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第四章

第七話 女の子と同じベッドで寝ても良いことばかりではない

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 1日の疲れを早く取ろうとベッドに潜り込んだ俺だったが、クリープまでもが俺のベッドの中に入って来た。しかも彼女は直ぐに寝息を立てて深い眠りに入ったので、俺がベッドから出ようとしても、彼女をまたがる必要がある。

 ベッドの軋む音で起こしてしまう可能性もある。不本意だが、ここは大人しく寝て朝が来るのを待とう。

 彼女に背を向け、瞼を閉じる。しかしいくら眠りに就こうとしても、なぜか目が冴えてしまっている。

 おかしい。あれだけ濃い1日を過ごしてきたのだ。疲れが溜まってクリープのように直ぐに眠ることができると思っていた。なのに、一向に眠れる気がしない。

 どうして寝たくても寝られないのだ?

 いや、考えるまでもない。その原因は隣にクリープがいるからだろう。

 普段とは違った環境になっているせいで、心の底から脳がリラックスできていないのだ。

 でも、それに関してはクリープも同じ条件なのだが、彼女は俺が横にいると言う状況の中でもリラックスをしている。

 その神経の図太さは見習いたいものだ。

「シャカール君」

「クリープ、起きたのか?」

 隣に寝ているウサギのケモノ族の女の子が俺の名を呼んだ。目を覚ましたのかと思って体を反転させて彼女の顔を見るが、瞼は閉じたままだった。

 どうやら寝言のようだな。夢の中に俺が登場しているのだろうか?

 俺も早く寝よう。気合いを入れて瞼を閉じれば、いつの間にか眠っているはず。

 そう思っていると、俺の足の上にクリープが足を乗せてきた。

 意外とジッと寝て居られないようだな。最悪、蹴飛ばされるかもしれない。ウサギの脚力で蹴飛ばされた場合、果たして俺は無事に、次の日の朝を迎えることができるのだろうか?

 そんな疑問が頭の中に残る中、俺の足の上に置かれたクリープの足を退かそうする。

 その瞬間、今度はクリープの手が伸ばされ、俺の胴体を掴んだ。

「逃がしませんよ。悪い子はママがお仕置きです」

 クリープの寝言が耳に入った瞬間、物凄い力に引っ張られ、俺の顔面は彼女の胸に押し当てられた。

 一番上のボタンが閉められていないので、胸の谷間に鼻が押し当てられる形となる。

 僅かだが、風呂上がりの良い匂いが鼻腔を刺激してくる。

「悪い子には、良い子になってもらう呪いをかけてあげます。この呪いでいっぱい甘えてくださいね」

 彼女の寝言が耳に入る中、クリープは腕に力を入れたようで、更に締め付けられる。

 こうなってしまっては、肉体強化の魔法を使わない限り、脱出することはできないだろう。

 一刻も早く肉体強化の魔法を使いたいが、集中できない。

 別に彼女の柔らかい胸の感触を堪能している訳ではない。その逆だ。丁度胸の谷間に鼻を押し込んでいる形となっているせいで、まともに呼吸ができないでいる。

 だんだん頭の中がボーとしてきた。酸欠が起きているのだろう。

 俺、このまま死ぬのか? 死因が巨乳による窒息死だなんて。笑えない冗談だぜ。

 次第に意識が朦朧としてきた。きっと、次に意識がはっきりとした時には、天界にいたりするんだろうな。






「はっ! はぁー、はぁー、はぁー!」

 目が覚めると、飛び起きるように上体を起こす。

 心臓の鼓動が早鐘を打っているのが聞こえて来る。

 俺、生きているのか?

 そっと隣を見ると、そこにはクリープの姿がいた。しかし彼女は仰向けになっており、直立の体勢で寝ている。呼吸に合わせて規則正しく胸が上下しており、しばらく様子を見ても、寝返りを打ったり寝言を言ったりすることはなかった。

 あれは夢だったのか? 全く、なんて言う夢を見てしまったんだ。そんなに欲求不満だったのか?

 念のためにパンツに手を突っ込む。だが、夢精をしていないことにホッとして胸を撫で下ろした。

 良かった。クリープが横で寝ている時に夢精なんてしてしまったら、きっと面倒なことになっていただろう。

「うーん、あ、シャカール君……おはようごひゃいまふ」

 クリープが目を覚ましたようだが、彼女は寝惚けているようで、呂律が回っていなかった。目はとろーんとしており、今にも2度寝をしそうな感じである。

「クリープ、おはよう。えーと、今は何時だ?」

 部屋の中に置かれた時計に視線を向けると、目を大きく見開いた。

 現在の時刻は朝の8時15分。あと15分で朝のホームルームが始まってしまう。

「おい、クリープ! 2度寝をしている場合じゃないぞ! あと15分でホームルームが始ってしまう!


「あー、今日も疲れた」

 本日の授業が終わり、俺は机の上で突っ伏していた。

 朝はあの後急いで着替え、どうにかギリギリ間に合うことになった。

 早く寮に帰って休みたいが、きっとそれは叶わないだろう。自分の部屋に帰るのが、こんなに嫌な日が来るとは思わなかった。

 若干憂鬱気味になっていると、突然悪寒を感じてしまった。

 嫌な予感がする。まさか!

 急いで自分の席から立ち上がり、帰り支度をしているタマモの陰に隠れる。

「シャカール君どうしたの? アタシの横に隠れて?」

 まだ周辺に生徒がいるからか、タマモは猫被りモードで俺に言葉をかけて来る。だが、彼女の視線は不審者を見るようなものだった。

「悪い。タマモ。しばらくの間匿ってくれないか?」

「それってどう言う――」

「シャカール君居ますか?」

 教室の扉が開かれ、クリープの声が耳に入る。

「シャカールならあそこに……あれ? 居ないな? いつの間に教室から出て行ったんだ?」

 丁度扉の近くに居たクラスメイトが俺の机を指差す。だが、どうやら俺が隠れていることに気付いていないようで、教室から出て行ったのかと勘違いをしてくれた。

「ちょっと、シャカール。クリープ先輩に何かしたの?」

 タマモが小声で尋ねてきた。小声だからか、今だけ普段の口調に戻っている。

 昨日のことをタマモに話して良いのだろうか。もしかしたら俺のことを不潔と言って罵倒して来るかもしれない。だけどもしかしたら協力してくれる可能性もあるのは事実だ。ワンチャンに賭けても良いかもしれない。

「ああ、実は――」

 俺は昨日の出来事を簡潔に説明する。

「なるほど、それにしても、よりにもよってクリープ先輩に目を付けられるとか災難ね。あの人、良い子にも悪い子にもある意味容赦ないから。まぁ、シャカールには無限回路賞や兄さんの件で借りを作ったし、今回はあたしが助けてあげるわよ」

 俺のことを助けると言い、タマモは椅子から立ち上がるとクリープのところに向かう。

「クリープ先輩」

「あら、タマちゃんじゃないですか。元気そうで何よりです。シャカール君がどこに行ったのか知りませんか? 一緒に帰ろうと思っていたのですが」

「シャカール君から事情は聞きました。良い加減にしてください。あなたの行き過ぎた母性愛には、さすがに目に余ります」

「どうしてそんな目でママを見るのですか? ママ、タマちゃんには何も悪いことはして居ないと思うのですが?」

「自覚がないだけです。あたしもこれまで迷惑をかけられたことがあります。シャカール君は本当に嫌がっています。なので、彼にこれ以上関わらないでください。もし、彼にちょっかいを出すようなら、クラスの学級委員長として、クラスメイトを守りますよ」

「え、ええ、どうしたのですかタマちゃん。そんなに怖い顔をしないでください。ママ、悲しいです」

 どうやらタマモが冷たく当たっているようだ。ここからでは、2人の姿が良く見えない。だからと言って体を動かせば、俺が隠れていることがバレてしまう。

「どうしてそんなにママに意地悪をするのですか?」

「別に意地悪をしてはいません。困っているクラスメイトを助けているだけです。もし、あたしのお願いを聞いてくださらないのなら、学園長に話しをしますので」

「どうしてママの邪魔をするのですか? いつからタマちゃんは悪い子になってしまったのですか?」

「これはクラスメイトを守る行為であって、別に悪い子になってはいません。寧ろ、クラスメイトの安寧を脅かすクリープ先輩が悪い子です」

「ママ……が……悪い子」

 タマモの言葉に衝撃を受けたようで、クリープは言葉の歯切れが悪くなる。

「もう良いです。ママは怒りました! ママの邪魔をするタマちゃんなんか嫌いです。悪い子にはお仕置きです。ママと勝負をしなさい!」

「良いですよ! ですが、もし、アタシが勝ったら、シャカール君を追い回すようなことはやめてください!」

 2人の会話が耳に入り、俺の心臓の鼓動は早鐘を打つ。

 タマモのやつ、本当に勝負をして大丈夫なのか。だって、お前、足は骨折したままじゃないか。

 とんでもない展開となり、俺は暫くその場から動くことができなかった。
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