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第八章

第十話 サインガチャの効果は凄まじい

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 ソウシャーイーツを始めて数日が経った。俺の予想以上にサインガチャの効果は絶大であり、注文が殺到することになった。

「料理ができたぞ! さぁ、早く届けてくれ」

アイコピー了解!」

 カウンターの上に置かれた料理をアイテムボックスの中に入れ、それを宅配用のリュックの中に入れる。

 そして認識阻害の効果をもつ帽子を被って店を出ると、全速力で料理を頼んだ人のところに届けに向かう。

「ここだな」

 住所を確認して間違いがないことを再度認識すると、呼び鈴を鳴らして来客が来たことを知らせる。

「はーい! どなたですか?」

「ソウシャーイーツの者です。ご注文の料理を持って来ました」

 注文の品を届けに来たことを告げる。すると直ぐに扉が開き、家主だと思われる人物が顔を出した。

「お! もう来たのか。安い! 早い! 美味い! の売り文句は絶大だな。それじゃこれが代金だ」

 料理の代金を貰う。そして金額を確認すると、料理の代金よりも多かった。どうやら金額を勘違いしているようだな。

「すまない。受け取った金額が料理の金額よりも多いのだが?」

「ああ、それはお前さんへのチップだ。何回も運んで貰って悪かったな」

「そうか。それなら、遠慮なく受け取っておく」

 俺への謝礼だと言うことがわかり、料理の金額とは別の金を俺のポケットマネーにした。そして料理と一緒に封筒に入ったサインを客に手渡す。

「待っていました! さてと、今度こそ念願のウイニングライブちゃんのサイン……って、またピックじゃないか! これで3回連続だぞ! もう5枚もあるって! 保存用と観賞用で2枚の被りは許すが、3枚も何に使えって言うんだ! トレードをしようにも、周辺の知人は既に持って要らないとか言うし、もう糞した後の尻拭きに使うしかないって!」

 どうやらまたしても被ってしまったらしく、客はその場で崩れ落ち、愚痴とも言える嘆きの声を上げた。

「やばい。既に爆死しているのに、これ以上サイン入りの料理を注文したら、今月の生活がやばい。でも、どうしてもウイニングライブちゃんのサインが欲しい。なぁ、本当にあの配布率は合っているのだよな? ウイニングライブちゃんのサインは実在しているのだよな?」

 立ち上がると、注文客は涙目になりながら訊ねて来る。

「ああ、ちゃんとウイニングライブのサインはある。俺もこの目で見た。だから、諦めずにまたチャレンジしてくれ。諦めないやつが最後に勝つのはレースでも同じだ。あ、そうだ。ここだけの話だが、実はシークレットと言うのもあってだな。ウイニングライブよりもすごい人物のサインが1枚だけある」

「何だって! それは本当か!」

「ああ、本当だ。だから諦めずにまた注文をしてくれ。次はきっとウイニングライブのサインが当たる。俺はそんな予感がするな。それにシークレットさえ当てれば、爆死なんてどうでもよくなると思えるほど、勝ち組だと思えるぞ」

「マジか! なら、また注文するからな! 早くこの料理を食べて次こそ当ててやる! 生活費がなんだ! それよりもウイニングライブちゃんのサインとシークレットのサインが大事だ! シークレットさえ当てれば、実質俺の勝ちだ!」

 どうにか客のモチベーションを上げることができ、俺は安堵する。

 これでまたこの客は料理を頼んでくれるだろう。流石にピップのサインが3連続だと言うのは驚かされた。俺だったらもうクソだと思い、注文をやめている。

 だが、客離れは経営に影響する。だからシークレットの存在をチラつかせ、再び客に注文をさせるように促した。

 本当にルーナには感謝だな。まさかだと思うが、こうなることを先読みして俺にサインを渡してくれたのだろうか?

 まぁ、単なる偶然かもしれないが、あの女が考えていることを理解するのは難しい。

 料理を運び、代金を受け取ったので、俺はそのままマーヤの実家に戻る。

「お、帰って来たか。次の料理が出来ているから、運んで来てくれ」

「あなた! シャカール君を働かせすぎです」

「そうだよ! シャカールちゃんは今帰ってきたばかりだから、今度はマーヤが行く! シャカールちゃん。宅配リュックと帽子を貸して」

 次の運搬はマーヤがやると申し出てくれたので、帽子とリュックを脱ぎ、彼女に渡す。するとマーヤはリュックからアイテムボックスを取り出すと、その中に出来立ての料理を入れ、リュックに収納した後、それを背負う。そして先ほどまで俺が被っていた帽子を被った。

「ああ、帽子とリュックからシャカールちゃんの匂いがする! 全身シャカールちゃんに包まれている気がして、元気が湧き出て来るよ! それじゃ、注文してくれた人に届けて来るね! 行ってきます!」

 俺の匂いの付いた帽子とリュックで本当に元気が出たのかは怪しいが、マーヤは高い声音で言葉を連ねると、店を出て行く。

「それにしても、どんなカラクリなんだ? 料理を運んでいるのは走者なんだから、注文し料理を届けたついでに、サインを貰えば良いのに? 今のところ誰もサインを強請らないのだろう?」

「ああ、それはマーヤが被った帽子にある。あの帽子には認識を阻害する魔法がかけられているんだ。あの帽子を見た人物は、脳の中にある海馬に、一時的に血流障害を起こしたように錯覚させられる。これによって、ダメージを受けた脳は、記憶を上手い具合に引っ張り出すことができなくなって、弁別能力、つまりほんの僅かな違いを見分けることができなくなる」

「血流障害って大丈夫なのかよ?」

「あくまでも障害が起きたように脳が錯覚しているだけだから、時間経過と共に元に戻る。それに対象となるのは、帽子を被った人の正体を知らない人だ。正体を知っている俺たちには適応されないから安心しろ」

「さすがシャカール君ね。配達している人が普通の一般人だと思い込めば、再びサインを求めて料理を注文してもらえる。本当に頼りになるわ。うちの旦那とは大違いね」

「グハッ! 事実だが、それ以上は言わないでくれ! 俺の心が抉れる! どうせ俺は料理を作るのが精一杯で、経営の方はからっきしのダメ亭主だ」

 嫁の口から事実を告げられ、バンシーは凹んだようだ。その場でしゃがみ、いじけたように愚痴を溢す。

 すると、空いている窓から1羽のリピートバードが入って来た。

「ほら、注文が来ましたよ。早く立ち上がって料理を作る準備をしてください。料理を作ることしか脳のないボンクラなのに、それすら出来ないのでしたら、存在価値がなくなりますよ。これ以上幻滅するような態度を見せれば離婚届に――」

「うおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ! 離婚なんてさせてたまるか! こうなったら馬車馬のように働いてやる!」

 嫁の一言により、ヴァンシーはやる気を出したようだ。声を上げ、料理を作る準備に取り掛かる。

 それにしても、旦那のやる気を引き出すためとは言え、普通にエグいことを言うな。

「さぁ、邪魔者はいなくなったし、ゆっくりと注文を聞きましょう。シャカール君」

 ヴァンシーが厨房の奥に向かったタイミンングで、マルゼンが俺の腕に自身の腕を絡め、リピートバードの言葉を聞くように促す。

 どうしてそこまでしてスキンシップをしようとして来るのかは不明だが、彼女の言う通りだ。まずは注文の確認をするのが先だ。

「待たせて悪かったな。メッセージを聞こう」

『はあーい! シャカール! ソウシャーイーツの方はどうだい? 順調かな? お前のご主人様のルーナだよ!』

 注文して来たのは、俺の通う学園の学園長だった。それにしても、口調がいつもと違うな。もしかして――。
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