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第三章
予期せぬ客
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第三章 予期せぬ客
(お金が入ったのなら、王立学院に行きたいわ)
これまで、経済上の困難、つまり貧乏を理由に諦めていた進学が叶いそうだと、ベアトリックスは思った。
今まで、子爵家では、家庭教師を雇うこともできず、彼女は亡き父の蔵書で独学するしかなかった。
上流貴族の子弟は、それぞれの家庭に優秀な教師を雇っていたが、下流貴族の娘や、平民でも富裕層の者は、王立学院に行くのが普通だった。他の人と競うことで、知識のレベルアップが期待出来るうえ、学友との絆を深めることは将来のための人脈作りの第一歩となるからだ。
学院は女子部と男子部に分かれており、男女が席を並べることはないが、友だちになった令嬢の家に招かれたら、そこに素敵なお兄様がいて、恋が生まれた、という話はよくあるらしい。恋愛結婚も、同じ階級の者同士なら許されるということだろう。
王立学院に通えなかったベアトリックスは、今まで、そうした貴族同士の社交の場にも出る機会がほとんどなかった。
その「名ばかり貴族」が、先日、王女のお茶会に呼ばれたこと自体が、家柄のお陰というより、大金持ちと婚約した娘だから、ではなかったのか。
王立学院に行こう、将来は、教師として身を立てよう、とベアトリックスは決意を新たにしていた
(学費の心配は不要ですもの)
この国では、貴族の子女は働いてはいけない、という不文律がある。唯一の例外は、教職に就くことだけだった。
王立学院の教師だけは、良家の子女を集めて教え、一流の淑女にする、という、目的のために、学院出身の家柄の良い卒業生が求められたからだ。一種の名誉職だから俸給が高い、ということはなかったが、それでも教師の職に就ければ、アーヴィン家から支払われた慰謝料に手をつけることなく、細々とでも生きていけるだろうと、ベアトリックスは算段していた。
(卒業生の中で、特に優秀な貴族出身の人は、王室お抱えの先生になれるわ。無理かもしれないけれど、それを目指して頑張ってみよう)
ベアトリックスは、王立学院に入学願書を送ってくれるよう手紙を書き始めた。
と、背後でドアをノックする音がした。
「どうぞ、お入り」
「お嬢様、お客様です」
「わたくしに?」
「はい」
「どなたなの?」
振り向くとメイドのリンダが立っていた。
「どうしたの?リンダ」
「いらしているのは、ミスター・アーヴィンです」
「ああ、商人の」
(さっそく、慰謝料でも持ってきたのかしら)
王女との縁が出来た以上、用済みの子爵の娘との縁は、金を積んで一日でも早く清算したいということのようだ。
「執事がいるでしょう。わたくしがデニス・アーヴィン氏に会うことはないはずよ」
「いえ、あの・・・お父さまではなくて、ご子息のエドワードさまが来られていまして」
「エドワード・アーヴィン?婚約を解消したのに、なぜ、彼が、わたくしに?会わないわ。会うわけないでしょう」
ベアトリックスには、エドワード・アーヴィンの訪問の目的がさっぱりわからない。
「それが、その・・・婚約解消は間違いだとおっしゃって。とても悲しそうな目で、わたくしにお訴えになりまして」
「来客が誰であれ、あなたが対応する必要はないわ。執事のボーナムに取り次ぐべきだったわね」
今、リンダに苛立ってもしかたがない。ベアトリックスは敢えて落ち着いた声で
「ボーナムを呼んできて」
と言った。
「それが・・・ミスター・ボーナムは狩りに行かれた旦那さまのお供をなさっておられてご不在で・・・」
「お母さまは?」
「バートン侯爵家の午餐会にお出かけでございます」
(お母さま、お友達とご昼食なのね。なぜ、今日に限って、この家には人がいないのよ)
今さら、婚約解消が嘘だと言われたことに、ベアトリックスは怒りを感じていた。
経済的な枷が無くなり、王立学院に通うことを夢見た途端にこれだ。
どうせ、理性を取り戻した王女さまにフラれてここへ来たに決まっている。王女さまの一時の気まぐれに乗っかって、王家と縁を結ぼうなどと、そもそもが厚かましい話だ。
(成り上がりと呼ばれる人種には、恐いもの知らずのところがあるから)
ベアトリックスは、失笑した。
王女と平民の商人では、いくらエドワード・アーヴィンが大金持ちでも身分が違い過ぎる。国王の直系の子女が、身分の低い相手と結婚すれば、傍系王族の相手の身分も下がる。そうして、平民から相手を選ぶことが重なると、王室のありがたみが薄れ権威が揺らぐのだ。今回の王女の結婚について、王室関係者が、直系から傍系そして、その使用人たちのそのまた末端の縁者たちに至るまで全員で大反対したのは想像に難くない。
王女さまとの縁組がダメになったから、自分と復縁したいなどと、成金は面の皮が厚すぎる。ベアトリックスは不快感でいっぱいだった。
(追い返さなくては)
だが、使用人のほとんどが辞めたこの家には、門番もいない。護衛の男などいるはずもない。礼儀知らず、かつ恥知らずのエドワード・アーヴィンを叩き出したくとも人材がいないのだ。
(料理人のカールに包丁を持って来てもらおうかしら)
と思案しているベアトリックスに、リンダが
「お気の毒なんです。エドワードさまが。お嬢さま、どうか、お会いになってあげてくださいませ。早急にお嬢さまのお耳に入れたいことがあるとおっしゃっています。お話も聞かずに帰っていただくなんて、あの方が哀れで・・・」
何ということだ。
リンダは顔を赤らめている。
美男子の悲しげな表情に、すっかり騙された様子である。
「レディ・ベアトリックス!お願いです。出てきていただけませんか?」
エントランスホールのほうから大きな声がした。
品のない庶民は、相手が近くに来るのを待つことなく、「おーい」と呼ぶのだと、いつか、ばあやから聞いたことがあったのをベアトリックスは思い出した。
「リンダ。あなた、来訪者を、自分の判断で、わたくしの私室がある東館に入れたのね?」
「外で待っていただくのはお気の毒だと思いまして・・・それに雨が降りそうですわ」
「あんなに空が青くて、太陽が照りつけているのに、雨ですって?」
ベアトリックスが怒気を含んだ口調で言っても、リンダはたじろがず
「うちの田舎では、こういう天気の時に雨が降るものでございまして・・・えーっと、その、天気雨って申しますの」
と言った。
ベアトリックスは、ため息をついた。
「とりあえず、いつもの部屋に案内しておいて」
あきらめてそう言ったベアトリックスの言葉を聞くやいなや、「はいっ!」と返事をしてリンダは小走りに出て行った。
訪問者を私室に入れるわけにはいかない。
ベアトリックスはあきらめて、西館の客間へと向かった。
「ずっとお待ちしていました。ごきげんよう、レディ・ベアトリックス。会ってくださってありがとうございます」
エドワード・アーヴィンは立ち上がって、挨拶した。ちんまりと座っていた細身の男が、立ち上がるといきなり背が高くなる。彼は変わっていなかった。
「無礼にもほどがあるわ。ミスター・エドワード・アーヴィン」
ベアトリックスが言うと
「あなたになんと言われましても、返す言葉がございません。ただ、わかっていただきたいのですが、婚約解消は父が先走ってしまっただけです。わたしには王女と結婚する意思など毛頭ありません」
「そんな言葉に、わたくしが騙されるとお思いなのね。ずいぶんバカにされたものだわ」
ベアトリックスは、イライラしながら言った。感情を表に出さないのが淑女というものだ。彼女も貴族の娘として、そう育てられてきたのだが、それは同等な立場同士の者が「互いに礼を尽くす」ということであって、無作法な侵入者、それも平民の商人にまで優しい顔をする必要はない。
「御者のヒルズと、調理場のカールと、馬屋番のヘンリーを呼んできてちょうだい」
ベアトリックスは、リンダに言った。こうなれば最終手段だ。男手を総動員して力づくで追い出すしかない、とベアトリックスは思った。
リンダは離れがたい、と言った表情で、しばらくエドワードを見ていたが、ベアトリックスが
「わたくしは気が短いの」
と言うと、走り去って行った。
「王女さまに袖にされたからって、わたくしと復縁できると思ったの?ずいぶん安く見られたものね。遺憾ですわ。ミスター・エドワード・アーヴィン」
叩きつけるように言ったベアトリックスに
「いえ、王女殿下の申し出を聞き、王宮に赴いた父に、国王陛下が、わたしを王女の配偶者として迎えるにやぶさかではない、と言われたそうです。成婚後は、男爵の位をいただけると聞いて、父が有頂天になってしまって。わたしの意思を確かめもせず、王宮からの帰りの足で、こちらへ婚約解消の申し出に来たとは、早計でお恥ずかしいことを致しました」
そう言って、一瞬、瞳を伏せ
「国王陛下に謁見できて、直接、お言葉を賜ったことで、父は、すっかり舞い上がってしまったようでした。父の短慮をどうかお許しください」
と、頭を下げた。
「お詫びには及びませんわ。おめでとうございます。王女殿下とご結婚だなんて、名誉なことですわ。国王陛下から男爵の位を授けられれば、あなたご自身が貴族社会の一員ですもの。誰もあなたを『平民の商人』なんて言えなくなりますわ。次に王女さまにお目にかかる時は、お側にいるあなたのこと、ミスターではなく、バロン・アーヴィンとお呼びしなくてはなりませんわね」
「バロン・アーヴィンだなんて、やめてください。わたしは王女と結婚しません。わかっていただけませんか?わたしは、王女の夫にも、男爵にもなりたくない」
「そうなんですの」
ホホホと笑ってから、ベアトリックスはたずねた。
「富の次は地位と名誉を得て、昇り詰めるのがあなた方の望みなのかと思っていました。王女の結婚相手にも男爵にも、なりたくないと言われるのなら、ミスター・エドワード・アーヴィン、あなたは、いったい何になられるおつもり?」
「あなたの夫になりたいのです。レディ・ベアトリックス」
「なんですって?」
(お金が入ったのなら、王立学院に行きたいわ)
これまで、経済上の困難、つまり貧乏を理由に諦めていた進学が叶いそうだと、ベアトリックスは思った。
今まで、子爵家では、家庭教師を雇うこともできず、彼女は亡き父の蔵書で独学するしかなかった。
上流貴族の子弟は、それぞれの家庭に優秀な教師を雇っていたが、下流貴族の娘や、平民でも富裕層の者は、王立学院に行くのが普通だった。他の人と競うことで、知識のレベルアップが期待出来るうえ、学友との絆を深めることは将来のための人脈作りの第一歩となるからだ。
学院は女子部と男子部に分かれており、男女が席を並べることはないが、友だちになった令嬢の家に招かれたら、そこに素敵なお兄様がいて、恋が生まれた、という話はよくあるらしい。恋愛結婚も、同じ階級の者同士なら許されるということだろう。
王立学院に通えなかったベアトリックスは、今まで、そうした貴族同士の社交の場にも出る機会がほとんどなかった。
その「名ばかり貴族」が、先日、王女のお茶会に呼ばれたこと自体が、家柄のお陰というより、大金持ちと婚約した娘だから、ではなかったのか。
王立学院に行こう、将来は、教師として身を立てよう、とベアトリックスは決意を新たにしていた
(学費の心配は不要ですもの)
この国では、貴族の子女は働いてはいけない、という不文律がある。唯一の例外は、教職に就くことだけだった。
王立学院の教師だけは、良家の子女を集めて教え、一流の淑女にする、という、目的のために、学院出身の家柄の良い卒業生が求められたからだ。一種の名誉職だから俸給が高い、ということはなかったが、それでも教師の職に就ければ、アーヴィン家から支払われた慰謝料に手をつけることなく、細々とでも生きていけるだろうと、ベアトリックスは算段していた。
(卒業生の中で、特に優秀な貴族出身の人は、王室お抱えの先生になれるわ。無理かもしれないけれど、それを目指して頑張ってみよう)
ベアトリックスは、王立学院に入学願書を送ってくれるよう手紙を書き始めた。
と、背後でドアをノックする音がした。
「どうぞ、お入り」
「お嬢様、お客様です」
「わたくしに?」
「はい」
「どなたなの?」
振り向くとメイドのリンダが立っていた。
「どうしたの?リンダ」
「いらしているのは、ミスター・アーヴィンです」
「ああ、商人の」
(さっそく、慰謝料でも持ってきたのかしら)
王女との縁が出来た以上、用済みの子爵の娘との縁は、金を積んで一日でも早く清算したいということのようだ。
「執事がいるでしょう。わたくしがデニス・アーヴィン氏に会うことはないはずよ」
「いえ、あの・・・お父さまではなくて、ご子息のエドワードさまが来られていまして」
「エドワード・アーヴィン?婚約を解消したのに、なぜ、彼が、わたくしに?会わないわ。会うわけないでしょう」
ベアトリックスには、エドワード・アーヴィンの訪問の目的がさっぱりわからない。
「それが、その・・・婚約解消は間違いだとおっしゃって。とても悲しそうな目で、わたくしにお訴えになりまして」
「来客が誰であれ、あなたが対応する必要はないわ。執事のボーナムに取り次ぐべきだったわね」
今、リンダに苛立ってもしかたがない。ベアトリックスは敢えて落ち着いた声で
「ボーナムを呼んできて」
と言った。
「それが・・・ミスター・ボーナムは狩りに行かれた旦那さまのお供をなさっておられてご不在で・・・」
「お母さまは?」
「バートン侯爵家の午餐会にお出かけでございます」
(お母さま、お友達とご昼食なのね。なぜ、今日に限って、この家には人がいないのよ)
今さら、婚約解消が嘘だと言われたことに、ベアトリックスは怒りを感じていた。
経済的な枷が無くなり、王立学院に通うことを夢見た途端にこれだ。
どうせ、理性を取り戻した王女さまにフラれてここへ来たに決まっている。王女さまの一時の気まぐれに乗っかって、王家と縁を結ぼうなどと、そもそもが厚かましい話だ。
(成り上がりと呼ばれる人種には、恐いもの知らずのところがあるから)
ベアトリックスは、失笑した。
王女と平民の商人では、いくらエドワード・アーヴィンが大金持ちでも身分が違い過ぎる。国王の直系の子女が、身分の低い相手と結婚すれば、傍系王族の相手の身分も下がる。そうして、平民から相手を選ぶことが重なると、王室のありがたみが薄れ権威が揺らぐのだ。今回の王女の結婚について、王室関係者が、直系から傍系そして、その使用人たちのそのまた末端の縁者たちに至るまで全員で大反対したのは想像に難くない。
王女さまとの縁組がダメになったから、自分と復縁したいなどと、成金は面の皮が厚すぎる。ベアトリックスは不快感でいっぱいだった。
(追い返さなくては)
だが、使用人のほとんどが辞めたこの家には、門番もいない。護衛の男などいるはずもない。礼儀知らず、かつ恥知らずのエドワード・アーヴィンを叩き出したくとも人材がいないのだ。
(料理人のカールに包丁を持って来てもらおうかしら)
と思案しているベアトリックスに、リンダが
「お気の毒なんです。エドワードさまが。お嬢さま、どうか、お会いになってあげてくださいませ。早急にお嬢さまのお耳に入れたいことがあるとおっしゃっています。お話も聞かずに帰っていただくなんて、あの方が哀れで・・・」
何ということだ。
リンダは顔を赤らめている。
美男子の悲しげな表情に、すっかり騙された様子である。
「レディ・ベアトリックス!お願いです。出てきていただけませんか?」
エントランスホールのほうから大きな声がした。
品のない庶民は、相手が近くに来るのを待つことなく、「おーい」と呼ぶのだと、いつか、ばあやから聞いたことがあったのをベアトリックスは思い出した。
「リンダ。あなた、来訪者を、自分の判断で、わたくしの私室がある東館に入れたのね?」
「外で待っていただくのはお気の毒だと思いまして・・・それに雨が降りそうですわ」
「あんなに空が青くて、太陽が照りつけているのに、雨ですって?」
ベアトリックスが怒気を含んだ口調で言っても、リンダはたじろがず
「うちの田舎では、こういう天気の時に雨が降るものでございまして・・・えーっと、その、天気雨って申しますの」
と言った。
ベアトリックスは、ため息をついた。
「とりあえず、いつもの部屋に案内しておいて」
あきらめてそう言ったベアトリックスの言葉を聞くやいなや、「はいっ!」と返事をしてリンダは小走りに出て行った。
訪問者を私室に入れるわけにはいかない。
ベアトリックスはあきらめて、西館の客間へと向かった。
「ずっとお待ちしていました。ごきげんよう、レディ・ベアトリックス。会ってくださってありがとうございます」
エドワード・アーヴィンは立ち上がって、挨拶した。ちんまりと座っていた細身の男が、立ち上がるといきなり背が高くなる。彼は変わっていなかった。
「無礼にもほどがあるわ。ミスター・エドワード・アーヴィン」
ベアトリックスが言うと
「あなたになんと言われましても、返す言葉がございません。ただ、わかっていただきたいのですが、婚約解消は父が先走ってしまっただけです。わたしには王女と結婚する意思など毛頭ありません」
「そんな言葉に、わたくしが騙されるとお思いなのね。ずいぶんバカにされたものだわ」
ベアトリックスは、イライラしながら言った。感情を表に出さないのが淑女というものだ。彼女も貴族の娘として、そう育てられてきたのだが、それは同等な立場同士の者が「互いに礼を尽くす」ということであって、無作法な侵入者、それも平民の商人にまで優しい顔をする必要はない。
「御者のヒルズと、調理場のカールと、馬屋番のヘンリーを呼んできてちょうだい」
ベアトリックスは、リンダに言った。こうなれば最終手段だ。男手を総動員して力づくで追い出すしかない、とベアトリックスは思った。
リンダは離れがたい、と言った表情で、しばらくエドワードを見ていたが、ベアトリックスが
「わたくしは気が短いの」
と言うと、走り去って行った。
「王女さまに袖にされたからって、わたくしと復縁できると思ったの?ずいぶん安く見られたものね。遺憾ですわ。ミスター・エドワード・アーヴィン」
叩きつけるように言ったベアトリックスに
「いえ、王女殿下の申し出を聞き、王宮に赴いた父に、国王陛下が、わたしを王女の配偶者として迎えるにやぶさかではない、と言われたそうです。成婚後は、男爵の位をいただけると聞いて、父が有頂天になってしまって。わたしの意思を確かめもせず、王宮からの帰りの足で、こちらへ婚約解消の申し出に来たとは、早計でお恥ずかしいことを致しました」
そう言って、一瞬、瞳を伏せ
「国王陛下に謁見できて、直接、お言葉を賜ったことで、父は、すっかり舞い上がってしまったようでした。父の短慮をどうかお許しください」
と、頭を下げた。
「お詫びには及びませんわ。おめでとうございます。王女殿下とご結婚だなんて、名誉なことですわ。国王陛下から男爵の位を授けられれば、あなたご自身が貴族社会の一員ですもの。誰もあなたを『平民の商人』なんて言えなくなりますわ。次に王女さまにお目にかかる時は、お側にいるあなたのこと、ミスターではなく、バロン・アーヴィンとお呼びしなくてはなりませんわね」
「バロン・アーヴィンだなんて、やめてください。わたしは王女と結婚しません。わかっていただけませんか?わたしは、王女の夫にも、男爵にもなりたくない」
「そうなんですの」
ホホホと笑ってから、ベアトリックスはたずねた。
「富の次は地位と名誉を得て、昇り詰めるのがあなた方の望みなのかと思っていました。王女の結婚相手にも男爵にも、なりたくないと言われるのなら、ミスター・エドワード・アーヴィン、あなたは、いったい何になられるおつもり?」
「あなたの夫になりたいのです。レディ・ベアトリックス」
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