薬漬けレーサーの異世界学園生活〜無能被験体として捨てられたが、神族に拾われたことで、ダークヒーローとしてナンバーワン走者に君臨します〜

仁徳

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第八章

第十五話 潜入作戦

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 ~アイビス・ローゼ視点~

 ヴァンシーの店を見た瞬間、ワシは驚愕した。

 オンボロで潰れる寸前だった店の前に、多くの人々が群がっているのだ。

「いったい、何が起きているのだ?」

 店から出てきた客がこちらに向かって歩いて来る。あいつらから話を聞けば、何か情報を得られるだろう。

「すまない。君たち今、あの店から出てきたよな? どうしてあの店はあんなに賑わっているのだ?」

「爺さん知らないのかよ。今、期間限定で走者のサインが貰えるキャンペーンがあるんだよ。対象となる料理を頼むとランダムで貰えるんだ。ほら見てくれよ。円弧の舞姫のクリープのサインだぜ!」

「俺なんかシャワーライトのサインが当たったんだ。前から欲しかったサインだから、今日の俺はついていたな」

 ニコニコと笑みを浮かべながら、男たちは入手したサインを見せてきた。

 彼らが喜ぶのとは対照的に、ワシは拳を握り、内心怒りが募る。

 おのれ! ヴァンシー! まさか、土壇場でこのような策を行使するとは! 許さない。絶対に妨害して、これ以上の客を増やさせるか!

 彼らが離れた後、ワシはパチンと指を鳴らした。すると、一羽のリピートバートが目の前に降り立つ。

 その鳥に対してメッセージを告げると、リピートバードは両翼を羽ばたかせて舞い上がり、飛翔して目的地へと飛んでいく。

 これでよし。後はあいつらが来るのを待つだけだ。

 やつらが来るまでまだ時間はある。ワシにできることは今の内にやっておくとするか。

 さて、どうしてくれようか。

 思考を巡らせて作戦を考えていると、ワシの前に落ち込んでいる態度を見せている男が通りかかる。

「くそう。またしてもピックのサインが当たってしまった。店員からは『ピックに愛されていますね』とか言われたが、あんなブタゴリラに愛されたくはない。やべー、想像しただけで蕁麻疹じんましんが出てきてしまった」

 男の独り言が耳に入った瞬間、妙案が浮かぶ。

 そうだ。今の男が言ったことを利用しよう。そして直ぐに客を引き離すんだ。

「そこのお前、ちょっと良いか?」

「なんだよジジイ。俺は今めちゃくちゃ落ち込んでいるんだ」

「すまない。今、お前さんが持っているサインを譲ってくれないか? もちろんただとは言わない。買取らせてくれ」

 懐から財布を取り出し、中から1万ギル札を取り出す。

「何! そんなにくれるのか! オーケー、オーケー! 交渉成立だ」

 金を男に手渡すとサインを受け取る。

「これでまた料理を頼める! 追加課金だ! 今度こそ念願のウイニングライブちゃんのサインを当ててやるぜ!」

 金を受け取った男は気分を良くしたようで、ルンルン気分で再び列に並び始めた。

 また食うのかよ!

 そんなことを思いつつも、ワシは店の前に立ち、列に並んでいるやつらに向けて声をかける。

「皆聞いてくれ! この店はぼったくりだ! ワシなんかまたピックのサインが出てしまった! この店は走者のサインをダシに、皆から金を巻き上げているのだ! 絶対に人気のサインは出ない! 騙されるな!」

 年甲斐もなく声を上げ、多くの人々に訴えかける。

 どうだ? これで少しは疑って店から離れてくれるはず。

 ワシの言葉が届いたようで、列に並んでいるやつらは動揺しているように思えた。

「なぁ、ひとつ聞いて良いか? 爺さんはピックのサインは何枚持っている?」

「ま、枚数だと?」

 枚数を聞かれ、どうしたものかと悩んでしまう。

 そう言えば、あの男は何枚目だったのだろうか? 少な過ぎても、多過ぎても怪しまれる。とりあえずは無難な枚数でも言っておくか。

「な、7枚だ。7回連続ピックだ」

 どうだ? ラッキーセブンだぞ。これなら、こやつらも信じてくれるだろう。

「プッ! アハハ! アハハハハ! 経った7枚程度で嘆いているのかよ。爺さん、このサインガチャを始めたばかりだろう。ピックのサインは現在ピックアップ扱いになっている。だから当たりやすいんだ。俺なんか10回連続でピックだったぞ」

「俺は15回連続だ!」

「よっしゃー! 勝った! 俺は20回連続だぜ!」

「何! いくらピックアップだからってそんなに連続で出たのか! すげーな!」

「ピックアップだけあって、ピックの当たる確率がアップなんてな」

「「「あははははははは!」」」

 ワシが嘆いてみせると、客たちは一斉にピックの連続率を競い合い始める。そして駄洒落を言い始め、一斉に笑い出す。

 こやつらイカれている。ピックのサインが当たるのが当たり前になり過ぎて、感覚が麻痺していやがる。

「つまり、爺さんのたった7回連続の記録はたいしたものではないって訳だ。もっと大記録を出してからそんなことを言え」

「そうだぞ! 俺の記録を抜いてみな! まぁ、そんなことはさせないがな。今回で21回目のピックのサインを出してやる!」

 先頭に立っていた男がワシの肩を掴み、励まそうとしてきた。

 くそう。まさか、ピックまでもがワシの計画を阻むとは許せない。クソ雑魚走者のくせに、ある意味客寄せパンダになりよって!

 とにかく、ワシの作戦は失敗した。そろそろやつらも来る頃だろう。次はやつらに任せようではないか。

 次の作戦に移行するために、一度列から離れる。

 それからしばらく待っていると、ワシの前にガラの悪い連中が集まってきた。

「アイビスさん久しぶりじゃないか」

「俺たちを呼んだってことは、また大きなことをさせてくれるんだよな?」

「ああ、お前たちには今からあの店に入って、客の振りをして店をめちゃくちゃにしてほしい。ガラの悪い客が出入りするような店だと分かれば、客たちは怖がって二度と来なくなるだろう」

「なるほど、わかった。なら、その仕事を引き受けてやる」

「頼んだぞ。成功した暁には報酬金を多く払おう」

「よっしゃ! 野郎共! あの店に行くぞ! 今度こそ幻のシークレットサインを手に入れてみせ……店を潰してやる!」

「「「おお!」」」

 声を上げ、男たちは店の入り口へと向かって言った。

 今、変なことを言いかけていなかったか? 気のせいだよな。

 しかし胸騒ぎがしてならない。念のために、窓からこっそりと様子を伺うとしょう。
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