりじゃ危ないよ~?お兄さんたちと一緒に遊ばない?」

大人びた容姿だが・・・高校生くらいだろうか。
少し離れたところでふと目についたその光景に、無意識に足を止める。それはこの辺りではありふれた光景で、いつもなら気にも留めない筈だった。

「・・・。」

・・・こんな時間にこんな所いるってことは、そういうことだろ。だからそこに気を取られる必要はない、と自分に言い聞かせ足を動かす。2人の男はまだしつこく何かを言っているようだ。

「・・・くそ・・・っ、」

ちっ・・・、と小さく舌打ちを零して、そちらに近づく。

「おい。うちの・・・姪に何か用か?」

あぁ?と今にも殴りかかりそうな勢いで振り向いた2人の男が、一瞬で顔を引きつらせた。振り向いた先に図体のでかい厳つい男がいるのだ、顔が引きつるのも無理はない。一方で少女は、驚くわけでもなく、ただぼんやりとこちらを眺めている。

「お前も、この辺りは危ないから俺のところに来るなら前もって連絡寄越せって言っただろ。」

・・・ごめんなさい、と少女は消えそうなほど透明な声で、小さく謝る。

「・・・で。もう一度聞くが、うちの姪に何か用か?」

いやその・・・とひとりが口淀み、もうひとりと顔を見合わると、2人の男は足早に去っていった。

「・・・“叔父さん”?」

どうして、と問うような少女の視線。その視線に耐えきれず、・・・すまん、と思わず口に出た謝罪の言葉。

「・・・。」

何も言わずこちらをじっと見据える真っ直ぐな瞳に、なんとも居たたまれない気持ちになり、じゃあ・・・と踵を返そうとしてその足を止める。

「・・・誰か、待ってんのか。」

何気なく口から出たその問いに、深い意味はなかった。そんな俺を知ってか知らずか、・・・別に、と抑揚のない声で少女が返す。

「・・・そうか。」

もう一度、じゃあ・・・、踵を返そうとして。

「ねぇ。」

かけられた声に、再び視線を移した。

「・・・今何時?」

ちらりと腕時計に視線を落とす。

「・・・22時を過ぎたところだ。」

そう、と一言零した少女が、ひとつ息を吐き、無造作に髪をかきあげて。

「おじさん、」

じっとこちらを見やる少女に少しばかり顔をしかめて、何だ、と返す。

「暇?」

少し考えて、まぁ・・・と、なんとなく口淀めば。じゃあ付き合って、と俺の帰路とは反対方向に歩き出す。

「ちょっ、おい・・・!」

少女はチラリとこちらを見て、スタスタと足を進める。ちっ・・・と、小さく舌打ちして後を追う。

「おい・・・どこ行くんだ。」

そう問いかければ、少し面倒そうに振り向いて、ご飯は?と質問を返してくきた。

「いや・・・まだだけど・・・」

じゃあ黙ってついてきて、と。

「あら、いらっしゃい。」

どうやら目的地は5分ほど歩いたところに佇む、昔ながらの定食屋だったようだ。

「おばちゃん、おまかせ定食2つ。」

あいよ、と温和そうな中年の女性がカウンターのなかで準備に動く。注文を選ぶ権利もないのか・・・と少し考えたがすぐに、まぁ別にいいかと思い至り、黙って促されるまま席に着いた。

「嬢ちゃん、こんな時間にあんな場所にいたってことは誰か人でも待ってたんじゃないのか?」

一息ついて、そう問いを投げれば、少女は小さく首を横に振る。

「・・・別に特定の誰かを待ってたわけじゃない。」

やっぱりか。・・・まぁ俺には関係ないことなのだが。

「普段は22時になって相手がいなければ切り上げるけど・・・そうだ。おじさん、今からでも私と遊ぶ?」

「・・・は?!」

別段冗談を言っている風でもない少女に、俺は言葉を失う。

「冗談だよ。」

分かりにくい・・・と頭を抱えたくなる衝動を抑えていたところへ運ばれてきた定食をみて、空腹を思い出した。いくつかの惣菜とご飯とみそ汁、そして漬物。美味しそうな上に、ボリュームもある。

「さっき助けてくれた、お礼。」

いや別に大したことは・・・と言いかけた俺の反論を華麗にスルーし、いただきます、と手を合わせて、黙々と食べ始めている少女。そんな相手に、溜息をひとつ落として、ひとまず目の前の料理を食べることにした。

「うまい・・・」

途端に夕方に感じた空腹を思い出して、箸が進む。

「おじさん、独身?」

少女がおもむろに質問を投げてくる。視線は定食に視線を向けたままだ。

「奥さんいたら、今嬢ちゃんとここにいねーな。」

そう言って低く笑えば、確かに、と少女も小さく笑う。

「・・・嬢ちゃんは、なんで援交なんかしてんだ?」

さっきナンパを全く相手していなかったところを見る限り、おそらく商売相手は金を持ってるおっさんなのだろう。

「ひとりが苦手なの。」

一瞬合わさった視線を、すっ、とそらしながら答える少女に、ただの非行少女ではないのだろうな、とぼんやり考えを巡らせる。

「ひとりでいる時間を減らすために食事が必要なら食事をするし、セックスが必要ならセックスをする。」

流石に痛いこととか危なそうなことはしないけど、と付け足しているが、最近の若者の貞操観念は理解できそうにない。

「お金は・・・一人暮らしだし、あるに越したことはないから貰うけど、本当はどっちでもいいの。いくら相手を選んでいるとはいえ、好きでもない人恋人扱いはされたくないし・・・その点お金の関係って楽だから。」

本当にひとりで過ごす時間が嫌なんだな、とぼんやり思う。

「じゃあ、俺ん家に来るか?」

え?と少女も驚いているが、あまりにも無意識に放った言葉に、何より自分自身が驚いた。が、まぁ別にいいか、とそのまま話を続ける。

「・・・セックスしよう、って意味じゃないぞ。お金の関係でも、恋人でもなく、ルームシェアでもするか、って意味。」

「ルームシェア・・・?」

俺は、今でいうルームシェア用に設計されている一軒家で暮らしている。学生時代からそこで世話になっていたのだが、今では住人が俺だけになっているので、実質一人暮らしなのだが。

「隣に住んでる大家のばーちゃんも住人が増えれば喜ぶだろうし、何より朝夜2食付きで家賃が安い。」

どうせ一人暮らししてるなら一緒だろ、と。

「まぁ今日初めて会ったやつに言う話じゃねぇな、・・・忘れてくれ。」

「する。」

思わず、あ?と聞き返す。

「ルームシェア、する。おじさんと。」

顔を見れば、話すトーンは変わらないくせに、やけに目を輝かせた少女がそこにいた。
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