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第八章

第九話 シークレット枠

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「かなりのサインが集まったな」

 俺はテーブルの上に並べた様々な走者たちのサインを眺める。

「それにしても、ピックブタゴリラのサインの量がエグい。いったい何枚あるんだよ」

 用意して貰ったサインの中で、ピックブタゴリラのサインだけがダントツに多かった。正確に数えてはいないが、下手すれば200枚とかありそうだな。

「こうなるのであれば、あいつをあんなにおだてなければ良かった」

 お前のサインを欲しがっているやつがたくさんいると彼に言った瞬間、ピックブタゴリラはその場で物凄い勢いでサインを描き始めた。そしてまだ足りない時はまた声をかけてくれと言ったが、しばらくは頼まないようにしておこう。

「サインの数からレア度を出すとしたら、ピックブタゴリラのサインは一番レア度の低いレアだな。そしてウイニングライブは一番レア度の高いURウルトラレア。ここは直ぐに確定できるが、後は走者の実際の人気やサインの枚数からレア度を算出して……まぁ、こんなもので良いだろう」

 様々なことを考慮して、レア度準に並び替える。

「これでよし。後はマーヤの実家に行って、準備ができたことを伝えるだけだな」

 準備を整え、シェアハウスから出て行こうとすると、来客が来たことを伝える呼び鈴が鳴らされた。

 いったい誰だろうか?

 疑問に思いながらも玄関へと向かい、そして扉を開ける。

 外には、白銀の長い髪を編み込みにしている女性が立っており、赤い瞳で俺のことを睨んできた。

「ルーナじゃないか? どうした? そんなに不機嫌そうな顔をして?」

「どうしてワタシに黙っていたのだ?」

「黙っていた?」

とぼけるな! マーヤの店の借金を無くすために、走者のサインを集めて面白いことをやろうとしていることは、既に情報を入手しているのだぞ! ワタシだけ除け者にされるなんて詰まらない! ワタシのサインも使え! もちろんシークレット枠でだ!」

 早口で言葉を捲し立てるルーナだが、ようは自分も協力したいってことか。

 俺としては、ルーナに話せば彼女のオモチャにされそうなので関わらせないようにしていたが、さすがに完全に隠し通すことは無理のようだ。

 ここは諦めてすんなり要求を呑む方が得策だと言えるだろう。

「すまない。ルーナはこの学園のトップだからな。多忙の身であることを考慮して、敢えて話さなかったんだ」

「まったく、気を使ってくれるのは嬉しいことだが、何かを始めるときは一度ワタシに相談をしてくれ。学園の生徒を可能な限り守るのも、学園長であるワタシの仕事だからな。何か問題が起きてからでは遅いのだ」

 嘘を吐くと、どうやら信じたらしく、ルーナは小さく息を吐く。

 最初は除け者にされて寂しい思いをしていただけかと思ったが、その辺りはちゃんと学園長なのだな。

「悪かった。次からは相談することにする」

「分かれば良い。それとこれはワタシのサインだ」

 懐から4枚のサインを取り出し、俺に手渡す。

「あ、そうそう。シークレット枠で使って良いのは、1枚だけだ。残りはシャカール、君にくれてやる。保管用に1枚、観賞用に1枚、そして実用に1枚だ」

 実用って、お前のサインを何に使うんだよ。アイネスビジンと同じように変なことを言うな?

 正直言って、ルーナのサインなんてものは要らない。だが、存外に扱っては俺の身に何が起きるか分からないので、ここは彼女の言う通りにしておこう。

「他にも何か協力して欲しいことがあったら遠慮なく言ってくれ。手伝えることがあるのなら、協力してやるよ」

 ルーナが手伝ってくれるのなら、もしかしたら予定よりも早くできるかもしれないな。

「なら、お願いがあるのだが」

 俺はルーナにお願い毎を耳打ちする

「分かった。なら、学園のを貸し出そうじゃないか。訓練されているからね。その辺の野生を捕まえるよりは早いだろう」

 学園のを貸し出してくれる。そう言うと、ルーナはポケットから細長い長方形の物体を手渡してくれた。

「サンキュー、助かる」

「そのボタンを押せば、どんなに離れていても駆け付けてくるからね。それじゃ、ワタシは仕事に戻るよ。まだ目を通さないといけない資料が山のようにあるのでね」

 片目を瞑って軽くウインクをすると、ルーナは踵を返してこの場から離れて行く。

 予想外のことが起きたが、確かにシークレット枠があった方が話題になるだろう。

 ルーナのサインを追加して俺は今度ことマーヤの実家に向かった。






「――と言うことで、協力してくれた走者たちからサインを集めてきた」

 カウンターの上に置かれたサインの山を見て、ルーナの父親であるヴァンシーは目を丸くする。

「ほ、本当に走者たちからサインを貰ってきたのだな」

「ああ、偽物だと疑うのなら、全部確認してくれて構わない」

 ヴァンシーは一度唾を飲み込んだようで喉を動かす。そしてサインの山から一枚取ると確認を始めた。

「あのウイニングライブやシャワーライト。それに去年走者界を盛り上げた円弧の舞姫のサインまである」

「ああ、彼女たちの協力には、俺も手を焼いた。だけど、どうにかサインをもらうことができた」

 思い出しただけでも羞恥心が込み上げてくる。クリープから幼児プレイをさせられ、ウイニングライブからはオタ芸で盛り上げ役をさせられたのだ。俺の血と涙の結晶と言っても過言ではない。

「確かに、彼女たちのサインを軸にすれば、彼女たちのファンなら是が非でも得たいと思うだろう。でも、宣伝はどうするんだ?」

「それはこいつらに頼む」

 右手をポケットの中に突っ込み、ルーナから貰った長方形の物体を取り出す。そして付いているボタンを押した。するとしばらくして空いている窓から10羽の鳥が店内に入ってくる。そして一部がヴァンシーの頭や肩に止まった。

「グアッ! どうして俺の上に着地する! 離れろ!」

 多分、使用者の対面に整列をするように教育されているのだろうな。

 俺が今使ったのは、連絡用の鳥を呼ぶ魔道具だ。こいつを使えば、使用者の元に駆けつけて来ることになっている。

「こいつの名前はリピートバードだ。見た目は大きいフクロウとあまり変わらないが、人間に近い脳をしている。そのため言葉を理解することができるのだ。それに加え、人間に近い声帯を持っており、体内に入った空気が声帯という膜に当たって震え、舌の形、嘴の形、顎の開き具合や、鼻から通る空気が組み合わさって言葉を話すことができる。主に遠くに離れた人にメッセージを伝えるために飼われている鳥だ」

 鳥の説明をした後、俺は鳥たちに指示を伝える。すると、俺の言葉を聞いたリピートバードたちは一斉に飛び始め、空いている窓から外に出ると、様々な方角へと飛び去った。

「さて、後は注文が来るかどうかを待つだけだな」
 
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