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第7夜(後編)
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「・・・あの、お礼にコーヒーでもいかがですか?」
すぐに、部長が小さく息を飲んだのがわかった。自分でも、相変わらず大胆なことを言っている自覚はある。こんな時間に上司を、ましてや一度は一線を越えたことのある男性を、自室に誘うなんて。
「・・・君は、こんな時間に男を部屋に招き入れる意味を、分かって言っているんだろうね?」
そう問う部長の声は心なしか硬い。軽蔑、されただろうか。いや・・・軽蔑なんてきっと、半年前のあの時既にされているだろう。
「ご迷惑、ですよね・・・。」
部長が、はぁー、と溜息をついて。私はそんな部長にびくりと肩を震わせる。
「・・・この近くに、パーキングはあるかい?」
何を聞かれたかわからなくて、え?と俯いてしまっていた視線を部長に戻した。一瞬理解が遅れたが、すぐに意味がわかり、角を曲がったところにあるパーキングの場所を伝える。
「外は寒いから、先に部屋に帰っていてくれ。」
そう言って何号室かを問い、私を下ろした車はマンションの前から走り去っていく。車が見えなくなるまで、ぼーっとそのテールランプを眺めて、そうして慌てる私。急いで部屋に入り、コーヒーメーカーを使って、2人分のコーヒーを準備した。
「お邪魔します。」
数分後に鳴ったチャイム。玄関を開けて、部長を中へ招き入れる。自分の部屋に部長がいるという事実を、まだ私の心は受け入れていないようだった。
「狭くてすみません・・・。」
部長をソファに案内して、淹れたてのコーヒーをローテーブルに運ぶ。そして一瞬、どこに座るべきかを考えた。ソファは2人掛けだけど、小さめだし、第一部長と並んで座るなんておこがましいにも程がある。
「ひゃ・・・っ」
対面で座るのもそれはそれで緊張するし・・・と、結局無難にローテーブルの短辺側のラグの上に座ろうとした私の腕を、部長が突然優しく掴んだのだ。
「僕がソファを使って、家主が床なんて申し訳ないよ。」
隣においで、と何でもないみたいに言う部長に、心音か速まる。それとも・・・、と眉を下げて言葉を続ける部長に、何を言われるのかと緊張が高まった。
「僕のそばは嫌かな?」
ずるい・・・そんな風に聞かれたら、断れないに決まってる。意を決してその手に誘われるまま、隣に座った。触れるか触れないかの距離で僅かに伝わる体温に、いよいよ心臓を吐き出しそうだ。
「・・・半年前のことを、聞いてもいいかな?」
俯く私の頭に降ってきた言葉に、サァー・・・と体温が引いていくのを感じる。あの日のあれは、良くないことだとわかっている。だからたった一度の思い出として、自分の心にそっと仕舞ったし、ちゃんと誰にも悟られないようにした。・・・私は何かそれ以外に、ミスを犯してしまったのだろうか。
「落ち着いて。」
膝の上で無意識に握っていた拳に、そっと部長が手を添える。
「責めているわけじゃないんだ。あの頃の僕は正直限界だったから、あの日そばにいてくれた君に感謝しているし、誰かが悪いのだとしたら、それは少なくとも僕だ。」
はっきりと言い切る部長に、それは違う、と慌てて顔を上げれば、部長は困ったように微笑んでいて。・・・無性に泣きたくなって、また俯いてしまった。
「君が入社してきた時から、一目は置いていたけれど、それはもちろん可愛い部下としてだ。」
上司と部下、その関係を改めて目の前に叩き付けられて、苦しくなる。
「でもあの夜、僕は年甲斐もなく女性としての君に惹かれ、誰の代わりでもなく、君だけを求め欲してしまった。」
・・・え?と思わず顔を上げれば、先ほどと同じ、困ったような微笑み。でもその瞳には、熱が籠っていて。
「だから君があの時、何故こんな僕のそばにいてくれたのかを知りたい。もしあれがただの同情で、それ以上でもそれ以下でもないのなら、潔く諦めるよ。」
そんな・・・それではまるで、部長が私のことを・・・
「愛してしまったんだ、君のことを。」
嘘・・・。
「君の特別に、してはくれないだろうか。」
もうとっくに、部長は私の特別なのに。
「・・・部長は初めの頃からずっと私の憧れで目標で、・・・でもあの日、ホテルで見かけた奥様と、いつもと違う部長を見て、つい・・・仕舞っていたはずの欲が出てしまって・・・、本当はずっと隠しておくはずだったのに・・・」
まとまらない言葉と、止まらない涙。そんな私の涙を親指で拭いながら、片手を私の指に絡ませる部長。
「それは・・・同じ気持ちだと、期待してもいいのかな・・・?」
部長の優しい声に、小さく頷いて。
「ずっと・・・部長のことが、好きでした・・・んっ」
言い終わるが先か否か、そっと塞がれた唇。酸素を求めて開いた口を逃さず、どんどん深くなっていく口づけ。
「・・・ごめん、可愛過ぎて我慢がききそうにない。」
そう言った部長の瞳はいつもの優しい穏やかなものではなくて、半年前のあの夜一瞬だけ目にしたのと同じ、ギラギラとしたものだった。
「僕、最初に聞いたよね?こんな時間に男を部屋に招き入れる意味を分かっているのかって。」
小さくこくこくと頷けば、部長は満足気に微笑んで。
「じゃあ、ソファとベッド、どっちがいい?」
首を傾げて聞いてきた。部長の声が、表情が、仕草が、私に触れるその指先が、とんでもない甘さで。その過ぎる甘さに、目眩を覚える。
「べ、ベッドで・・・」
それでもかろうじて選び、口を開く私。わかった、と微笑んだ部長は、私をお姫様抱っこで軽々と抱き上げて、ベッドまで運び、優しく降ろす。
「あ、あの、シャワー・・・」
天井を背景に、ん?と首を傾げる部長を直視してしまい、その破壊力に思わず手で顔を覆ってしまう。
「あぁ・・・大丈夫、あとで僕が責任を持って洗ってあげるよ。」
だから安心して気持ちよくなりなさい、と。噛み合っているのか噛み合っていないのかわからない会話に、異議を唱える間も与えられないまま、顔を覆う手を絡め取られてしまった。
‐ ‐ ‐ ‐ ‐
この人は、本当に43歳を目前にしているのだろうか。
「無理をさせ過ぎてしまったかな・・・?」
申し訳なさそうに言いながら、私の髪を洗う部長。恥ずかしさよりも情けなさよりも申し訳なさよりも何よりも、身体中のダルさが勝って。先程までとは打って変わって献身的に私を清める部長に、脱力して身をまかせる。
「あの時はこんな風じゃなかったのに・・・」
独り言のように小さく、無意識に出てしまった言葉に、部長は苦笑いを零して。
「僕は昔から何事も淡泊な方だと言われてきたけれど、」
淡泊・・・?部長が・・・?あれで・・・?と怪訝な表情をする私に気づいて、部長は不敵に笑った。
「どうやら君に関しては違うみたいだ。」
・・・これから先身体が持つのだろうか、と少し心配になったのは私だけの秘密。
すぐに、部長が小さく息を飲んだのがわかった。自分でも、相変わらず大胆なことを言っている自覚はある。こんな時間に上司を、ましてや一度は一線を越えたことのある男性を、自室に誘うなんて。
「・・・君は、こんな時間に男を部屋に招き入れる意味を、分かって言っているんだろうね?」
そう問う部長の声は心なしか硬い。軽蔑、されただろうか。いや・・・軽蔑なんてきっと、半年前のあの時既にされているだろう。
「ご迷惑、ですよね・・・。」
部長が、はぁー、と溜息をついて。私はそんな部長にびくりと肩を震わせる。
「・・・この近くに、パーキングはあるかい?」
何を聞かれたかわからなくて、え?と俯いてしまっていた視線を部長に戻した。一瞬理解が遅れたが、すぐに意味がわかり、角を曲がったところにあるパーキングの場所を伝える。
「外は寒いから、先に部屋に帰っていてくれ。」
そう言って何号室かを問い、私を下ろした車はマンションの前から走り去っていく。車が見えなくなるまで、ぼーっとそのテールランプを眺めて、そうして慌てる私。急いで部屋に入り、コーヒーメーカーを使って、2人分のコーヒーを準備した。
「お邪魔します。」
数分後に鳴ったチャイム。玄関を開けて、部長を中へ招き入れる。自分の部屋に部長がいるという事実を、まだ私の心は受け入れていないようだった。
「狭くてすみません・・・。」
部長をソファに案内して、淹れたてのコーヒーをローテーブルに運ぶ。そして一瞬、どこに座るべきかを考えた。ソファは2人掛けだけど、小さめだし、第一部長と並んで座るなんておこがましいにも程がある。
「ひゃ・・・っ」
対面で座るのもそれはそれで緊張するし・・・と、結局無難にローテーブルの短辺側のラグの上に座ろうとした私の腕を、部長が突然優しく掴んだのだ。
「僕がソファを使って、家主が床なんて申し訳ないよ。」
隣においで、と何でもないみたいに言う部長に、心音か速まる。それとも・・・、と眉を下げて言葉を続ける部長に、何を言われるのかと緊張が高まった。
「僕のそばは嫌かな?」
ずるい・・・そんな風に聞かれたら、断れないに決まってる。意を決してその手に誘われるまま、隣に座った。触れるか触れないかの距離で僅かに伝わる体温に、いよいよ心臓を吐き出しそうだ。
「・・・半年前のことを、聞いてもいいかな?」
俯く私の頭に降ってきた言葉に、サァー・・・と体温が引いていくのを感じる。あの日のあれは、良くないことだとわかっている。だからたった一度の思い出として、自分の心にそっと仕舞ったし、ちゃんと誰にも悟られないようにした。・・・私は何かそれ以外に、ミスを犯してしまったのだろうか。
「落ち着いて。」
膝の上で無意識に握っていた拳に、そっと部長が手を添える。
「責めているわけじゃないんだ。あの頃の僕は正直限界だったから、あの日そばにいてくれた君に感謝しているし、誰かが悪いのだとしたら、それは少なくとも僕だ。」
はっきりと言い切る部長に、それは違う、と慌てて顔を上げれば、部長は困ったように微笑んでいて。・・・無性に泣きたくなって、また俯いてしまった。
「君が入社してきた時から、一目は置いていたけれど、それはもちろん可愛い部下としてだ。」
上司と部下、その関係を改めて目の前に叩き付けられて、苦しくなる。
「でもあの夜、僕は年甲斐もなく女性としての君に惹かれ、誰の代わりでもなく、君だけを求め欲してしまった。」
・・・え?と思わず顔を上げれば、先ほどと同じ、困ったような微笑み。でもその瞳には、熱が籠っていて。
「だから君があの時、何故こんな僕のそばにいてくれたのかを知りたい。もしあれがただの同情で、それ以上でもそれ以下でもないのなら、潔く諦めるよ。」
そんな・・・それではまるで、部長が私のことを・・・
「愛してしまったんだ、君のことを。」
嘘・・・。
「君の特別に、してはくれないだろうか。」
もうとっくに、部長は私の特別なのに。
「・・・部長は初めの頃からずっと私の憧れで目標で、・・・でもあの日、ホテルで見かけた奥様と、いつもと違う部長を見て、つい・・・仕舞っていたはずの欲が出てしまって・・・、本当はずっと隠しておくはずだったのに・・・」
まとまらない言葉と、止まらない涙。そんな私の涙を親指で拭いながら、片手を私の指に絡ませる部長。
「それは・・・同じ気持ちだと、期待してもいいのかな・・・?」
部長の優しい声に、小さく頷いて。
「ずっと・・・部長のことが、好きでした・・・んっ」
言い終わるが先か否か、そっと塞がれた唇。酸素を求めて開いた口を逃さず、どんどん深くなっていく口づけ。
「・・・ごめん、可愛過ぎて我慢がききそうにない。」
そう言った部長の瞳はいつもの優しい穏やかなものではなくて、半年前のあの夜一瞬だけ目にしたのと同じ、ギラギラとしたものだった。
「僕、最初に聞いたよね?こんな時間に男を部屋に招き入れる意味を分かっているのかって。」
小さくこくこくと頷けば、部長は満足気に微笑んで。
「じゃあ、ソファとベッド、どっちがいい?」
首を傾げて聞いてきた。部長の声が、表情が、仕草が、私に触れるその指先が、とんでもない甘さで。その過ぎる甘さに、目眩を覚える。
「べ、ベッドで・・・」
それでもかろうじて選び、口を開く私。わかった、と微笑んだ部長は、私をお姫様抱っこで軽々と抱き上げて、ベッドまで運び、優しく降ろす。
「あ、あの、シャワー・・・」
天井を背景に、ん?と首を傾げる部長を直視してしまい、その破壊力に思わず手で顔を覆ってしまう。
「あぁ・・・大丈夫、あとで僕が責任を持って洗ってあげるよ。」
だから安心して気持ちよくなりなさい、と。噛み合っているのか噛み合っていないのかわからない会話に、異議を唱える間も与えられないまま、顔を覆う手を絡め取られてしまった。
‐ ‐ ‐ ‐ ‐
この人は、本当に43歳を目前にしているのだろうか。
「無理をさせ過ぎてしまったかな・・・?」
申し訳なさそうに言いながら、私の髪を洗う部長。恥ずかしさよりも情けなさよりも申し訳なさよりも何よりも、身体中のダルさが勝って。先程までとは打って変わって献身的に私を清める部長に、脱力して身をまかせる。
「あの時はこんな風じゃなかったのに・・・」
独り言のように小さく、無意識に出てしまった言葉に、部長は苦笑いを零して。
「僕は昔から何事も淡泊な方だと言われてきたけれど、」
淡泊・・・?部長が・・・?あれで・・・?と怪訝な表情をする私に気づいて、部長は不敵に笑った。
「どうやら君に関しては違うみたいだ。」
・・・これから先身体が持つのだろうか、と少し心配になったのは私だけの秘密。
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