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第七章
第十四話 馬車の中での攻防
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~アイリン視点~
わたしたちは今、G Iのツインターボステークスに参加するために、馬車に乗って会場のある街に向かっています。
この空気、何度か味わっているはずなのに、何だか居心地が悪いような気がします。おそらくですが、その原因は対面席に座っているアイネスビジンさんが、何かを言いたげな顔でわたしの方を見ているからでしょう。
「あのう?」
「何ですの!」
声をかけた途端、アイネスビジンさんはキツめの口調で言葉を返してきました。そのせいで思わず萎縮してしまい、次に出てくるはずのセリフが飛んでしまいました。
「あう、すみません。何でもないです」
「何でもないのでしたら、話しかけないでくれます」
冷たく言葉を吐き捨てられ、わたしはどうすればいいのか分かりません。こうなったら我慢です。いくら居心地が悪くても、目的地に到着するまで耐え抜いてみせます。
「アイネスビジン、これからレースをするから気が張っているのは分かる。だけど、リラックスをしていた方が良いぞ。今から気を張っては疲れてしまう。余計な体力を消費したくなければ、少しは肩の力を抜け」
「シャカール様! ワタクシ、そんなに気を張っているように見えましたか? でも、シャカール様が言うのでしたら、そうなのでしょうね。シャカール様のお心遣い感謝いたしますわ」
さすがシャカールトレーナーです。こんなに空気がピリピリしている中、平然とアイネスビジンさんに声をかけられるなんて。
シャカールトレーナーの言葉を本当に受け入れたようで、アイネスビジンさんは深呼吸をし始めました。
これで少しは、場の空気が良くなれば良いのですが。
「ありがとうございます。シャカールトレーナー」
「ただ単に、居心地が悪いと思っただけだ。別に礼を言われる筋合いはない」
小声で隣に座っているシャカールトレーナーに礼を言うと、再びアイネスビジンさんがわたしに視線を送ってきました。
「どうして、アイリンなんかがシャカール様の隣に座っているのよ。そもそも、どうしてあそこまで仲が良さげなの? 確かあの時も一緒に居たわよね。あの2人の関係っていったい何なのよ」
ボソボソと独り言を呟くアイネスビジンさんの言葉が耳に入ってきます。普通の人なら、聞き取ることのできないほどの小さい声量でした。ですが、エルフ族の耳は遠くから聞こえる声や、小さい声を聞き取ることができます。なので、全て丸聞こえでした。
なるほど、それでアイネスビジンさんはわたしのことを睨んでいたのか。アイネスビジンさんはシャカールトレーナーのことを尊敬しているみたいだし、わたしが彼の隣に居ることが気に入らないのだろうな。
「それはね、わたしがシャカールさんの弟子で、色々と手取り足取り教えてもらっているからだよ」
「何ですって!」
シャカールトレーナーに聞こえないくらいの小さい声で呟きましたが、当然エルフであるアイネスビジンさんの耳には聞こえました。
彼女は大声を上げて立ち上がります。
「アイネスビジン、どうした? 急に立ち上がって。さっきも言っただろう? 大人しくしていろ。俺に同じ言葉を言わせるな」
「はい、すみません。ご迷惑をお掛けしました。何でもないです」
大人しくするようにシャカールトレーナーが言うと、アイネスビジンさんはその場で着席しました。
お、これはもしかして、わたしが彼女よりも何かのジャンルで一歩リードしていませんか? これまで散々バカにされていたわたしですが、遂にバカにする側になることができるかもしれません。
「どうしたのですか? 急に立ち上がって、そんなにわたしがシャカールトレーナーの指導を受けていると言う事実が悔しいのですか? プププ」
再びシャカールトレーナーに聞こえないように気を付けながら、小声でアイネスビジンさんを挑発します。
「悔しくなんてありませんわよ。どのような経緯があったのか知りませんが、シャカール様も大変ですわね。こんな落ちこぼれの指導をしないといけないなんて。本当に同情いたしますわ」
「誰が落ちこぼれよ! 大逃げから逃げたアイネスビジンさんには言われたくないわよ!」
小声で喋るのを忘れ、思わず声を上げて立ち上がりました。馬車に同席している方々の視線が突き刺さり、恥ずかしさを覚えます。
「アイリン、お前も大人しく座っていろ」
シャカールトレーナーにも睨まれ、わたしは大人しく着席します。
この後、お互いに罵り合いましたが、大声を出すのを我慢しました。その甲斐もあって、どうにか平穏に馬車は目的地に辿り着くことができました。
馬車の扉が開き、わたしたちは馬車から降ります。
「では、シャカールトレーナー。行って来ますね」
「アイリン、ちょっと良いか」
「はい、何でしょう?」
走者専用の出入り口に向かおうとすると、シャカールトレーナーから呼び止められます。
いったい何なのでしょう? もしかして、激励の言葉を送ってくれるのでしょうか?
「レースは当日になった瞬間から始まっている。レースで有利になるために始まる前から挑発して、相手の調子を崩すのは戦略の一つだ。でも、やり過ぎると今回のように思わぬカウンターを食らうことになる。今後はもっと考えてから挑発するように」
シャカールトレーナーの言葉を聞いた瞬間、わたしの鼓動は早鐘を打ちました。
ど、どど、どうしてシャカールトレーナーは、そのことを知っているのですか! わたしは聞かれないように、最善の注意を払って声量を調節していたと言うのに! もしかして、あれだけの声音でも聞こえていたと言うのですか! さすがシャカールトレーナーです!
「その顔、どうやら誤解しているようだな。お前たちがいったい何を話していたのかは知らない。だが、突然声を上げて立ち上がるお前たちの奇行に、エルフ族の特徴から考えて、互いに挑発し合っていたのだろうと推理しただけだ」
どうやら、シャカールトレーナーは話の内容までは聞き取れなかったみたいです。でも、たったあれだけの出来事で、ここまで予測できるとは、さすがとしか言いようがありません。
「とにかく、頑張って来い。この俺が教え導いてやったんだ。特訓のことを思い出しながら走れば、お前はきっと勝つことができる」
「はい! わたし、頑張って1着を取って見せます! 観客席で、私の活躍を見ていてください!」
1着を取って今回のレースを優勝することを告げると、わたしは走者専用の出入り口へと向かって行きます。
わたしが優勝するところを見ていてください。
わたしたちは今、G Iのツインターボステークスに参加するために、馬車に乗って会場のある街に向かっています。
この空気、何度か味わっているはずなのに、何だか居心地が悪いような気がします。おそらくですが、その原因は対面席に座っているアイネスビジンさんが、何かを言いたげな顔でわたしの方を見ているからでしょう。
「あのう?」
「何ですの!」
声をかけた途端、アイネスビジンさんはキツめの口調で言葉を返してきました。そのせいで思わず萎縮してしまい、次に出てくるはずのセリフが飛んでしまいました。
「あう、すみません。何でもないです」
「何でもないのでしたら、話しかけないでくれます」
冷たく言葉を吐き捨てられ、わたしはどうすればいいのか分かりません。こうなったら我慢です。いくら居心地が悪くても、目的地に到着するまで耐え抜いてみせます。
「アイネスビジン、これからレースをするから気が張っているのは分かる。だけど、リラックスをしていた方が良いぞ。今から気を張っては疲れてしまう。余計な体力を消費したくなければ、少しは肩の力を抜け」
「シャカール様! ワタクシ、そんなに気を張っているように見えましたか? でも、シャカール様が言うのでしたら、そうなのでしょうね。シャカール様のお心遣い感謝いたしますわ」
さすがシャカールトレーナーです。こんなに空気がピリピリしている中、平然とアイネスビジンさんに声をかけられるなんて。
シャカールトレーナーの言葉を本当に受け入れたようで、アイネスビジンさんは深呼吸をし始めました。
これで少しは、場の空気が良くなれば良いのですが。
「ありがとうございます。シャカールトレーナー」
「ただ単に、居心地が悪いと思っただけだ。別に礼を言われる筋合いはない」
小声で隣に座っているシャカールトレーナーに礼を言うと、再びアイネスビジンさんがわたしに視線を送ってきました。
「どうして、アイリンなんかがシャカール様の隣に座っているのよ。そもそも、どうしてあそこまで仲が良さげなの? 確かあの時も一緒に居たわよね。あの2人の関係っていったい何なのよ」
ボソボソと独り言を呟くアイネスビジンさんの言葉が耳に入ってきます。普通の人なら、聞き取ることのできないほどの小さい声量でした。ですが、エルフ族の耳は遠くから聞こえる声や、小さい声を聞き取ることができます。なので、全て丸聞こえでした。
なるほど、それでアイネスビジンさんはわたしのことを睨んでいたのか。アイネスビジンさんはシャカールトレーナーのことを尊敬しているみたいだし、わたしが彼の隣に居ることが気に入らないのだろうな。
「それはね、わたしがシャカールさんの弟子で、色々と手取り足取り教えてもらっているからだよ」
「何ですって!」
シャカールトレーナーに聞こえないくらいの小さい声で呟きましたが、当然エルフであるアイネスビジンさんの耳には聞こえました。
彼女は大声を上げて立ち上がります。
「アイネスビジン、どうした? 急に立ち上がって。さっきも言っただろう? 大人しくしていろ。俺に同じ言葉を言わせるな」
「はい、すみません。ご迷惑をお掛けしました。何でもないです」
大人しくするようにシャカールトレーナーが言うと、アイネスビジンさんはその場で着席しました。
お、これはもしかして、わたしが彼女よりも何かのジャンルで一歩リードしていませんか? これまで散々バカにされていたわたしですが、遂にバカにする側になることができるかもしれません。
「どうしたのですか? 急に立ち上がって、そんなにわたしがシャカールトレーナーの指導を受けていると言う事実が悔しいのですか? プププ」
再びシャカールトレーナーに聞こえないように気を付けながら、小声でアイネスビジンさんを挑発します。
「悔しくなんてありませんわよ。どのような経緯があったのか知りませんが、シャカール様も大変ですわね。こんな落ちこぼれの指導をしないといけないなんて。本当に同情いたしますわ」
「誰が落ちこぼれよ! 大逃げから逃げたアイネスビジンさんには言われたくないわよ!」
小声で喋るのを忘れ、思わず声を上げて立ち上がりました。馬車に同席している方々の視線が突き刺さり、恥ずかしさを覚えます。
「アイリン、お前も大人しく座っていろ」
シャカールトレーナーにも睨まれ、わたしは大人しく着席します。
この後、お互いに罵り合いましたが、大声を出すのを我慢しました。その甲斐もあって、どうにか平穏に馬車は目的地に辿り着くことができました。
馬車の扉が開き、わたしたちは馬車から降ります。
「では、シャカールトレーナー。行って来ますね」
「アイリン、ちょっと良いか」
「はい、何でしょう?」
走者専用の出入り口に向かおうとすると、シャカールトレーナーから呼び止められます。
いったい何なのでしょう? もしかして、激励の言葉を送ってくれるのでしょうか?
「レースは当日になった瞬間から始まっている。レースで有利になるために始まる前から挑発して、相手の調子を崩すのは戦略の一つだ。でも、やり過ぎると今回のように思わぬカウンターを食らうことになる。今後はもっと考えてから挑発するように」
シャカールトレーナーの言葉を聞いた瞬間、わたしの鼓動は早鐘を打ちました。
ど、どど、どうしてシャカールトレーナーは、そのことを知っているのですか! わたしは聞かれないように、最善の注意を払って声量を調節していたと言うのに! もしかして、あれだけの声音でも聞こえていたと言うのですか! さすがシャカールトレーナーです!
「その顔、どうやら誤解しているようだな。お前たちがいったい何を話していたのかは知らない。だが、突然声を上げて立ち上がるお前たちの奇行に、エルフ族の特徴から考えて、互いに挑発し合っていたのだろうと推理しただけだ」
どうやら、シャカールトレーナーは話の内容までは聞き取れなかったみたいです。でも、たったあれだけの出来事で、ここまで予測できるとは、さすがとしか言いようがありません。
「とにかく、頑張って来い。この俺が教え導いてやったんだ。特訓のことを思い出しながら走れば、お前はきっと勝つことができる」
「はい! わたし、頑張って1着を取って見せます! 観客席で、私の活躍を見ていてください!」
1着を取って今回のレースを優勝することを告げると、わたしは走者専用の出入り口へと向かって行きます。
わたしが優勝するところを見ていてください。
応援ありがとうございます!
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