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第五章

第十四話 チェリーブロッサム賞④

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 ~シャワーライト視点~





 最初のギミックを抜けた後、わたしの視界にはまだ小さいが、先頭ハナを走るウイニングライブさんの背中を捉えることができた。

 このままの速度で走れば、次のギミックに彼女が差し掛かって苦戦してくれない限り、追い付くことはできない。

 足の筋肉に意識を集中させ、速度を上げる。

『最初のギミックを抜けたシャワーライトが、ここで一気に速度を上げて先頭ハナを走るウイニングライブとの距離を縮める!』

『しかし彼女との差は約8メートルの開きがあります。独走を許している状態で、果たして追い付くことができるのでしょうか?』

『2人がレースを進めている中、ギミックのトリックに気付いた走者が、次々と抜け出し始めているぞ! そんな中、先頭ハナを走るウイニングライブが2つ目のギミックに辿り着く』

 実況担当のアルティメットさんが、ウイニングライブさんが2つ目のギミックに到着したことを知らせ、わたしは少し俯きがちだった顔を上げる。

 地面から木の根っ子が突き出し、彼女の走りを妨害している。

 ランダムに地面から突き出す木の根っ子のせいで、ウイニングライブさんは思うように走ることが出来ていない。わたしもあのギミックに突入すれば、彼女と同じことになるわ。でも、開かれた差を少しでも縮めるには今しかない。

『ウイニングライブの速度が落ちている中、2番手のシャワーライトが距離を縮めてきたぞ! そして後続の集団たちも、ここでようやく最初のギミックを突破だ!』

『最初のギミックでは精神面が削ぎ落とされます。何度も続く悪夢のような無限ループを突破した彼女たちは、果たして最後まで走り切るスタミナが残っているのでしょうか?』

『それでは新しい順位が出たようなので、3番手以降の順位を発表します。先頭から大きく離されて中段の先頭を走るのは、キャッツ、3メートル差ピンクジュエリー、その内を走りますカーチャン。後方キャロットが走り、彼女を追いかけるようにしてアルカディアクイーン。ここまでが中段と言ったところですね』

『キャッツはシンコーン、バレッサ、サーリンにマークされていましたからね。最初のギミックで先に抜け出せたのは大きいかと。彼女の爆発的な末脚が、今後どのようなレースに発展して行くのか、非常に楽しみです』

『後段の先頭はシンコーン、続いてサーリン、外を走ってバレッサ。そして2メートル差でラブリーチュチュ、その内を走りましてメリュジーヌ、ここでハッピーバーティーとシャンデリアンが並び、そして追い抜いた。そして3メートル差パヒュー、バレンタイン、アイリス、パラパラが殿として走っています』

『最初のギミックでかなり順位に入れ替わりが起きましたね。最初から波瀾万丈な展開となってきました』

 実況と解説が順位を発表する中、わたしも2つ目のギミックエリアに突入する。

 地面からは、いつ木の根っ子が襲って来るのか分からない。

 後方から迫って来る走者のことも気にしないといけないし、地面にも注意を払わないといけない。

 これは相当な精神力を削がれるわ。最初のギミックを冷静に判断して突破できて本当に良かった。

 走りながら、先頭ハナを走るウイニングライブとの距離を確認する。

 ざっと見て、5メートル差と言ったところかしら? これなら、このエリアを突破する頃には開いた差を更に縮めることができるかもしれない。

 そう思いながら走っていると、足を乗せた芝が微妙に盛り上がっているような気がした。

 もしかして、ギミックによる妨害が来る!

 咄嗟の判断で前に飛び、直ぐに後方を見る。

 先ほどわたしが立っていた場所には、チェリーブロッサムの木の根っ子が芝から飛び出し、わたしを貫かんとしていた。

 直ぐに視線を前に戻し、再びウイニングライブさんを追いかける。

 危なかったわ。もし、あの時に跳躍しなければ、わたしの体は貫かれていたかもしれない。

 ホッとしていると、勝負服の衣装の袖が破けていることに気付く。

 もしかしたら、跳躍したときに袖が木の根っ子に触れていたのかもしれないわね。

 もし、あの時少しでも判断を間違えていたら、わたしは走れなくなっていた可能性がある。

 後方に飛んだ場合、前に飛ぶよりも一瞬の躊躇いが起きる。仮に回避行動に移れたとしても、前に飛ぶよりもタイミングがずれ、わたしの衣装は破けて肌を晒していた可能性がある。

 肌を晒した状態で走ることは、魔族であっても女の子としてはできない。あの時、判断を間違えていたのなら、わたしはリタイアしていたかもしれないわ。

 これは想像以上に危険なギミックね。あの木の根っ子には、なるべく触れないように気をつけなければならないわ。

 芝の中から現れる木の根っ子が出る場所はなんとなく分かった。

 芝を踏み締めた時に、微妙な違和感を覚える。その時に地中から木の根っ子が飛び出した。

 トリックは分かった。でも、それだけで攻略したことにはならない。例え攻撃が来るタイミングが分かったとしても、咄嗟に決める判断力がなければ、避けようがない。

『さぁ、ここでウイニングライブが2つ目のギミックを突破だ。2位のシャワーライトから5メートルのリードを保ったまま、第3コーナーを曲がって行く』

 ウイニングライブさんが、ついにギミックエリアから抜け出したか。でも、5メートル差なら追い付くはず。

 一気に駆け抜けるために、速度を更に早めようとしたその時。

 左右の地面が盛り上がり、チェリーブロッサムの木の根っ子が出現すると、わたしに向かって先端部分が襲い掛かる。

 こんなパターンもあったの!

 上に跳躍すれば、その分タイムロスが発生する。例え浮遊時間が僅かでも、ウイニングライブさんとの差は更に開かれることになる。

 でもだからと言って後方に飛べば同じこと。前にとんでも回避できる保証はない。

 なら、全てを弾くまでよ!

「ファイヤーウォール!」

 体内の魔力回路に魔力を循環させ、炎の壁を発生させる。すると、木の根っ子は炎を恐れているのか、突っ込んで来ることはなかった。

 炎に触れて本体が燃えてしまうことを恐れている? なら、この隙を突いて先に進むだけよ。

 木の根っ子の動きが止まっていると思われる中、わたしは足を止めることなく走り、2つ目のギミックを突破して行く。

『さぁ、ここでシャワーライトも2つ目のギミックを突破して第3コーナーに入った。1番手との差はまだ縮まっていない』

『彼女の足は衰えてはいません。まだまだ走れそうです。これなら、追い付くこともできるかもしれませんね』

 わたしはウイニングライブさんに追い付いてみせる。ファンとして、憧れの存在を追いかけ続けるのよ!
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