編集プロダクション・ファルスの事件記事~ハーレム占い師のインチキを暴け!~

ずいずい瑞祥

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終幕

第40話 未来への一歩

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 机の上の携帯電話が振動した。
 織田が確認すると、受信ボックスに陶子からのメールが表示された。

 ──咲耶さくやさん、いつもメールをありがとう。返信してなくて、ごめんなさい。いろいろと気持ちを整理するために、お遍路に出ることにしました。装束や遍路用品もそろえ、明日、一番霊場の霊山寺へ出発します。一ヶ月ほど、じっくり歩いて巡拝しようと思います。咲耶さんも、お仕事無理しないでね。

 陶子が前を向いて歩きだそうとしている、そのことが嬉しかった。
「陶子さん、お遍路に行くそうですよ」
 そう言うと、坂口も嬉しそうな顔をした。

「それはいい。寺に参るのも、余計なことを考える暇もないくらい歩くのも、同じように家族を亡くした人たちと知り合うのも、立ち直る手助けになる。……俺らも、結果的に彼女を騙しちまったから、気になってたんだ」
 陶子の夫・正泰の声を、あたかも彼の霊が来ているように装って流したことだ。

「そういえば社長、あのあと『彼は本当にいた』って言ってましたよね。……あれは、方便ですか? それとも」
 坂口が、意味ありげな笑みを浮かべる。
「世の中にはな、知らない方がいい世界もあるんだ」
「まさか、本当に?」

 半ばおどけて言うと、坂口が軽口をたたいた。
「俺も、天野みたいに霊能者やろうかな。んで、信者をいっぱい集めて、原稿書かせて、会社を大きくする」
「人集めるより、霊を降ろして自動筆記で書かせた方が、早いんじゃないですか?」

 こんな冗談が言えるのも、自然庵の一件から立ち直ってきた証拠だ。「幽霊社員だと人件費が要らねえな」「ボロ儲けですね」などと社長と笑いあっていると、津島が帰ってきた。坂口の横に立ち、冷ややかな目で見下ろす。

「会社を背負って立つ社長ともあろう者が、何を非現実的な話をしているのですか」
「あ、お前、またそういうことを言う。現代だって、会社の敷地内にお稲荷様を勧請して祀ったり、大きな取引のときは占い師に観てもらったりする代表者は多いんだぞ。病院や研究機関ですら、新しい機械を入れるときはお祓いするし」

「それは単なる、心理的保険です。理性的に生きていれば、オカルト的なものは必要ないはずです」
「神仏とオカルトを一緒にすんな、こら」

「ストーップ!」
 ヒートアップする坂口と津島の間に、織田は思わず割って入った。

「自分とは違う主義主張をも尊重するのが本当の大人! みんな違ってみんないい! ですよね?」
 二人の顔を見比べると、坂口がまたしてもニヤリとした。

「オダサク君に百点! 心配せんでも、俺らはそこは越えてるさ。なあ、小生」
「大事なのは、とことんまでわかり合おうとすることではなく、どうしてもわかり合えない部分を把握し、お互いを傷つけない距離を学ぶことです」

 涼しげな顔で、津島が答える。二人して通じ合っているような雰囲気に、織田は気恥ずかしさと軽い嫉妬を覚えた。
「もう……だったら喧嘩しないでくださいよ」

「してないって。喧嘩してるのは、お前らだろ」

 何気ない坂口の言葉に、場が凍りつく。
 あの祭の夜、織田が津島の頬をぶって以来、二人の間に気まずい空気が流れ続けているのだ。

「喧嘩なんて、大人気おとなげねえよなぁ。……あ、俺、メシ行ってくるわ」

 絶句したままの織田と津島を残して、坂口が去っていく。
 制作部の二人はイヤホンで聞こえていなかったらしく、乱れなく整然としたキーボードやマウスの音が小さく鳴り続けている。

「えっと、その、……あのときは、すみませんでした」
 織田は津島の正面に立ち、頭を下げた。
「謝罪なら、あの日さんざん聞きましたよ。それに、謝るのはこちらです。ぶたれて当然のことをしましたから」

 閉鎖空間で追い詰められた織田が、自己欺瞞的に天野を好きになってしまうのを防ぐため、津島はあの手紙を書いて、気持ちを自分に向けさせたのだ。助けてくれようとした津島を、責めることなどできない。

「そんなことないです。私、あの手紙に助けられました。自分自身すら信じられなくて、足場がないみたいに不安で。そんな中、津島さんの手紙が拠りどころでした」

 声がわずかに震える。津島とギクシャクしたままなのは、怒っているからではない。好きになりかけた気持ちが、行き場をなくしたからだ。

 今までのように「小生さん」というあだ名ではなく「津島さん」と呼んでしまっていることからも、こちらの心の揺れは悟られている気がする。

「そう言ってもらえると嬉しいです。小生も、いい加減な気持ちであれを書いたわけではありませんから」
 津島が、自分の席に戻る。椅子に腰かけ、カバンから資料を取り出して机に置く。

「そうだ」
 一枚のチラシを手に持って、津島がこちらを向いた。

「織田さん、今度の日曜日、これに行きませんか?」

 渡されたチラシには、「納涼古書まつり」と書かれていた。そういえば、津島の趣味は古書収集だった。

「前から欲しかった豆本が出るそうです。見たことありますか? こんな小さな本で」
 両手の親指と人差し指で四角形を作り、津島が熱弁する。真意を図りかねて黙っていると、彼は言葉を切った。

「失礼しました。先に、貴女の意向を訊くべきでしたね」
 立ったままの織田を、津島が見上げて目で問いかける。
「えっと……何かの取材ですか? 日曜なら空いてますけど」

 津島が首を横に振る。
「仕事ではありません。プライベートです」

 今ひとつ理解できずにいると、津島が言葉を探すように視線を泳がせ、再び織田を見つめた。

「つまり、個人的に誘いたい、と言っているのです」

 へ? と間抜けな声に続いて、「どうしてですか」と余計な台詞が口をつく。

「小生は、弱っている貴女につけこみたくないから、あのとき、いったん暗示を解きました。心理操作で気を惹くのはフェアではありません。しかし、そのせいで貴女を傷つけてしまった。小生のやり方は間違っていました。だから、もう一度やり直したいのです」

 目の前の津島を、織田は戸惑いながら見つめた。
「小生のことを上司としてしか見られないなら、仕方がありません。こちらも大人ですから、以後はそのように振る舞います。貴女に不利益になるようなことは一切しません。しかしできれば、一度仕事以外で会う機会をいただきたい。それから判断しても遅くはないかと」

 あの手紙に心動かされたのは事実だ。織田が迷っていると、津島がさらに続けた。
「もちろん、映画でも、美術館でも、貴女の行きたいところでいいのですよ。……どうでしょうか」

 常に冷静沈着な津島がかすかに声をうわずらせて訊ねてくるのが意外で、織田は笑みを浮かべた。

「じゃあ、古書まつりにご一緒します」

 安堵したように、津島が表情を崩して微笑む。
 彼の笑顔に胸がうずいたのはどういう感情なのか、織田はまだ自分の中で言語化していない。けれども、日曜日が楽しみなのは確かだ。

 日曜日がいい日になればいいな。いや、いい日にしてみせる。

 織田は古書まつりのチラシを、津島からの手紙とともに大事に仕舞った。


 了
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