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第六章
二度の茶会
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第六章 二度の茶会
§一日目のお茶会。
国王と王妃、王太子と王太子妃、そして第三王女パトリシアの王室一家、それに、ウッド博士の門下にいた国王の従弟ヒックスリー公爵が出席し、ウッド博士の叙爵を祝った。
公衆衛生学の権威というより、穏やかな好好爺という感じの学者先生は、国王の正面の席に座らされ、コチコチに緊張していたが、話が、彼の専門分野に及ぶと、目をキラキラさせて、国王の御下問に答え、その後は自分の教え子だったヒックスリー公爵と、特に盛り上がって話していた。
テーブルの上には、深紅の薔薇が黄金の花器に入れられて飾られ、銀のトレイの上には色とりどりの果物を乗せたタルトや、焼き菓子、食べやすいように一口台に切られたサンドウィッチが美しく盛りつけられていた。
パトリシアは、長いテーブルの末席にいるヒックスリー公爵と向かい合って座った。そして、ただ静かに微笑み、博士の話に頷いていた。
美しいドレスに身を包んだ二十五歳の王女は、婚期を逃しかけている年齢になったとは言え、まだまだ若く、その場に華を添えるには充分な気品も備わっていた。
§二日目のお茶会
二日目の茶会の日、付き従う女官ウージェス伯爵夫人と共に、パトリシアは部屋に入った。
自分ではなく、ベアトリックスを選んだエドワード・アーヴィンと顔を合わせなければならないのは苦痛だが、王室の一員として、自分は、国に尽くしてくれた臣民にお礼を言わなければならない立場だ。決して、かつての交際相手だったエドワードに対して、昔の冷たい態度を詰るような愚かな真似をしてはならない。
「明日は、王女として、毅然としてなさいね。決して取り乱したりしないように。あなたを信じているわ、パトリシア」
母王妃にそう言われながら食した昨夜の晩餐は、少しもおいしくなかった。
小さなテーブルに茶器と、陶器のデザートプレートには、洋梨のタルトが一個置かれていた。
同じ子爵位を与えているにも関わらず、昨日の学長よりも格下な扱いである。
昨日の博士とアーヴィン家には接点がない。
だから博士とデニス・アーヴィンが会って、それぞれの茶会の規模を報告するようなことはあり得ないはずだ。
それがわかっているから、王家の使用人は時にこういう意地悪をする。
パトリシア王女の結婚相手にふさわしくないと、王宮の使用人の皆が心の中で見下していた平民の商人エドワード・アーヴィンが、爵位を受ける父とともに王宮にやってくる。
宮中保守派と言われる古い家柄の貴族たちにとって、これほど腹立たしいことはいまだかつてなかった。
そのうえ、せっかく王女の結婚相手候補として、王女自らがエドワード・アーヴィンに白羽の矢を立てたというのに、彼には、この縁を名誉と感じ頑張る、といった気概が見られず、むしろ迷惑そうな表情さえ浮かべて、第三王女宮にきていた。
将来、国王の婿として、ふさわしくあるための教育も真面目に受けようとはせず、挙句の果てが、王女を置いて、仕事のため新大陸へ出向くと言い、「いつ戻るかわかりません」と言い放ったのだ。
それを聞いた王女が、「これ以上あなたを待てない」と言って、エドワード・アーヴィンを切り捨て、ミッドフォード伯爵を選んだ時には、王宮のほとんどの人間が内心で拍手喝采したものだった。
王女に切られて、叙爵の名誉も得られなかったはずの成金の家門に、ここへきて、爵位を授けなければならなくなったとは。
その不快感に対する小さな憂さ晴らしを、王家に代々仕える名門貴族はおこなった。
デニス・アーヴィン叙爵の茶会と同日に王太子夫妻の公務をぶつけ、傍系の王族を誰も呼ばず、狭い部屋で茶会を催すように仕向け、少ない茶菓子でアーヴィン一家を迎えたわけである。
だが、このことが、かえって災いし、パトリシアは小さな円卓をアーヴィン家の者たちと囲むことになった。
王と王妃が着席、王太子夫妻は公務で欠席、二番目の兄、第二王子は体調不良を理由に欠席。第二王子が、前日に貴族院議員の子弟たちとポロを楽しんでいたのは、王宮内の皆が知っていることだったから、これも一つの嫌がらせである。
当然ながら、嫁いで既に王家を出た姉二人は来るはずもない。必然的にパトリシアはエドワード・アーヴィンと向かい合って座る羽目になってしまった。
アーヴィン親子が待つ部屋へ入室したパトリシアを、デニスとエドワードの父子が直立不動の姿勢で迎えた。
デニスの妻、ヘレンがいない。
子爵夫人となったヘレンが夫とともに参内しないとは、いったいどういうことだろうか。
(ベアトリックスも来ていないわ……どうして?)
エドワードに視線をやると、これが信じられないことに、優しい笑みを浮かべているではないか。
かつて、退屈そうにため息をついていた彼、まるで寝起きのような乱れた髪でいつもギリギリの時刻にやってきた彼が、今は、初めて出会ったお茶会での時のように髪をオールバックにして額を出し、黒いモーニングを着ている。
一方、胸をときめかせている王女とは裏腹に、側近のウージェス伯爵夫人は不機嫌だった。
貴族として、国王ご臨席の場に初めて出るのに、上着丈の短いモーニングスーツとは。
幅の広いクラバットではなく、細いネクタイを締めているのも略式感がある、と彼女は、平民の礼装を瞬時にチェックしていたのだ。
王女の脇に立つ夫人は、ずっと彼らに冷ややかで無遠慮な視線を投げていた。
パトリシアは、そっと流し目をウージェス伯爵夫人に向け、軽く微笑んだ。
心配しなくてよい、という意味だ。
夫人は、過日の新聞の一面を思い出して苦々しい気持ちになっていた。
「億万長者、新大陸へ向かう船上で結婚!」
エドワード・アーヴィンと、子爵令嬢ベアトリックス・ブライトストーンとの結婚を報じた記事が大きな写真と共に掲載されていたのだ。あの写真によると、新郎はフロックコートを着て、クラバットを結んでいたはずだ。その新郎の隣で微笑むベアトリックスはプリンセスラインのウエディングドレス姿で、艶然と微笑んでいた。
その写真の下に、新聞記者のコメントがあり、二人はまるで中世の王子と王女のように美しく、気品と幸福に満ち溢れていたと書かれていた。
あの日の新聞を決して王女に見せてはならないと腐心した当時のことを、ウージェス伯爵夫人は苦々しく思い出し、目の前の成り上がり父子に、心から腹立ちを覚えた。
あの記事は、船に偶然乗り合わせた記者のスクープだったという。
(自分の結婚式では、フロックコートを着ておいて、王室の方々の前ではモーニングスーツだなんて、どういうつもりなの?この者たち)
先日、子爵位を受けたウッド博士は、フロックコートを着て幅広のクラバットを結び、シルクハットまで手に持っていたのに、この親子は。
なんて生意気な、と、夫人は憤った。
だが、傍らのパトリシア王女は彼らの服装を気にしている様子はなく、ましてや国王夫妻にいつもと違う様子などなかった。
パトリシアは思っていた。古臭く重いフロックコートではなく、エドワードは敢えてモーニングを着てくれたのだと。それが一番自分を引き立たる衣装だと知っているからだろう。
すらりと背が高く、整った面差しのエドワード・アーヴィンを見ると、かつての恨みも飛んでいく。彼女は、じっと吸い寄せられるかのように彼に視線を注いでいた。まるで、自分が彼に一目惚れした、あの茶会の時の再現のようだ、と思いながら。
しかも、あの時と違い、彼のそばに邪魔なベアトリックスはいない。
「デニス・クリスチャン・アーヴィン子爵、そして、子息のエドワード・ライオネル・アーヴィン、このたびの叙爵に際し、新大陸から遠路はるばるの参内、誠に大儀であった」
「国王陛下。この度は、身に余る栄誉を賜り、誠に有難う存じます」
デニス・アーヴィン氏は、恭しく跪くとそう言った。
「多額の納税をありがとう」
父王は、身も蓋もない礼の言葉を述べたあと
「アーヴィン財閥の躍進によって、多くの雇用が生み出され、数多くの民が豊かになった。各方面への寄付にも感謝を表したい。アーヴィン新子爵とその子息に対し、この国の元首として、心から礼を言います」
父王は言い終わると、客人に、着席するようにと手を動かした。
それを見た使用人二名が、デニスとエドワードのために椅子を引く。
「使用人」とは言うが、彼らは五代続いた伯爵家出身で、王宮の侍従を務めている者たちだ。いくら「陛下の客人」とは言え、成金上がりの新貴族、アーヴィン父子のために椅子を引くのは屈辱だったことだろう。
デニスとエドワードが着席すると、お茶を注ぐこともせず、椅子を引いた二人の侍従は静かに一礼して、部屋を出てしまった。
「お二人とも、わざわざ新大陸から王都に戻ってきてくれたのね。ありがとう」
母王妃がねぎらいの言葉をかけた。
「恐れ多いことでございます」
頭を下げて礼を述べる二人に
パトリシアは、待ちきれない、とばかりに
「ベアトリックスはどうされたの?仲睦まじいとお聞きしていた、あなた方ご夫婦が離ればなれとは、どういうことかしら?それに、デニス・アーヴィン新子爵の奥さまもお越しでないとは、どうなさったの?」
とたずねた。デニスの妻ヘレン夫人のことは、付け足し、である。パトリシアはベアトリックスがこの場にいない訳について、内心興味津々だった。
(いくら計算高いあの女でも、一緒に暮らす相手のことをいつまでも騙せるものじゃないはずよ。したたかな悪女の本性を隠し通すことなど無理に決まってるもの。あの性格がバレたのよ。きっと)
パトリシアはワクワクしてきた。
何より、かつてないほどの笑顔を自分に向けているエドワードを見て、久々にパトリシアは胸がときめくのを抑えることができずにいた。
(わたくしのことを懐かしがってくれているのかしら?……もしかして、ベアトリックスに幻滅してるとか、わたくしを選べばよかったと後悔してたりして)
パトリシアは、そっとエドワードに笑みを返した。
そして、交際していた時によくそうしたように、彼の視線を捉えて、ひたと見つめた。
その無遠慮なまなざしが、かつて彼をうんざりさせていた一因だったことも知らずに。
「妻は体調が良くなく……残念ですが、とても長い船旅に耐えられそうもないので、休ませています。名誉な席にお招きいただいたにもかかわらず、欠席せねばならなくなったのは残念だと申しておりました。この度、当家に授けられた身に余る栄誉に対し、妻も、わたしと同様にたいへん恐縮しております。両陛下、そして王室の皆様、とりわけパトリシア殿下への感謝を、妻は常日頃から口にしておりますので、お目にかかることができればどれだけ嬉しく存じたことでしょうか」
と、エドワード・アーヴィンが言った。
(何が、お目にかかりたかった、よ!ベアトリックスなんか、こっちは顔も見たくないわ)
「体調が悪いですって?奥さまは数日間の船旅にも耐えられないほどの重い病気ですの?」
パトリシアは、眉を寄せ、心配そうな表情を作りながら、彼の言葉を待った。ベアトリックスが病気と聞いて、心が浮き立って仕方がない。
(罰が当たったのよ。重い病気で苦しめばいいわ。エドワードがあの女を捨ててくれれば、お父さまにお願いして結婚を許していただくわ)
パトリシアはエドワードを見た。
「妻の体調の急変は、実はわたしに原因がありまして」
エドワードはそうこたえた。
(エドワードが原因で、ベアトリックスが病んだ、ですって?どういうことかしら……生意気なあの女を、エドワードが殴ったりしたのかしら?それとも離婚を言い渡されて、あの女、頭がおかしくなったりでもしたのかしら?)
あの悪女に天罰が下ったのだ。そう考えるだけでパトリシアは胸のすく思いがした。
が
そのとき
「おめでとう」
と、明るく朗らかな声が聞こえた。
母王妃だった。
(いったい何?ベアトリックスが病気なのは、いい気味だけど、あからさまに喜ぶなんて。お母さま……おめでとう、なんておっしゃって、いったいどういうおつもり?)
訝るパトリシアをよそに
王妃は
「ベアトリックスは妊娠初期で体が心配だから、今回はお留守番ってことなんでしょう?エドワードってば、面白いことを言うのね。確かに奥さまの体の変化の原因は、あなただわ」
ホホホと、母は笑った。
「お前、安定期に入るまで、誰にも言わないでと嫁さんから言われていたじゃないか」
と、デニス・アーヴィン氏がエドワードを窘めた。
見るからにデリカシーのなさそうなデニス・アーヴィン氏は
「いや、叙爵の名誉を受けるというのに、息子は、嫁の心配をしすぎて、新大陸の別邸に残りたがりましてな。王宮へ伺うのは父さん一人じゃだめなのか?って何度も聞くんですよ。叙爵、ということの重大さがわかっていないようでして。あまりに名誉なことなので、逆に実感が湧かんのでしょうな。わたしの妻も、嫁が心配で新大陸の家に残ると言いまして……いつか、きっと、お前に王宮の赤い絨毯を踏ませてやると約束して、この度の栄誉でそれが実現したというのに、うちのヘレンときたら、実に欲のないやつです。わたくしと息子の、どちらの妻も、一度、参内致しますとお返事を差し上げてからの欠席で、大変なご無礼をいたしまして」
と、口ではしおらしく詫びつつも、テカテカした赤ら顔を綻ばして笑った。
王と王妃は、笑顔を返した。
王妃は
「おめでた、が理由なんですもの。欠席は当然よ。誰も無礼だなんて思っていないわ。ベアトリックスの体が一番大事よ」
と微笑んだ。国民が敬愛する優しい国母の笑顔である。
それにしても、だ。
下級貴族とは言え、子爵家出身の嫁がついていながら、何をしているのだ。
王宮からの招待がどれほど名誉なことか、姑にわからせることもできなかったのかと、パトリシアはベアトリックスの取り澄ました顔を思い出し、不快でたまらなくなった。
性格の悪いあの女のことだ。自分が出られない晴れの席に、姑だけが出るというのが許せなくて、一芝居打ったに違いない。
(「お義母さままであちらへ行かれたら、わたくし、心細いですわー」、なんて言って、姑を引き止めたのよ。ああもう……ほんとうにイライラするわ。あの女ったら)
だが、その気持ちを抑えて
「まあ……ご夫妻にお子が……それは素敵なお知らせだこと。おめでとう。御安産をお祈りしているわ」
ようやくの思いでそう言ったパトリシアに、デニス・アーヴィン氏が
「そんなに、ニヤついていたら、行く先々で、周囲にバレるぞと言ってるんですが。エドワードには困ったものです」
と言うと、その言葉を受けて
「いや、もう嬉しくてたまらなくて。生まれてくるのが待ち遠しくてなりません。ただ……妻は、つわりのせいで、食欲があまりなくて、それが心配ではあるのですが。自分は大丈夫だから行ってらっしゃいと、妻は送り出してくれたのに、どうにも気になりまして」
と、妻を案じるエドワード。
その彼に王妃は
「大丈夫よ、つわりは、きっとすぐに収まると思うわ。それにね、わたくしが先代王妃さまからうかがった話なんだけれど、つわりが重かった時の子は、優しい子になるんですって。お腹の中から、お母さまの様子をうかがってでもいるのかしらね。苦しい思いを乗り越えて自分の命を育んでくれたと感謝するそうよ」
と優しい笑みを浮かべて言うと
「わたくしは五人の子の母ですもの。お産の大ベテランよ。ベアトリックスにも相談に乗ると伝えてちょうだい」
と胸を張るようなしぐさを見せた。
王妃の言葉を受けて
「ありがとうございます。王妃さまにそうおっしゃっていただけて、妻も心強いことでしょう。妻のもとへ戻ったら早速、気分の良い時にお手紙を差し上げるようにと妻に言わなくては」
そう言うとエドワードはまたもにっこりと笑った。
(なによ、さっきから、妻、妻、って……しつこいったら)
エドワード・アーヴィンの笑顔は自分に向けられたたものではなかった。
彼は愛妻と生まれてくる我が子のことを考えていた。そのせいで、表情が自然と緩んでしまっていただけだった。
彼の微笑みの中に、自分への思慕の欠片を探そうとしたことの愚かさ、情けなさで、パトリシアは居たたまれなくなった。その様子を横目で見ていた王妃は
「じゃあ、こちらに長居をしていただくのも悪いわね。まだお茶も差し上げていないけど、港へは暗くならないうちに行かれたほうがいいわ。少しでも早く夫人のもとにお戻りなさいな。積もる話はまた今度、ということで」
と、茶会のお開きを告げてくれた。
「感謝いたします。両陛下、お気遣い誠に有難う存じます」
そう言って、アーヴィン親子が足取りも軽く、いそいそと部屋を出て行った。
国王の御前から追い払われたとは思わず、閉会を王と王妃からの思いやりだと思って、足早に部屋を出て行けるのは、平民あがりの彼らの「良いところ」だと、パトリシアは思った。
(幸せな者たちだこと)
皮肉めいた笑いを浮かべてみても、見下す対象はすでに部屋の外、まったくもって面白くない。
パトリシアは、茶菓子を黙々と食べ始めた。
「もう一つ、あるかしら?」
洋梨のタルトをデザートナイフで切りながら、次々と口に運ぶ娘を見て、国王夫妻は何とも言えない表情になった。
アル坊や、こと、タンディルトン侯爵は無言のまま、国王の横に立っていた。
侍女長ウージェス伯爵夫人も、パトリシアのそばに立ち、タルトを咀嚼する王女を、胸の痛みを感じつつ、ただ静かに見守り続けていた。
§ 新大陸のベアトリックス
一方、その頃、新大陸のベアトリックスは、義母とともにいた。
「申し訳ありません、お義母さま。ご心配をおかけして」
「いいのよ。無理に食べなくても……ただね、こうしてみたらどうかしら?」
ほぐしたチキンに、エドワードの母、ヘレン・アーヴィンがレモンを絞った。
「癖の強いコリアンダーも、こんな時なら逆にいいかもしれないわ」
ヘレンが、青臭い香菜を刻んで皿のチキンに乗せた。
「爽やかで良い香りですわ。これなら大丈夫かも」
フォークを手に取り、少しずつチキンを口に運ぶベアトリックスを見て、ヘレンはホッとした。
「王都での披露宴もまだなのに、あなたを、こんな身重の体にしてしまって……あなたのご両親に申し訳が立たないわ。まさか、うちのエドワードが、港へ見送りに来てくれたあなたを船に乗せて、攫うような形で結婚してしまったなんて……それも、こちらから婚約解消を告げに行って、縁の切れたお嬢さんを……あなたには、婚約者だっていらしたんでしょう?」
「その婚約者は、とんでもない男でした。母はよく調べもせず話を進めて悪かったとわたくしに詫びたほどです……亡き父と同じ血を受け継ぐ、ミッドフォードの人間だから間違いないと、そう信じ込んでしまったと……父子爵は、厳しい言葉を叩きつけ、その男を家から追い払ったほどです。もちろん、その男には当家から婚約解消を言い渡しました」
ベアトリックスは、「当家」という言葉を強調して言った。あの婚約が、自分の愛情からのものではなく、あくまでも家と家との決め事であったことと、自分がほんとうに愛していたのは誰なのかを、エドワードの母にわかってほしいと思ったからだった。
「新聞で読んだけれど、その人は、娼館へ出入りしていたことが明るみに出て、あなたとの離別の後に婚約した王女殿下から見捨てられ、王家からも婚約解消を言い渡されたそうね。確かに、とんでもないわ」
と、義母が頷くのを見てから
「お義母さま、言うまでもなく、わたくしと伯爵との婚約解消にエドワードは関わっていません。彼は、わたくしの幸せを願って、身を引こうとしてくれました……でも、あの日、港で、『あなたを帰したくない』って、エドワードが切なそうに言うのを聞いて……そんな彼と、どうして離れることができたでしょう。だから、わたくし、すでに婚約を解消していたことを彼に打ち明けました。あの日、エドワードと船に乗ったこと、後悔なんてしていませんわ。それどころか、港の……あの人混みの中で、よくぞ会えたと、その奇跡に感謝していますの」
「そうは言っても……一旦は、あなたをおうちへお帰しするのが紳士のふるまいというものよ。結婚の申し込みはあらためて子爵邸に出向いたうえで、行なうべきだったわ。エドワードのしたことは、子爵家に失礼すぎるの。それに……ご両親もあなたの花嫁姿をご覧になりたかったでしょうに」
ヘレンは、ため息をついた。
当時、彼女と夫のデニスは、新大陸に建てた別邸で過ごすため、この地に来ていた。
デニスが「二度目の新婚旅行に出よう」と言って連れてきてくれたのだった。
ここを振り出しに世界の国々を回ろうとしていた矢先、息子のエドワードが子爵令嬢のベアトリックスを連れて現われ、「この人と結婚しました」と、誇らしげに告げたのだった。
あの時の驚きを思い出すと、ヘレンは、いつも申し訳ない気持ちになる。
「本人同士さえよければそれでいい、なんて結婚、あなたの出自なら許されないでしょうに。ちゃんとした披露の席を設けることもなく……本当にお詫びのしようもないわ」
「いいえ、お義母さま。船での結婚式は素晴らしい思い出ですわ。神父さまのおられる教会で、ちゃんと婚姻届にサインもして……子どもが出来たことも、エドワードはとても喜んでくれて……わたくしも嬉しくて仕方ないんですの」
ベアトリックスは明るくこたえた。
なぜか、自分の口から「エドワード」と彼の名を呼ぶたびに、胸のつかえが取れたような、すっきりとした気持ちになるのだった。
(エディ、あなたのお名前はわたくしのお守りだわ)
それにしても……と、ベアトリックスは思った。
「性愛」というものは何と不思議なものだろうか。
エドワードと睦み合うことは、甘美な夢の世界で過ごすことであり、人生のご褒美そのものだ。
だが、もし、いとこのレイモンド・バイロン・ミッドフォード伯爵と結婚していたら、それは、おぞましい義務として、彼女を苦しめ、受け入れ難い心の傷を作ったはずだ。そして、その傷は、広がり続けることはあっても、決して塞がることなく、彼女を苛んだことだろう。
何かが一つ違えば、ベアトリックスはエドワードを失ったことを悔いながら、自分を責めるだけの人生を送る羽目になるところだったのだ。
それを思えば、あの夜、婚約披露パーティーのあとで、伯爵が本性を露わにしたお陰で、結果的に自分は助かったのだと、ベアトリックスはそう考えるようになっていた。
最愛の夫エドワードは、自分に、甘く優しい世界があることを教えてくれ、その結果、新しい命を授けてくれた。
自分の体の中に芽生えた、愛しい命のことを思うと、夫エドワードへの感謝と、彼への、胸が締めつけられるほどの愛情、を実感せざるを得ない。と同時に、彼がかつて言っていた、自分の寝室をたずねてくる貴族の夫人や令嬢のことを思った。
今ならわかる。
家門の繁栄のために、心を殺して、好きでもない男の妻になった女たちは、婚外恋愛に束の間の救いを求めていたに違いなかった。ましてや、家のために愛してもいない男の妻になることを家長から強要された令嬢たちは、もっと切実な気持ちで、エドワードの寝室の扉の前にいたはずだった。
彼は、そうした女たちの誘いに乗じて欲望を満たすような浅ましく卑しい男ではなく、自分への一途な想いを持ち続けてくれた。そのことをベアトリックスは心から神に感謝していた。
(エディは、「わたしには婚約者がいます」と言って断ってくれて、泊まりになる仕事はやめた、って言ってくれてたわ……わたくしは、あの頃、没落した家を救うため、お金めあてに彼と婚約しただけの、形だけのフィアンセだったのに……あの人は大事に思ってくれていたんだわ)
あの頃の自分は高飛車で嫌な女だった、とベアトリックスはつくづく思った。
「わたくしとエドワードは、離れていても心がつながっていて……今、この瞬間も、彼がわたくしを思ってくれているのがわかるんです。ちゃんと夫婦になれて、子供を授かって……王都で披露宴をしていないからって、誰に気兼ねがいりまして?それなのに、お母さまがわたくしの両親のことをお心にかけてくださって……有難すぎて、なんてお礼を申したらいいのか……」
ベアトリックスがそう言っても、義母の憂い顔はそのままだった。
最愛の夫にそっくりな美しい義母は、物憂げな表情を変えることなく
「ええ、確かにエドワードとあなたは法的に認められた、れっきとした夫婦だわ。それに、あなたたちが強い絆で結ばれているのも、ちゃんとわかるわ。でもね、書類が正式かどうか、ということより、きちんと手順を踏んで周囲の納得を得たかどうかのほうが、あなた方、貴族の世界では大事なのではないかしら?」
「お義母さま。わたくしは、もう貴族ではありませんわ。実家は子爵家でも、わたくし自身は平民です。これこそ自分が望んだことですもの。わたくしにとって、エドワードの妻であること以上の誇りはございません。ですから、わたくし、貴族社会の『お約束』に縛られて生きるつもりはないんです」
「ありがとう。そんなふうに言ってくれて……エドワードは幸せ者だわ。でもね、わたくし……あなたを中途半端な立場に置いているみたいで気が咎めるの。特に、一人娘をこんな形で連れ去られた親御さんのお気持ちを思うと……それに、あなたのばあやさん、コーディー夫人だって心配されているはずよ。今、あの方があなたのそばにいて下さればどんなに心強いか……だからと言って、高齢のあの方を新大陸にお呼びするわけにもいかず……この家のメイドたちは、ちゃんとあなたの役に立ってくれているかしら……ごめんなさい。エドワードのしでかしてしまったこと、ブライトストーン子爵家の方々にはお詫びのしようもないわ」
「御心配にはお呼びませんわ、お義母さま。それにメイドのリリーもノーマも、とても良くしてくれます。彼女たち、ほんとうにいい子ですわ」
「あの二人は確かに素直で働き者だけど……お産の経験もないし、この先が不安だわ。すべてはエドワードの早計さが原因よ。あなたに、もし、何かあったら、子爵ご夫妻に顔向けできないわ」
義母が、表情をさらに曇らせたのを見て
「母のことならお気になさらないでください。お義母さま、あの日……港でエドワードの姿を見かけた時、わたくしの背中をそっと押して、『行ってらっしゃい』と言ってくれたのは、他ならぬ母ですもの」
ベアトリックスは、あの日のカモメの声を脳裏に蘇らせながら言った。
一瞬、カモメの鳴き声が止み、港の喧騒がピタリと止んだ一瞬、ベアトリックスは見失いかけたエドワードの名前を呼んだのだった。
彼が駆け寄ってくれた時の喜びは、結婚式の祭壇の前で向き合った時に勝るとも劣らないものだった。
「先日も、母から手紙が来ましたわ。『エドワードを信じてついていきなさい。もし、この先、あなたと彼の間で諍いが生じるようなことがあったら、それはあなたが悪いのよ。優しい旦那さまに、わがままを言わないようにね』って書いてありました」
ベアトリックスは、肌身離さず持ち歩いている母からの手紙を開くと、それを義母の掌に乗せた。
「ありがたいことだわ」
いつも冷静で表情の変わらない義母が、母クローディアからの手紙を一読するや、目を潤ませ
「子供が出来たこと……お知らせしたの?」
とたずねた。
「一昨日、手紙を出しましたの。きっと喜んでくれると思います。返事が待ち遠しいですわ」
「あなた、予想外の妊娠で、王立学院に行く夢にも影響が出たのではなくって?ほんと、男って生き物は……」
ヘレンは、またも、ため息をついた。
ベアトリックスは、義母に重い気持ちを振り払ってもらいたくて、にっこりと笑って見せ
「確かに、わたくしも、まさか、こんなに早く子どもを授かるなんて思ってもいなくて……でも、安定期になれば動けますし、きっと、王都へ戻って受験も出来ますわ。合格したら、わたくし学院に通うつもりです。子どもが生まれてくる時期は、学院の夏季休暇に当たりますし、お産も頑張ります」
と、明るく言った。
まだ妊娠初期の嫁が、これから変化していく自分の体を想像することなく、また、お産の大変さや、その後の慌ただしい日常のことなど考えもしないで、王立学院へ行く、という夢を持ち続けていることに、ヘレンは胸の痛みを覚えた。
これほど無邪気で、世知にうとい貴族の箱入り娘を、自分の息子が攫って結婚し、身動きのできない立場にしてしまったことが、ヘレンには恐ろしくすら感じられた。
(とにかく、無事に身二つになってもらわないと。学院なんてその後の話よ。優秀なナニーを数人雇わなくては……嫁に、そして、生まれてくる子供にも、最高の環境を作ってあげなきゃ)
ヘレンがそう考えていたとき、
「お義母さまが残ってくださって、よかったですわ。お義父さまと一緒にエドワードが王宮に招かれて、行ってしまったので、心細かったんです。ほんとうにありがとうございます。せっかくの晴れの席に、お義母さまを同伴できないことを、お義父さまはがっかりされていたので、それが、とても申しわけないのですが」
「いいえ、ベアトリックス。わたくしは華やかな社交界が苦手なの。町工場の掃除をしたり、従業員食堂の厨房で、寸胴鍋いっぱいに豆のスープを煮ていたり、そんな昔を今でも懐かしく思い出すわ。デニスは、わたくしを晴れがましい席に連れ出して、贅沢をさせることが愛情だと思っているけど」
「おかあさま……そういうお気持ち、わかります。エドワードも、いろんなものを買ってくれるけれど……ただ、そばにいて、『おはよう』と『おやすみ』を言えることが一番幸せなんです。宝石もドレスもいらない、貴族の地位もいらない、好きな人の隣で目覚めて、朝食を二人一緒に取れる幸せ……焼き立てのパンと、お気に入りの紅茶の香り……彼が『今朝は、お砂糖いくつ?』って聞いてくれるのが、嬉しくて。毎朝の決まったことなのに、いつもわたくしは『三個』って言うのに……それでも、毎朝、今朝はどうなのかな?って、気遣ってくれるエドワードのこと、ほんとうに優しい人だなって、朝食のたびに思っていますの」
ベアトリックスはここで言葉を切って、お茶を飲んだ。
今は渋いストレートティーがおいしい。
「あの日、わたくし、いつもどおり、お砂糖を入れた紅茶を飲んだのですけど……いつもは大好きなその味が、急に気持ち悪く感じて……それで、『お砂糖なしのが欲しいわ。甘いものは口の中がベタベタして嫌な感じがするの』って言って、渋いお茶をストレートで飲んでいたら、彼がお医者さまを呼んでくれて……」
「それで妊娠がわかったのね?」
「ええ。エドワードは、わたくしが自分自身でさえ気づかない変化に気づいてくれて……わたくしを守ってくれるの……みんなみんな、お母さまのお陰ですわ。ありがとうございます」
裸のまま、寝室で朝食をとり、「昨夜の続き」と睦み合い、愛を囁き合って、夕刻になるまで寝室から出なかった日もあった。そんな自分たちのことを思い出し、ベアトリックスは自分の頬が赤らむのを感じていた。
「お茶はほどほどにね。カフェインを取り過ぎるのはお腹の子に良くないって聞くわ」
「お義母さま、お気遣い、ほんとうに嬉しいです。わたくしのためを思って下さって。あの……エドワードが戻るまで庭の奥のゲストハウスに戻らずに、お義母さまのおられる、この本邸にいてもいいですか?」
「もちろんよ。あちらで過ごしても、めったなことはないと思うけれど、ここのほうが使用人の数も多いし、あなたにもしものことがあったとき、わたくしも傍にいられれば、と思うわ。たいした力になれないかもしれないけれど」
けど」
「ありがとうございます!お義母さまがそばにいてくだされば、百人力ですわ」
と、ベアトリックスはヘレンに抱きついた。
「まあ!……わたしたちは家族なんだから、お礼なんて言っちゃだめよ。今は、自分の体のことだけを考えてね……あら、チキンも付け合わせのお野菜も食べられたのね。よかったわ、食欲が出てきたみたいね」
「はい。お義母さまが作ってくださったから……とってもおいしかったですわ」
と、彼女は顔を上げ、潤んだような綺麗な瞳をひたとヘレンに当てて
「わたくし、とても幸せです。お義母さまがエドワードを産んで、あんな立派な殿方に育てて下さったからこそ、わたくしはこうしていられるんですもの、わたくしの幸せは全てお義母さまのお陰です。何とお礼を言ったらいいかわからないくらい、感謝でいっぱいなんです。お義母さまの瞳、エドワードと同じ綺麗なブルー……わたくし、大好き」
と言った。近い将来、祖母になるとはとても思えない、美しく若々しい義母を、ベアトリックスは姉のように慕っていた。
義母ヘレンのほうも、そんな嫁が可愛くないはずがない。
「ねえ、お義母さま。最愛の男性が自分をさらって妻にしてくれるなんて、すてきだと思われません?それも、エドワードのような素晴らしい人が……わたくし、まるで、絵本の中のお姫さまみたいですわ」
「ベアトリックス、あなたって……ほんとうに……」
ヘレンは、そっと彼女の体を抱き返した。
「ベアトリックス、だなんて……ベアティとお呼びくださいませ、お義母さま」
新大陸のアーヴィン家別邸は、とても平和であった。少なくとも、王女パトリシアの怨念が、海を渡って届くことはなさそうだ。
§一日目のお茶会。
国王と王妃、王太子と王太子妃、そして第三王女パトリシアの王室一家、それに、ウッド博士の門下にいた国王の従弟ヒックスリー公爵が出席し、ウッド博士の叙爵を祝った。
公衆衛生学の権威というより、穏やかな好好爺という感じの学者先生は、国王の正面の席に座らされ、コチコチに緊張していたが、話が、彼の専門分野に及ぶと、目をキラキラさせて、国王の御下問に答え、その後は自分の教え子だったヒックスリー公爵と、特に盛り上がって話していた。
テーブルの上には、深紅の薔薇が黄金の花器に入れられて飾られ、銀のトレイの上には色とりどりの果物を乗せたタルトや、焼き菓子、食べやすいように一口台に切られたサンドウィッチが美しく盛りつけられていた。
パトリシアは、長いテーブルの末席にいるヒックスリー公爵と向かい合って座った。そして、ただ静かに微笑み、博士の話に頷いていた。
美しいドレスに身を包んだ二十五歳の王女は、婚期を逃しかけている年齢になったとは言え、まだまだ若く、その場に華を添えるには充分な気品も備わっていた。
§二日目のお茶会
二日目の茶会の日、付き従う女官ウージェス伯爵夫人と共に、パトリシアは部屋に入った。
自分ではなく、ベアトリックスを選んだエドワード・アーヴィンと顔を合わせなければならないのは苦痛だが、王室の一員として、自分は、国に尽くしてくれた臣民にお礼を言わなければならない立場だ。決して、かつての交際相手だったエドワードに対して、昔の冷たい態度を詰るような愚かな真似をしてはならない。
「明日は、王女として、毅然としてなさいね。決して取り乱したりしないように。あなたを信じているわ、パトリシア」
母王妃にそう言われながら食した昨夜の晩餐は、少しもおいしくなかった。
小さなテーブルに茶器と、陶器のデザートプレートには、洋梨のタルトが一個置かれていた。
同じ子爵位を与えているにも関わらず、昨日の学長よりも格下な扱いである。
昨日の博士とアーヴィン家には接点がない。
だから博士とデニス・アーヴィンが会って、それぞれの茶会の規模を報告するようなことはあり得ないはずだ。
それがわかっているから、王家の使用人は時にこういう意地悪をする。
パトリシア王女の結婚相手にふさわしくないと、王宮の使用人の皆が心の中で見下していた平民の商人エドワード・アーヴィンが、爵位を受ける父とともに王宮にやってくる。
宮中保守派と言われる古い家柄の貴族たちにとって、これほど腹立たしいことはいまだかつてなかった。
そのうえ、せっかく王女の結婚相手候補として、王女自らがエドワード・アーヴィンに白羽の矢を立てたというのに、彼には、この縁を名誉と感じ頑張る、といった気概が見られず、むしろ迷惑そうな表情さえ浮かべて、第三王女宮にきていた。
将来、国王の婿として、ふさわしくあるための教育も真面目に受けようとはせず、挙句の果てが、王女を置いて、仕事のため新大陸へ出向くと言い、「いつ戻るかわかりません」と言い放ったのだ。
それを聞いた王女が、「これ以上あなたを待てない」と言って、エドワード・アーヴィンを切り捨て、ミッドフォード伯爵を選んだ時には、王宮のほとんどの人間が内心で拍手喝采したものだった。
王女に切られて、叙爵の名誉も得られなかったはずの成金の家門に、ここへきて、爵位を授けなければならなくなったとは。
その不快感に対する小さな憂さ晴らしを、王家に代々仕える名門貴族はおこなった。
デニス・アーヴィン叙爵の茶会と同日に王太子夫妻の公務をぶつけ、傍系の王族を誰も呼ばず、狭い部屋で茶会を催すように仕向け、少ない茶菓子でアーヴィン一家を迎えたわけである。
だが、このことが、かえって災いし、パトリシアは小さな円卓をアーヴィン家の者たちと囲むことになった。
王と王妃が着席、王太子夫妻は公務で欠席、二番目の兄、第二王子は体調不良を理由に欠席。第二王子が、前日に貴族院議員の子弟たちとポロを楽しんでいたのは、王宮内の皆が知っていることだったから、これも一つの嫌がらせである。
当然ながら、嫁いで既に王家を出た姉二人は来るはずもない。必然的にパトリシアはエドワード・アーヴィンと向かい合って座る羽目になってしまった。
アーヴィン親子が待つ部屋へ入室したパトリシアを、デニスとエドワードの父子が直立不動の姿勢で迎えた。
デニスの妻、ヘレンがいない。
子爵夫人となったヘレンが夫とともに参内しないとは、いったいどういうことだろうか。
(ベアトリックスも来ていないわ……どうして?)
エドワードに視線をやると、これが信じられないことに、優しい笑みを浮かべているではないか。
かつて、退屈そうにため息をついていた彼、まるで寝起きのような乱れた髪でいつもギリギリの時刻にやってきた彼が、今は、初めて出会ったお茶会での時のように髪をオールバックにして額を出し、黒いモーニングを着ている。
一方、胸をときめかせている王女とは裏腹に、側近のウージェス伯爵夫人は不機嫌だった。
貴族として、国王ご臨席の場に初めて出るのに、上着丈の短いモーニングスーツとは。
幅の広いクラバットではなく、細いネクタイを締めているのも略式感がある、と彼女は、平民の礼装を瞬時にチェックしていたのだ。
王女の脇に立つ夫人は、ずっと彼らに冷ややかで無遠慮な視線を投げていた。
パトリシアは、そっと流し目をウージェス伯爵夫人に向け、軽く微笑んだ。
心配しなくてよい、という意味だ。
夫人は、過日の新聞の一面を思い出して苦々しい気持ちになっていた。
「億万長者、新大陸へ向かう船上で結婚!」
エドワード・アーヴィンと、子爵令嬢ベアトリックス・ブライトストーンとの結婚を報じた記事が大きな写真と共に掲載されていたのだ。あの写真によると、新郎はフロックコートを着て、クラバットを結んでいたはずだ。その新郎の隣で微笑むベアトリックスはプリンセスラインのウエディングドレス姿で、艶然と微笑んでいた。
その写真の下に、新聞記者のコメントがあり、二人はまるで中世の王子と王女のように美しく、気品と幸福に満ち溢れていたと書かれていた。
あの日の新聞を決して王女に見せてはならないと腐心した当時のことを、ウージェス伯爵夫人は苦々しく思い出し、目の前の成り上がり父子に、心から腹立ちを覚えた。
あの記事は、船に偶然乗り合わせた記者のスクープだったという。
(自分の結婚式では、フロックコートを着ておいて、王室の方々の前ではモーニングスーツだなんて、どういうつもりなの?この者たち)
先日、子爵位を受けたウッド博士は、フロックコートを着て幅広のクラバットを結び、シルクハットまで手に持っていたのに、この親子は。
なんて生意気な、と、夫人は憤った。
だが、傍らのパトリシア王女は彼らの服装を気にしている様子はなく、ましてや国王夫妻にいつもと違う様子などなかった。
パトリシアは思っていた。古臭く重いフロックコートではなく、エドワードは敢えてモーニングを着てくれたのだと。それが一番自分を引き立たる衣装だと知っているからだろう。
すらりと背が高く、整った面差しのエドワード・アーヴィンを見ると、かつての恨みも飛んでいく。彼女は、じっと吸い寄せられるかのように彼に視線を注いでいた。まるで、自分が彼に一目惚れした、あの茶会の時の再現のようだ、と思いながら。
しかも、あの時と違い、彼のそばに邪魔なベアトリックスはいない。
「デニス・クリスチャン・アーヴィン子爵、そして、子息のエドワード・ライオネル・アーヴィン、このたびの叙爵に際し、新大陸から遠路はるばるの参内、誠に大儀であった」
「国王陛下。この度は、身に余る栄誉を賜り、誠に有難う存じます」
デニス・アーヴィン氏は、恭しく跪くとそう言った。
「多額の納税をありがとう」
父王は、身も蓋もない礼の言葉を述べたあと
「アーヴィン財閥の躍進によって、多くの雇用が生み出され、数多くの民が豊かになった。各方面への寄付にも感謝を表したい。アーヴィン新子爵とその子息に対し、この国の元首として、心から礼を言います」
父王は言い終わると、客人に、着席するようにと手を動かした。
それを見た使用人二名が、デニスとエドワードのために椅子を引く。
「使用人」とは言うが、彼らは五代続いた伯爵家出身で、王宮の侍従を務めている者たちだ。いくら「陛下の客人」とは言え、成金上がりの新貴族、アーヴィン父子のために椅子を引くのは屈辱だったことだろう。
デニスとエドワードが着席すると、お茶を注ぐこともせず、椅子を引いた二人の侍従は静かに一礼して、部屋を出てしまった。
「お二人とも、わざわざ新大陸から王都に戻ってきてくれたのね。ありがとう」
母王妃がねぎらいの言葉をかけた。
「恐れ多いことでございます」
頭を下げて礼を述べる二人に
パトリシアは、待ちきれない、とばかりに
「ベアトリックスはどうされたの?仲睦まじいとお聞きしていた、あなた方ご夫婦が離ればなれとは、どういうことかしら?それに、デニス・アーヴィン新子爵の奥さまもお越しでないとは、どうなさったの?」
とたずねた。デニスの妻ヘレン夫人のことは、付け足し、である。パトリシアはベアトリックスがこの場にいない訳について、内心興味津々だった。
(いくら計算高いあの女でも、一緒に暮らす相手のことをいつまでも騙せるものじゃないはずよ。したたかな悪女の本性を隠し通すことなど無理に決まってるもの。あの性格がバレたのよ。きっと)
パトリシアはワクワクしてきた。
何より、かつてないほどの笑顔を自分に向けているエドワードを見て、久々にパトリシアは胸がときめくのを抑えることができずにいた。
(わたくしのことを懐かしがってくれているのかしら?……もしかして、ベアトリックスに幻滅してるとか、わたくしを選べばよかったと後悔してたりして)
パトリシアは、そっとエドワードに笑みを返した。
そして、交際していた時によくそうしたように、彼の視線を捉えて、ひたと見つめた。
その無遠慮なまなざしが、かつて彼をうんざりさせていた一因だったことも知らずに。
「妻は体調が良くなく……残念ですが、とても長い船旅に耐えられそうもないので、休ませています。名誉な席にお招きいただいたにもかかわらず、欠席せねばならなくなったのは残念だと申しておりました。この度、当家に授けられた身に余る栄誉に対し、妻も、わたしと同様にたいへん恐縮しております。両陛下、そして王室の皆様、とりわけパトリシア殿下への感謝を、妻は常日頃から口にしておりますので、お目にかかることができればどれだけ嬉しく存じたことでしょうか」
と、エドワード・アーヴィンが言った。
(何が、お目にかかりたかった、よ!ベアトリックスなんか、こっちは顔も見たくないわ)
「体調が悪いですって?奥さまは数日間の船旅にも耐えられないほどの重い病気ですの?」
パトリシアは、眉を寄せ、心配そうな表情を作りながら、彼の言葉を待った。ベアトリックスが病気と聞いて、心が浮き立って仕方がない。
(罰が当たったのよ。重い病気で苦しめばいいわ。エドワードがあの女を捨ててくれれば、お父さまにお願いして結婚を許していただくわ)
パトリシアはエドワードを見た。
「妻の体調の急変は、実はわたしに原因がありまして」
エドワードはそうこたえた。
(エドワードが原因で、ベアトリックスが病んだ、ですって?どういうことかしら……生意気なあの女を、エドワードが殴ったりしたのかしら?それとも離婚を言い渡されて、あの女、頭がおかしくなったりでもしたのかしら?)
あの悪女に天罰が下ったのだ。そう考えるだけでパトリシアは胸のすく思いがした。
が
そのとき
「おめでとう」
と、明るく朗らかな声が聞こえた。
母王妃だった。
(いったい何?ベアトリックスが病気なのは、いい気味だけど、あからさまに喜ぶなんて。お母さま……おめでとう、なんておっしゃって、いったいどういうおつもり?)
訝るパトリシアをよそに
王妃は
「ベアトリックスは妊娠初期で体が心配だから、今回はお留守番ってことなんでしょう?エドワードってば、面白いことを言うのね。確かに奥さまの体の変化の原因は、あなただわ」
ホホホと、母は笑った。
「お前、安定期に入るまで、誰にも言わないでと嫁さんから言われていたじゃないか」
と、デニス・アーヴィン氏がエドワードを窘めた。
見るからにデリカシーのなさそうなデニス・アーヴィン氏は
「いや、叙爵の名誉を受けるというのに、息子は、嫁の心配をしすぎて、新大陸の別邸に残りたがりましてな。王宮へ伺うのは父さん一人じゃだめなのか?って何度も聞くんですよ。叙爵、ということの重大さがわかっていないようでして。あまりに名誉なことなので、逆に実感が湧かんのでしょうな。わたしの妻も、嫁が心配で新大陸の家に残ると言いまして……いつか、きっと、お前に王宮の赤い絨毯を踏ませてやると約束して、この度の栄誉でそれが実現したというのに、うちのヘレンときたら、実に欲のないやつです。わたくしと息子の、どちらの妻も、一度、参内致しますとお返事を差し上げてからの欠席で、大変なご無礼をいたしまして」
と、口ではしおらしく詫びつつも、テカテカした赤ら顔を綻ばして笑った。
王と王妃は、笑顔を返した。
王妃は
「おめでた、が理由なんですもの。欠席は当然よ。誰も無礼だなんて思っていないわ。ベアトリックスの体が一番大事よ」
と微笑んだ。国民が敬愛する優しい国母の笑顔である。
それにしても、だ。
下級貴族とは言え、子爵家出身の嫁がついていながら、何をしているのだ。
王宮からの招待がどれほど名誉なことか、姑にわからせることもできなかったのかと、パトリシアはベアトリックスの取り澄ました顔を思い出し、不快でたまらなくなった。
性格の悪いあの女のことだ。自分が出られない晴れの席に、姑だけが出るというのが許せなくて、一芝居打ったに違いない。
(「お義母さままであちらへ行かれたら、わたくし、心細いですわー」、なんて言って、姑を引き止めたのよ。ああもう……ほんとうにイライラするわ。あの女ったら)
だが、その気持ちを抑えて
「まあ……ご夫妻にお子が……それは素敵なお知らせだこと。おめでとう。御安産をお祈りしているわ」
ようやくの思いでそう言ったパトリシアに、デニス・アーヴィン氏が
「そんなに、ニヤついていたら、行く先々で、周囲にバレるぞと言ってるんですが。エドワードには困ったものです」
と言うと、その言葉を受けて
「いや、もう嬉しくてたまらなくて。生まれてくるのが待ち遠しくてなりません。ただ……妻は、つわりのせいで、食欲があまりなくて、それが心配ではあるのですが。自分は大丈夫だから行ってらっしゃいと、妻は送り出してくれたのに、どうにも気になりまして」
と、妻を案じるエドワード。
その彼に王妃は
「大丈夫よ、つわりは、きっとすぐに収まると思うわ。それにね、わたくしが先代王妃さまからうかがった話なんだけれど、つわりが重かった時の子は、優しい子になるんですって。お腹の中から、お母さまの様子をうかがってでもいるのかしらね。苦しい思いを乗り越えて自分の命を育んでくれたと感謝するそうよ」
と優しい笑みを浮かべて言うと
「わたくしは五人の子の母ですもの。お産の大ベテランよ。ベアトリックスにも相談に乗ると伝えてちょうだい」
と胸を張るようなしぐさを見せた。
王妃の言葉を受けて
「ありがとうございます。王妃さまにそうおっしゃっていただけて、妻も心強いことでしょう。妻のもとへ戻ったら早速、気分の良い時にお手紙を差し上げるようにと妻に言わなくては」
そう言うとエドワードはまたもにっこりと笑った。
(なによ、さっきから、妻、妻、って……しつこいったら)
エドワード・アーヴィンの笑顔は自分に向けられたたものではなかった。
彼は愛妻と生まれてくる我が子のことを考えていた。そのせいで、表情が自然と緩んでしまっていただけだった。
彼の微笑みの中に、自分への思慕の欠片を探そうとしたことの愚かさ、情けなさで、パトリシアは居たたまれなくなった。その様子を横目で見ていた王妃は
「じゃあ、こちらに長居をしていただくのも悪いわね。まだお茶も差し上げていないけど、港へは暗くならないうちに行かれたほうがいいわ。少しでも早く夫人のもとにお戻りなさいな。積もる話はまた今度、ということで」
と、茶会のお開きを告げてくれた。
「感謝いたします。両陛下、お気遣い誠に有難う存じます」
そう言って、アーヴィン親子が足取りも軽く、いそいそと部屋を出て行った。
国王の御前から追い払われたとは思わず、閉会を王と王妃からの思いやりだと思って、足早に部屋を出て行けるのは、平民あがりの彼らの「良いところ」だと、パトリシアは思った。
(幸せな者たちだこと)
皮肉めいた笑いを浮かべてみても、見下す対象はすでに部屋の外、まったくもって面白くない。
パトリシアは、茶菓子を黙々と食べ始めた。
「もう一つ、あるかしら?」
洋梨のタルトをデザートナイフで切りながら、次々と口に運ぶ娘を見て、国王夫妻は何とも言えない表情になった。
アル坊や、こと、タンディルトン侯爵は無言のまま、国王の横に立っていた。
侍女長ウージェス伯爵夫人も、パトリシアのそばに立ち、タルトを咀嚼する王女を、胸の痛みを感じつつ、ただ静かに見守り続けていた。
§ 新大陸のベアトリックス
一方、その頃、新大陸のベアトリックスは、義母とともにいた。
「申し訳ありません、お義母さま。ご心配をおかけして」
「いいのよ。無理に食べなくても……ただね、こうしてみたらどうかしら?」
ほぐしたチキンに、エドワードの母、ヘレン・アーヴィンがレモンを絞った。
「癖の強いコリアンダーも、こんな時なら逆にいいかもしれないわ」
ヘレンが、青臭い香菜を刻んで皿のチキンに乗せた。
「爽やかで良い香りですわ。これなら大丈夫かも」
フォークを手に取り、少しずつチキンを口に運ぶベアトリックスを見て、ヘレンはホッとした。
「王都での披露宴もまだなのに、あなたを、こんな身重の体にしてしまって……あなたのご両親に申し訳が立たないわ。まさか、うちのエドワードが、港へ見送りに来てくれたあなたを船に乗せて、攫うような形で結婚してしまったなんて……それも、こちらから婚約解消を告げに行って、縁の切れたお嬢さんを……あなたには、婚約者だっていらしたんでしょう?」
「その婚約者は、とんでもない男でした。母はよく調べもせず話を進めて悪かったとわたくしに詫びたほどです……亡き父と同じ血を受け継ぐ、ミッドフォードの人間だから間違いないと、そう信じ込んでしまったと……父子爵は、厳しい言葉を叩きつけ、その男を家から追い払ったほどです。もちろん、その男には当家から婚約解消を言い渡しました」
ベアトリックスは、「当家」という言葉を強調して言った。あの婚約が、自分の愛情からのものではなく、あくまでも家と家との決め事であったことと、自分がほんとうに愛していたのは誰なのかを、エドワードの母にわかってほしいと思ったからだった。
「新聞で読んだけれど、その人は、娼館へ出入りしていたことが明るみに出て、あなたとの離別の後に婚約した王女殿下から見捨てられ、王家からも婚約解消を言い渡されたそうね。確かに、とんでもないわ」
と、義母が頷くのを見てから
「お義母さま、言うまでもなく、わたくしと伯爵との婚約解消にエドワードは関わっていません。彼は、わたくしの幸せを願って、身を引こうとしてくれました……でも、あの日、港で、『あなたを帰したくない』って、エドワードが切なそうに言うのを聞いて……そんな彼と、どうして離れることができたでしょう。だから、わたくし、すでに婚約を解消していたことを彼に打ち明けました。あの日、エドワードと船に乗ったこと、後悔なんてしていませんわ。それどころか、港の……あの人混みの中で、よくぞ会えたと、その奇跡に感謝していますの」
「そうは言っても……一旦は、あなたをおうちへお帰しするのが紳士のふるまいというものよ。結婚の申し込みはあらためて子爵邸に出向いたうえで、行なうべきだったわ。エドワードのしたことは、子爵家に失礼すぎるの。それに……ご両親もあなたの花嫁姿をご覧になりたかったでしょうに」
ヘレンは、ため息をついた。
当時、彼女と夫のデニスは、新大陸に建てた別邸で過ごすため、この地に来ていた。
デニスが「二度目の新婚旅行に出よう」と言って連れてきてくれたのだった。
ここを振り出しに世界の国々を回ろうとしていた矢先、息子のエドワードが子爵令嬢のベアトリックスを連れて現われ、「この人と結婚しました」と、誇らしげに告げたのだった。
あの時の驚きを思い出すと、ヘレンは、いつも申し訳ない気持ちになる。
「本人同士さえよければそれでいい、なんて結婚、あなたの出自なら許されないでしょうに。ちゃんとした披露の席を設けることもなく……本当にお詫びのしようもないわ」
「いいえ、お義母さま。船での結婚式は素晴らしい思い出ですわ。神父さまのおられる教会で、ちゃんと婚姻届にサインもして……子どもが出来たことも、エドワードはとても喜んでくれて……わたくしも嬉しくて仕方ないんですの」
ベアトリックスは明るくこたえた。
なぜか、自分の口から「エドワード」と彼の名を呼ぶたびに、胸のつかえが取れたような、すっきりとした気持ちになるのだった。
(エディ、あなたのお名前はわたくしのお守りだわ)
それにしても……と、ベアトリックスは思った。
「性愛」というものは何と不思議なものだろうか。
エドワードと睦み合うことは、甘美な夢の世界で過ごすことであり、人生のご褒美そのものだ。
だが、もし、いとこのレイモンド・バイロン・ミッドフォード伯爵と結婚していたら、それは、おぞましい義務として、彼女を苦しめ、受け入れ難い心の傷を作ったはずだ。そして、その傷は、広がり続けることはあっても、決して塞がることなく、彼女を苛んだことだろう。
何かが一つ違えば、ベアトリックスはエドワードを失ったことを悔いながら、自分を責めるだけの人生を送る羽目になるところだったのだ。
それを思えば、あの夜、婚約披露パーティーのあとで、伯爵が本性を露わにしたお陰で、結果的に自分は助かったのだと、ベアトリックスはそう考えるようになっていた。
最愛の夫エドワードは、自分に、甘く優しい世界があることを教えてくれ、その結果、新しい命を授けてくれた。
自分の体の中に芽生えた、愛しい命のことを思うと、夫エドワードへの感謝と、彼への、胸が締めつけられるほどの愛情、を実感せざるを得ない。と同時に、彼がかつて言っていた、自分の寝室をたずねてくる貴族の夫人や令嬢のことを思った。
今ならわかる。
家門の繁栄のために、心を殺して、好きでもない男の妻になった女たちは、婚外恋愛に束の間の救いを求めていたに違いなかった。ましてや、家のために愛してもいない男の妻になることを家長から強要された令嬢たちは、もっと切実な気持ちで、エドワードの寝室の扉の前にいたはずだった。
彼は、そうした女たちの誘いに乗じて欲望を満たすような浅ましく卑しい男ではなく、自分への一途な想いを持ち続けてくれた。そのことをベアトリックスは心から神に感謝していた。
(エディは、「わたしには婚約者がいます」と言って断ってくれて、泊まりになる仕事はやめた、って言ってくれてたわ……わたくしは、あの頃、没落した家を救うため、お金めあてに彼と婚約しただけの、形だけのフィアンセだったのに……あの人は大事に思ってくれていたんだわ)
あの頃の自分は高飛車で嫌な女だった、とベアトリックスはつくづく思った。
「わたくしとエドワードは、離れていても心がつながっていて……今、この瞬間も、彼がわたくしを思ってくれているのがわかるんです。ちゃんと夫婦になれて、子供を授かって……王都で披露宴をしていないからって、誰に気兼ねがいりまして?それなのに、お母さまがわたくしの両親のことをお心にかけてくださって……有難すぎて、なんてお礼を申したらいいのか……」
ベアトリックスがそう言っても、義母の憂い顔はそのままだった。
最愛の夫にそっくりな美しい義母は、物憂げな表情を変えることなく
「ええ、確かにエドワードとあなたは法的に認められた、れっきとした夫婦だわ。それに、あなたたちが強い絆で結ばれているのも、ちゃんとわかるわ。でもね、書類が正式かどうか、ということより、きちんと手順を踏んで周囲の納得を得たかどうかのほうが、あなた方、貴族の世界では大事なのではないかしら?」
「お義母さま。わたくしは、もう貴族ではありませんわ。実家は子爵家でも、わたくし自身は平民です。これこそ自分が望んだことですもの。わたくしにとって、エドワードの妻であること以上の誇りはございません。ですから、わたくし、貴族社会の『お約束』に縛られて生きるつもりはないんです」
「ありがとう。そんなふうに言ってくれて……エドワードは幸せ者だわ。でもね、わたくし……あなたを中途半端な立場に置いているみたいで気が咎めるの。特に、一人娘をこんな形で連れ去られた親御さんのお気持ちを思うと……それに、あなたのばあやさん、コーディー夫人だって心配されているはずよ。今、あの方があなたのそばにいて下さればどんなに心強いか……だからと言って、高齢のあの方を新大陸にお呼びするわけにもいかず……この家のメイドたちは、ちゃんとあなたの役に立ってくれているかしら……ごめんなさい。エドワードのしでかしてしまったこと、ブライトストーン子爵家の方々にはお詫びのしようもないわ」
「御心配にはお呼びませんわ、お義母さま。それにメイドのリリーもノーマも、とても良くしてくれます。彼女たち、ほんとうにいい子ですわ」
「あの二人は確かに素直で働き者だけど……お産の経験もないし、この先が不安だわ。すべてはエドワードの早計さが原因よ。あなたに、もし、何かあったら、子爵ご夫妻に顔向けできないわ」
義母が、表情をさらに曇らせたのを見て
「母のことならお気になさらないでください。お義母さま、あの日……港でエドワードの姿を見かけた時、わたくしの背中をそっと押して、『行ってらっしゃい』と言ってくれたのは、他ならぬ母ですもの」
ベアトリックスは、あの日のカモメの声を脳裏に蘇らせながら言った。
一瞬、カモメの鳴き声が止み、港の喧騒がピタリと止んだ一瞬、ベアトリックスは見失いかけたエドワードの名前を呼んだのだった。
彼が駆け寄ってくれた時の喜びは、結婚式の祭壇の前で向き合った時に勝るとも劣らないものだった。
「先日も、母から手紙が来ましたわ。『エドワードを信じてついていきなさい。もし、この先、あなたと彼の間で諍いが生じるようなことがあったら、それはあなたが悪いのよ。優しい旦那さまに、わがままを言わないようにね』って書いてありました」
ベアトリックスは、肌身離さず持ち歩いている母からの手紙を開くと、それを義母の掌に乗せた。
「ありがたいことだわ」
いつも冷静で表情の変わらない義母が、母クローディアからの手紙を一読するや、目を潤ませ
「子供が出来たこと……お知らせしたの?」
とたずねた。
「一昨日、手紙を出しましたの。きっと喜んでくれると思います。返事が待ち遠しいですわ」
「あなた、予想外の妊娠で、王立学院に行く夢にも影響が出たのではなくって?ほんと、男って生き物は……」
ヘレンは、またも、ため息をついた。
ベアトリックスは、義母に重い気持ちを振り払ってもらいたくて、にっこりと笑って見せ
「確かに、わたくしも、まさか、こんなに早く子どもを授かるなんて思ってもいなくて……でも、安定期になれば動けますし、きっと、王都へ戻って受験も出来ますわ。合格したら、わたくし学院に通うつもりです。子どもが生まれてくる時期は、学院の夏季休暇に当たりますし、お産も頑張ります」
と、明るく言った。
まだ妊娠初期の嫁が、これから変化していく自分の体を想像することなく、また、お産の大変さや、その後の慌ただしい日常のことなど考えもしないで、王立学院へ行く、という夢を持ち続けていることに、ヘレンは胸の痛みを覚えた。
これほど無邪気で、世知にうとい貴族の箱入り娘を、自分の息子が攫って結婚し、身動きのできない立場にしてしまったことが、ヘレンには恐ろしくすら感じられた。
(とにかく、無事に身二つになってもらわないと。学院なんてその後の話よ。優秀なナニーを数人雇わなくては……嫁に、そして、生まれてくる子供にも、最高の環境を作ってあげなきゃ)
ヘレンがそう考えていたとき、
「お義母さまが残ってくださって、よかったですわ。お義父さまと一緒にエドワードが王宮に招かれて、行ってしまったので、心細かったんです。ほんとうにありがとうございます。せっかくの晴れの席に、お義母さまを同伴できないことを、お義父さまはがっかりされていたので、それが、とても申しわけないのですが」
「いいえ、ベアトリックス。わたくしは華やかな社交界が苦手なの。町工場の掃除をしたり、従業員食堂の厨房で、寸胴鍋いっぱいに豆のスープを煮ていたり、そんな昔を今でも懐かしく思い出すわ。デニスは、わたくしを晴れがましい席に連れ出して、贅沢をさせることが愛情だと思っているけど」
「おかあさま……そういうお気持ち、わかります。エドワードも、いろんなものを買ってくれるけれど……ただ、そばにいて、『おはよう』と『おやすみ』を言えることが一番幸せなんです。宝石もドレスもいらない、貴族の地位もいらない、好きな人の隣で目覚めて、朝食を二人一緒に取れる幸せ……焼き立てのパンと、お気に入りの紅茶の香り……彼が『今朝は、お砂糖いくつ?』って聞いてくれるのが、嬉しくて。毎朝の決まったことなのに、いつもわたくしは『三個』って言うのに……それでも、毎朝、今朝はどうなのかな?って、気遣ってくれるエドワードのこと、ほんとうに優しい人だなって、朝食のたびに思っていますの」
ベアトリックスはここで言葉を切って、お茶を飲んだ。
今は渋いストレートティーがおいしい。
「あの日、わたくし、いつもどおり、お砂糖を入れた紅茶を飲んだのですけど……いつもは大好きなその味が、急に気持ち悪く感じて……それで、『お砂糖なしのが欲しいわ。甘いものは口の中がベタベタして嫌な感じがするの』って言って、渋いお茶をストレートで飲んでいたら、彼がお医者さまを呼んでくれて……」
「それで妊娠がわかったのね?」
「ええ。エドワードは、わたくしが自分自身でさえ気づかない変化に気づいてくれて……わたくしを守ってくれるの……みんなみんな、お母さまのお陰ですわ。ありがとうございます」
裸のまま、寝室で朝食をとり、「昨夜の続き」と睦み合い、愛を囁き合って、夕刻になるまで寝室から出なかった日もあった。そんな自分たちのことを思い出し、ベアトリックスは自分の頬が赤らむのを感じていた。
「お茶はほどほどにね。カフェインを取り過ぎるのはお腹の子に良くないって聞くわ」
「お義母さま、お気遣い、ほんとうに嬉しいです。わたくしのためを思って下さって。あの……エドワードが戻るまで庭の奥のゲストハウスに戻らずに、お義母さまのおられる、この本邸にいてもいいですか?」
「もちろんよ。あちらで過ごしても、めったなことはないと思うけれど、ここのほうが使用人の数も多いし、あなたにもしものことがあったとき、わたくしも傍にいられれば、と思うわ。たいした力になれないかもしれないけれど」
けど」
「ありがとうございます!お義母さまがそばにいてくだされば、百人力ですわ」
と、ベアトリックスはヘレンに抱きついた。
「まあ!……わたしたちは家族なんだから、お礼なんて言っちゃだめよ。今は、自分の体のことだけを考えてね……あら、チキンも付け合わせのお野菜も食べられたのね。よかったわ、食欲が出てきたみたいね」
「はい。お義母さまが作ってくださったから……とってもおいしかったですわ」
と、彼女は顔を上げ、潤んだような綺麗な瞳をひたとヘレンに当てて
「わたくし、とても幸せです。お義母さまがエドワードを産んで、あんな立派な殿方に育てて下さったからこそ、わたくしはこうしていられるんですもの、わたくしの幸せは全てお義母さまのお陰です。何とお礼を言ったらいいかわからないくらい、感謝でいっぱいなんです。お義母さまの瞳、エドワードと同じ綺麗なブルー……わたくし、大好き」
と言った。近い将来、祖母になるとはとても思えない、美しく若々しい義母を、ベアトリックスは姉のように慕っていた。
義母ヘレンのほうも、そんな嫁が可愛くないはずがない。
「ねえ、お義母さま。最愛の男性が自分をさらって妻にしてくれるなんて、すてきだと思われません?それも、エドワードのような素晴らしい人が……わたくし、まるで、絵本の中のお姫さまみたいですわ」
「ベアトリックス、あなたって……ほんとうに……」
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「ベアトリックス、だなんて……ベアティとお呼びくださいませ、お義母さま」
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