薬漬けレーサーの異世界学園生活〜無能被験体として捨てられたが、神族に拾われたことで、ダークヒーローとしてナンバーワン走者に君臨します〜

仁徳

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第七章

第十三話 ツインターボステークス当日

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 ~アイリン視点~





 とうとうこの日がやって来ました。お師匠様が優勝したツインターボステークスの開催の日が。

「スー、ハー、スー、ハー」

 一度深呼吸をして気持ちを整え、鏡に映る自分の顔を見ます。

「あう、やっぱり今日は一段とブサイクです」

 緊張のせいか、それとも不安が強いからなのかもしれない。いつもの引き締まった顔ではなく、どこか不安で心許ない気持ちが現れているかのような表情をしていました。

「お師匠様と同じレースに出られるのは嬉しいけれど、もし、優勝できなかったどうしよう」

 このレース業界では、入賞したとしても優勝者以外は全て敗者扱い。優勝できなければお師匠様の弟子として、情けない結果を晒すことになる。

 今回のレースは、同期のアイネスビジンさんも出走する。もし、わたしが負けても彼女が優勝すれば、お師匠様の顔に泥を塗るようなことにはならない。

 そう思った瞬間、首を横に振って先ほど考えた思考を振り払う。

「それではダメ。彼女が勝ったら、お師匠様の顔に泥を塗らなくっても、わたしをここまで導いてくれたシャカールトレーナーの顔には泥を塗ってしまうことになる」

 そう、わたしには2人の先生がいる。2人の面目を守るためには、わたしが優勝する必要がある。

「おーい、まだ支度に時間がかかっているのかよ。みんなお前を待っているぞ」

 扉越しにシャカールトレーナーの声が聞こえて来ました。

 うそ! もう、そんな時間になっていたの!

 知らない間に時間が過ぎていたことに驚きつつ、急いで勝負服の入った鞄を持って部屋を出ていきます。

「お、やっと出てきたか……お前、その顔どうした? 今日は一段とブサイクじゃないか」

 開口一番に出て来たシャカールトレーナーの言葉に驚きつつも、彼に対してムカつきました。

 確かに今日のわたしはブサイクです。それは認めます。でも、わざわざ口に出して言うことではないじゃないですか。自分では言うのは良いですけれど、他の人から言われたら傷付きます。本当にデリカシーがない人ですね。誰の面目も守ろうとして、こうなっているのかも知らないくせに。

 心の中で悪態をつきつつ、シャカールトレーナーを見ます。

「おいおい、そんなに睨み付けないでくれよ。悪かったって。さっきのは言い過ぎた」

「本当ですよ。シャカールトレーナーってレディーの扱いがなっていませんね! わたしが優勝しなければ、シャカールトレーナーの顔に泥を塗るようなことになるから、絶対に優勝しないといけないと思って、不安でいっぱいの中頑張って動いているのですよ!」

 思わず感情的になって、言葉を連ねます。すると、突然シャカールトレーナーの顔が緩み、プッと吹き出しました。

「アハハハハ! お前、そんな下らないことで悩んでいたから、そんな顔になっていたのかよ。アハハハハ! まさかお前に気を使われる日が来るとは思っていなかったから、ツボに嵌ってしまったぞ。あー、腹が痛い!」

「下らないって何ですか! わたしは真剣に悩んでいたのですよ! それに笑わないでください」

 突然笑われたこと。そして悩んでいたことを下らないと言われ、わたしは再び感情的になって、声を上げます。

「すまない。すまない。意外過ぎて思わずな。でも、そう思ってくれているのなら、トレーナー冥利につきる。だけどな。俺のためにレースをするな。これはアイリン、お前のレースだ。俺のために走るのではなく、自分のために走れ。出なければ、良いパフォーマンスはできないものだ」

「自分のために走る?」

「そうだ。お前は自分のために走れ。俺のことなんか気にするな。まぁ、俺はどちらかと言われると、観客たちから嫌われているからな。今更顔に泥を塗られたところで関係ない。お前は今の自分を信じろ。何せ、この俺が徹底的に教え込んだんだ。絶対に優勝する。もし、お前が負けたら、全裸でコースを1周してやるよ」

「アハハ! 何ですかそれ。そんなことを言われたら、何が何でも優勝しなければいけないじゃないですか。シャカールトレーナーの全裸で走るところなんて、誰も見たくないですよ」

 全裸で走ると言う言葉に気が抜けてしまい、引き攣っていた頬の筋肉が緩みました。体全体に伸しかかっていた不安が一気に消えたかのように思え、体が軽くなったような気がします。

 これならきっと行ける。そんな気がしてなりません。

「シャカールトレーナー、早く行きましょう! みんなが待っています」

「おい、引っ張るな! これじゃあ、俺が遅刻したみたいに見えるじゃないか」

「わたしのトレーナーなのですから、弟子の尻拭いはトレーナーがすべきです。わたしの身代わりとなって、みんなに怒られてください」

「そんな理不尽な!」

 シャカールトレーナーの手を引っ張り、わたしたちはシェアハウスを出て馬車が停車している門へと向かって行きます。

 すると、ほとんどの人が集まっているようでした。

「おや? やっと来たかい? 君たちが最後だ」

 わたしたちが集合場所にたどり着くと、ルーナ学園長が最後だと告げます。

「すみません。シャカールトレーナーが中々トイレから出て来なくて」

「おま!」

「プッ! 何だい? 弟子のレースで緊張するのかい? シャカールも可愛いところがあるじゃないか」

 咄嗟に嘘を吐くと、シャカールトレーナーは否定しようとしていましたが、すぐにルーナ学園長の言葉に遮られます。

「とにかくこれで全員だ。予定よりも遅くなったから、早く乗ってくれ」

 ルーナ学園長が馬車に乗るように促すと、馬車に乗らないでこちらに近付く人がいました。

 わたしと同族のエルフの女の子です。

「シャカール様たら、緊張でトイレに篭るなんて可愛らしいところもあるのですね」

「アイネスビジンさん」

 わたしたちに近付いたのは、最大のライバルであるアイネスビジンさんです。

「シャカール様、ワタクシ、絶対に優勝してみせます。なのでその瞬間をお見逃しなく」

「悪いな。優勝するのはアイリンだ。だからお前は良くて2着になる」

「アイリンですって」

 シャカールトレーナーがわたしの名前を出した瞬間、アイネスビジンさんは直ぐに視線をこちらに向け、睨み付けるように見ました。ですが、それも一瞬のことで、直ぐに普段の表情に戻ります。

「シャカール様もお茶目なことを言うのですね。アイリンが優勝? あり得ませんわ! 優勝のするのはこのワタクシ、アイネスビジンですもの! オーホホホホ!」

 右手の甲を左頬に付け、アイネスビジンさんは高笑いをします。

 確かにわたしが優勝する可能性は低いかもしれません。ですがこの時、わたしの心に火が付きました。

 絶対にアイネスビジンさんには負けたくない。
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