魔人になった僕だけどそれでも兄上を愛したい

URUR

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第2章:満たされない心

届かぬ距離

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足元の大地はひび割れ、死んだ灰が降り積もっている。
 足を踏みしめるたび、乾いた音とともに粉塵が舞い上がり、視界を覆う。

 これが、“黒の地”か――。

 息を吸うだけで、喉が焼けつくように痛む。
 錆びついた血の匂いと腐臭が、肺の奥まで沁み込んでいく。

 それでも、僕は歩みを止めなかった。

 「……くそっ」

 灰に足を取られて膝をつく。
 震える指で地面を抉るように支え、立ち上がった。

 立たなければならない。

 この先に、あの子がいる。

 あいつは――ここで、ただひとり、僕の呪いを解いた罰を受けている。

 「リリス……」

 名前を呼ぶと、喉が裂けそうに痛む。
 でも、呼ばずにはいられなかった。

 ――どうして、僕のためにそこまでした?

 鬱陶しいと突き放した言葉を、何度も何度も思い返す。
 あのとき、どんな顔をしていたのか。
 僕から背を向けて去った背中を、なぜ追いかけなかったのか。

 後悔は遅すぎた。それでも遅すぎるとわかっていても、止められなかった。

 「……待ってろ」

 足元の灰が崩れる音も気にせず、前へ進む。

 胸の奥で、微かに感じるあの子の魔力の痕跡――。
 それだけが、僕の足を動かしていた。

 * * *

 ――リリス視点

 空は灰色。
 風も匂いも、音さえも死んだ世界。

 僕は、ただそこに座っていた。

 名前を……何と言ったっけ。
 何を忘れているんだろう?

 指先を見つめると、血のように赤い刻印がうっすら光っている。
 それは、何かをした証。
 でも、それが何だったのか、もう思い出せない。

 「……苦しいな……」

 言葉にした声は小さく、誰にも届かない。

 僕は、誰かのために何かをしたんだ。
 それだけは、心の奥の奥で朧げに覚えている。

 あの人の顔は思い出せないのに、胸が痛む。
 思い出せないということが、こんなに怖いなんて――。

 手を伸ばしてみる。
 でも、そこには何もない。

 「……誰か、来て……」

 届かない声が、闇に消えた。

 * * *

 ――クライス視点

 闇に沈む大地を踏みしめるたび、呼吸は浅くなる。
 足元に積もる灰は、僕が進むたび形を変えて崩れる。

 でも、その崩れた先に――かすかな“気配”があった。

 「……リリス?」

 思わず声が漏れる。

 近い。
 すぐそこに――あの子がいる。

 「リリス……!」

 声は風に飲まれ、霧に吸い込まれる。
 でも、呼ばずにはいられなかった。

 あの子はもう僕のことを忘れてしまったかもしれない。
 それでもいい。
 何度でも呼ぶ。
 思い出してくれるまで――何度でも。

 「……会いたい」

 声にしたとたん、胸がひどく痛んだ。
 これまで決して言葉にしなかった想いが、声になってこぼれ落ちる。

 会いたい。
 もう一度、あの瞳で僕を見てほしい。

 たとえ僕が憎まれても、忘れられても、それでも。

 * * *

 ――リリス視点

 「……兄上……?」

 誰かの声を聞いた気がした。

 でもそれは、記憶の底から響くような遠い声。

 兄上――?

 誰だろう、その人は。

 あたたかかったのか。
 冷たかったのか。
 優しかったのか。
 それとも、怖かったのか。

 どの顔も思い出せない。

 ただ、胸の奥がじくじくと痛む。
 あの人を、好きだった。
 それだけは――忘れたくなかった。

 でも。

 「……思い……出せない……」

 視界が霞んで、涙がこぼれた。

 理由なんてわからない。
 でも、ただ寂しかった。
 たった一人で、声を待っているのが、怖かった。

 * * *

 ――クライス視点

 どこまでも灰色の世界を進み続ける。
 足は重く、呼吸は荒くなる。

 でも――止まれなかった。

 あの子が一人きりで、何も思い出せずに闇の中へいる。
 そんな姿を想像するたび、胸が引き裂かれるように痛む。

 「……必ず見つける」

 声に出したその言葉だけが、僕を支えていた。

 過去に向き合うためでも、罰を償うためでもない。
 ただ――あの子を迎えに行くため。

 例え記憶を失っていても、あの子はあの子だ。

 「リリス――」

 名前を呼ぶ声が震えた。

 それでも、その震えごと、あの子に届けたいと思った。
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