魔人になった僕だけどそれでも兄上を愛したい

URUR

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第一章:兄上は、僕が嫌いですか?

それでも、好きだから

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 兄上に嫌われている。
 そんなの、とっくに知ってる。

冷たい目、鋭い言葉、僕を拒絶するその姿...
 ひとつひとつが突き刺さって、胸の奥に痛みが残る。
 それでも僕は、兄上が好きだ。

 好きで、好きで、どうしようもないくらいに。
 触れたい、笑ってほしい、名前を呼んでほしい。
 それだけなのに、どうして、こんなにも遠いのだろう。

ある日、屋敷の中庭で、兄上とすれ違った。

 「兄上!」

 僕が手を振ると、兄上はぴたりと足を止めた。
 けれど、こちらは見ない。目線は前のまま。

 「何だ」

 声は乾いていた。

 「兄上、今日の訓練見ましたよ! すごくかっこよかったです。やっぱり格好よくて――」

  「やめろ」

 その声は、氷のように鋭かった。

 「……いい加減にしろ」

 「え?」

 「お前は、俺の何を見てるんだ。そうやって、馴れ馴れしく俺の名を呼ぶな。気安く笑うな。お前が俺を見て、何がわかる?」

 兄上の声が震えていた。

「お前は、誰からも好かれて、何も傷つけずに生きてきた。俺とは正反対だ。そんな奴に、俺の何が理解できる。俺がどれだけ自分を抑え、他人を遠ざけ、呪われた自分を恨んできたか……」

 「兄上……」

 言葉を失った。

「……お前が俺の近くにいること自体、気に食わない。鬱陶しいんだよ。」

 その一言が、僕の胸を突き刺した。

 ああ、やっぱり。
 僕は……本当に、嫌われているんだ。

 言葉が、喉に引っかかって出てこなかった。
 けれど、どうにか笑顔を作った。泣きたくなんて、なかった。
 兄上の前でだけは、涙を見せたくなかった。

 「兄上……僕は、兄上をちゃんと見てます。呪いがあっても、手が誰かを傷つけても、そんなの関係ありません。だって、兄上は……兄上は、本当は優しい人だから」

 その瞬間、兄上の顔がほんの一瞬だけ、揺れた。

 けれど、すぐに眉をひそめ、背を向けた。

 「お前には、わからない」

 それだけ言って、兄上は歩き去ってしまった。

……本当は、僕にだってわからない。
 兄上の痛みも、苦しみも、全部を理解できるほど僕は大人じゃない。
 でも、好きっていう気持ちだけは、誰にも負けない。

 「兄上...」

もう既に兄の姿はどこにも見えなかった。

 

 * * *

 その夜、僕は寝室のベッドに潜り込んで、布団の中で枕を濡らしていた。

 好きだって、伝えたかったわけじゃない。
 ただ、そばにいたかっただけ。

 「僕...絶対嫌われた...」

 涙が止まらなかった。
 でも、泣くだけじゃ何も変わらない。
 兄上があの呪いのままでいる限り、誰も寄せ付けず、触れられず、心も閉ざされたままだ。

 このままじゃ、兄上は……本当に一人になってしまう。

 嫌われても、拒まれても、捨てられても。
 それでも、兄上が一人で苦しむ姿を見るよりは、ずっとマシだ。

 兄上が少しでも、自由になれるなら。
 誰かと笑い合えるなら。
 僕のことなんて、もう――どうだっていい。

 兄上の手を、呪いから解き放つ方法。
 ただ一つだけ、知っている。
 誰も口にしない、誰も近づこうとしない“禁術”。

 使えば、僕は“人”ではいられなくなる。
 記憶を失うかもしれない。感情が失われるかもしれない。
 それでも、構わない。

 兄上が……救われるなら。

「……僕が、兄上の呪いを、代わりに引き受ける」

 その言葉は、自分のものとは思えないくらい、静かで重かった。

 布団から抜け出し、そっと足音を殺して、屋敷の奥――隠された図書室へと向かう。

鍵は、前にこっそり複製した。
禁術書の在り処も知っている。
覚悟は、とっくにできていた。

使用人に見つからないように、夜着に上着を羽織って、ろうそくの灯りを片手に進んでいく。

 兄上の呪いは、生まれながらのもの。
 医術でも、魔法でも治らなかった。
 けれど、ひとつだけ、禁じられた記録にだけ“解呪”の可能性が残されていると、以前そんなことをおしゃべりな男から聞いていた。

 「人の魂を媒介にする術は、代償が大きい。使用者の記憶、感情、あるいは存在そのものを削っていく。だから禁術って言われているんだよ」

 その言葉が、頭の中に残っていた。

 禁じられた魔術。
 存在を削るほどの代償。
 それでも――それでも、僕は構わないと思った。

 兄上が自由になるなら、僕のことなんてどうだっていい。

 階段の奥、一番古い扉の前に立つ。
 古びた鍵穴に、忍び取った合鍵を差し込む。
 金属が擦れる音がして、扉がゆっくりと開いた。

 その向こうには、黒く、重い、封印の魔術書が眠っていた。

 その書の名は――《アル=アエノス》。

 僕は静かにその書を両手で抱え、胸にぎゅっと押し当てた。

 「兄上……」

 ぽつりと名前を呼ぶ。
 もしかしたら、これが“リリス”として兄上を呼べる最後になるかもしれない。
 でも、後悔はしていない。
 兄上の手が、もう誰も傷つけずに済むなら――

 僕は、僕でなくなってもいい。

 夜の静けさが、やけに重く、優しく、背中を押してくれた気がした。

 僕は、もう戻らない。

 兄上に、嫌われても。
 忘れられても。
 捨てられても。

 この想いだけは、きっと“呪い”よりも強いから。
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