悪役令嬢の兇器はドス黒い鈍器《パイプ椅子》です ~前世は病弱、今世は物理最強。魔法もチートも私には勝てません~

みやもと春九堂@月館望男

文字の大きさ
26 / 295
【第4部】聖教国ラノリア・殴り込み編 ~聖女の「運営」システム、ちゃんこ鍋で破壊しました~

第026話 草しか出ない食堂に激怒! 魔獣肉ステーキを焼く悪役令嬢。

 早朝の地獄のトレーニングを終え、シャワー(水魔法による洗浄)を終えた後。

 わたしとギルベルト、そしてミリアは、学園の食堂「白の回廊」にいた。

 白亜の柱に囲まれた美しいテラス。給仕の生徒が運んできたのは、ラノリア貴族が「洗練された朝食」と呼ぶ代物だった。

 朝露に濡れただけの味気ないハーブと葉物野菜草と葉っぱのサラダ。

 白くてふわふわしているが、噛みごたえもなければ腹にもたまらない虚無パン。

 そして、香りはいいが具材がほとんどなく、汗をかいた体には決定的に塩分の足りない野菜スープお湯

「……喧嘩を売っているのかしら?」

 わたしは目の前の皿を見下ろし、こめかみに青筋を浮かべた。

 極限まで酷使した筋繊維が、修復のための建材を求めて泣き叫んでいる。

 今のわたしの身体が欲しているのは、こんなスカスカの草や空気ではない。もっと濃密で、強靭な「命」だ。

「あ、あの、姐さん……。この国の貴族は、あまり暴飲暴食をせず、魔力効率の良い食事を摂るのが美徳とされていて……」

 ギルベルトが申し訳なさそうに言う。

「お黙りなさい、ギル。これは食事ではありません。ただの『摂取』です」

 わたしはテーブルをコン、と指で叩いた。天板に亀裂が入る。

「『獣の穴』の教え、そしてわたしの信条を言います。――『魔獣より強くなりたければ、魔獣を倒し、魔獣を喰らえ』」

「く、喰らう……?」

「ええ。強い命を体に取り込み、己の血肉へと変換する。それこそが『食事』という聖なる儀式。……こんな、生きているのか死んでいるのかわからないような料理で、最強の肉体が作れると思って!?」

 わたしは立ち上がり、足元の影に手を突っ込んだ。

 取り出すのは、帝国から持ち込んだ魔導コンロと調味料セット。

 そして――狩り修行で仕留め、解体して血抜きし、熟成させておいた「ギガント・ボアの巨大な骨付き腿肉」だ。

 ドズンッ!!

 優雅なテーブルの上に、圧倒的な質量の「肉」が鎮座する。赤身と脂身のバランスが美しい、極上のジビエだ。

 周囲の生徒たちが「ヒッ」「な、何だあれは!?」とざわめく。

「さあ、調理開始クッキングよ!」

 わたしは鉄扇を広げ、肉を豪快に、しかし繊維を傷つけないよう繊細に切り分ける。

 コンロに火をつけ、分厚い鉄板を熱する。

「そのまま焼いてはいけませんレヴィーネ様!!」

 ミリアが横から割って入った。彼女の手には、いつの間にかナイフと、市場で仕入れた香草が握られている。

「このボア肉は筋繊維が太いんです。隠し包丁を入れて、さらにこの現地の香草で臭みを消しつつ風味をつけないと、せっかくのお肉がもったいないです!!」

「あら、わかっているじゃない。任せるわミリア!」

「はいッ!」

 ミリアの手際よい下処理を経て、肉が鉄板に踊る。

 ジュゥゥゥゥゥゥ……ッ!!

 脂の弾ける音。メイラード反応によって生まれる、暴力的なまでに食欲をそそる香ばしい匂い。

 仕上げに、特製スパイスと岩塩を指先で粒子状に擦り潰しながら振りかけ、柑橘を皮ごと握りつぶして一滴残らず果汁を搾りかける。

 ジャァァァッ!!

 爆発的な香気が立ち上る。

 それは、サラダに載せられたハーブの香りがうっすらレベルで漂う質素な食堂を、一瞬にして「戦場ステーキハウス」へと変貌させた。

「う、うわぁ……すごい、すごい匂いだ……」

 ギルベルトが喉を鳴らす。本能が、筋肉が、失われた栄養を求めているのだ。

 周囲の生徒たちも、ハンカチで鼻を覆いながらも、その目は肉に釘付けになっている。

「はい、ギル。あなたの分よ」

 わたしは山盛りのステーキを、ギルベルトの前にドンと置いた。焼き加減はミディアム・レア。噛み締めれば肉汁が溢れ出す、最高の状態だ。

「い、いただきます!」

 ギルベルトが肉にかぶりつく。

 上品なマナーなど忘れて、獣のように喰らう。

「う、うまい……ッ!! 噛めば噛むほど、力が湧いてくるようだ!」

「おいひいれす!! れふぃーねさま!!」

「でしょう? それが『命』の味よ。ミリア、食べるか喋るかどっちかになさい」

 わたしも自らの皿に向き合い、ナイフを入れた。

 口へと運ぶ。

……美味しい。

 野性味あふれる肉の旨味。それを引き立てるスパイシーな果汁ソースと岩塩の塩気。枯渇していた身体の隅々にまで、エネルギーが行き渡る感覚。

「ギル、このボア肉に含まれる良質なタンパク質と、わたしの特製スパイスには筋繊維の修復速度を通常の十倍に高める効果があるわ。鍛えて食べた分だけ強くなるわよ」

「じゅ、十倍!? だから姐さんはそんなに……」

「これが、わたしの求めていた『正解』の食事よ!」

 わたしは恍惚とした表情で、その場で握りつぶしたグレープフルーツジュースを煽った。

 食事とは、身体との対話だ。

 周りからは「なんて野蛮な……」という非難の声が聞こえてくるが、知ったことではない。今、わたしの筋肉は喜んでいる。

「あ、あの……」

 ふと、後ろから声をかけられた。

 振り返ると、青白い顔をした男子生徒が一人、フラフラと立っていた。

「そ、その……いい匂いがして……。ひとかけら、恵んではいただけないでしょうか……?」

 そう、弱々しく哀願される。

 査定するまでもない。魔力切れと極度の栄養失調の傾向が見られた。

「あいつ、あんな野蛮人に物乞いしているぞ?」

「魔力が弱いやつは、ああして誰かに縋るしかないんだろうな!」

「違いない!」

 あからさまな嘲笑と罵倒を、わたしの耳が拾った。

 人が集まる場所ならば、どこにでも差別やいじめはある――彼はこの学園でそうした仕打ちを受けている生徒なのだろう。

 それでも、ここまで酷い健康状態のまま放置されているとは……おそらく、虚無・草・葉っぱ・お湯という「洗練された朝食」すらも満足に与えられていない。そうした嫌がらせをされているのだろう。

 それでも学園に在籍し続けているの、やはり彼の頭を取り巻いている「黒いモヤ」が原因か。

(命に関わりそうな衰弱状態でも、縛りつけられている、ということね……)

 わたしは淑女の笑みを浮かべて、焼けたばかりの肉を一切れフォークに刺して差し出した。

「お食べなさい。これは『施し』ではありません。わたしの食事に興味を持ってくれた方へのお礼です」

 男子生徒が涙をこぼしながら肉を口にする。その瞬間、彼の瞳に生気が宿った。

「う、うまぁぁぁいッ!!」

 見る間に血色がよくなり、魔力切れまで回復したようだ。

 特製スパイスを使った魔獣肉ステーキは、食べ慣れている身からするとそう大したものではないのだが、これじゃ劇薬みたいじゃないのよ。大丈夫かしら。

 目と口から光線でも出さんばかりの彼を見て、わたしはふと思いつきを口にした。

「対価として、食後に屈伸50回。……食べた分は、動いて血肉に変えなさい? よくって?」

「はいッ!!! うぉお!! うまいぃいいいッ!!!」

 その日から、学園の食堂には肉を求めて屈伸をする生徒たちの行列ができた。

 物理筋肉による「教育」が、食と鍛錬の両輪を回し始めた。


 ◆◆◆


 食堂での一幕の効果は劇的だった。

 最初にステーキを食べた彼からは完全に黒いモヤが消え失せた。今も元気に鍛錬に励んでいる。

 同じように、肉を食らい、鍛錬に励む生徒たちからは、洗脳の証である黒いモヤが霧散し、代わりに瞳の中に精悍な光が宿り始めたのだ。

 だが、ここで致命的な問題が発生した。

――このままでは肉が、足りなくなる。

 さすがに食堂をステーキハウスにして占拠し続けるわけにもいかず、今では活動拠点としている旧校舎の裏庭に場所を移したものの、噂を聞きつけた男子生徒たちが日増しに増えている。

 彼ら全員に、毎日ステーキや焼肉を振る舞うには、わたしが「暗闇の間」に蓄えていた肉だけでは限界があった。それに、脂と肉の精気だけでは栄養バランスも偏る。

 夕暮れの裏庭。わたしは腕を組み、沈みゆく太陽を見つめていた。

(……このままでは、兵站が尽きるわね)

 特製スパイスはともかく、魔獣肉には限りがある。

 魔獣狩りにでも行きたいところだが、さすがに他国で自由狩猟というわけにもいかないし、なるべくこの拠点を離れたくない。

 彼らは今、筋肉という名の自我を取り戻しかけているのだ。ここで経過観察を怠れば、また洗脳に飲み込まれてしまうかもしれない。

 劇薬レベルの魔獣肉ステーキとまではいかずとも、魂と筋肉に強く働きかける『食事』が必要なのだ。

 どうすればいい?

 安価で、大量で、栄養満点で、しかも士気を高める食事。

 そんな都合の良いものが、この世にあるのだろうか?

――風が吹いた。

 ふと、前世の記憶が脳裏によみがえった。

 何度も繰り返し観た映像。

 血と汗と涙の染み込んだ道場。湯気の向こうに見える、屈強な男たちの笑顔。

 大事なことは、いつだってプロレスが教えてくれたじゃないか。

 そうだ。

 大人数でも一度に食べられて。

 肉も野菜もたっぷり摂れて。

 一つの鍋を囲むことで、チームの結束力まで高められる魔法の料理。

 頭の中に、どこか懐かしい、軽やかなBGMが流れた気がした。

(――そうだ、ちゃんこ、作ろう)
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢の心変わり

ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。 7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。 そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス! カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!

婚約破棄されたので竜を100匹飼いましたが、気付けば領地が最強になっていました

霧原いと
ファンタジー
婚約破棄されたので、竜を100匹飼いました。 ええ、本当にそのままの意味です。 王太子エドガーに婚約破棄された公爵令嬢シルビアは、昔からの夢だった竜を飼う生活を始めることにした。 闇市で手に入れたのは――竜の卵百個。 普通なら一匹生まれるかどうかと言われる竜の卵だったが、なぜか全部孵化。 気付けば裏山は竜だらけになってしまう。 しかし竜たちは働き者だった。 地竜は畑を耕し、 風竜は荷物を運び、 火竜は鍛冶屋の炉を助け、 水竜は土地を潤す。 さらに竜の素材を売った結果、領地の収入は爆増。 荒れていた領地は瞬く間に発展し―― 気付けば領地は王国屈指の最強領になっていた。 そんなある日、王都に魔物の大群が現れて……? 婚約破棄から始まる、竜100匹との領地発展コメディ。 ※この作品は別サイトにも投稿させて頂きます

無能令嬢の婚約破棄から始まる悠々自適で爽快なざまぁライフ

タマ マコト
ファンタジー
王太子妃内定を発表するはずの舞踏会で、リリアナは無能の烙印を押され、婚約を一方的に破棄される。幼少期の事故で封じられていた強大な魔力と、その恐怖を抱えたまま、彼女は反論すらできず王都から追放される。だがその裏では、宰相派による政治的策略と、彼女の力を利用し隠してきた王家と貴族の思惑が渦巻いていた。すべてを失った夜、リリアナは初めて「役目ではなく自分の意思で生きる」選択を迫られ、死地と呼ばれる北辺境へと旅立つ。

爆美女悪役令嬢は処刑されたので、2度目の人生は幼なじみの伯爵令息と幸せになります

morisaki
恋愛
侯爵令嬢カテリーナは、一度処刑された。 美貌と地位を持ちながらも、 人を条件で選び、権力の中で消耗し、 最期にはすべてを失った。 そんな彼女を、最期まで信じていたのは 幼なじみの伯爵令息マッティアだけだった。 処刑台の上で、カテリーナは気づく。 自分が本当に欲しかったのは、 地位でも権力でもなく―― ずっと隣にいた彼だったのだと。 そして人生は、もう一度やり直される。 今世のカテリーナは迷わない。 最初から幼なじみを選び、彼と幸せになると決めた。 しかし当のマッティアは自己評価が低すぎて、 「君にはもっと良い人がいる」と本気で思っている。 それでも彼は、誰よりも彼女を守り、気づかないまま溺愛してくる。 これは、一度は全部間違えた爆美女悪役令嬢が、 やり直した世界では幼なじみと幸せをつかむ物語。

残念エルフ姫ってなんですか?! そんなの聞いてませんけど……【神世界転生譚】ユウナと不思議な世界

Resetter
ファンタジー
私、ユウナ。享年13歳。 目が覚めたら、なんだか不思議な世界にいて…… エルフのお姫様になってたみたいです! でも…… なんだか私、魔法も異能も寿命も残念すぎみたいで、生まれて3日で廃嫡されて、強制的にお引越し! でもね、新しい身体は、動ける身体みたいだったんだ! だから、ほのぼの暮らしながら、歩いたり走ったり、お仕事したり!色々やってみようかなって思ってる! と、思ってたんですけど?! なんで私追われちゃってるの〜?! 私の平和はどこいくの〜?! 神様たちが創った、たくさんの"星"が浮かんでる、すっごく巨大な惑星ネイドス。 その中にある、エルフ達の暮らす星[アルヴヘイム]は、なんだか平和そうなんだけれど……? これは、あの"希望の樹"が枯れた日に始まった、私【ユウナ】の……"希望"を見つける物語。

女神に頼まれましたけど

実川えむ
ファンタジー
雷が光る中、催される、卒業パーティー。 その主役の一人である王太子が、肩までのストレートの金髪をかきあげながら、鼻を鳴らして見下ろす。 「リザベーテ、私、オーガスタス・グリフィン・ロウセルは、貴様との婚約を破棄すっ……!?」 ドンガラガッシャーン! 「ひぃぃっ!?」 情けない叫びとともに、婚約破棄劇場は始まった。 ※王道の『婚約破棄』モノが書きたかった…… ※ざまぁ要素は後日談にする予定……

コスパを意識する時代ですので ~魔力が少ない欠陥品とバカにされた私、魔力効率を極めたコスパ最強魔法で常識を破壊してみた~

真嶋青
ファンタジー
「魔力量で負けるならコスパで勝てばいいじゃない」  アリス・テレジアは、誰よりも魔法の勉学に励み、幼少期から魔法の才能を発揮する。  そのまま順調に優秀な魔法使いとして成長していくと思われたアリスだったが、彼女の体質の問題で〈欠陥品〉の烙印を押されることとなる――。  アリスは周囲より圧倒的に魔力が少ないことが判明してしまったのだ。  かつての天才は、今や周囲から無能と蔑まれる存在となってしまった。  だが、アリスは考える。魔力量が少ないなら、少ない魔力を極限まで効率よく使えばいい、と。

令嬢戦記~断罪された侯爵令嬢、妖精戦闘機で天翔けて逆転する~

奏楽雅
ファンタジー
私は婚約者の王子に断罪され婚約破棄、領地没収、国外追放を言い渡される。 私の故郷を奪うため、王子の命令で飛び立つキ43一式戦闘機「隼」の大編隊。 失意の私に話しかけてくれたのは、キ44-III二式戦闘機「鍾馗」に宿った妖精「ティテ」。 全てを奪われた失意の中、「ティテ」に飛ぶことを請われて空へと舞い上がる。 私を追放した王子と、私の代わりに婚約者となった子爵令嬢は、世界を戦火に巻き込もうとする。 私は、自由と失った全てを取り戻すために戦いへと身を投じていく。 断罪された侯爵令嬢の、妖精と共に紡ぐ逆転の戦記。 本作品は「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています。