薬漬けレーサーの異世界学園生活〜無能被験体として捨てられたが、神族に拾われたことで、ダークヒーローとしてナンバーワン走者に君臨します〜

仁徳

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第七章

第十二話 アイリンの勝利のポーズ

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「さぁ、わたしの攻撃を受けてください。そしてわたしにハチミーを奢るのです!」

 アイリンに本気を出してもらいたいと思い、学園内で人気の飲み物を用意すると言った瞬間、彼女は豹変した。

 俺がいくら走って逃げても、アイリンは追いかけ続け、走りながらでも矢を放ってくる。

 矢を放つには、物凄い集中力が要求される。少しでも気が乱れてしまった場合、放たれた矢は目標としていたところまで届かないものだ。

 しかしアイリンの放つ矢は正確に俺を捉え、回避するのも困難になりつつある。どうにかギリギリで躱せているが、練度が上がるに連れ、回避するのも厳しくなっているのも事実だ。

 くそう。まさかハチミーがここまでの効力を持つとは思わなかった。

「ハチミー! ハチミー! ハチミー!」

 アイリンが矢を構えている。また矢が飛んで来るな。

 彼女の動きを予測し、右に飛ぶようにして横にずれた。しかしアイリンは構えたまま矢を放ってはいない。

「まさか!」

「この時を待っていました! これを食らってわたしにハチミーを献上するのです!」

 矢を持っている指が外され、俺に向かって真っ直ぐに矢が飛んできた。

 俺の動きを予測し、敢えて行動に出るまで我慢していたのか。

 着地したばかりで体勢を整えることができていない。このままでは直撃してしまう。

「ライトウォール!」

 魔法を発動して、俺と矢の間に光の壁を作る。

 空気中の光子を集めて気温を下げることにより、相転移を起こさせる。そして光子にヒッグス粒子を纏わりつかせることで、光に質量が生まれ、触れることのできる光の壁を生み出した。

 光の壁に阻まれ、魔法で生み出された矢は俺に届くことなく激突した。

「そんな……わたしの攻撃が……止まった」

 目では視認できないので、何も知らない人から見たら、まるで時が止まったかのように、空中に浮いているように見えているだろう。

「シャカールトレーナー! 狡いですよ! 魔法を使うなんて聞いていません!」

「それは言っていなかったからな。さぁ、ハチミーが欲しければ俺に攻撃を当ててみろよ。まぁ、当てられないと思うがな」

「やってやりますとも! ハチミーのためなら、たとえ火の中、水の中、悪魔にだって魂を売ります!」

 いや、ハチミー程度で悪魔に魂を売るなよ。どれだけ好きなんだよ。

 この後も俺とアイリンの追いかけっこは続いた。

 結果としては、俺の逃げ切り勝利だった。

 基本的には逃げて避け、本当にやばくなった時にだけ魔法で光の壁を生み出し、彼女の攻撃を回避していたのだ。

 アイリンには悪いけど、これ、負けイベントなんだよね。そもそもルーナにお願いしてハチミーを用意してもらうとは言ったけど、そんなことを彼女に要求したら、見返りに何をされるか分かったものではない。

 身の危険に晒される可能性がある以上、なるべくルーナに貸しを作りたくはない。

「えーん! わたしのハチミーが!」

 タイムアップが来て攻撃を当てることができなかったアイリンはその場でしゃがみ、声に出して泣いていた。その姿を見ると、少しだけ心が痛んでしまった。

 まぁ、偶然にもハチミーを手に入れた時は、彼女にくれてやるか。






 アイリンの特訓から数日が経った。とある報告をするために、アイリンの部屋に向かって行く。

「アイリン居るか? 俺だ」

「あ、シャカールトレーナー! 鍵は開いていますので、勝手に入ってください」

 扉を2回叩いてから声をかけると、扉越しに部屋に入る許可をもらい、扉を開けて中に入る。

 すると、部屋の主であるエルフの女の子が、俺に指を向けてビシッと決めポーズをしてきた。

「何をやっているんだ?」

「何って、決まっているじゃないですか。レースで1着を取った時の決めポーズですよ。あ、そうだ。どんな決めポーズが良いか、シャカールトレーナーも一緒に考えてくださいよ」

 彼女の言葉に、思わずため息を吐きそうになる。

 何が決めポーズだよ。全力でレース場を駆けているのに、そんな余裕がある訳がないじゃないか。むしろそんなことをしたら、他の走者たちから「そんなに余裕なら、このレースに出場しなければいいのに」と思われる可能性が出てくる。

 人によっては捉え方が違ってくるので、確信して言えない。だが、バカにされたり煽られたりしていると思う走者は少なからずいるものだ。

 でもまぁ、全力で走っていた場合、決めポーズを取る余裕なんてないだろうし、彼女には重大発表がある。その前座で茶番に付き合っても良いか。今日は時間に余裕があるしな。

「分かった。それでお前の気が済むなら好きなようにやってくれ」

「はい。分かりました。では、早速やっていきますね! 『私が1番!』」

 アイリンは右手の人差し指を伸ばして腕を前に突き出す。

「どうですかシャカールトレーナー?」

「うーん、どっちかと言うと、タマモの方がしっくり来るポーズだな」

「なるほど、これはタマモさんのイメージですか。ではこっちはどうです? 『やりました』」

 今度は両の腕を曲げて脇を締めて可愛らしくポーズを取り、落ち着いた口調で言葉を言う。

「それはどっちかと言うと、クリープの方がしっくり来るな」

「そうですか。なら、こっちはどうです?」

 その後何度かアイリンの考えた決めポーズを見せられるも、彼女にピッタリの決めポーズを発見するには至らなかった。

「どうしてそこまで否定ばかりするのですか!」

「意見を聞きたいと言ったのはお前の方じゃないか! 俺は正直に思ったことを言ったに過ぎない」

 そろそろ時間的にも余裕がなくなってきた。そろそろ本題に入った方が良いだろう。

「とにかく決めポーズの件はまた今度な。それよりも、お前に重大な発表がある」

「何ですか? そんなに改って? まさか! いや、お気持ちは嬉しいですが、でも、シャカールさんにはマーヤ先輩と言う彼女が……だから浮気になるので、そのお気持ちには答えられません」

 重大な発表があると言った瞬間、アイリンはモジモジとしながら勝手に見当外れなことを口走る。

「どうしてお前に告白するように見える。悪いが、俺はお前を異性として意識していないからな」

「わたしがわざとおふざけで言っているのに、真に受けないでくださいよ」

 売り言葉に買い言葉のように、彼女も反撃とばかりに先ほどはおふざけだと言って来る。

 こっちは真面目な話をしようとしているのに、ふざけるなよ。

「これ以上、お前と会話をしていたら話が脱線してしまう。今から俺は独り言を言うからな。アイリンが次に出場するレースを決めて来た。ツインターボステークスだ」

「ツインターボステークスってマイルのG Iじゃないですか! それに出場できるのですか! わたしが! それにツインターボステークスって、お師匠様が優勝したレースではないですか!」

 G Iのレースに出てもらうことを告げると、アイリンが驚きの声を上げる。

 彼女の反応も当然だろう。ルーナから聞いた話だと、アイリンは実力不足でG IIIのレースにすら出場出来ていないらしい。

「お前の努力を認め、ルーナが組合の方に掛け合ってくれたらしい。良かったな」

「はい! G Iレースで爆進的勝利を掴み取ってみせます!」

 アイリンはやる気に満ちているが、G Iレースである以上、強敵ばかりの出走となる。

「油断はできないからな。俺の知っている限り、ツインターボステークスにはアイネスビジンも出走表明をしている」

「アイネスビジンさんも出るのですか! それは、余計に優勝を譲る訳にはいきませんね。お師匠様のためにも」

 彼女の師匠が優勝したレースに出場する。しかもそのレースには同期のライバルも出場するとなっては、同じ弟子として負けていられないのだろう。

 アイリンには是非ともこのレースで優勝してもらいたい。この俺があそこまで叩き込んでやったのだ。無様な負けは俺が認めない。
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