割込み王女に祝福を(婚約解消いただきました。ありがとうございました)

久留美眞理

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第五章

父に似た男

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第五章 父に似た男

 ベアトリックスは、自室でぼんやりと物思いにふけっていた。

 両親は、アーヴィン商会から大金を得たのを良いことに連日遊び歩いているようだ。 そうした付き合いの中から、義父がまた新しい縁談を持ってくるかもしれない。今度は、貴族と親戚になりたがっている平民、ではなく、家柄も財産もある貴族の御曹司が寄ってくるだろう。
 (だから何?)

 自分はエドワード・アーヴィンにきちんと謝罪をしていない。今までの見下した態度、彼を蔑んでいた自分の心の中を、ベアトリックスは思い出していた。
 
 自室の机に置いた恋愛小説をパラパラとめくる。
 物語の中では、伯爵の子息に婚約破棄された失意の男爵令嬢が、王太子から愛を打ち明けられ、ハッピーエンドを迎えていた。これは所詮、作り話だ。王室へ嫁ぐことなど下位貴族の娘には起こり得ない。それに、ヒロインを捨てた男より格段に上の男性が颯爽と登場して、ヒロインの心の傷を癒してくれる、なんてこと、現実では、ほとんどの女に起こり得ない。
 (こんなものを読んで時間を潰すなんて、馬鹿馬鹿しいわ)
 彼女は、かつて夢中になっていた本を、ゴミ箱に投げた。物を投げるなんて、今までしたことがなかったのに、自分の「誇り」とやらにこだわって、家の窮状を救ってくれたエドワード・アーヴィンに失礼極まりない態度をとっていた自分が、ほんとうに嫌になったのだった。
 あの恋愛小説は、そういう自分の幼さ、愚かさ、を象徴するような気がして、彼女は投げ捨てたのだ。
 (彼のプロポーズを受けたあと、自分にも奇跡が起きればいいな、不本意な婚約から自分を救い出してくれる王子さまが現われたらいいな、だなんて夢見てた・・・バカだったわ。わたし、こんなものを夢中で読んでいたなんて)
 ふっと自嘲の笑いがもれた。好きな俳優に似ているからと、エドワード・アーヴィンに熱を上げた王女のことを、自分は批判する資格すらない。

 (王立学院からの入学願書、一度ちゃんと見ておかないと。せっかく頂いたんだもの)

 まずはお茶でも飲んで、気持ちを切り替えよう。
 ベアトリックスが使用人を呼ぼうとした時だった。

 「ベアティ、入ってもいいかしら?」

 母の声がした。

 「紹介したい方がいるのよ。下へ降りてらっしゃい」

 と母は言った。

 ベアトリックスが母のあとについて階段を降りた時、あと三段というところで、扉の脇のソファに座っていた男性が立ち上がった。
 肖像画の父が、絵の中から飛び出してきたのか。
 ベアトリックスは驚いた。
 「わたくしもびっくりしたわ。お父さまにそっくりでしょう」
 母クローディアは言った。
 「レイモンド・バイロン・ミッドフォード卿、あなたのイトコよ。あなたの叔父上は、伯爵の地位を彼に譲るらしいの」
 「初めまして、レディ・ベアトリックス」
 父によく似た男は、落ち着いた低い声で、挨拶してくれた。


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