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第10章

【アレクの涙】

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…人間界の者よ。少し俺の話を聞いていかないか?

エイミーはアレクの言葉を聞き、少し考えてから頷いた。

「ええ、聞いていくわ」

「おいエイミー、さっき時間が無いとどれだけ…」

ジャックがそれを止めようとすると、ドクロが口を挟んだ。

「大丈夫。まだ時間はある。
それにアレクが人間界の者にこれだけ口を利くってことは、きっと大事な話なんだ。少しだけ聞いていこう」

フレディはさっきからアレクの姿を怖がり、震えながらエイミーの足にしがみついている。
イヴは静かにアレクの方を見ていた。

「話を聞かせてちょうだい」

エイミーはアレクに微笑んで言った。
アレクは相変わらず笑う事無く、ゆっくりと話し始めた。

「…俺は人間界に住んでいた間、人間界の者達にとても恐れられていた。
それもその筈だろう。
俺達の見てくれは人間界の者とは大きく異なる。
その中でも俺には、この鋭い大きな牙があるからな。
確かにその当時は、普通のドラキュラのように生き血を吸って生きていた。
ただ、悪意の無い者の血は頂かなかった。
俺は何度も狩に遭って死にかけた。
味方などいなかった。
きっと俺は、人間界の者の目には無差別に生き血を吸う殺人鬼のように映っていたんだろう」

アレクはそこまで話すと一つ、低く大きな溜め息を吐いた。
外ではまだ雨が降り続いている。
今にもまた落ちそうな雷の音があちらこちらから聞こえてくる。
エイミーは真剣な表情でアレクの言葉に耳を傾けていた。
ドクロも珍しく、落ち着いた表情でアレクの方を見ていた。
ジャックは早く済ませろと言いたげな表情で時々エイミーを横目に見ながら、一定の場所をはたはたと飛んでいる。
エイミーには一つ、疑問に思うことがあった。
アレクはそんな目に遭うことを想定していたのだろうか?
その筈は無いだろう。
何故、人間界に住もうと思ったのだろう?

エイミーの疑問を見透かすかのようにアレクが再び口を開いた。

「何故、俺が人間界に住んでいたのかって?
…俺の場合ただ単に、興味があったんだ。
人間界に。人間界の者に。
俺達は人間界の者とは違い、自由にこの世界から人間界へ出入りが可能だ。
当時はこのハロウィン界の掟にも少し疑問があった。
人間界の者達と分かり合えると少しの期待もあった。
…だが俺の考えが甘すぎた。
人間界に行ってみてその掟にも納得がいったよ。
俺が馬鹿だった…」

遠くの方で雷が落ちた。
さっきよりは弱い雷だった。
再びその雷の光で、少しだけアレクの姿が映し出された。
アレクは泣いていた。
一筋の涙が頬を伝っているのが見えた。
当時のことを鮮明に思い出しているのだろう。
ジャックとイヴとドクロは静かに窓の外を眺めていた。
単純なフレディは相変わらずエイミーの後ろに隠れながらも、貰い涙を流しているようだ。
エイミーは黙ってアレクを見つめていた。
かける言葉が見つからなかった。

アレクは続けた。

「逃げ回った末結局ハロウィン界に帰省したが、俺には家族すらいない。
しばらくこの森の館に閉じこもっていた。
孤独な日々が続いた。
そんな時森に迷ったらしい1人の来客が訪れた。
それがドクロだった。
ドクロも俺と同じように気味の悪い恐ろしい見てくれをしている故に、敵視されることや不快がられ嫌われることも多いそうだ。
だがドクロは悲観的にならずにいつも楽しそうに笑っていた。
出会った日も陽気に沢山話をしてくれた。
その日から俺とドクロは親友になったんだ」

ドクロはそれを聞くと、さっきまで真剣だったのが嘘のように、いつものように大きな口を開けてカカカカカッと笑った。

「アレク、私も君には感謝しているよ。
なんせ、君は私の唯一の親友なんだから」

それを聞くと、アレクは低い声で笑った。
暗闇の中でも、エイミーにはアレクの笑顔が想像出来た。

エイミーは笑いながらアレクに礼を言った。

「アレク、沢山話してくれてとても嬉しかったわ。ありがとう。
それと、笑顔の方がいいわよ」

アレクはエイミーに答えた。

「…君は、他の人間界の者とは少し違うようだな」

その口調は、さっきよりも少しだけ柔らかな口調に聞こえた。
それからアレクは真剣な声になってエイミーに言った。

「君がまたこの世界に迷い込んだということは、俺にはなにかまた重大なことが起こるような気がするんだ。
なんだか胸騒ぎがする。
なにが起こるかは分からない。
反対に、なにも起こらないのかもしれない。
だがこの嫌な予感がなにかを予知しているような気がするんだ…。
話が長くなってすまない。
先に進め。俺はここに残る」

エイミーはそれを聞くと、わけもわからず頷いた。

「話が読めないのだけれど…なんだか急いだ方がよさそうね。
さあ、ジャック、フレディ、イヴ、ドクロ、行きましょう」

「また近い間に遊びに行くよ」

ドクロはアレクに陽気に笑いながら手を振ると、隠し扉を右手で押した。
扉が開ききると、ジャックは待ちくたびれたとでも言いたげに扉の向こうに出て行った。
続いてフレディとイヴ、そしてドクロも扉の向こうに出た。

「エイミー」

エイミーが彼らの後ろに続いて扉から出ようとすると、アレクがエイミーを再び呼び止めた。
アレクがエイミーの名前を呼んだのは、これが初めてだった。

エイミーはアレクを振り返った。

アレクはエイミーに言った。

「…ありがとう。幸運を祈る」

エイミーは笑顔で頷いた。
そしてアレクに一礼すると、扉の向こうに出た。
そしてゆっくりと扉を閉めた。

ギイィ…バタン

扉が閉まると、アレクはまた1人きりになった。

ゴーーン……ゴーーン……

その時、2度目の鐘が鳴った。

激しい雨は、いつの間にか止んでいた。

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