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2051年4月26日(水) 前奏
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日付が変わって間もない未明。
入浴を終え、寝巻き姿で廊下を歩いていた美久は、龙成の声を耳にする。
龙成の部屋の扉が半開きになっていることに気付き、閉めてあげようとドアノブに手をかける美久——穏やかではない空気に、思わず聞き耳を立てる。電話をしているようだ。
龙成「⋯⋯うん、ついにストックルームにアクセスできてさ。明日の20時に渋谷のララサウンド。VAMPとストッカーが集まるって」
任務の相談をしているようだ。ララサウンドは全国チェーンのカラオケ店だ。
美久は龙成と仲良くなったばかりの頃を思い出す。よく渋谷のララサウンドで暇を潰していた。龙成はデスメタルしか歌わない。
龙成「⋯⋯そうだね。咲鬼と永月は確実にいるっぽいから、俺ら4人で慎重にいくのが丸いかも」
口ぶりからして、相手はおそらく綜舞だろう。どうやらVAMPを襲撃するつもりらしい。
永月と聞き、複雑な心境になる美久。何かで覆い隠されたような、暗い瞳が脳裏に焼き付いている。
龙成「うん、じゃあ明日。俺は美久ちゃん送ってから行くから」
通話が終わる気配がして、美久は静かに扉から離れた。音を立てないよう、細心の注意を払いながら自室へと向かう。
あれから美久は週2回程度、龙成に同行してシルクロに通い、射撃練習を続けていた。
綜舞の熱心な指導のおかげもあり、今やLYCANの平均以上のスコアを叩き出せるようになっていた。俺と龙成の次にすごいと、綜舞のお墨付きだ。
美久は自室に戻るなり、勢いよくベッドへとダイブする。黒猫のクッションが反動で跳ね上がった。
美久「ストッカー⋯⋯?」
胸騒ぎがしていた。綜舞が身に付けている、沢山のウルフタグ。LYCANでいる限り、常に死と隣り合わせだ。
ついさっきまで目の前にいた人が、明日にはいなくなっているかもしれない。美久はみなの無事を願いながら、静かに目を閉じた。
龙成「じゃ、俺行くね」
翌日。いつものように銀架園まで送ってもらった美久。
渋谷に戻る龙成を門の前で見送る。満月が夜空を明るく照らしている。
美久「あっ龙成!」
龙成「ん?」
数メートル進んだ先で龙成が立ち止まる。呼び止めたはいいものの、言葉を詰まらせる美久。
美久「⋯⋯今日帰ったら、一緒にラーメン食べない?」
意外な提案に、目を瞬かせる龙成。美久の表情は真剣そのものだ。
龙成「えっ美久ちゃんもついに目覚めちゃった感じ?」
美久「全然違うけど」
龙成「違うんかい」
美久「えっと、スイーツラーメンってのを考案してて⋯⋯」
慌ててそう付け足す美久。完全に思い付きだった。
龙成「してて笑?」
美久「チョコ味噌ラーメン」
龙成「っ俺は大丈夫かな」
龙成は苦笑いを浮かべ、後ずさりする。
美久「いやでもオレンジピール入りだから!」
龙成「ごめん、だから何でしかない笑」
美久「わかったわかった、ミントも添えてあげる」
龙成「いや俺がわがまま言ってるみたいなってる笑? もうトッピングでどうにかできるレベルじゃないから。というか逆効果でしょ」
美久「じゃあいいよ、カレー追加するから」
龙成「なんでだよ笑。もしかして茶色くてドロドロしてれば合うと思ってる笑?」
美久「で、食べるの? 食べないの?」
もはや苛立ち始めた美久に気圧され、答えに窮する龙成。
龙成「えー⋯⋯ひと口だけなら」
美久「だよね、はぁ」
龙成「いやそのどうせ食べるくせに感」
美久「じゃ、今日は早めに帰ってきてね。楽しみにしてて」
龙成「あ、うん。楽しみにはできないけど笑。じゃあ」
美久「お腹すいたらすぐ帰ってくるんだよ!」
龙成「なんなの今日?笑 じゃあね」
困惑してばかりの龙成を見送り、美久は意気揚々と帰宅する。ゲテモノ確定のスイーツラーメンに心を躍らせながら。
20時過ぎ。美久がラーメンの材料を買いに行こうと身支度をしていると、PA3が着信を知らせる。
美久「⋯⋯あ、龙成? お腹すいた?」
龙成「すいてないすいてない笑。ごめんけど、ちょっと俺の部屋確認してほしくて。もしかして銃置いてってる?」
美久「おけ」
急いで龙成の部屋に入る美久。室内はきれいに片付けられており、大きなショーケース内には、レトロな電子機器が寸分違わず整列している。
銃剣は探すまでもなく、勉強机の上に鎮座していた。銃身を彩る鮮やかなブルーの炎が、ステンレス製の机に反射している。
美久「めっちゃあるね」
龙成「めっちゃある笑? まじかー⋯⋯うーんわかった。ありがとう」
美久「なくて大丈夫なの?」
龙成「まぁ大丈夫。支給品はあるし。ありがとうね」
明らかにあまり大丈夫そうではない様子で電話が切れる。慣れない武器でVAMP襲撃に臨む龙成を想像し、心配になる美久。
美久「⋯⋯届けるだけなら問題ないよね」
美久は半ば言い聞かせるようにそう呟くと、銃剣へと手を伸ばした。
約10年前。渋谷駅周辺の大規模な再開発が行われ、街並みが一新された。
当時弱冠24歳にして当選した、元プロゲーマーの都知事の政策によるものだ。既に行われていた再開発を『SHIBUYAゲーミングプロジェクト』なる過激案で塗り替えた。
協議の難航が予想されたが、先進的な思想を持つ住人が多いこともあってか、若年層はもちろん意外にも高齢層まで革新を歓迎し、滞りなく完成までこぎつけた。
あらゆるビルの外壁がモニター化し、昼夜を問わず多彩な光を放つ。要所要所には、先鋭的な建築家がデザインしたオブジェが配置されている。ゲーミング桜もその一部だ。
上空では多数のドローンが飛び回り、見事な陣形を組んで歩行者の目を楽しませる。夜にはイルミネーションの一部となる。音声も再生可能な為、広告として利用する企業も多い。
また、『しぶにゃん』なる猫型ロボットが一定間隔で配置され、道案内や観光スポット紹介などに重宝されている。ちなみに名前を意識してか、渋いおじさん顔である。
その他、宙空スクリーン、動くゲーミング歩道、ゲーミングステージバス、よろずや忍者ドローンなど、様々な新進気鋭のコンテンツが渋谷に集結している。
完成当時は類を見ない観光スポットとして、ただ歩くことすら難しいほど、国内外の観光客でごった返していた。
しかし世界中の都市が同様の再開発に追従したことで、現在はかつての賑わいを取り戻している。
ララサウンド渋谷南口駅前店。以前は年季の入ったビルの最上階に位置していたが、現在は真新しいビルの丸ごとが店舗になっている。
かつて使われていたものをリメイクしたという、カラフルに光る大きな看板が最上部に掲げられている。
ビル周辺に龙成らの姿はなく、中に入るべきか美久が迷っていると、2人の男に追い越された。
「っあー行きたくねー! むりぃ!」
「それな。実質ソロコンなんよ」
2人は店内には入らず、その場で立ち話を始めた。そっと物陰に隠れる美久。
銃剣はケースが見当たらなかったため、バスタオルに巻いて持ってきている。
「そいえばアイツ、道玄坂の方行ったらしいよ。まじ話聞いてねえ」
褐色の肌に白髪ショートヘアの男が、気だるげに首元を掻きながら言う。長い爪が金色に塗られている。
「マ? 死んだじゃん笑笑」
赤い長髪を後ろで1つに束ねた、軽薄そうな男が下品な笑い声を上げた。淡いグリーンの瞳が怪しく光る。
白髪のVAMP「てか中止にすればよくね。ここだって危ねーだろ」
長髪のVAMP「まー咲鬼さん鬼推しのイベントだから笑」
咲鬼、と聞いて体を強張らせる美久。どうやらVAMPらしい。
まだ襲撃は行われていないようだ。中でタイミングを窺っているのだろうか。
白髪のVAMP「でも永月さんまでいんのは意外だよな。あの人そういうタイプじゃないだろ」
長髪のVAMP「咲鬼さんに脅されてるとか? 女はほぼほぼ永月さん目的だからな。結局1曲くらいで帰っちゃうし、完全客寄せパンダだろ」
白髪のVAMP「普通に詐欺よな。それから小一時間はマイク独占。ちゃんと盛り上げないと鬼ギレするし。はよ吸わせろって話」
永月や咲鬼が歌う姿を想像して、怒りにも似た嫌悪感を抱く美久。人を殺しておいて、何も感じないのだろうか。
長髪のVAMP「しかも生きて帰せとかいうから、加減がむずいのなんのって。自分は普段殺りまくってるくせに」
ストッカーとは人間のことで、どうやらカラオケがてら吸血されるらしい。
博道の発言を思い出し、自らVAMPに身を捧げる人間がいることに衝撃を受ける美久。
白髪のVAMP「そう思うと、永月さんが来てから色々変わったよな。昔は何でもありだったろ」
長髪のVAMP「そうそう。んで毎日誰かしら死んでた笑。カスクロにバレて」
カスクロとはシルクロの蔑称だろう。美久は辺りを見回した。性別や年齢に関係なく、自由な格好で街を闊歩する老若男女。
沢山の人が行き交っているが、今のところララサウンドに向かう者はいない。一般人が戦闘に巻き込まれないか心配になる美久。
長髪のVAMP「そういやお父様は永月さん推しらしいじゃん。お父様も慎重派だからなー。それで咲鬼さん最近荒れてんじゃね。実際一度は見放された身らしいし」
白髪のVAMP「荒れてんのは生まれつきだろ笑」
長髪のVAMP「それはそ笑。てかタバコ買うの忘れたから先行っててくんね」
白髪のVAMP「お、なら代わりに買ってきてやるよ」
長髪のVAMP「なんでだよ笑。カラオケ耐久から逃げるな」
白髪のVAMP「そんなに言うなら付いてくれば?」
長髪のVAMP「お前が言うんだ笑。まぁいいや、行くか」
長髪のVAMPが白髪のVAMPを連れて遠ざかっていく。どうすべきか美久が迷っていると、「何してるの?」と通りがかりの中年男性が話しかけてくる。酔っているようで、赤ら顔で薄ら笑いを浮かべている。
美久は軽く会釈をして歩き出し、その勢いでララサウンドに入店した。店内は一見普段通りで、受付には爽やかな笑みをたたえた男性店員が立っている。
「いらっしゃいませ」
美久「あの、ちょっと待ち合わせ?してて、どの部屋かわからないんで、確認してきてもいいですか⋯⋯?」
「⋯⋯そちらの張り紙の通り、本日は貸し切りとなっていますが、どなたと待ち合わせを?」
張り付いた笑顔は変わらないが、明らかに警戒している様子の店員。いや、おそらくVAMPだろう。
VAMPの視線が、美久が両手に抱えているバスタオルへと移動する。
龙成らは裏口かどこかから侵入したのだろうか。自分のせいで計画が台無しになるかもしれない、と内心焦る美久。
美久「私、ストッカーなんですけど⋯⋯」
「あ、これはウクレレで。咲鬼さんの歌を盛り上げられたらなって」
とっさにそう答えた美久を、表情ひとつ変えずに見つめるVAMP。目が笑っていない。
「⋯⋯そうでしたか、失礼いたしました。お気遣いもありがとうございます。会場は最上階のパーティールームAとなっています。どうぞごゆっくり」
美久「ありがとうございます」
美久はそそくさと右手にあるエレベーターへと向かう。VAMPの視線を痛いほど感じたが、気付かないふりを決め込む。
おそらくストッカーとしては不審な点があったのだろう。しかし女1人、何かあったとしても脅威にはならないと判断されたか。
永遠とも思える待ち時間が終わり、美久はエレベーターに乗り込んだ。最上階は9階らしい。タッチパネルに表示された9を押そうとして、思い止まる美久。
——みんなは何階にいるんだろう。咲鬼と永月には顔を覚えられてるだろうから、鉢合わせたらまずい。ただ9以外を押したことを、受付のVAMPに知られてもまずい。
「⋯⋯どうかされましたか?」
美久「すみません大丈夫です!」
VAMPが近づいてくる気配がして、美久は慌てて9を連打した。ガラス製の扉が閉まるとほぼ同時に、怪訝な顔をしたVAMPが現れる。
美久は努めて笑顔で会釈したが、VAMPの表情は変わらない。やがて静かにエレベーターが上昇を始める。
エレベーター内は全面がガラス張りになっており、屋外の様子も確認できる。いつも通りの渋谷の喧騒。すぐそこにあるはずなのに、今は別世界かのように遠く感じる。
そもそもララサウンドの店員はどこにいるのだろうか。貸し切りなんて嘘で、店員を殺して乗っ取ったのではないか。それとも陰謀論のように、ララサウンドも裏でVAMPと繋がっているのだろうか。美久はかぶりを振り、詮ない憶測を遠ざける。
バスタオルを解き、銃の安全装置を解除する美久。弾倉は龙成の部屋から探し出し、既に装填している。
——武器になりそうなものはない、いざとなったらこれを使わせてもらうしかない。
スイッチを入れてUVの動作も確認する。紫色のラインが剣身に浮かび上がった。問題ないようだ。
エレベーターが止まった。ドア越しにフロアの様子を確認するが、人影はない。ひとまず安堵する美久。龙成らがいなければ、入店前に見かけた非常階段で階下に向かおうと決める。
美久は念の為、銃をバスタオルで巻き直した。ゆっくりと開くドア。覚悟を決めて、1歩を踏み出す。
9階の内装はさながら宇宙船のような、シルバーを基調とした未来的なデザインとなっている。時折、壁全体が多彩な光の波を映し出す。
ホテルのような作りで、1本の長い廊下の左右にドアが並んでいる。その中央に位置するエレベーターから見て、右手・左手に4室ずつ、計8室。
右手に曲がって右側、最奥のドアの縁のみが虹色に光っている。使用中ということだろう。
龙成らの姿はない。人を感知して点灯する仕組みなら、この階にはいないようだ。
ドアは8角形で中心部に覗き窓がある。美久は念の為、左手の方から1部屋ずつ中を確認していく。
室内も似たような作りで、銀ラメの革張りソファが快適そうだ。ちなみに自動ドアで、窓部分に触れると開く仕組みらしい。手のイラストに『OPEN』と添えられたシールが貼ってある。
次々と確認していき、VAMPらのいる個室に近づく美久だったが、聞き覚えのある音に足を止める。
透明感のある、美しい歌声。ゆったりとした曲調に、よく合っている。もう二度と聴けないと思っていた。この声、この旋律は⋯⋯、
美久「天陽くん⋯⋯?」
そんなはずはないと思いながらも、明滅する光の方へと引き寄せられていく美久。丸いガラス窓から覗き込むと——永月が歌っていた。
浅くソファに腰かけ、目を閉じて歌唱に集中している。周囲では十数人の男女が羨望の眼差しを向けている。
ふと、目を開けた永月の視線が美久を捉えた。
——ガタン!
動揺して銃を落としてしまう美久。全員が一斉にこちらを振り返る。永月の隣に座っていた咲鬼が、あっと驚いたように目を見開いた。
美久はすぐさま銃を拾い上げ、走り出した。向かうは廊下の突き当たり、非常階段への扉。
しかしエレベーター前に差し掛かったところで、2つの人影が立ちはだかる——先ほど立ち話をしていたあの2人だ。
白髪のVAMP「なー監視カメラって知ってる笑?」
長髪のVAMP「そのバスタオル、なんかじゃない?」
どうやら美久の一挙一動は筒抜けだったようだ。受付で監視カメラの映像を確認できるのだろう。
しかし美久は動じることなく、走りながらVAMPにバスタオルを投げつけ、間髪を入れずに発砲した。
白髪のVAMPが驚愕の表情を浮かべながら、膝から崩れ落ちる。首に命中していた。「マ?」と、長髪のVAMPが狼狽える。
咲鬼「侵入者だ!! 殺せ!!」
個室から出てきた咲鬼が鬼の形相で叫ぶ。「は、はい!」と応える長髪のVAMP。
美久は一度も振り返らずに扉を押し開け、屋外へと飛び出した。
よくある金属製の非常階段だが、踏み板に足が触れると側面がカラフルに光るようになっている。
美久は2段飛ばしの猛スピードで、半ば落ちるように駆け降りていく。少しひんやりとした夜風で肺が満たされる。
美久「てかみんなどこ⋯⋯?!」
「こーこっ」
パァン!
頭上から長髪のVAMPの声がしたかと思うと、美久の左耳を銃弾がかすめた。ぶわっと、髪の毛が浮き上がる。
パァン! パァン! パァン!
振り向きざまに発砲する美久。手すりから身を乗り出していた長髪のVAMPが、間一髪で顔を引っ込める。いつの間にか距離がかなり縮まっている。
長髪のVAMP「ちょ、当て感えぐ!!」
その後も威嚇射撃をしながら、反撃の隙を与えずに走り続ける美久。そしてなんとか階段を降り終えた瞬間——空から何か重いものが降ってくる。
美久は身を投げ出し、体を回転させて回避した。衝撃で銃が手から離れ、数メートルほど地面を滑ったのちに止まる。
「お前、あん時殺り損ねたガキだよなァ? 人間のくせに獣くせー武器使いやがって、何のつもりだ?」
——咲鬼だ。長さの違う、二振りの日本刀を既に抜刀している。赤い刀身が闇夜に浮かび上がった。
咲鬼「しかもそれクソ犬のだろ。盗んだのか?」
クソ犬とは龙成のことだろう。美久は答えず、しゃがんだ状態で咲鬼を睨み続けている。
咲鬼「はっ獣くせーどころか獣そのものかよ笑。人語忘れちゃった?」
鋭い牙を見せながら笑みを作る咲鬼。地面に付いた美久の指先が、ぴくりと動く。
咲鬼「かわいそーだから殺してやらないとなァ!」
咲鬼がそう言って足を踏み出すと同時に——美久も落とした銃に向かって地面を蹴る。
キィィィン!!!
危機一髪、銃剣で咲鬼の一閃を受け止める美久。しかし咲鬼の全体重がのしかかり、仰向けの状態になってしまう。
歯を食いしばって耐える美久。満月が、流れる霧雲にかき消されていく。
咲鬼「二刀流最強ォ!!」
咲鬼はそう叫ぶと、下げていた左手を振り上げた。2メートル近くはありそうな、太く長い刀。
おびただしい血を浴び、それを吸い尽くしたような凶刃が、美久に迫る。
パァン!!
頭上で銃声がして、咲鬼の動きが止まった。次いで大きな黒い塊が非常階段から投げ出され、落ちてくるのが美久には見えた。
瞬時に咲鬼の下腹部を両足で蹴りつける美久。不意打ちに咲鬼は思わずよろけ、数歩、後退した。
鈍い音がして、そのすぐ横に——長髪のVAMPが落ちてきた。絶命している。半開きの口、目は驚きに見開かれている。
咲鬼「は?」
すぐに灰化していくそれを見下ろす咲鬼を残して、美久は銃を小脇に抱え駆け出した。
——よかった、みんなが来てくれた。とりあえず邪魔にならないよう、どこかに隠れていよう。そして隙を見て、龙成に銃を渡す。
咲鬼「っ待てクソガキィ!!!!!」
咲鬼が追ってくる気配がしたが、すぐにみんなと戦うことになるだろうと楽観する美久。そのまま目の前の雑踏に紛れ込む。
咲鬼「泥棒!! その人、泥棒です! 捕まえてください!!」
繁華街の人混みを縫うように走る美久の背後で、咲鬼の白々しい声が響き渡った。周囲の人々の視線が美久に集中する。
「駄目だろ、ちゃんとお金払わないと!」
銃剣をコスプレグッズか何かと勘違いしている様子の高齢男性が、美久に詰め寄る。それに呼応するかのように通行人が押し寄せ、身動きが取れなくなる。
咲鬼が意地悪い笑みを浮かべながら、悠然とこちらに歩いてくる。龙成らの姿は、まだ見えない。
——ジリリリリリリリィィィ!!!!!
突如、火災報知器の音が鳴り響き、辺りが騒然とする。その隙に人だかりから脱出し、再び走り出す美久。
「あ、君!」と、先ほどの男性が声を上げたが、それきりだった。その直後、咲鬼の怒号が聞こえた気がした。
美久は小道に入り、近くにあった雑貨屋に飛び込んだ。電光看板にはブラックレター
体で『RinaBlock96』と表示されている。
とりあえず死角に入る為、奥の方へと向かう美久。息を整えながら店内を見回す。2階建てのようで、レジ横に階段がある。
黒い翼のトレー、輸血パック型水筒、ドクロのLEDライト。鼻が曲がりそうなほどに強い、お香の匂い。
「いらっしゃいませ」
店内の雰囲気とは裏腹に、物腰の柔らかい店員がレジに立っている。ウェーブのかかった淡い栗色の髪、後ろでゆるく束ねられている。グレーのケーブルニット、ブラックのカーディガン・7分丈パンツ・レースアップブーツ。
美久はさりげなく銃を後ろ手にし、会釈して応えた。そして商品を吟味するふりをしながら物陰に入り、PA3を取り出す。龙成の電話番号を呼び出し、発信する。
海央「⋯⋯あ、美久? 龙成ならウ◎コ」
美久「え」
気の抜けた海央の声に固まる美久。なにやら騒がしい場所にいるようで、重低音に混じって叫ぶような声が聞こえてくる。
海央「てか美久も来ない? 今日陸翔の誕生日でさ、カラオケでお祝いしてんだよね。渋谷のララサウンド」
美久「えっVAMPは⋯⋯?」
海央「あ、龙成から聞いてた? それが空振りでさ~~せっかくだからカラオケしてくかってなって」
美久は状況がのみ込めず、言葉に詰まった。最上階にVAMPがいることを知らなかったのだろうか。そもそも監視カメラがあるのに、なぜVAMPに気付かれなかった? なにより、それなら長髪のVAMPは誰が殺した?
疑問で頭が埋め尽くされたが、とりあえず現状を説明することにする美久。
美久「ごめん。今、咲鬼に追われてて⋯⋯」
海央「え?! 今どこ?!?!」
急に声を張り上げる海央に、美久はPA3を耳から遠ざけた。
美久「テキトーに逃げちゃったからわかんないけど、なんか⋯⋯趣味の悪い雑貨屋」
「悪かったねえ、趣味悪くて」
頭のすぐ後ろで声がして、驚いた美久の手元からPA3が落下する。「美久?!」と、足元から海央の声が聞こえてくる。
「ここね、僕の友達のお店だったんだ。最近死んじゃったんだけど」
うっとりと宙を見つめながら話す店員。グレーの瞳は不自然に陰っている。
美久「ごめんなさい、失礼なこと言って」
店員のまとう異様なオーラに警戒心を抱きながらも、素直に謝罪する美久。しかし店員は反応せず、なおも天井を見上げ続けている。
「ふふ、もっと謝るべきことがあるよね?」
美久「え⋯⋯」
「黒いジャージのVAMP、知らない?」
店員がゆっくりと美久に目を移し——怪しげに笑って牙を見せた。
入浴を終え、寝巻き姿で廊下を歩いていた美久は、龙成の声を耳にする。
龙成の部屋の扉が半開きになっていることに気付き、閉めてあげようとドアノブに手をかける美久——穏やかではない空気に、思わず聞き耳を立てる。電話をしているようだ。
龙成「⋯⋯うん、ついにストックルームにアクセスできてさ。明日の20時に渋谷のララサウンド。VAMPとストッカーが集まるって」
任務の相談をしているようだ。ララサウンドは全国チェーンのカラオケ店だ。
美久は龙成と仲良くなったばかりの頃を思い出す。よく渋谷のララサウンドで暇を潰していた。龙成はデスメタルしか歌わない。
龙成「⋯⋯そうだね。咲鬼と永月は確実にいるっぽいから、俺ら4人で慎重にいくのが丸いかも」
口ぶりからして、相手はおそらく綜舞だろう。どうやらVAMPを襲撃するつもりらしい。
永月と聞き、複雑な心境になる美久。何かで覆い隠されたような、暗い瞳が脳裏に焼き付いている。
龙成「うん、じゃあ明日。俺は美久ちゃん送ってから行くから」
通話が終わる気配がして、美久は静かに扉から離れた。音を立てないよう、細心の注意を払いながら自室へと向かう。
あれから美久は週2回程度、龙成に同行してシルクロに通い、射撃練習を続けていた。
綜舞の熱心な指導のおかげもあり、今やLYCANの平均以上のスコアを叩き出せるようになっていた。俺と龙成の次にすごいと、綜舞のお墨付きだ。
美久は自室に戻るなり、勢いよくベッドへとダイブする。黒猫のクッションが反動で跳ね上がった。
美久「ストッカー⋯⋯?」
胸騒ぎがしていた。綜舞が身に付けている、沢山のウルフタグ。LYCANでいる限り、常に死と隣り合わせだ。
ついさっきまで目の前にいた人が、明日にはいなくなっているかもしれない。美久はみなの無事を願いながら、静かに目を閉じた。
龙成「じゃ、俺行くね」
翌日。いつものように銀架園まで送ってもらった美久。
渋谷に戻る龙成を門の前で見送る。満月が夜空を明るく照らしている。
美久「あっ龙成!」
龙成「ん?」
数メートル進んだ先で龙成が立ち止まる。呼び止めたはいいものの、言葉を詰まらせる美久。
美久「⋯⋯今日帰ったら、一緒にラーメン食べない?」
意外な提案に、目を瞬かせる龙成。美久の表情は真剣そのものだ。
龙成「えっ美久ちゃんもついに目覚めちゃった感じ?」
美久「全然違うけど」
龙成「違うんかい」
美久「えっと、スイーツラーメンってのを考案してて⋯⋯」
慌ててそう付け足す美久。完全に思い付きだった。
龙成「してて笑?」
美久「チョコ味噌ラーメン」
龙成「っ俺は大丈夫かな」
龙成は苦笑いを浮かべ、後ずさりする。
美久「いやでもオレンジピール入りだから!」
龙成「ごめん、だから何でしかない笑」
美久「わかったわかった、ミントも添えてあげる」
龙成「いや俺がわがまま言ってるみたいなってる笑? もうトッピングでどうにかできるレベルじゃないから。というか逆効果でしょ」
美久「じゃあいいよ、カレー追加するから」
龙成「なんでだよ笑。もしかして茶色くてドロドロしてれば合うと思ってる笑?」
美久「で、食べるの? 食べないの?」
もはや苛立ち始めた美久に気圧され、答えに窮する龙成。
龙成「えー⋯⋯ひと口だけなら」
美久「だよね、はぁ」
龙成「いやそのどうせ食べるくせに感」
美久「じゃ、今日は早めに帰ってきてね。楽しみにしてて」
龙成「あ、うん。楽しみにはできないけど笑。じゃあ」
美久「お腹すいたらすぐ帰ってくるんだよ!」
龙成「なんなの今日?笑 じゃあね」
困惑してばかりの龙成を見送り、美久は意気揚々と帰宅する。ゲテモノ確定のスイーツラーメンに心を躍らせながら。
20時過ぎ。美久がラーメンの材料を買いに行こうと身支度をしていると、PA3が着信を知らせる。
美久「⋯⋯あ、龙成? お腹すいた?」
龙成「すいてないすいてない笑。ごめんけど、ちょっと俺の部屋確認してほしくて。もしかして銃置いてってる?」
美久「おけ」
急いで龙成の部屋に入る美久。室内はきれいに片付けられており、大きなショーケース内には、レトロな電子機器が寸分違わず整列している。
銃剣は探すまでもなく、勉強机の上に鎮座していた。銃身を彩る鮮やかなブルーの炎が、ステンレス製の机に反射している。
美久「めっちゃあるね」
龙成「めっちゃある笑? まじかー⋯⋯うーんわかった。ありがとう」
美久「なくて大丈夫なの?」
龙成「まぁ大丈夫。支給品はあるし。ありがとうね」
明らかにあまり大丈夫そうではない様子で電話が切れる。慣れない武器でVAMP襲撃に臨む龙成を想像し、心配になる美久。
美久「⋯⋯届けるだけなら問題ないよね」
美久は半ば言い聞かせるようにそう呟くと、銃剣へと手を伸ばした。
約10年前。渋谷駅周辺の大規模な再開発が行われ、街並みが一新された。
当時弱冠24歳にして当選した、元プロゲーマーの都知事の政策によるものだ。既に行われていた再開発を『SHIBUYAゲーミングプロジェクト』なる過激案で塗り替えた。
協議の難航が予想されたが、先進的な思想を持つ住人が多いこともあってか、若年層はもちろん意外にも高齢層まで革新を歓迎し、滞りなく完成までこぎつけた。
あらゆるビルの外壁がモニター化し、昼夜を問わず多彩な光を放つ。要所要所には、先鋭的な建築家がデザインしたオブジェが配置されている。ゲーミング桜もその一部だ。
上空では多数のドローンが飛び回り、見事な陣形を組んで歩行者の目を楽しませる。夜にはイルミネーションの一部となる。音声も再生可能な為、広告として利用する企業も多い。
また、『しぶにゃん』なる猫型ロボットが一定間隔で配置され、道案内や観光スポット紹介などに重宝されている。ちなみに名前を意識してか、渋いおじさん顔である。
その他、宙空スクリーン、動くゲーミング歩道、ゲーミングステージバス、よろずや忍者ドローンなど、様々な新進気鋭のコンテンツが渋谷に集結している。
完成当時は類を見ない観光スポットとして、ただ歩くことすら難しいほど、国内外の観光客でごった返していた。
しかし世界中の都市が同様の再開発に追従したことで、現在はかつての賑わいを取り戻している。
ララサウンド渋谷南口駅前店。以前は年季の入ったビルの最上階に位置していたが、現在は真新しいビルの丸ごとが店舗になっている。
かつて使われていたものをリメイクしたという、カラフルに光る大きな看板が最上部に掲げられている。
ビル周辺に龙成らの姿はなく、中に入るべきか美久が迷っていると、2人の男に追い越された。
「っあー行きたくねー! むりぃ!」
「それな。実質ソロコンなんよ」
2人は店内には入らず、その場で立ち話を始めた。そっと物陰に隠れる美久。
銃剣はケースが見当たらなかったため、バスタオルに巻いて持ってきている。
「そいえばアイツ、道玄坂の方行ったらしいよ。まじ話聞いてねえ」
褐色の肌に白髪ショートヘアの男が、気だるげに首元を掻きながら言う。長い爪が金色に塗られている。
「マ? 死んだじゃん笑笑」
赤い長髪を後ろで1つに束ねた、軽薄そうな男が下品な笑い声を上げた。淡いグリーンの瞳が怪しく光る。
白髪のVAMP「てか中止にすればよくね。ここだって危ねーだろ」
長髪のVAMP「まー咲鬼さん鬼推しのイベントだから笑」
咲鬼、と聞いて体を強張らせる美久。どうやらVAMPらしい。
まだ襲撃は行われていないようだ。中でタイミングを窺っているのだろうか。
白髪のVAMP「でも永月さんまでいんのは意外だよな。あの人そういうタイプじゃないだろ」
長髪のVAMP「咲鬼さんに脅されてるとか? 女はほぼほぼ永月さん目的だからな。結局1曲くらいで帰っちゃうし、完全客寄せパンダだろ」
白髪のVAMP「普通に詐欺よな。それから小一時間はマイク独占。ちゃんと盛り上げないと鬼ギレするし。はよ吸わせろって話」
永月や咲鬼が歌う姿を想像して、怒りにも似た嫌悪感を抱く美久。人を殺しておいて、何も感じないのだろうか。
長髪のVAMP「しかも生きて帰せとかいうから、加減がむずいのなんのって。自分は普段殺りまくってるくせに」
ストッカーとは人間のことで、どうやらカラオケがてら吸血されるらしい。
博道の発言を思い出し、自らVAMPに身を捧げる人間がいることに衝撃を受ける美久。
白髪のVAMP「そう思うと、永月さんが来てから色々変わったよな。昔は何でもありだったろ」
長髪のVAMP「そうそう。んで毎日誰かしら死んでた笑。カスクロにバレて」
カスクロとはシルクロの蔑称だろう。美久は辺りを見回した。性別や年齢に関係なく、自由な格好で街を闊歩する老若男女。
沢山の人が行き交っているが、今のところララサウンドに向かう者はいない。一般人が戦闘に巻き込まれないか心配になる美久。
長髪のVAMP「そういやお父様は永月さん推しらしいじゃん。お父様も慎重派だからなー。それで咲鬼さん最近荒れてんじゃね。実際一度は見放された身らしいし」
白髪のVAMP「荒れてんのは生まれつきだろ笑」
長髪のVAMP「それはそ笑。てかタバコ買うの忘れたから先行っててくんね」
白髪のVAMP「お、なら代わりに買ってきてやるよ」
長髪のVAMP「なんでだよ笑。カラオケ耐久から逃げるな」
白髪のVAMP「そんなに言うなら付いてくれば?」
長髪のVAMP「お前が言うんだ笑。まぁいいや、行くか」
長髪のVAMPが白髪のVAMPを連れて遠ざかっていく。どうすべきか美久が迷っていると、「何してるの?」と通りがかりの中年男性が話しかけてくる。酔っているようで、赤ら顔で薄ら笑いを浮かべている。
美久は軽く会釈をして歩き出し、その勢いでララサウンドに入店した。店内は一見普段通りで、受付には爽やかな笑みをたたえた男性店員が立っている。
「いらっしゃいませ」
美久「あの、ちょっと待ち合わせ?してて、どの部屋かわからないんで、確認してきてもいいですか⋯⋯?」
「⋯⋯そちらの張り紙の通り、本日は貸し切りとなっていますが、どなたと待ち合わせを?」
張り付いた笑顔は変わらないが、明らかに警戒している様子の店員。いや、おそらくVAMPだろう。
VAMPの視線が、美久が両手に抱えているバスタオルへと移動する。
龙成らは裏口かどこかから侵入したのだろうか。自分のせいで計画が台無しになるかもしれない、と内心焦る美久。
美久「私、ストッカーなんですけど⋯⋯」
「あ、これはウクレレで。咲鬼さんの歌を盛り上げられたらなって」
とっさにそう答えた美久を、表情ひとつ変えずに見つめるVAMP。目が笑っていない。
「⋯⋯そうでしたか、失礼いたしました。お気遣いもありがとうございます。会場は最上階のパーティールームAとなっています。どうぞごゆっくり」
美久「ありがとうございます」
美久はそそくさと右手にあるエレベーターへと向かう。VAMPの視線を痛いほど感じたが、気付かないふりを決め込む。
おそらくストッカーとしては不審な点があったのだろう。しかし女1人、何かあったとしても脅威にはならないと判断されたか。
永遠とも思える待ち時間が終わり、美久はエレベーターに乗り込んだ。最上階は9階らしい。タッチパネルに表示された9を押そうとして、思い止まる美久。
——みんなは何階にいるんだろう。咲鬼と永月には顔を覚えられてるだろうから、鉢合わせたらまずい。ただ9以外を押したことを、受付のVAMPに知られてもまずい。
「⋯⋯どうかされましたか?」
美久「すみません大丈夫です!」
VAMPが近づいてくる気配がして、美久は慌てて9を連打した。ガラス製の扉が閉まるとほぼ同時に、怪訝な顔をしたVAMPが現れる。
美久は努めて笑顔で会釈したが、VAMPの表情は変わらない。やがて静かにエレベーターが上昇を始める。
エレベーター内は全面がガラス張りになっており、屋外の様子も確認できる。いつも通りの渋谷の喧騒。すぐそこにあるはずなのに、今は別世界かのように遠く感じる。
そもそもララサウンドの店員はどこにいるのだろうか。貸し切りなんて嘘で、店員を殺して乗っ取ったのではないか。それとも陰謀論のように、ララサウンドも裏でVAMPと繋がっているのだろうか。美久はかぶりを振り、詮ない憶測を遠ざける。
バスタオルを解き、銃の安全装置を解除する美久。弾倉は龙成の部屋から探し出し、既に装填している。
——武器になりそうなものはない、いざとなったらこれを使わせてもらうしかない。
スイッチを入れてUVの動作も確認する。紫色のラインが剣身に浮かび上がった。問題ないようだ。
エレベーターが止まった。ドア越しにフロアの様子を確認するが、人影はない。ひとまず安堵する美久。龙成らがいなければ、入店前に見かけた非常階段で階下に向かおうと決める。
美久は念の為、銃をバスタオルで巻き直した。ゆっくりと開くドア。覚悟を決めて、1歩を踏み出す。
9階の内装はさながら宇宙船のような、シルバーを基調とした未来的なデザインとなっている。時折、壁全体が多彩な光の波を映し出す。
ホテルのような作りで、1本の長い廊下の左右にドアが並んでいる。その中央に位置するエレベーターから見て、右手・左手に4室ずつ、計8室。
右手に曲がって右側、最奥のドアの縁のみが虹色に光っている。使用中ということだろう。
龙成らの姿はない。人を感知して点灯する仕組みなら、この階にはいないようだ。
ドアは8角形で中心部に覗き窓がある。美久は念の為、左手の方から1部屋ずつ中を確認していく。
室内も似たような作りで、銀ラメの革張りソファが快適そうだ。ちなみに自動ドアで、窓部分に触れると開く仕組みらしい。手のイラストに『OPEN』と添えられたシールが貼ってある。
次々と確認していき、VAMPらのいる個室に近づく美久だったが、聞き覚えのある音に足を止める。
透明感のある、美しい歌声。ゆったりとした曲調に、よく合っている。もう二度と聴けないと思っていた。この声、この旋律は⋯⋯、
美久「天陽くん⋯⋯?」
そんなはずはないと思いながらも、明滅する光の方へと引き寄せられていく美久。丸いガラス窓から覗き込むと——永月が歌っていた。
浅くソファに腰かけ、目を閉じて歌唱に集中している。周囲では十数人の男女が羨望の眼差しを向けている。
ふと、目を開けた永月の視線が美久を捉えた。
——ガタン!
動揺して銃を落としてしまう美久。全員が一斉にこちらを振り返る。永月の隣に座っていた咲鬼が、あっと驚いたように目を見開いた。
美久はすぐさま銃を拾い上げ、走り出した。向かうは廊下の突き当たり、非常階段への扉。
しかしエレベーター前に差し掛かったところで、2つの人影が立ちはだかる——先ほど立ち話をしていたあの2人だ。
白髪のVAMP「なー監視カメラって知ってる笑?」
長髪のVAMP「そのバスタオル、なんかじゃない?」
どうやら美久の一挙一動は筒抜けだったようだ。受付で監視カメラの映像を確認できるのだろう。
しかし美久は動じることなく、走りながらVAMPにバスタオルを投げつけ、間髪を入れずに発砲した。
白髪のVAMPが驚愕の表情を浮かべながら、膝から崩れ落ちる。首に命中していた。「マ?」と、長髪のVAMPが狼狽える。
咲鬼「侵入者だ!! 殺せ!!」
個室から出てきた咲鬼が鬼の形相で叫ぶ。「は、はい!」と応える長髪のVAMP。
美久は一度も振り返らずに扉を押し開け、屋外へと飛び出した。
よくある金属製の非常階段だが、踏み板に足が触れると側面がカラフルに光るようになっている。
美久は2段飛ばしの猛スピードで、半ば落ちるように駆け降りていく。少しひんやりとした夜風で肺が満たされる。
美久「てかみんなどこ⋯⋯?!」
「こーこっ」
パァン!
頭上から長髪のVAMPの声がしたかと思うと、美久の左耳を銃弾がかすめた。ぶわっと、髪の毛が浮き上がる。
パァン! パァン! パァン!
振り向きざまに発砲する美久。手すりから身を乗り出していた長髪のVAMPが、間一髪で顔を引っ込める。いつの間にか距離がかなり縮まっている。
長髪のVAMP「ちょ、当て感えぐ!!」
その後も威嚇射撃をしながら、反撃の隙を与えずに走り続ける美久。そしてなんとか階段を降り終えた瞬間——空から何か重いものが降ってくる。
美久は身を投げ出し、体を回転させて回避した。衝撃で銃が手から離れ、数メートルほど地面を滑ったのちに止まる。
「お前、あん時殺り損ねたガキだよなァ? 人間のくせに獣くせー武器使いやがって、何のつもりだ?」
——咲鬼だ。長さの違う、二振りの日本刀を既に抜刀している。赤い刀身が闇夜に浮かび上がった。
咲鬼「しかもそれクソ犬のだろ。盗んだのか?」
クソ犬とは龙成のことだろう。美久は答えず、しゃがんだ状態で咲鬼を睨み続けている。
咲鬼「はっ獣くせーどころか獣そのものかよ笑。人語忘れちゃった?」
鋭い牙を見せながら笑みを作る咲鬼。地面に付いた美久の指先が、ぴくりと動く。
咲鬼「かわいそーだから殺してやらないとなァ!」
咲鬼がそう言って足を踏み出すと同時に——美久も落とした銃に向かって地面を蹴る。
キィィィン!!!
危機一髪、銃剣で咲鬼の一閃を受け止める美久。しかし咲鬼の全体重がのしかかり、仰向けの状態になってしまう。
歯を食いしばって耐える美久。満月が、流れる霧雲にかき消されていく。
咲鬼「二刀流最強ォ!!」
咲鬼はそう叫ぶと、下げていた左手を振り上げた。2メートル近くはありそうな、太く長い刀。
おびただしい血を浴び、それを吸い尽くしたような凶刃が、美久に迫る。
パァン!!
頭上で銃声がして、咲鬼の動きが止まった。次いで大きな黒い塊が非常階段から投げ出され、落ちてくるのが美久には見えた。
瞬時に咲鬼の下腹部を両足で蹴りつける美久。不意打ちに咲鬼は思わずよろけ、数歩、後退した。
鈍い音がして、そのすぐ横に——長髪のVAMPが落ちてきた。絶命している。半開きの口、目は驚きに見開かれている。
咲鬼「は?」
すぐに灰化していくそれを見下ろす咲鬼を残して、美久は銃を小脇に抱え駆け出した。
——よかった、みんなが来てくれた。とりあえず邪魔にならないよう、どこかに隠れていよう。そして隙を見て、龙成に銃を渡す。
咲鬼「っ待てクソガキィ!!!!!」
咲鬼が追ってくる気配がしたが、すぐにみんなと戦うことになるだろうと楽観する美久。そのまま目の前の雑踏に紛れ込む。
咲鬼「泥棒!! その人、泥棒です! 捕まえてください!!」
繁華街の人混みを縫うように走る美久の背後で、咲鬼の白々しい声が響き渡った。周囲の人々の視線が美久に集中する。
「駄目だろ、ちゃんとお金払わないと!」
銃剣をコスプレグッズか何かと勘違いしている様子の高齢男性が、美久に詰め寄る。それに呼応するかのように通行人が押し寄せ、身動きが取れなくなる。
咲鬼が意地悪い笑みを浮かべながら、悠然とこちらに歩いてくる。龙成らの姿は、まだ見えない。
——ジリリリリリリリィィィ!!!!!
突如、火災報知器の音が鳴り響き、辺りが騒然とする。その隙に人だかりから脱出し、再び走り出す美久。
「あ、君!」と、先ほどの男性が声を上げたが、それきりだった。その直後、咲鬼の怒号が聞こえた気がした。
美久は小道に入り、近くにあった雑貨屋に飛び込んだ。電光看板にはブラックレター
体で『RinaBlock96』と表示されている。
とりあえず死角に入る為、奥の方へと向かう美久。息を整えながら店内を見回す。2階建てのようで、レジ横に階段がある。
黒い翼のトレー、輸血パック型水筒、ドクロのLEDライト。鼻が曲がりそうなほどに強い、お香の匂い。
「いらっしゃいませ」
店内の雰囲気とは裏腹に、物腰の柔らかい店員がレジに立っている。ウェーブのかかった淡い栗色の髪、後ろでゆるく束ねられている。グレーのケーブルニット、ブラックのカーディガン・7分丈パンツ・レースアップブーツ。
美久はさりげなく銃を後ろ手にし、会釈して応えた。そして商品を吟味するふりをしながら物陰に入り、PA3を取り出す。龙成の電話番号を呼び出し、発信する。
海央「⋯⋯あ、美久? 龙成ならウ◎コ」
美久「え」
気の抜けた海央の声に固まる美久。なにやら騒がしい場所にいるようで、重低音に混じって叫ぶような声が聞こえてくる。
海央「てか美久も来ない? 今日陸翔の誕生日でさ、カラオケでお祝いしてんだよね。渋谷のララサウンド」
美久「えっVAMPは⋯⋯?」
海央「あ、龙成から聞いてた? それが空振りでさ~~せっかくだからカラオケしてくかってなって」
美久は状況がのみ込めず、言葉に詰まった。最上階にVAMPがいることを知らなかったのだろうか。そもそも監視カメラがあるのに、なぜVAMPに気付かれなかった? なにより、それなら長髪のVAMPは誰が殺した?
疑問で頭が埋め尽くされたが、とりあえず現状を説明することにする美久。
美久「ごめん。今、咲鬼に追われてて⋯⋯」
海央「え?! 今どこ?!?!」
急に声を張り上げる海央に、美久はPA3を耳から遠ざけた。
美久「テキトーに逃げちゃったからわかんないけど、なんか⋯⋯趣味の悪い雑貨屋」
「悪かったねえ、趣味悪くて」
頭のすぐ後ろで声がして、驚いた美久の手元からPA3が落下する。「美久?!」と、足元から海央の声が聞こえてくる。
「ここね、僕の友達のお店だったんだ。最近死んじゃったんだけど」
うっとりと宙を見つめながら話す店員。グレーの瞳は不自然に陰っている。
美久「ごめんなさい、失礼なこと言って」
店員のまとう異様なオーラに警戒心を抱きながらも、素直に謝罪する美久。しかし店員は反応せず、なおも天井を見上げ続けている。
「ふふ、もっと謝るべきことがあるよね?」
美久「え⋯⋯」
「黒いジャージのVAMP、知らない?」
店員がゆっくりと美久に目を移し——怪しげに笑って牙を見せた。
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