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第八章

第十六話 サイン強盗現る

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~シャカール視点~





 今日も相変わらずに多いな。

 タマモたちが手伝ってくれることになり、運搬する人数が増えた。そこで、今度は店内でも同じ料理を食べれば、サインが貰えると言う風に宣伝してみた。

 するとあっと言う間に客たちが押し寄せ、毎日閉店時間まで行列が出る程の人気店に変貌したのだ。

「シャカールちゃん。料理ができたから、これお願いね」

 厨房の手伝いをしていたマーヤが、料理が完成したことを告げる。

「分かった」

 カウンターの上に置かれた料理を掴む。すると、その瞬間にマーヤが笑みを向ける。

「何だか。こうやっていると、本当の夫婦みたいだね。マーヤは遠く離れた場所で、シャカールちゃんと二人っきりで無人島で暮らすって言っていたけど、こうやってお店を継ぐのも良いかもって思えてきた」

「そ、そうか。まぁ、未来がどうなるのかは誰にも分からないが、想像力を膨らませるのは脳に良いことだ」

 苦笑いを浮かべながら、俺は料理の入ったトレーを持った。

「お待たせしました。次のお客様どうぞ」

 どうやら先客が料理を食べ終わったようで、マルゼンが扉を開けて外に居た客を招き入れる。

「よっしゃ! 今日もピックのサインを当ててやる! 記録更新だ!」

「これ以上こいつの記録を更新してたまるか! 神よ、どうかこいつにピック以外のサインを与えたまえ」

 すれ違いざまに客の会話が耳に入ってきた。

 最近の客、少しおかしくないか? 最初はウイニングライブやシークレット枠のルーナのサインを目当てだったのに、今ではどれだけピックのサインを連続で引き当てられるのかの検証をする人が多くなっているような。

 まぁ、このような結果になってしまったが、お店は繁盛しているし、ピックもサインを求めている人が多いことを知って最初は喜んでいた。まさにウィンウィンだ。

「シ、シャカール! 助けてくれ! もう、書けない! 手首や親指が腱鞘炎になりかかっているんだ!」

 2階の部屋でサインを書かされ続けられていたピックだったが、とうとう限界に達してしまったようだ。

 涙目になりながら、階段を駆け下りて俺に助けを求める。

 だが、彼の背後に白い悪魔……白髪のウサギのケモノ族が現れると、ピックの着ている服の襟を掴んだ。

「逃がしませんよ。自分のサインを多くの人に届けたいと言ったのはあなたではないですか? ママは自分の言葉に責任を持てない悪い子は許しませんからね。後500枚書いたら1分間の休憩を差し上げますから」

「嫌だああああああああぁぁぁぁぁぁぁ! もう書きたくない! シャカール! 助けてくれえええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

 襟を引っ張られ、引き摺られるようにピックは2階に連れ戻される。

「1分間なんてあっと言う間だ! 俺が何をしたって言うんだ! 俺は何も悪いことはしていないだろう! どうしてこんな拷問を受ける羽目になる!」

「これは普段から頑張っているあなたへのご褒美です!」

「何がご褒美だ! こんなものただの拷問だああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 2階からピックの叫び声が聞こえた。

 監視係をクリープにお願いしたのが間違いだっただろうか。休憩時間になったら、あまり無理をさせないように言っておこう。今は客の相手で手が離せない。

 ピックのことが少し気になりだしていると、店の外が騒がしくなった。

 何かあったのか? 店の前で騒がれると困るのだが。

 店の外で何が起きているのかが気になっていると、扉が開かれて複数人の男が店内に入って来る。

 まだ満席の状態だ。だから店内に入られても座るところはない。

「すみません。お客様、ただいま満席となっています。店の外でお待ちくだ……きゃあ!」

 入って来た客にマルゼンが近付き、外で待つように促す。すると、男の一人が彼女の肩に手を置き、そのまま突き飛ばす。

「貴様! うちの女房に何を――」

 嫁の悲鳴を聞き付け、ヴァンシーが厨房から勢い良く飛び出し、男たちに近付く。だが、男は無言で拳を構えると、そのままヴァンシーの顔面を殴った。

「ぐわああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 殴られたヴァンシーが吹き飛ばされる中、空中で何度も回転し、そのまま床に倒れた。

「きゃあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 いきなりの暴行現場を目撃し、女性客が悲鳴を上げる。

「俺様たちは強盗だ。この店にあるサインを渡せ。ついでにここにいる奴らが持っているサインも全てだ。お前らやっちまえ!」

「ヒャッハー! お前たちの持っているサインを寄越せ!」

「や、やめてくれ! それを持っていかれたら、俺のピックサイン連続更新が途切れてしまう!」

 強盗だと名乗った奴らは、客たちの金品には目もくれずにサインを奪って行く。

「さぁ、この店に溜め込んでいる走者たちのサインを渡しな。そうすれば、命だけは助けてあげる。俺の炎の魔法は、骨すら残さない業火だぞ」

 強盗の頭だと思われる男は、右手を前に出し、掌に炎を出現させた。

「すまないが、店内は禁煙なんでね。タバコを吸いたければ外でやってくれ」

 炎を出現させた男に臆すことなく、俺は近付く。

「誰がタバコを吸うために出しただ! さっさとサインを出さないと、この店を燃やすぞ!」

「燃やしたければ燃やせば良い。できるものならな」

 俺は敢えて強盗たちを挑発する。

 こいつらの目的は走者のサインだ。店を燃やせば、それらもなくなると言うことはこいつらも分かっている。こいつの生み出した炎はただの脅しの道具にしかすぎない。

「言いやがったな! 恨むのであれば、挑発したこいつを恨みやがれ! 元々俺たちの仕事はこの店を潰すことだ!」

 男が叫ぶと、展開させた炎がさらに巨大になって行く。

 サイン強盗とか言っていたのはフェイクかよ。まさか、裏をかかれるとは。だが、店を燃やされる訳にはいかない。

 男は今すぐにでも炎を放ちそうだ。俺が水の魔法で消化を試みようとした瞬間、それよりも早く店に火をつけるだろう。

 あの炎を掻き消すには、男が予想できないような方法で消化するしかない。

 なら、あの方法で消すとするか。

「ライトウォール!」

 魔法を発動した瞬間、男の手首と炎を覆うように、光の球体が出現する。

 空気中の光子を集めて気温を下げることにより、相転移を起こさせる。そして光子にヒッグス粒子を纏わりつかせることで、光に質量が生まれ、触れることのできる光の壁を生み出したのだ。

「何だ! これは! そんなバカな! 俺の炎が消えていくだと!」

「炎の燃焼を維持するには、酸素供給が必要だ。だが、光の壁で内部を密封して外部の酸素の接触を遮断すれば、酸素がなくなり炎は燃焼する力を失う。なぁ、こいつを人間にやったらどうなると思う?」

 脅してみると、男の顔色はどんどんと悪くなっていく。

「ま、まさか。や、やめろ!」

「そのまさかだ。そのままこいつを飲み込め!」

「嫌だあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! 死にたくないいいいいいいいぃぃぃぃぃぃ!」

 男は涙を流しながら絶叫した後、意識を失ったのか白目を向く。しかも最悪なことに、恐怖で下が緩んでしまったようだ。

 男は意識を失う直前に体内から異臭のある聖水を撒き散らしたようで、下腹部がびしょ濡れになっていた。

「リーダーが小便を漏らした!」

「逃げろ! こんな惨めな醜態を晒したくはない!」

 かしらが意識を失ったことで、残りの強盗は急いで店を出て行く。しかも慌てていたようで、客から奪ったサインの入った袋を落として行った。

 一件落着となった俺は周囲を見渡す。

 料理長のヴァンシーは気を失っているし、強盗に突き飛ばされたマルゼンも、一応医者に見せたほうが良いだろう。後片付けのことや気を失っている男を憲兵に突き出す必要もあるし、色々なことを考慮すると、今日は店仕舞いだな。

「くそう! どいつもこいつも役立たずめ!」

 今後のことを考えていると、店内に猪の獣人が入ってきた。こいつ、もしかして。
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