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第一章:兄上は、僕が嫌いですか?
兄上の後ろ姿
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兄上の後ろ姿が好きだった。
子どもの頃からずっと、誰よりも、何よりも、好きだった。
白銀の髪が風に揺れて、薄闇の中で儚く光っていた。まるで絹の糸のようで、指でそっと触れてみたくなるほど綺麗だった。
だけど、僕はその髪に触れたことがない。
兄上――クライス兄上には、触れてはいけないからだ。
生まれつき呪いを抱えて生まれた兄上の身体は、肌に触れるすべてを腐らせる。
人も、物も、草木でさえも。触れたものを腐らせ、溶かし、殺す。
生きているものでも、物であっても、兄上の肌に直接触れれば、数秒と保たない。
だから兄上は、いつも手袋をしていた。
袖も長く、首元まで覆われた服ばかり着ていた。肌を、誰にも見せなかった。
実際、子どものころ兄上に無邪気に抱きついた使用人の子が、腕にただれた火傷のような痕を負ったことがある。
あのときから兄上は、人に触れることを拒み、誰にも近づこうとしなくなった。誰も近づこうとせず、兄上が部屋に入ると、空気がすっと冷たくなった。
けれど、僕は諦められなかった。
兄上のあの孤独な背中を、放っておけなかった。
「兄上、今日も訓練場ですか?」
明るく声をかけると、兄上はほんのわずかに足を止めた。
けれどすぐに、無言で背を向け直す。
それでも、僕はめげずに後を追った。
「兄上の剣の構え、すごく綺麗でした!すごいです!」
「……貴様に言われる筋合いはない」
兄上の低い声は、いつもと同じく冷たかった。
それでも、僕の心には小さな灯がともった。
──返事が返ってきた。
どれだけ素っ気なくされても、睨まれても、無視されても。
兄上が僕に言葉を返してくれる。それだけで、嬉しかった。
僕は、兄上が好きだ。
いつだって真っ直ぐで、誰にも頼らず、一人で道を切り開いていくその背中。
冷たいように見えて、誰よりも優しい心を抱えていることを、僕は知っている。
だって、兄上は僕が幼いころ高熱で倒れたとき、一晩中部屋の外で見張ってくれていた。
扉越しに、何度も誰かを呼ぶ声が聞こえた。
その声が兄上のものだったと気づいたのは、ずっとあとになってからだったけれど。
あの日から僕は決めた。
兄上の孤独を、終わらせてみせると。
たとえ嫌われても、拒まれても、僕は兄上のそばにいると。
けれど――
「……鬱陶しい。いつまでついてくるつもりだ、リリス」
そっけない言葉。冷たい瞳。刺すような空気。それでも僕は、兄上の後ろを歩いた。
たとえ拒まれても、嫌われても、兄上の背中を見失いたくなかった。
「ついてくるなと言っただろ。離れろ。」
声の調子が、いつもより冷たい。
まるで、吐き捨てるようなその言葉に、心臓が軋んだ。
「ごめん、兄上。でも……僕は、兄上と一緒にいたいだけなんです」
兄上は振り返らない。
けれど、その肩が微かに揺れたのを、僕は見逃さなかった。
やがて兄上は何も言わず、そのまま去っていった。
残された僕は、寂しさに唇を噛む。
それでも、僕の中の想いは揺るがなかった。
──好きだ。どうしようもなく、兄上を愛している。
それは、家族としての愛情なんかじゃない。
もっと、ずっと深くて、重たくて、抗えない想い。
僕の家の屋敷の人たちは、みんな僕には優しかった。
「リリス様」と呼ばれ、抱きしめられ、笑いかけられる。
でも、それが当たり前だなんて思ったことはない。
僕は……兄上だけに、愛されたいと思っていた。
「兄上……僕は、兄上が好きなんです」
呟いた声は、冷たい風にさらわれていった。
その風の先に、兄上の背中がまだ見える気がして、僕は目を閉じた。
兄上は、僕を避ける。
目を合わせようとしないし、まともに話すこともない。
でも、一度だけ――ほんの一瞬だけ、僕を見つめてくれたことがあった。
それは、冬の初めの午後だった。
兄上が一人で書庫にいたとき、僕はこっそり後ろから近づいて、彼の肩に触れようとした。
その手は、触れる前に止められた。
「リリス」
初めて名前を呼ばれた。
びくっと背筋が震えた。怒られると思った。でも違った。
兄上は、悲しそうな目をしていた。
「……俺に触れたら、お前が壊れる」
その声が、妙に優しくて、でも哀しくて、胸が締めつけられた。
「……壊れても、いいです」
僕はそう言って、笑ったと思う。
兄上は眉をひそめて、何も言わずに立ち去ってしまったけど――
あの瞬間、僕は確信した。
兄上は、完全に僕を嫌ってるわけじゃない。
きっと、拒んでるのは、自分の呪いのせいなんだ。
だったら、僕が――兄上の呪いを解いてみせる。
「兄上、笑ったらきっともっと素敵です」
「うるさい」
「僕は兄上が大好きです!」
「鬱陶しい。近寄るな」
それでも、僕の想いは止まらなかった。
兄上が振り返ってくれる日を夢見て、僕は今日もその背中を追う。
子どもの頃からずっと、誰よりも、何よりも、好きだった。
白銀の髪が風に揺れて、薄闇の中で儚く光っていた。まるで絹の糸のようで、指でそっと触れてみたくなるほど綺麗だった。
だけど、僕はその髪に触れたことがない。
兄上――クライス兄上には、触れてはいけないからだ。
生まれつき呪いを抱えて生まれた兄上の身体は、肌に触れるすべてを腐らせる。
人も、物も、草木でさえも。触れたものを腐らせ、溶かし、殺す。
生きているものでも、物であっても、兄上の肌に直接触れれば、数秒と保たない。
だから兄上は、いつも手袋をしていた。
袖も長く、首元まで覆われた服ばかり着ていた。肌を、誰にも見せなかった。
実際、子どものころ兄上に無邪気に抱きついた使用人の子が、腕にただれた火傷のような痕を負ったことがある。
あのときから兄上は、人に触れることを拒み、誰にも近づこうとしなくなった。誰も近づこうとせず、兄上が部屋に入ると、空気がすっと冷たくなった。
けれど、僕は諦められなかった。
兄上のあの孤独な背中を、放っておけなかった。
「兄上、今日も訓練場ですか?」
明るく声をかけると、兄上はほんのわずかに足を止めた。
けれどすぐに、無言で背を向け直す。
それでも、僕はめげずに後を追った。
「兄上の剣の構え、すごく綺麗でした!すごいです!」
「……貴様に言われる筋合いはない」
兄上の低い声は、いつもと同じく冷たかった。
それでも、僕の心には小さな灯がともった。
──返事が返ってきた。
どれだけ素っ気なくされても、睨まれても、無視されても。
兄上が僕に言葉を返してくれる。それだけで、嬉しかった。
僕は、兄上が好きだ。
いつだって真っ直ぐで、誰にも頼らず、一人で道を切り開いていくその背中。
冷たいように見えて、誰よりも優しい心を抱えていることを、僕は知っている。
だって、兄上は僕が幼いころ高熱で倒れたとき、一晩中部屋の外で見張ってくれていた。
扉越しに、何度も誰かを呼ぶ声が聞こえた。
その声が兄上のものだったと気づいたのは、ずっとあとになってからだったけれど。
あの日から僕は決めた。
兄上の孤独を、終わらせてみせると。
たとえ嫌われても、拒まれても、僕は兄上のそばにいると。
けれど――
「……鬱陶しい。いつまでついてくるつもりだ、リリス」
そっけない言葉。冷たい瞳。刺すような空気。それでも僕は、兄上の後ろを歩いた。
たとえ拒まれても、嫌われても、兄上の背中を見失いたくなかった。
「ついてくるなと言っただろ。離れろ。」
声の調子が、いつもより冷たい。
まるで、吐き捨てるようなその言葉に、心臓が軋んだ。
「ごめん、兄上。でも……僕は、兄上と一緒にいたいだけなんです」
兄上は振り返らない。
けれど、その肩が微かに揺れたのを、僕は見逃さなかった。
やがて兄上は何も言わず、そのまま去っていった。
残された僕は、寂しさに唇を噛む。
それでも、僕の中の想いは揺るがなかった。
──好きだ。どうしようもなく、兄上を愛している。
それは、家族としての愛情なんかじゃない。
もっと、ずっと深くて、重たくて、抗えない想い。
僕の家の屋敷の人たちは、みんな僕には優しかった。
「リリス様」と呼ばれ、抱きしめられ、笑いかけられる。
でも、それが当たり前だなんて思ったことはない。
僕は……兄上だけに、愛されたいと思っていた。
「兄上……僕は、兄上が好きなんです」
呟いた声は、冷たい風にさらわれていった。
その風の先に、兄上の背中がまだ見える気がして、僕は目を閉じた。
兄上は、僕を避ける。
目を合わせようとしないし、まともに話すこともない。
でも、一度だけ――ほんの一瞬だけ、僕を見つめてくれたことがあった。
それは、冬の初めの午後だった。
兄上が一人で書庫にいたとき、僕はこっそり後ろから近づいて、彼の肩に触れようとした。
その手は、触れる前に止められた。
「リリス」
初めて名前を呼ばれた。
びくっと背筋が震えた。怒られると思った。でも違った。
兄上は、悲しそうな目をしていた。
「……俺に触れたら、お前が壊れる」
その声が、妙に優しくて、でも哀しくて、胸が締めつけられた。
「……壊れても、いいです」
僕はそう言って、笑ったと思う。
兄上は眉をひそめて、何も言わずに立ち去ってしまったけど――
あの瞬間、僕は確信した。
兄上は、完全に僕を嫌ってるわけじゃない。
きっと、拒んでるのは、自分の呪いのせいなんだ。
だったら、僕が――兄上の呪いを解いてみせる。
「兄上、笑ったらきっともっと素敵です」
「うるさい」
「僕は兄上が大好きです!」
「鬱陶しい。近寄るな」
それでも、僕の想いは止まらなかった。
兄上が振り返ってくれる日を夢見て、僕は今日もその背中を追う。
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