割込み王女に祝福を(婚約解消いただきました。ありがとうございました)

久留美眞理

文字の大きさ
4 / 12
第三章

予期せぬ客

しおりを挟む
第三章 予期せぬ客

 (お金が入ったのなら、王立学院に行きたいわ)
 
これまで、経済上の困難、つまり貧乏を理由に諦めていた進学が叶いそうだと、ベアトリックスは思った。
今まで、子爵家では、家庭教師を雇うこともできず、彼女は亡き父の蔵書で独学するしかなかった。
 上流貴族の子弟は、それぞれの家庭に優秀な教師を雇っていたが、下流貴族の娘や、平民でも富裕層の者は、王立学院に行くのが普通だった。他の人と競うことで、知識のレベルアップが期待出来るうえ、学友との絆を深めることは将来のための人脈作りの第一歩となるからだ。
 学院は女子部と男子部に分かれており、男女が席を並べることはないが、友だちになった令嬢の家に招かれたら、そこに素敵なお兄様がいて、恋が生まれた、という話はよくあるらしい。恋愛結婚も、同じ階級の者同士なら許されるということだろう。
王立学院に通えなかったベアトリックスは、今まで、そうした貴族同士の社交の場にも出る機会がほとんどなかった。
 その「名ばかり貴族」が、先日、王女のお茶会に呼ばれたこと自体が、家柄のお陰というより、大金持ちと婚約した娘だから、ではなかったのか。

 王立学院に行こう、将来は、教師として身を立てよう、とベアトリックスは決意を新たにしていた
(学費の心配は不要ですもの)

 この国では、貴族の子女は働いてはいけない、という不文律がある。唯一の例外は、教職に就くことだけだった。
 王立学院の教師だけは、良家の子女を集めて教え、一流の淑女にする、という、目的のために、学院出身の家柄の良い卒業生が求められたからだ。一種の名誉職だから俸給が高い、ということはなかったが、それでも教師の職に就ければ、アーヴィン家から支払われた慰謝料に手をつけることなく、細々とでも生きていけるだろうと、ベアトリックスは算段していた。

 (卒業生の中で、特に優秀な貴族出身の人は、王室お抱えの先生になれるわ。無理かもしれないけれど、それを目指して頑張ってみよう)

 ベアトリックスは、王立学院に入学願書を送ってくれるよう手紙を書き始めた。
 
 と、背後でドアをノックする音がした。

 「どうぞ、お入り」
 
 「お嬢様、お客様です」

 「わたくしに?」
 「はい」
 「どなたなの?」

 振り向くとメイドのリンダが立っていた。
 「どうしたの?リンダ」
 「いらしているのは、ミスター・アーヴィンです」
 「ああ、商人の」
 (さっそく、慰謝料でも持ってきたのかしら)

 王女との縁が出来た以上、用済みの子爵の娘との縁は、金を積んで一日でも早く清算したいということのようだ。

 「執事がいるでしょう。わたくしがデニス・アーヴィン氏に会うことはないはずよ」
 「いえ、あの・・・お父さまではなくて、ご子息のエドワードさまが来られていまして」
 「エドワード・アーヴィン?婚約を解消したのに、なぜ、彼が、わたくしに?会わないわ。会うわけないでしょう」
 ベアトリックスには、エドワード・アーヴィンの訪問の目的がさっぱりわからない。
「それが、その・・・婚約解消は間違いだとおっしゃって。とても悲しそうな目で、わたくしにお訴えになりまして」
「来客が誰であれ、あなたが対応する必要はないわ。執事のボーナムに取り次ぐべきだったわね」
 今、リンダに苛立ってもしかたがない。ベアトリックスは敢えて落ち着いた声で
 「ボーナムを呼んできて」
と言った。
「それが・・・ミスター・ボーナムは狩りに行かれた旦那さまのお供をなさっておられてご不在で・・・」
 「お母さまは?」
 「バートン侯爵家の午餐会にお出かけでございます」

 (お母さま、お友達とご昼食なのね。なぜ、今日に限って、この家には人がいないのよ)
 
今さら、婚約解消が嘘だと言われたことに、ベアトリックスは怒りを感じていた。
 経済的な枷が無くなり、王立学院に通うことを夢見た途端にこれだ。
 
どうせ、理性を取り戻した王女さまにフラれてここへ来たに決まっている。王女さまの一時の気まぐれに乗っかって、王家と縁を結ぼうなどと、そもそもが厚かましい話だ。
(成り上がりと呼ばれる人種には、恐いもの知らずのところがあるから)
ベアトリックスは、失笑した。

 王女と平民の商人では、いくらエドワード・アーヴィンが大金持ちでも身分が違い過ぎる。国王の直系の子女が、身分の低い相手と結婚すれば、傍系王族の相手の身分も下がる。そうして、平民から相手を選ぶことが重なると、王室のありがたみが薄れ権威が揺らぐのだ。今回の王女の結婚について、王室関係者が、直系から傍系そして、その使用人たちのそのまた末端の縁者たちに至るまで全員で大反対したのは想像に難くない。

 王女さまとの縁組がダメになったから、自分と復縁したいなどと、成金は面の皮が厚すぎる。ベアトリックスは不快感でいっぱいだった。

 (追い返さなくては)
 
 だが、使用人のほとんどが辞めたこの家には、門番もいない。護衛の男などいるはずもない。礼儀知らず、かつ恥知らずのエドワード・アーヴィンを叩き出したくとも人材がいないのだ。
 (料理人のカールに包丁を持って来てもらおうかしら)
 と思案しているベアトリックスに、リンダが
 「お気の毒なんです。エドワードさまが。お嬢さま、どうか、お会いになってあげてくださいませ。早急にお嬢さまのお耳に入れたいことがあるとおっしゃっています。お話も聞かずに帰っていただくなんて、あの方が哀れで・・・」
 何ということだ。
 リンダは顔を赤らめている。
 美男子の悲しげな表情に、すっかり騙された様子である。
 
 「レディ・ベアトリックス!お願いです。出てきていただけませんか?」

 エントランスホールのほうから大きな声がした。
 品のない庶民は、相手が近くに来るのを待つことなく、「おーい」と呼ぶのだと、いつか、ばあやから聞いたことがあったのをベアトリックスは思い出した。

 「リンダ。あなた、来訪者を、自分の判断で、わたくしの私室がある東館に入れたのね?」
 
 「外で待っていただくのはお気の毒だと思いまして・・・それに雨が降りそうですわ」

 「あんなに空が青くて、太陽が照りつけているのに、雨ですって?」
ベアトリックスが怒気を含んだ口調で言っても、リンダはたじろがず
「うちの田舎では、こういう天気の時に雨が降るものでございまして・・・えーっと、その、天気雨って申しますの」
と言った。
ベアトリックスは、ため息をついた。
「とりあえず、いつもの部屋に案内しておいて」

 あきらめてそう言ったベアトリックスの言葉を聞くやいなや、「はいっ!」と返事をしてリンダは小走りに出て行った。
訪問者を私室に入れるわけにはいかない。
 ベアトリックスはあきらめて、西館の客間へと向かった。

 「ずっとお待ちしていました。ごきげんよう、レディ・ベアトリックス。会ってくださってありがとうございます」

 エドワード・アーヴィンは立ち上がって、挨拶した。ちんまりと座っていた細身の男が、立ち上がるといきなり背が高くなる。彼は変わっていなかった。

 「無礼にもほどがあるわ。ミスター・エドワード・アーヴィン」

 ベアトリックスが言うと

 「あなたになんと言われましても、返す言葉がございません。ただ、わかっていただきたいのですが、婚約解消は父が先走ってしまっただけです。わたしには王女と結婚する意思など毛頭ありません」
「そんな言葉に、わたくしが騙されるとお思いなのね。ずいぶんバカにされたものだわ」

 ベアトリックスは、イライラしながら言った。感情を表に出さないのが淑女というものだ。彼女も貴族の娘として、そう育てられてきたのだが、それは同等な立場同士の者が「互いに礼を尽くす」ということであって、無作法な侵入者、それも平民の商人にまで優しい顔をする必要はない。
 「御者のヒルズと、調理場のカールと、馬屋番のヘンリーを呼んできてちょうだい」
 ベアトリックスは、リンダに言った。こうなれば最終手段だ。男手を総動員して力づくで追い出すしかない、とベアトリックスは思った。

 リンダは離れがたい、と言った表情で、しばらくエドワードを見ていたが、ベアトリックスが
 「わたくしは気が短いの」
 と言うと、走り去って行った。

 「王女さまに袖にされたからって、わたくしと復縁できると思ったの?ずいぶん安く見られたものね。遺憾ですわ。ミスター・エドワード・アーヴィン」
 叩きつけるように言ったベアトリックスに
 「いえ、王女殿下の申し出を聞き、王宮に赴いた父に、国王陛下が、わたしを王女の配偶者として迎えるにやぶさかではない、と言われたそうです。成婚後は、男爵の位をいただけると聞いて、父が有頂天になってしまって。わたしの意思を確かめもせず、王宮からの帰りの足で、こちらへ婚約解消の申し出に来たとは、早計でお恥ずかしいことを致しました」
そう言って、一瞬、瞳を伏せ
「国王陛下に謁見できて、直接、お言葉を賜ったことで、父は、すっかり舞い上がってしまったようでした。父の短慮をどうかお許しください」
と、頭を下げた。
 「お詫びには及びませんわ。おめでとうございます。王女殿下とご結婚だなんて、名誉なことですわ。国王陛下から男爵の位を授けられれば、あなたご自身が貴族社会の一員ですもの。誰もあなたを『平民の商人』なんて言えなくなりますわ。次に王女さまにお目にかかる時は、お側にいるあなたのこと、ミスターではなく、バロン・アーヴィンとお呼びしなくてはなりませんわね」
 「バロン・アーヴィンだなんて、やめてください。わたしは王女と結婚しません。わかっていただけませんか?わたしは、王女の夫にも、男爵にもなりたくない」
「そうなんですの」
ホホホと笑ってから、ベアトリックスはたずねた。
「富の次は地位と名誉を得て、昇り詰めるのがあなた方の望みなのかと思っていました。王女の結婚相手にも男爵にも、なりたくないと言われるのなら、ミスター・エドワード・アーヴィン、あなたは、いったい何になられるおつもり?」
「あなたの夫になりたいのです。レディ・ベアトリックス」
 「なんですって?」
 
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

物置部屋に追いやられた伯爵令嬢ですが、公爵様に見初められて人生逆転しました〜妹の引き立て役だったのに、今では社交界の花と呼ばれています〜

丸顔ちゃん。
恋愛
伯爵家の令嬢セレナは、実母の死後、継母と義妹に虐げられて育った。 与えられた部屋は使用人以下の物置、食事は残飯、服はボロ。 専属侍女も与えられず、家の運営や帳簿管理まで押し付けられ、 失敗すれば鞭打ち――それが彼女の日常だった。 そんなある日、世間体のためだけに同行させられた夜会で、 セレナは公爵家の跡取りレオンと出会う。 「あなたの瞳は、こんな場所に閉じ込めていいものではない」 彼はセレナの知性と静かな強さに一瞬で心を奪われ、 彼女の境遇を知ると激怒し、家族の前で堂々と求婚する。 嫁ぎ先の公爵家で、セレナは初めて“人として扱われ”、 広い部屋、美味しい食事、優しい侍女たちに囲まれ、 独学で身につけた知識を活かして家の運営でも大活躍。 栄養と愛情を取り戻したセレナは、 誰もが振り返るほどの美しさを開花させ、 社交界で注目される存在となる。 一方、セレナを失った伯爵家は、 彼女の能力なしでは立ち行かず、 ゆっくりと没落していくのだった――。 虐げられた令嬢が、公爵の愛と自分の才能で幸せを掴む逆転物語。

「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します

スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」 眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。 隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。 エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。 しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。 彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。 「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」 裏切りへのカウントダウンが今、始まる。 スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!

替え玉の私に、その愛を注がないで…。~義姉の代わりに嫁いだ辺境伯へ、身を引くはずが……持ちかけられたのは溺愛契約。

翠月 瑠々奈
恋愛
ベルン皇国の辺境伯ソラティスが求めたのは、麗しき皇都の子爵令嬢レイアだった。 しかし、彼の元へ届けられたのは、身代わりに仕立て上げられた妹のラシーヌ。 容姿も性格も全く違う姉妹。 ​拒絶を覚悟したラシーヌだったが、ソラティスは緋色の瞳を向けて一つの「契約」を持ち掛けた。 その契約とは──? ソラティスの結婚の理由、街を守る加護の力。そして、芽生える一つの恋。それに怯える拙い拒み。 ※一部加筆修正済みです。

私と義弟の安全は確保出来たので、ゆっくり恋人を探そうと思います

織り子
恋愛
18歳で処刑された大公家の令嬢、セレノア・グレイス。 目を覚ますと――あの日の6年前に戻っていた。 まだ無邪気な弟ルシアン、笑う両親。 再び訪れる“反逆の運命”を知るのは、彼女だけ。 ――大公家に産まれた時点で、自由な恋愛は諦めていた。だが、本当は他の令嬢達の話を聞くたびにうらやましかった。人生1度きり。もう少し花のある人生を送りたかった。一度でいいから、恋愛をしてみたい。 限られた6年の中で、セレノアは動き出す。 愛する家族を守るため、未来を変えるために。 そして本当の願い(恋愛)を叶えるために。

公爵家の家政を10年回した私が出ていったら、3ヶ月で領地が破綻しました

歩人
ファンタジー
エレナは公爵家に嫁いで10年、夫は愛人に入れ込み、義母には「家政婦代わり」と 罵られた。だが領地の財務も、商会との交渉も、使用人の管理も、全部エレナが やっていた。ある日、義母から「あなたの代わりなんていくらでもいる」と言われ、 エレナは静かに離縁届を出した。「では、代わりの方にお任せください」 辺境の町で小さな商会を開いたエレナ。10年間の実務経験は伊達ではなかった。 商会はたちまち繁盛する。一方、エレナがいなくなった公爵家は3ヶ月で経営破綻。 元夫が「戻ってこい」と泣きつくが—— 「お断りです。あと、10年分の未払い給金を請求いたしますね」

私が、良いと言ってくれるので結婚します

あべ鈴峰
恋愛
幼馴染のクリスと比較されて悲しい思いをしていたロアンヌだったが、突然現れたレグール様のプロポーズに 初対面なのに結婚を決意する。 しかし、その事を良く思わないクリスが・・。

処刑台の皇妃、回帰して復讐を誓う ~冷酷公爵と偽りの婚約者~ おまえたちは許さない!

秦江湖
ファンタジー
皇妃エリアーナは、夫である皇帝アランと、たった一人の親友イザベラの策略により、無実の罪で処刑される。 民衆に罵られ、アランの冷酷な目とイザベラの嘲笑を「始まりの景色」として目に焼き付けながら絶命した彼女は、しかし、処刑の記憶を持ったまま三年前の過去に回帰する。 「おまえたちは許さない」 二度目の人生。 エリアーナの目的はただ一つ、自分を陥れた二人への完璧な復讐。 彼女はまず、アラン(皇太子)からの婚約内示を拒絶。そして、アラン最大の政敵である「北の冷血公爵」ルシアン・ヴァレリウスに接触する。 1周目で得た「未来の知識」を対価に、エリアーナはルシアンに持ちかける。 「貴方様には帝国の覇権を。わたくしには復讐の舞台を。そのための『契約婚約』を――」 憎悪を糧に生きる皇妃と、氷の瞳を持つ公爵。 二人の偽りの婚約の行く末は……

【本編完結】王子の寝た子を起こしたら、夢見る少女では居られなくなりました!

こさか りね
恋愛
私、フェアリエル・クリーヴランドは、ひょんな事から前世を思い出した。 そして、気付いたのだ。婚約者が私の事を良く思っていないという事に・・・。 婚約者の態度は前世を思い出した私には、とても耐え難いものだった。 ・・・だったら、婚約解消すれば良くない? それに、前世の私の夢は『のんびりと田舎暮らしがしたい!』と常々思っていたのだ。 結婚しないで済むのなら、それに越したことはない。 「ウィルフォード様、覚悟する事ね!婚約やめます。って言わせてみせるわ!!」 これは、婚約解消をする為に奮闘する少女と、本当は好きなのに、好きと気付いていない王子との攻防戦だ。 そして、覚醒した王子によって、嫌でも成長しなくてはいけなくなるヒロインのコメディ要素強めな恋愛サクセスストーリーが始まる。 ※序盤は恋愛要素が少なめです。王子が覚醒してからになりますので、気長にお読みいただければ嬉しいです。 ※本編完結しました。 ※後日談を更新中です。

処理中です...