防火管理者、異世界でほのぼの火の用心ライフを送る

ずいずい瑞祥

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はじめての共同作業~消火栓~

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 二人以上でないと操作できない一号消火栓。避難せずに僕のところへ来てくれたターシャさんの存在は、まさに僥倖だった。

 僕は頭の中で消火栓の使い方をおさらいし、彼女に言った。
「これは消火栓っていう、火を消すための水が出てくる装置なんだ。今から僕の言う通りにしてくれるかい?」
 ターシャさんが真剣な顔でうなずく。
 
 僕は消火栓の扉を開けた。まずは起動ボタンだ。これを押さずに消火栓を使おうとして水が出ず、消火に失敗して大火災になった例は結構多い。僕は扉内部の赤いボタンを押し、ポンプを起動させた。(ちなみに非常ベルと起動ボタンが一体の消火栓もある)
「起動ボタンよし!」

 次に、フックからノズルを取り、続いて折りたたまれているホースを絡まないよう気をつけてフックから外し、ノズルと一緒に脇に抱える。このとき必ずノズルが下でホースが上になるように持つ。こうすると、進むたびに上からホースが順序よく落ちて、きれいに伸びるのだ。

「ターシャさん。まずは僕が進んでいる間、ホースの根元を腰に回して、ホースのゆとりを確保してくれるかな」
 ターシャさんが消火栓側のホースを背中に回して腰にあて、両手でホースを持った。
「水が詰まらないように、こうやってホースにゆとりをもたせるってことですね。わかりました!」
「次に、僕が『放水開始』って言って手を上げたら、ホースを腰から離して、このバルブを反時計回り……こっち方向に回してほしいんだ」
 消火栓の右上にあるバルブを、僕は指差した。
「はい、任せて下さい!」

 ターシャさんに消火栓操作を任せ、僕は煙をよけて中腰の姿勢で火元へと近づいていった。ホースがパタンパタンと落ちていく。部屋の入り口で立ち止まり、ホースを整える。その間にも炎の熱がこちらに向かってくる。
 僕はターシャさんに向かって手を上げ、大声で言った。

「放水開始!」

 ターシャさんがバルブを回しにかかる。
 僕は両手で持ったノズルを腰で支えて火元へ向け、足を前後に大きく開いて踏ん張り前傾姿勢になった。水圧が強いから、正しい放水姿勢をとらないと飛ばされる恐れもあるのだ。
 部屋の真ん中に置かれた箱のような物が発火源らしいが、すでに火はベッドや壁に燃え移っている。熱と煙が容赦なく襲いかかってくる。ランチョンマットで鼻口を覆っているからかろうじて呼吸はできるけど、目が痛くて開けていられない。
(落ち着け、消火器と違って消火栓なら、この程度の火事は消せる!)

 ノズルから勢いよく水が出た。水圧でホースが暴れそうになるのをしっかりと押さえて、火の根元を潰すように水をかける。思った以上に水圧が強くて、ノズルの狙いを定めるのが難しい。

「ユウ様!」
 ターシャさんが駆けつけて、僕の後ろでホースを持ってくれる。理想的な放水補助の体勢だ。
 炎の揺らめきは激しく予測不能で、人間には理解できない恐ろしい生き物みたいに感じる。僕一人だったら、怖くて逃げ出していただろう。けれども、僕の後ろにはターシャさんがいる。彼女を守るためにも、絶対に消火しなくては!

 やがて、顔が痛いくらいに熱を放っていた炎が小さくなり、ようやく消えた。
「……消火、よし」
 僕は思わず、安堵の大きなため息をつく。そして、そのまま座り込んでしまいたい気持ちを抑えて、後ろを振り向いた。

「ターシャさん、バルブを閉めてきてくれるかな」
 このままでは水濡れで下の階まで被害を受けてしまう。僕が言うと、ターシャさんはすばやく消火栓まで戻り、バルブを閉めてくれた。
 あとは、破壊消火が始まる前に、鎮火したことを伝えなくては。
 僕はホースを床に置いて部屋を出ると、階段を駆け下りた。

「鎮火! 火事は消えました! もう大丈夫です!」
 大声で叫びながら一階へ降りて人を探す。ちょうど宿屋の玄関で、泣きながらドアを破壊している宿屋のご主人に出くわした。
「待って待って! 火は消えたから壊さないで!」
 すでにドアは蝶番から外れ、無残に割れていた。上着を脱いで大きなハンマーを振るっていたご主人が、ぽかんとした表情になる。顔以外めっちゃ筋肉あるな、この人。マッチョ店長の兄もやっぱりマッチョなのか。

「……消えた? 絶対もう無理って思ってたのに」
 ご主人の後ろから、走ってきて今到着したらしいマッチョ店長が顔を出した。
「さすがはボウカカンリシャだな、ユウさん! またブワーッと出てサーッと消えるやつを使ったのかい?」
「いえ、今回は消火器じゃなくて消火栓――水だったので、下の階まで水漏れしちゃうと思います、すみません」
 木造だから、結構な被害になるかもしれない。僕が頭を下げると、マッチョ兄弟が左右から背中をバンバンとたたいてきた。
「何謝ってるんだよ、ユウさん。あんたのお陰で全焼を免れたんだ。感謝してもしきれないくらいだぜ!」
「わしの店に続いて兄貴の宿まで。ユウさんは村の英雄だ!」
 いや、防火管理者って誰でも取れるし、全然大した資格じゃないんだけど。

 マッチョ兄弟が、到着した火消し隊(江戸の町火消しみたいに周りを破壊して延焼を防ぐ人たち)に鎮火したから周りの建物を壊さないよう伝えたり、さっそくやって来た職人さんに修繕の見積もりをしてもらっている中、僕はターシャさんのところへ急いだ。

 彼女は消火栓の前でへたりこんでいた。長い銀髪が、煤で黒く汚れている。
「ターシャさん」
 僕が声をかけて近寄ると、堰を切ったように彼女はぼろぼろと泣き出した。
 彼女はこの間、逃げ場のない厨房で火事になって怖い思いをしたばかりなのだ。炎に対してトラウマもあっただろうに、僕を助けるために……僕なんかのために。本当の英雄は、僕じゃなくてターシャさんだ。

「ごめんね、怖かったね。ターシャさんのお陰で火が消えたんだよ。……ありがとう」
 僕はターシャさんが泣き止むまでずっと、「ありがとう」と言い続けた。
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