戦国時代の武士、VRゲームで食堂を開く

オイシイオコメ

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第56話 お金で買えない努力の結晶

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 その頃、守山田もりやまだと秘書のカオリは退院許可がおりた店主と一緒に、ハイヤーでラーメン店へと向かっていた。

 店主は少し済まなそうにすると守山田もりやまだに話しかけた。

「お兄ちゃん。本当に、すまなかったなぁ。お金まで出してもらっちまって」

「いや店主、怪我が軽くて何よりだったよ。それにゲームで出店するのを承諾してもらった上に、ラーメンを教えほしいなんて無茶なお願いも聞いてもらって……」

「いやぁ、ウチのラーメンは特別な事をしてるワケじゃないんでね。お客さんに美味しく食べてもらえるように丁寧にやってるだけだから」

「なるほど……。しかし、なんだか今の私に必要な事のような気がするな……」

 守山田もりやまだと店主が話をしていると、ハイヤーはラーメン店に到着した。

守山田もりやまだ様、到着致しました」

「うん、ありがとう」

 守山田もりやまだとカオリは店主を電動車椅子の「エキセントリックGO」に乗せると、シャッターを開けて店に入った。

 店主はゆっくりと店の中に入ると、匂いをいで下を向き、頭を横に振った。

「ゲンコツ(豚のひざ間接部分の骨)入れたまんま店を空けちまったからな。スープはやり直しだな」

 それを聞いた守山田もりやまだが店主に尋ねた。

「やりなおし?」

「ああ、もう変な匂いがしちまってる。丁度いい、一緒にスープを作れば、お兄ちゃんも覚えられるだろう?」

「店主のスープを私に教えてくれるのか?」

「さっきも言っただろう? ウチは大した事してないって。材料と分量だけならインターネットにも書いてあるよ」

「ええっ!? インターネットに?」

「あぁ。でもな、丁寧に仕事をすればスープは濃厚な味を保ちながら透き通った味になるんだ」

「そ、それがあの味……」

「まぁな。お兄ちゃん、悪いんだけど寸胴鍋を一度温めてそこの廃油箱にスープ捨てちゃって、中のゲンコツはゴミ箱に捨ててくれるかい?」

「わかった店主。じゃあ、それが終わったらスープの作り方を教えてくれ」

 するとカオリが守山田もりやまだに言った。

守山田もりやまだ様。それはいけません」

「えっ?」

「いいですか。今、店主様は守山田もりやまだ様の師匠です」

「師匠?」

守山田もりやまだ様。あのスープはこちらの店主が努力した結果です。それを教えて頂くのですから敬意を払わなければなりません」

「あっ、そうか……。そうだよね。お金で買えない努力の結晶を頂くんだもんね」

 それを聞いた守山田もりやまだは店主に頭を下げながら言った。

「店主……、いや店主様。よろしくお願い致します。ぜひ私にスープの作り方を教えて下さい」

「はっはっは、店主様だなんて。……お兄ちゃんは素直だな。良い男だよ」

「え? あ、いや、はは」

 守山田もりやまだは少し照ながら寸胴鍋を温め始めた。


 その頃、虎一郎たちは店にテーブルや椅子、そして小さな厨房を設置し終え、みんなでイリューシュの家を訪れていた。

 虎一郎はお店の開店準備を手伝ってもらったお返しに、イリューシュから厨房を借りて試作品を作り、みんなに振る舞おうとしていた。

 虎一郎を手伝っていたアーボンはイリューシュと一緒にストックルームへ行くと、イリューシュが大きな冷蔵庫から大きな豚肉のかたまりを取り出した。

「はい、これが豚肉です、アーボンさん」

 アーボンは大きな豚肉のかたまりを受け取ると、頭を下げながらイリューシュに言った。

「イリューシュさん、ありがとうございます。これで試作品ができます。しっかし、こんな豚肉のかたまりがまだあるなんで驚きですよ」

「新しいバージョンになると動物の肉が手に入れる事が難しくなると聞いたので買っておいたんです。でももう20年以上も前ですね。ふふふ」

「へぇぇ、さすがイリューシュさん」

「この世界ではお肉の賞味期限は無限ですから、その時たくさん買っておいたんです。でも豚肉はそれで最後なんですよ」

「ええっ! マジすか?」

「ええ、牛肉ばかり買ってしまって……。それにその豚肉はランクが一番低いので、調理したらかたくなりやすいかもしれません」

「へへへ、その点は大丈夫です。ウチは安売りの培養肉ばいようにくしか買わないんで慣れてるんで。ちなみに炭酸水とかってあります?」

「冷蔵庫にヴィルキンソンの炭酸水がありますよ。ご自由に使ってくださいね」

「あ、ありがとうございます。じゃあ、虎一郎くんと肉うどんを作ってくるんで少々お待ちを。あ『北のほなみ』の麺は貴重なんで特別な時のために冷凍しときますね」

「ふふふ、お願いします」

 アーボンはイリューシュに頭を下げると、虎一郎が煮物を作っている奥の厨房へと向かった。


 一方、居間ではコスギや忍者たちと一緒に、茜衣あい菜七海ななみ、そして愛芽めめがお店の看板と店名、内装のデザインを話し合っていた。

 当の虎一郎は店の名前が全く思い浮かばず、みんなに店の名前を任せていたのだった。

 サッ ササッ サァー

 菜七海ななみはスケッチブックに看板の枠を描くと、みんなに尋ねた。

「ぉ店のなまぇ、どぅする?」

 すると忍者たちが次々と提案していった。

「あ、美味いもの屋ってどうすか」
「食堂・虎一郎様」
「ツバキ屋」
「トラさん」
「大衆食堂・虎」

 するとサクラが思いついて言った。

「とら食堂はどうですか?」

「あ、いいかも」
「シンプルでいい」
「ほんと」
「ぼくも、そう思う」

 すると、それを聞いていたイリューシュも笑顔で言った。

「まぁ、なんだか覚えやすくて良い名前ですね」

 こうして、イリューシュのつるの一声で店の名前が決定した。


 そのころ厨房では虎一郎が煮物、そしてアーボンが肉うどんの準備をしていた。

 アーボンは肉を薄く切ると、ビニール袋に入れて炭酸水を注いだ。

「よし。だいぶ薄く切ったし、15分も置いておけば柔らかい肉になりそうだな」

 アーボンはビニール袋をしばると、それを見ていた虎一郎がアーボンに尋ねた。

「アーボン殿、その赤い物は獣の肉であろうか」

「そうそう。豚肉」

「ぶた肉?」

「あれ、昔って豚肉食べなかったんだっけ。今の世の中は肉を食べるのが普通でさ」

「そうであるか。それは多くのけもの殺生せっしょうすると言うことであろうか」

「いやいや、そもそもここはデジタルせかいだしな」

「でじたる?」

「あ、いや、何でもない。ってか現実世界でも培養肉革命ばいようにくかくめいが起こってからは現実世界でも人工肉じんこうにくが主流だよ。動物を殺さないで作るんだよ」

「作る? 肉を?」

「そうそう。ちょっとおれも仕組みは良く分かんないんだけど、とにかく動物は殺さなくなったんだよ」

「おぉ、そうであったか。それは平和であるな」

「まぁね。でも培養肉にも原料のしがあってさ、ウチはいつもグラム60円くらいの一番安い肉なんだよ。ははは」

 するとそれを聞いた虎一郎は、なんとなくアーボンに尋ねた。

「アーボン殿。私は本来の日本に居ないという事は教えていただいた。しかし本来の日本は今、平和であるのだろうか」

 それを聞いたアーボンは笑顔になって答えた。

「2000年代前半は色々あったけど、今となっては日本はもちろん、世界中めっちゃ平和だな」

「そうであったか」

 それを聞いた虎一郎も思わず笑顔になった。
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