悪役令嬢の兇器はドス黒い鈍器《パイプ椅子》です ~前世は病弱、今世は物理最強。魔法もチートも私には勝てません~

みやもと春九堂@月館望男

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【第15部】大陸横断大工事編 ~神の雷を買い取り、断絶の壁をブチ抜いて、最愛(既読スルー男)に右ストレートを叩き込みますわ~

第170話 泥とキスの再会

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 轟音が止み、舞い上がった土煙が、朝の風に流されていく。
 『神代の岩盤』と呼ばれた絶対の壁は、もうそこにはない。
 あるのは、東から西へと貫通した、巨大な風穴だけだ。

 その穴の向こうから、眩しい朝日と共に、ひとつの集団が歩いてくるのが見えた。
 泥にまみれ、髭を伸ばし、服などボロ布同然になった男たち。
 『帝国道路公団・第一開拓旅団』。
 東の魔境を制覇した、最強の土木戦士たちだ。

「……姉上ぇぇぇッ!!!」

 先頭を切って飛び出してきたのは、泥だらけの少年――ソレンだった。
 彼はわたしの姿を見つけるなり、地面を蹴って弾丸のように飛んできた。

「ソレン!」

 わたしが両手を広げると、ドスゥン! という重い衝撃と共に、彼はわたしの胸に飛び込んできた。
 以前なら抱きとめるのも容易だったけれど、今は少しよろめくほどの重さと、硬い筋肉の感触がある。

「会いたかった……! ずっと、ずっと会いたかった……!」

 ソレンはわたしの胸に顔を埋め、泥で汚れるのも構わずにしがみついてきた。
 その体は小刻みに震えている。
 わたしは、土埃と汗の匂いがする弟の背中に腕を回し、ふう、と小さく息を吐いた。

「……まったく」

 わたしは、泥だらけになった彼の頭を、優しく撫でた。

「まだ生まれたばかりのあなたに『家と領地を守りなさい』と言ったというのに、こんなところで泥まみれになって……」

 かつて揺り籠の中で、何も知らずにあくびをしていた赤ん坊。
 その子に一方的な契約願いを押し付けたのはわたしだ。
 それなのに、その契約を放り出してまで、こんな危険な最前線まで来てしまうなんて。

「……仕方のない子」

 呆れたような、けれど愛おしさが溢れる言葉が漏れた。
 叱る気になど、なれるはずがない。
 この無鉄砲さも、行動力も、間違いなくわたしの弟なのだから。

 わたしは体を離し、真っ直ぐに彼の目を見つめた。
 そこにあるのは、もう守られるだけの弱々しい光ではない。

「でも、強く、大きく育ったのね、ソレン」

 わたしの言葉に、ソレンの瞳からボロボロと大粒の涙が溢れた。

「はいっ……! 姉上に、追いつきたくて……!」

「ええ。合格ですわ。……私の自慢の弟」

 わたしが微笑むと、ソレンは破顔し、何度も袖で顔を擦った。
 そして、ソレンの後ろから、一人の男がゆっくりと歩み出てきた。

 かつての、白磁のような肌をした美貌の皇子の面影はない。
 肌は日に焼け、無精髭が生え、髪は乱雑に縛られている。
 着ているのは作業着。手には使い込まれたツルハシ。
 そして腰には、帝国の至宝であり彼の魂の形である二振りの命具『焔創剣』と『氷壊槍』が無造作に提げられている。
 けれど、その立ち姿は、どんな煌びやかな正装の時よりも王者の風格を漂わせ、そして何より――野性的で、どうしようもなく魅力的だった。

 アレクセイ・ガルディア。
 わたしが、3年間待ち続けた男。

「…………」
「…………」

 互いに歩み寄り、数メートルの距離で立ち止まる。
 アレクセイは、眩しそうにわたしを見つめた。
 まるで、世界で一番高価な宝石を見るような、熱っぽい瞳で。

「……待たせたね」

 その第一声は、掠れていて、けれど温かかった。

「美しくなった。……3年前の通信越しよりも、ずっと」

「当たり前ですわ。誰の女だと思っているのです?」

 わたしが憎まれ口を叩くと、彼は相好を崩した。
 そして、わたしの前に膝をつく。
 泥だらけの地面など気にせず、彼は懐から小さな革袋を取り出した。

「約束通り、身一つで来たよ。……皇族の地位も、名誉も捨ててきた。今の私にあるのは、この身体と、君の国まで繋げた『道』だけだ」

 彼は革袋を開け、中から一つの指輪を取り出した。
 東の樹海で見つけたという、珍しい金属を削り出して作った、無骨でシンプルな指輪。
 けれど、それはどんな宝石よりも輝いて見えた。

「レヴィーネ・ヴィータヴェン。……私と、結婚してくれ」

 世界が静まり返る。
 直球のプロポーズ。
 わたしは、扇子で口元を隠すのも忘れ、その指輪を見つめた。
 嬉しい。
 心臓が破裂しそうなくらい、嬉しい。
 今すぐ「イエス」と言って、彼に抱きつきたい。

 ――ですが。
 それはそれ。これはこれ、ですわ。

「……アレクセイ」

 わたしは静かに、彼の手から指輪を受け取った。
 そして、それを自分の左手の薬指に嵌める。
 サイズはぴったりだ。

「……受けて、くれるのか?」

 アレクセイが、安堵と歓喜の表情で立ち上がろうとした。
 その瞬間。

「ええ、謹んでお受けしますわ。……ですがッ!!」

 わたしは右手を握りしめ、拳を作った。
 魔力充填。身体強化。だめだ、にやけてしまって魔力も力も流れていってしまう。
 照れ隠し? いいえ、教育的指導です!

「3年間の音信不通! その分の利息は、高くつきますわよぉぉぉッッ!!!」

 ドガッッッ!!!!!

 わたしの右ストレートが、アレクセイの頬に綺麗に突き刺さった。
 手加減するつもりはなかったのに、これでは竜も殺せない『悪役令嬢パンチ』だ。

「ぶふっ!?」

 アレクセイが吹き飛ばされ、数メートル後方へ転がる。
 東側の男たちが「ひぇぇっ!?」と悲鳴を上げ、西側のミリアとアリスが「やったー!」と喝采を上げる。

「痛っ……」

 アレクセイは頬をさすりながら、起き上がった。
 口の端が切れている。
 けれど、彼は怒るどころか、今までで一番嬉しそうに笑った。

「……ははっ。効くなぁ。……やっぱり君は、最高だ」

「当たり前ですわ! ……もう二度と、わたくしを待たせないとお誓いなさい!」

「ああ、誓うよ。これからはずっと、君の隣にいる」

 彼は立ち上がり、両手を広げた。
 わたしは、今度こそ我慢できずに地面を蹴った。
 彼の胸に飛び込む。
 汗臭い。泥臭い。鉄の匂いがする。
 でも、それがたまらなく愛おしい。

「……おかえりなさい、馬鹿な人」

「ただいま。……愛しているよ、レヴィーネ」

 彼はわたしを力強く抱きしめ、そして顔を近づけてきた。
 わたしは目を閉じる。
 泥だらけのキス。
 それは、どんな甘いお菓子よりも濃厚で、わたしたちの造った『道』の味がした。

「「「ヒューーーーッッ!!!」」」
「「「おめでとうございまぁぁぁすッッ!!!」」」

 わあっと歓声が沸き起こる。
 ヒデヨシが号泣し、ソレンが「義兄上、顔がだらしないです!」と野次を飛ばし、アリスが魔法で花吹雪を舞わせる。
 誰も彼もが笑っている。

 わたしたちは唇を離し、互いの泥だらけの顔を見て吹き出した。

「酷い顔ですわよ、あなた」
「君こそ。……世界一美しい皇帝陛下が台無しだ」

 アレクセイはわたしの頬についた泥を親指で拭い、わたしの腰を抱き寄せたまま、集まった数万の民衆に向かって宣言した。

「見よ! 道は繋がった! 今日この瞬間、東と西は一つになったのだ!」

 オオオオオオオッッ!!!
 地鳴りのような咆哮が、大陸中に響き渡る。
 それは、新しい時代の幕開けを告げる産声だった。

 わたしは彼に寄り添いながら、東の空を見上げた。
 雲一つない青空。
 そこにはもう、わたしたちを隔てる壁は何もない。

「さあ、アレクセイ。……お仕事は終わりですわ。次は祝賀会パーティーですわよ!」

「ああ。……腹が減ったな。西の飯は美味いんだろう?」

「ええ、とびきりのをご馳走しますわ。……覚悟なさい!」

 こうして。
 長く苦しい、けれど最高に楽しかった「大陸横断計画」は、一組のカップルの成立と共に、大団円を迎えたのである。
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