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2051年9月7日(木) 後奏
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その頃、シルクロでは海央ら3人が研究室に押しかけていた。
自席で作業中だった博道は手を止め、憤りを隠せない様子の3人に向き直る。
博道「龙成はどうした?」
両眉を上げ、のんきな調子で龙成の行方を問う博道。
海央「今それ関係あるか? ウ◎コに決まってんだろ」
陸翔「兄貴」
語気荒くプライバシーを侵害する海央を、陸翔がたしなめる。
陸翔「てか貧血は大丈夫なのか?」
海央「ああ、輸血してもらったらすぐ治ったよ」
自身の腕をちらりと見やる海央。黒いシールが注射痕の上に貼られている。
綜舞「美久がVAMPだって知ってたんだよな? なんで黙ってた」
綜舞から憎々しげな視線を浴び、博道はわざとらしくため息をついて見せた。両手を頭の後ろに当て、椅子の背もたれに深く寄りかかる。
博道「⋯⋯美久の父親は特殊なVAMPでね、片田舎で医者として生きている。VAMPとは距離を置いているが人間の味方でもなく、中立的な存在だ。というより、『面白くなりそうか』が判断基準で、気が向けばどちらにも協力するような食えない奴でね」
「そして科学の天才であり⋯⋯ PL-LYC=ANにも、少しばかり力を貸していただいた」
海央「は⋯⋯?」
衝撃的事実に耳を疑う一同。LYCANの開発にVAMPが関わっていたとは、歪にも程がある。
陸翔「汚ねーVAMPの手を借りた? 冗談だろ」
博道「だからどうした。前から言っているだろう。私はVAMPを壊滅させる為なら、何だってする。手段は選ばない。いや、選べないんだよ。もっと現実を見なさい」
綜舞「悪夢に悪夢を重ねてどうなった? 現実見えてねえのはてめえの方だろ」
博道「どう思ってくれても構わない。私は私の正義を貫くだけだ」
膝の上で指を組み、冷たい瞳で綜舞を見据える博道。VAMP以上に狂っている人間がいるとすれば、間違いなくこの男だろう。
海央「⋯⋯どうして美久を巻き込んだ」
怒りに震えながらも、努めて冷静に問いただす海央。
博道「いやぁ巻き込まれたのはこちらの方だよ笑。美久の父親⋯⋯高逸さんから突然連絡があってね。家出した娘がVAMPの手に渡らぬよう保護してほしい、殺せばVAMPに呪いを解く方法を教える、と」
陸翔「呪い⋯⋯?」
博道「女VAMPが生まれない呪いだよ。美久が生まれている以上、ハッタリとも思えなくてね。まぁどちらにせよ、こちらに選択肢はなかったのだが」
「それでひとまず銀架園に入れて様子を見ることにしたんだ。そしたらよりにもよって渋谷の、しかも夜間の学校に通いたいだなんて言うもんだから、君らに護衛を頼んだというわけだ」
海央「それを初めから言っとけよ⋯⋯!」
海央が拳を握り締めながら、感情を露わにする。その様子を少し心配そうに見守る陸翔。
博道「ハハハハ、無理に決まってるだろう。殺されたら困る。今は情が移っているだろうが、女VAMPという脅威を前にして、猛獣が待てに従えるとは到底思えなかったのでね笑」
海央「っ⋯⋯!!」
博道の胸ぐらに海央が掴みかかる。反動で倒れそうになった椅子を片手で支えながらも、怯むことなく白い歯をむき出しにする博道。
博道「どうやら私の考えは正しかったようだ笑」
海央が拳を振り上げる——が、その手首を陸翔が掴み上げ、未遂に終わった。
陸翔「落ち着け兄貴。殴るのは全部聞き出してからで」
「美久は何も知らないのか?」
陸翔になだめられ、博道から渋々離れる海央。しかし鋭い視線は博道を捉えたままだ。
博道「ああ、おそらく。知っての通り、美久は特別なVAMPだ。最高の研究対象だと、よく話していたらしい。美久の存在が知られたら当主に奪われるだろうから、本人にも知らせず人間として育てたのだろうね」
海央「研究対象⋯⋯?」
聞き捨てならないといった様子で、顔をしかめる海央。
博道「VAMPは愛情を持たない。利用価値がなければ育てないだろう。まあ美久もそれが嫌で、逃げ出したのだろうが」
綜舞「驚いたな、目の前にVAMPがいるみたいだ」
綜舞が両手を広げておどけて見せる。
博道「なんと、それは大変だ。2代目アルファ引退の日も近いか。3代目は陸翔、お前でどうだ?笑」
博道も目を見開き、わざとらしい口調で綜舞を煽る。これには陸翔も眉間に皺を寄せた。
陸翔「そろそろ俺も殴るからな。あんま舐めてっと」
「インスリンもそのクソ親父が送ってるのか?」
博道「インスリン? ああ疑似血液か。いや、私が。高逸さんからレシピを教わったのでね」
陸翔「⋯⋯気色悪」
「天陽の父親は? あいつもUVに耐性があるみたいだけど」
博道「ああ⋯⋯彼の父親はVAMPではないはずだよ。詳しくは知らないが、彼も巻き込まれた側、なのだろう⋯⋯⋯⋯」
博道は遠い目でそう言うと、ちらりと海央を見やった。
海央「? なんだよ」
博道「いや、海央から話しかけられるなんて何年ぶりだろうと思ってね笑。よほどお嬢様にご執心なようで」
可笑しくてたまらないとばかりに口元を緩ませる博道。
海央「人権侵害にご執心なサイコ野郎は黙っとけよ」
博道「ハハハハ、嬉しいねえ笑。とにもかくにも、君らの最優先事項は美久を連れ戻すことだ。女VAMPが奪われれば、悪夢どころでは済まない。わかっているな?」
綜舞「⋯⋯」
念を押すように、鋭い眼光で綜舞を見据える博道。綜舞は答えず、冷たく視線を返す。
海央「そんな理由で美久は連れ戻さない」
海央は力強くそう言い放つと、荒い足取りで部屋を後にする。
陸翔「あれ、殴んないの? じゃあ俺が、」
綜舞「俺らも行くぞ」
博道に詰め寄る陸翔を綜舞が制止すると、博道は半笑いで胸を撫で下ろして見せた。
綜舞「⋯⋯言っとくが、俺らは俺らで考えて行動する。何も言わず、LYCANを利用したアンタに従う義理はない」
博道を見下ろす綜舞の瞳は、失望と覚悟に満ちていた。
博道「そうか。偉大なアルファが暴走して、群れを犠牲にしないことを願うよ」
博道はほくそ笑むと、挑戦的な目つきで綜舞を見上げた。
陸翔「で、どうする。兄貴は反対ってことで」
重い沈黙を陸翔が破る。時刻は午前3時半。ひとまず殿に戻ろうと、本棟から出て敷地内を歩く3人。
海央「当たり前だろ。美久は物じゃない。勝手な都合で振り回したくない。安全でいられるなら、美久がいたいところにいるべきだ」
綜舞「⋯⋯」
綜舞は考え込んでいるのか、一点を見つめたまま反応しない。
「綜舞さん!」
その時、後方から焦った様子の隊員が駆け寄ってくる。背後には——天陽が。ただ事でない状況に、身構える3人。
綜舞「狩野。何してる」
天陽「ごめん、俺が無理言って」
狩野「勝手にすいません。駅前で話しかけられて、永月は敵じゃないって話だったので⋯⋯、」
たどたどしく説明する狩野。初々しく、まだLYCANになってから日が浅いと見受けられる。
黒髪ショート、雪のように白い肌。長いまつ毛、黒目がちな瞳。少年のような、純粋な意思の強さを感じさせる。
綜舞「いいよ。ただ今後は俺に確認して。つかバディは?」
狩野「あー⋯⋯駅で待ち合わせてたんですけど、急ぎみたいだったんで、先に帰ってきちゃいました」
綜舞「それもちゃんと確認しろ。やむを得ない場合以外、単独行動厳禁だから」
狩野「はい! すみませんでした!」
狩野は勢いよく頭を下げると、そのまま殿へと走り去っていった。
今夜はSHIBUYA HIGHの後始末で、LYCANの帰りも相当遅れているようだ。まだ半数ほどの表札に明かりが灯っていない。
陸翔「大丈夫かぁアイツ⋯⋯」
綜舞「もっと圧強めのベータと組ませた方が良さそうだな」
陸翔「お前みたいな奴な⋯⋯」
綜舞「お前じゃないことは確かだな⋯⋯」
アルファである綜舞を頂点として、ベータ、オメガと階級が分かれているらしい。
そして今回のようなインシデントを防ぐ為、新米のオメガはベータと組むことになっているということだろう。
シルクロに通じるホームへのエレベーターには、無人であることを入念に確認してから乗り込むよう徹底されている。
狩野がそれを遵守したかどうかは、疑問が残った。もちろん暗証番号と登録者の指紋がなければ、ホームには辿り着けないのだが。
海央「おい、そんなことより今は天陽だろ」
悩ましげに狩野の背中を見つめていた2人を海央が急かす。
綜舞「そんなことより⋯⋯?」
一瞬怪訝な表情になる綜舞だったが、すぐに天陽に向き直る。それを受け、思い詰めた様子の天陽が口を開いた。
天陽「突然ごめん、助けてほしい。美久が⋯⋯死のうとしてる。俺には、止められない」
海央「っ案内してくれ!」
聞き終わるや否や駅に向かって走り出す海央。急ぎ天陽も続く。
陸翔「⋯⋯いいのか?」
自身も駅へと歩き出そうとする綜舞に、陸翔が声をかける。
綜舞「ああ。どうするべきかはまだわからない⋯⋯だが、美久が死ぬのは間違ってるということだけはわかる」
その目に、迷いはなかった。
綜舞「それに全部聞いて実感したわ。やっぱり美久は美久で、失いたくねー俺らの仲間だって」
陸翔「同感。俺も、これで美久が死んだら一生後悔すると思う」
陸翔も軽く伸びをすると、吹っ切れたような表情で一歩を踏み出した。
すると暗くてよく見えないが、本棟の方から何者かが走り寄ってくる。
夜目がきく2人には難ない距離らしく、綜舞は小さくため息をついた。
龙成「ごめん、遅くなって⋯⋯! 何かあったの?」
陸翔「お前ウ◎コ長いな」
美久はコンビニの屋根の上で身を潜めていた。眼下の駐車場にはVAMPが集結している。
鉈に代わる刃物を購入しようとした美久だったが、数人のVAMPに出くわし、さらに次々とVAMPが現れるという異常事態に見舞われていた。
「こっちはいなかったぞ」
「こっちもだ」
周囲を確認していたらしいVAMPが集団に加わる。20人ほどはいるだろうか。半数以上のVAMPが缶ビールや缶チューハイを片手に、好き勝手にくつろいでいる。
コンビニは完全に無人化している為、咎める者はいない。店内で商品を勧めるAI音声が、ここまで微かに聞こえてくる。
「やっぱガセだったんじゃねぇ?」
足を大きく開き、座り込んでいるVAMPが気怠げに言う。ツンツンと尖った黒髪ショートヘア、筋肉質でいかにも強そうだ。
黒い瞳、片方の黒目が異様に小さい。ギョロリと動く、不気味な眼球。
「え~でも今まではガチだったらしいよぉ~? この⋯⋯獣の正義、って人?」
PA3の画面を筋肉質のVAMPに見せる、ピンク髪のVAMP。華奢で、背が高い。
筋肉質のVAMP「名前ダッサ笑笑!!!!!」
やはり美久の居場所が何者かに把握されていた。天陽の姿を探し、美久は辺りを見回した。
金髪のVAMP「⋯⋯あそこは? 屋根の上」
それまで輪の中心で沈黙していた金髪のVAMPが、あごをしゃくって美久の方を示す。
元々死角にいた美久だったが、さらに頭を下げて息を殺す。緊張が走った。
ピンク髪のVAMP「ちょ、VAMP基準で考えんなって~人間でしょ~笑!!」
筋肉質のVAMP「まじそれな~久しぶりに喋ったかと思えば笑」
金髪のVAMP「いやゴリラって聞いたから⋯⋯」
ピンク髪のVAMP「ゴリラもコンビニ登れませ~ん!!!」
金髪のVAMPの提案は一笑に付され、美久はひとまず胸を撫で下ろす。
美久がVAMPだということは知られていないようだ。あの赤髪のVAMPはまだ咲鬼を探しているのだろうか。
しかしVAMPだと知られていないなら、捕まることもないということだ。銃はある。刃物を持っているVAMPも複数人いる。できるだけVAMPの戦力を削り、最後は刃物を奪えば⋯⋯。
胸に手を当て、心臓の状態を確認する美久。もうあまり痛みはないようだ。
SHIBUYA HIGHでの天陽も、咲鬼が言うほどはダメージを負っていないようだった。回復力の強さにも個人差があるのだろうか。
美久は2丁の銃を取り出し、それらに目を落とした。大切な人たちがくれた宝物。
こんなことになってしまったけれど、この2つと終われるなら本望だと、美久は感じた。
美久「みんな、ごめんね⋯⋯ありがとう」
震える声でそう呟き、立ち上がる美久——だったが、右手首の痛みと共に急激な目眩を覚え、すぐに膝を折った。
全身が痺れ、力が入らない。銃が手から落ちる。
やがて目を開けているのも難しくなり、美久は気を失った。
真っ白な世界。懐かしい気配がして、ずっと張り詰めていた緊張が解けていくのを感じる美久。
——強いけど柔らかくて、優しい手。別の世界のもの。死んでも誰も迎えに来ないはずなのに。
これが来世なら、嬉しいな。
「⋯⋯く! 美久! 大丈夫か?!」
ゆっくりと目を開ける美久。目の前には青ざめた海央の顔がある。背後には綺麗な朝焼け。美久を抱き抱え、その頬に片手を添えている海央。
ふと自分が涙していることに気付き、美久はようやく微睡から醒める。
美久「みんな⋯⋯、なんで⋯⋯」
いつの間にかコンビニの駐車場に下ろされていたらしい美久。辺りは灰だらけだ。集まっていたVAMPはほとんど殺されたようだ。
血塗れの刃物を手にしたまま、美久を見下ろしている綜舞と陸翔。
その後ろで銃の手入れをしていた龙成が、美久の視線に気付き顔を上げる。天陽の姿はない。
陸翔「死ぬな、美久」
仏頂面の陸翔がそう一言だけ、しかし力強く言い放つ。朝陽に照らされ、金色の髪がキラキラと輝いている。
海央「そうだ、美久が死ぬ必要なんかない。俺らが守るから、美久が安心して生きられる世界にするから⋯⋯!!!」
海央が必死に訴えかける。目には涙が溜まっていた。
美久「でも⋯⋯迷惑、かけたくない⋯⋯」
海央「迷惑じゃない!! 俺がそうしたいの⋯⋯っ!!!」
たまらず泣き出す海央。「兄貴は近所迷惑」と、陸翔がその肩に手を置く。
綜舞「仲間を守ることが、迷惑なわけがない。美久はLYCANの一員だ。少なくとも俺はそう思ってる。生きたいように生きろ。嫌なことは忘れていい。全部、俺がなんとかする。その為のアルファだろ」
強く優しい綜舞の言葉に、美久も泣き出したくなる気持ちを堪えた。
——この4人といる時間が大好きだった。温かい光で満ちた空気。
ずっと暗闇だった人生を一瞬で塗り替えてくれた。初めて心から安心できた。
もう会えないと思っていたのに。
ただ心境は複雑だった。そんな4人が大切だからこそ、傷付けたくなくて選んだ答えだった。
龙成「俺も、全部聞いて⋯⋯美久ちゃんにはもう辛い思いしてほしくないって思った。俺たちと同じだったんだね」
ずっと黙って頷いていた龙成が口を開く。あの場にはいなかったが、おそらく移動中に話を聞いたのだろう。
美久「え⋯⋯?」
陸翔「ごめん、親父から勝手に聞き出した。美久の父親⋯⋯高逸さんのこととか、色々」
美久「伊勢さんが⋯⋯? お父さんのこと、知ってるの?」
綜舞「そうか、美久は知らないよな。高逸さんは⋯⋯VAMPともシルクロとも、協力関係にあるらしい」
美久「え⋯⋯」
高逸とは縁が切れたとばかり思っていた美久には、信じ難い事実だった。
しかし、これまでのいくつかの違和感の正体が浮き彫りになった気がした。
そして何か、強い引っかかりを感じた。
海央「俺らからも謝らなきゃいけないことがある。美久と出会ったのは偶然じゃないんだ。美久を守らなければVAMPに有利な情報を流すって、親父が高逸さんに脅されてたらしい。俺らも理由は知らされてなかったんだけど⋯⋯嘘ついてごめん」
美久「そう、だったんだ⋯⋯」
高逸が自分を守らせようとしたのは愛情からではなく貴重な玩具だから、連れ帰らないのは泳がせて楽しんでいるからだと、美久にはすぐに理解できた。
それよりも、それほど前から自らの行動がみなに影響していたと知り、美久は申し訳なさでいっぱいになった。
海央「でも、今ここにいるのは俺らだけの意思だから。美久がVAMPだろうと人間だろうと関係ない。美久が大切だから、生きていてほしいんだ」
海央の真摯な思いが、傷だらけの美久の心にしみる。
しかし、その優しさに導かれる答えはいつも同じだ。美久もそう願っていた。
綜舞「ああ。あのクソサイコとは決別してきた笑」
陸翔「俺はほぼ殴ってきた」
龙成「俺も、もう綜くんの言うことしか聞くつもりない笑」
陸翔「お前はウ◎コしてただけだろ」
海央「ねぇちょっと待って? あんなにプラ侵プラ侵言ってたくせに自分はいいわけ?」
陸翔「こいつのウ◎コは一線を超えた」
龙成「なんでもいいから話長引かせないでもらえる笑?」
美久「ふふ⋯⋯っ」
いつもの光景に、思わず笑みがこぼれる美久。そんな美久を見て、4人も笑顔になる。
海央「帰ろう、美久」
海央が立ち上がり、美久に手を差し伸べる。美久はその手を見て、迷うように視線を泳がせた。
陸翔「そりゃ嫌だよな、さっき鼻水手で拭いてたもん。俺の手、使っていいぞ。今日だけ特別な」
そう言って今度は陸翔が手を突き出す。
美久「いやそういうことじゃ笑⋯⋯」
海央「待って! 今除菌シート買ってくるから! あ、エリスもPA3もない! 買えない!」
1人賑やかしい海央。美久がそれを眺めていると、今度は綜舞が一歩前へ歩み出る。
綜舞「わかる、彼女持ちの手は無理だよな。俺はフリーだし、海央みたいにキショくもない。安心安全アルファハンドを信じろ」
美久「なにこの流れ笑」
海央「今普通に悪口じゃなかった?」
自然とみなの視線が龙成に集まる。「俺?」と、苦笑いしながらも渋々歩み出る龙成。
龙成「え~笑、早く帰って甘いものでも食べて射撃勝負しよ? ビンゴも待ってる」
一切の迷いなく龙成の手を取る美久。
陸翔「はぁあ~~?ずっこいずっこい!」
龙成「ズルいとかないでしょ笑」
綜舞「三種盛りかよ。ペナルティな」
龙成「ねぇまじで嫌だ笑」
海央「ビンゴが待ってない俺らのことも考えろよ!」
龙成「言いがかりすぎる笑」
陸翔「俺入れんな? 俺のことはちょっと待ってるから」
美久「⋯⋯みんな、本当にありがとう」
美久がかしこまってそう言うと、4人は小競り合いをやめ、美久に向き直る。
海央「こちらこそ、話聞いてくれてありがとう」
綜舞「あ、一応言っとくと、美久の居場所教えてくれたの、天陽だから」
美久「天陽くんが⋯⋯?」
やはり天陽が近くにいたのは間違いないようだ。ただVAMPとLYCAN、双方に伝える理由がわからない。
陸翔「すげー心配してたぞ。反抗期かなんか知らんけど、オカンは大切にしろよ」
美久「うん⋯⋯」
龙成「オカン受け入れた笑」
美久は釈然としない気持ちで空を見上げた。美久の心境とは裏腹に、雲一つない朝天が広がっている。
数時間後。シルクロに戻った一同はある場所に立ち寄っていた。結希の病室だ。
美久は念の為、診察を受けていたので少し遅れて合流する。
綜舞「結希、咲鬼は陸翔が殺ってくれたぞ。もう大丈夫だ」
結希は答えない。横になっているが、目は開いている。天井の一点を見つめたまま、視線が動かない。何も聞こえていないようだ。
陸翔「さっきは眠ってたんだ。まぁ夜はいつもそうだからさ、また朝に来ようと思って一旦親父詰めに行ったんだけど⋯⋯っやっぱ駄目か⋯⋯⋯⋯」
傍らで結希の手を握っていた陸翔が、震える声でそう漏らす。苦しそうに顔を歪め、結希の手を額にあてて俯く。
海央「陸⋯⋯」
綜舞「しっかりしろ、陸翔。お前のおかげで結希は縛られなくてもよくなった。一歩前進だろ」
結希はもう鎖で繋がれていない。咲鬼の死を察したのだろう。VAMPと餌には特別な繋がりがあるらしい。
龙成「⋯⋯前に結希ちゃんが餌にされた直後、陸翔くんを守ろうとしたって言ってたよね。その後も、寝言で名前を呼んだって。そんなの聞いたことないし、それだけ自我が残ってるなら、咲鬼がいなくなった今、いずれ目を覚ますんじゃないかな。結希ちゃんなら大丈夫だと思う。俺は、そう信じてる」
遠慮がちに、しかし確信を持って言葉を紡ぐ龙成。
海央「そうだな、俺もそう思う。時間はいくらでもある。その助けになりそうなこと、全部やろう。結希は今頑張ってる。俺らも信じて、一緒に戦い続けるんだ」
海央の声に、陸翔は俯いたまま小さく頷いた。どこからか瑞々しい鳥の声が聞こえた。
美久「⋯⋯私も戦いたい」
美久が握り締めた右手を胸に、まっすぐに前を向く。
美久「そんな資格はないかもしれないけど、やっぱりVAMPは許せないし、みんなには幸せになってほしい。苦しんでほしくない。⋯⋯生きていていいなら、その為に生きたい」
最後は消え入りそうな声で、美久は悲しげに目を伏せた。
海央「美久⋯⋯っいいに決まってるだろ⋯⋯!!」
海央がたまらず声を荒げる。美久は視線を落としたまま、ぎこちなく微笑んで見せる。
綜舞「っしゃ! そういうことなら美久は復帰確ってことで。何があっても俺が守るから、好きなだけ戦ってこい」
綜舞が大きく一度手を叩き、重苦しい空気を切り替える。
陸翔「そんな犬みてーに⋯⋯」
龙成「普通に戦力として欲しがってない笑⋯⋯?」
綜舞は聞こえないとばかりに、わざとらしく伸びをしながら気の抜けた声を上げた。
海央「美久は俺の後ろで応援してるだけでいいからね?」
1人不満げだった海央が、心配そうに美久の顔を覗き込む。
陸翔「運動会じゃねーんだから⋯⋯てか一応今俺バッド入ってるからボケないでもらっていい? サイコパスみたくなってっから」
龙成「ツッコミはマストなんだ笑」
海央「陸翔くん、タバスコのコスパは最高ではないよ? バッドボケナスコスパ、その通り!」
陸翔「まじで何??」
綜舞「そういうことだから美久、これからまたよろしくな」
綜舞に握手を求められ、噛み締めるようにそれに応える美久。
美久「うん、ありがとう」
龙成「いやどういうこと笑?」
海央「まって、俺も握手する!」
陸翔「キショいから駄目」
海央「ちょ、陸まで!!」
4人とも不眠不休だというのに、騒ぎはまだしばらく続きそうだ。
人知れず、結希の口角が僅かに上がった。
自席で作業中だった博道は手を止め、憤りを隠せない様子の3人に向き直る。
博道「龙成はどうした?」
両眉を上げ、のんきな調子で龙成の行方を問う博道。
海央「今それ関係あるか? ウ◎コに決まってんだろ」
陸翔「兄貴」
語気荒くプライバシーを侵害する海央を、陸翔がたしなめる。
陸翔「てか貧血は大丈夫なのか?」
海央「ああ、輸血してもらったらすぐ治ったよ」
自身の腕をちらりと見やる海央。黒いシールが注射痕の上に貼られている。
綜舞「美久がVAMPだって知ってたんだよな? なんで黙ってた」
綜舞から憎々しげな視線を浴び、博道はわざとらしくため息をついて見せた。両手を頭の後ろに当て、椅子の背もたれに深く寄りかかる。
博道「⋯⋯美久の父親は特殊なVAMPでね、片田舎で医者として生きている。VAMPとは距離を置いているが人間の味方でもなく、中立的な存在だ。というより、『面白くなりそうか』が判断基準で、気が向けばどちらにも協力するような食えない奴でね」
「そして科学の天才であり⋯⋯ PL-LYC=ANにも、少しばかり力を貸していただいた」
海央「は⋯⋯?」
衝撃的事実に耳を疑う一同。LYCANの開発にVAMPが関わっていたとは、歪にも程がある。
陸翔「汚ねーVAMPの手を借りた? 冗談だろ」
博道「だからどうした。前から言っているだろう。私はVAMPを壊滅させる為なら、何だってする。手段は選ばない。いや、選べないんだよ。もっと現実を見なさい」
綜舞「悪夢に悪夢を重ねてどうなった? 現実見えてねえのはてめえの方だろ」
博道「どう思ってくれても構わない。私は私の正義を貫くだけだ」
膝の上で指を組み、冷たい瞳で綜舞を見据える博道。VAMP以上に狂っている人間がいるとすれば、間違いなくこの男だろう。
海央「⋯⋯どうして美久を巻き込んだ」
怒りに震えながらも、努めて冷静に問いただす海央。
博道「いやぁ巻き込まれたのはこちらの方だよ笑。美久の父親⋯⋯高逸さんから突然連絡があってね。家出した娘がVAMPの手に渡らぬよう保護してほしい、殺せばVAMPに呪いを解く方法を教える、と」
陸翔「呪い⋯⋯?」
博道「女VAMPが生まれない呪いだよ。美久が生まれている以上、ハッタリとも思えなくてね。まぁどちらにせよ、こちらに選択肢はなかったのだが」
「それでひとまず銀架園に入れて様子を見ることにしたんだ。そしたらよりにもよって渋谷の、しかも夜間の学校に通いたいだなんて言うもんだから、君らに護衛を頼んだというわけだ」
海央「それを初めから言っとけよ⋯⋯!」
海央が拳を握り締めながら、感情を露わにする。その様子を少し心配そうに見守る陸翔。
博道「ハハハハ、無理に決まってるだろう。殺されたら困る。今は情が移っているだろうが、女VAMPという脅威を前にして、猛獣が待てに従えるとは到底思えなかったのでね笑」
海央「っ⋯⋯!!」
博道の胸ぐらに海央が掴みかかる。反動で倒れそうになった椅子を片手で支えながらも、怯むことなく白い歯をむき出しにする博道。
博道「どうやら私の考えは正しかったようだ笑」
海央が拳を振り上げる——が、その手首を陸翔が掴み上げ、未遂に終わった。
陸翔「落ち着け兄貴。殴るのは全部聞き出してからで」
「美久は何も知らないのか?」
陸翔になだめられ、博道から渋々離れる海央。しかし鋭い視線は博道を捉えたままだ。
博道「ああ、おそらく。知っての通り、美久は特別なVAMPだ。最高の研究対象だと、よく話していたらしい。美久の存在が知られたら当主に奪われるだろうから、本人にも知らせず人間として育てたのだろうね」
海央「研究対象⋯⋯?」
聞き捨てならないといった様子で、顔をしかめる海央。
博道「VAMPは愛情を持たない。利用価値がなければ育てないだろう。まあ美久もそれが嫌で、逃げ出したのだろうが」
綜舞「驚いたな、目の前にVAMPがいるみたいだ」
綜舞が両手を広げておどけて見せる。
博道「なんと、それは大変だ。2代目アルファ引退の日も近いか。3代目は陸翔、お前でどうだ?笑」
博道も目を見開き、わざとらしい口調で綜舞を煽る。これには陸翔も眉間に皺を寄せた。
陸翔「そろそろ俺も殴るからな。あんま舐めてっと」
「インスリンもそのクソ親父が送ってるのか?」
博道「インスリン? ああ疑似血液か。いや、私が。高逸さんからレシピを教わったのでね」
陸翔「⋯⋯気色悪」
「天陽の父親は? あいつもUVに耐性があるみたいだけど」
博道「ああ⋯⋯彼の父親はVAMPではないはずだよ。詳しくは知らないが、彼も巻き込まれた側、なのだろう⋯⋯⋯⋯」
博道は遠い目でそう言うと、ちらりと海央を見やった。
海央「? なんだよ」
博道「いや、海央から話しかけられるなんて何年ぶりだろうと思ってね笑。よほどお嬢様にご執心なようで」
可笑しくてたまらないとばかりに口元を緩ませる博道。
海央「人権侵害にご執心なサイコ野郎は黙っとけよ」
博道「ハハハハ、嬉しいねえ笑。とにもかくにも、君らの最優先事項は美久を連れ戻すことだ。女VAMPが奪われれば、悪夢どころでは済まない。わかっているな?」
綜舞「⋯⋯」
念を押すように、鋭い眼光で綜舞を見据える博道。綜舞は答えず、冷たく視線を返す。
海央「そんな理由で美久は連れ戻さない」
海央は力強くそう言い放つと、荒い足取りで部屋を後にする。
陸翔「あれ、殴んないの? じゃあ俺が、」
綜舞「俺らも行くぞ」
博道に詰め寄る陸翔を綜舞が制止すると、博道は半笑いで胸を撫で下ろして見せた。
綜舞「⋯⋯言っとくが、俺らは俺らで考えて行動する。何も言わず、LYCANを利用したアンタに従う義理はない」
博道を見下ろす綜舞の瞳は、失望と覚悟に満ちていた。
博道「そうか。偉大なアルファが暴走して、群れを犠牲にしないことを願うよ」
博道はほくそ笑むと、挑戦的な目つきで綜舞を見上げた。
陸翔「で、どうする。兄貴は反対ってことで」
重い沈黙を陸翔が破る。時刻は午前3時半。ひとまず殿に戻ろうと、本棟から出て敷地内を歩く3人。
海央「当たり前だろ。美久は物じゃない。勝手な都合で振り回したくない。安全でいられるなら、美久がいたいところにいるべきだ」
綜舞「⋯⋯」
綜舞は考え込んでいるのか、一点を見つめたまま反応しない。
「綜舞さん!」
その時、後方から焦った様子の隊員が駆け寄ってくる。背後には——天陽が。ただ事でない状況に、身構える3人。
綜舞「狩野。何してる」
天陽「ごめん、俺が無理言って」
狩野「勝手にすいません。駅前で話しかけられて、永月は敵じゃないって話だったので⋯⋯、」
たどたどしく説明する狩野。初々しく、まだLYCANになってから日が浅いと見受けられる。
黒髪ショート、雪のように白い肌。長いまつ毛、黒目がちな瞳。少年のような、純粋な意思の強さを感じさせる。
綜舞「いいよ。ただ今後は俺に確認して。つかバディは?」
狩野「あー⋯⋯駅で待ち合わせてたんですけど、急ぎみたいだったんで、先に帰ってきちゃいました」
綜舞「それもちゃんと確認しろ。やむを得ない場合以外、単独行動厳禁だから」
狩野「はい! すみませんでした!」
狩野は勢いよく頭を下げると、そのまま殿へと走り去っていった。
今夜はSHIBUYA HIGHの後始末で、LYCANの帰りも相当遅れているようだ。まだ半数ほどの表札に明かりが灯っていない。
陸翔「大丈夫かぁアイツ⋯⋯」
綜舞「もっと圧強めのベータと組ませた方が良さそうだな」
陸翔「お前みたいな奴な⋯⋯」
綜舞「お前じゃないことは確かだな⋯⋯」
アルファである綜舞を頂点として、ベータ、オメガと階級が分かれているらしい。
そして今回のようなインシデントを防ぐ為、新米のオメガはベータと組むことになっているということだろう。
シルクロに通じるホームへのエレベーターには、無人であることを入念に確認してから乗り込むよう徹底されている。
狩野がそれを遵守したかどうかは、疑問が残った。もちろん暗証番号と登録者の指紋がなければ、ホームには辿り着けないのだが。
海央「おい、そんなことより今は天陽だろ」
悩ましげに狩野の背中を見つめていた2人を海央が急かす。
綜舞「そんなことより⋯⋯?」
一瞬怪訝な表情になる綜舞だったが、すぐに天陽に向き直る。それを受け、思い詰めた様子の天陽が口を開いた。
天陽「突然ごめん、助けてほしい。美久が⋯⋯死のうとしてる。俺には、止められない」
海央「っ案内してくれ!」
聞き終わるや否や駅に向かって走り出す海央。急ぎ天陽も続く。
陸翔「⋯⋯いいのか?」
自身も駅へと歩き出そうとする綜舞に、陸翔が声をかける。
綜舞「ああ。どうするべきかはまだわからない⋯⋯だが、美久が死ぬのは間違ってるということだけはわかる」
その目に、迷いはなかった。
綜舞「それに全部聞いて実感したわ。やっぱり美久は美久で、失いたくねー俺らの仲間だって」
陸翔「同感。俺も、これで美久が死んだら一生後悔すると思う」
陸翔も軽く伸びをすると、吹っ切れたような表情で一歩を踏み出した。
すると暗くてよく見えないが、本棟の方から何者かが走り寄ってくる。
夜目がきく2人には難ない距離らしく、綜舞は小さくため息をついた。
龙成「ごめん、遅くなって⋯⋯! 何かあったの?」
陸翔「お前ウ◎コ長いな」
美久はコンビニの屋根の上で身を潜めていた。眼下の駐車場にはVAMPが集結している。
鉈に代わる刃物を購入しようとした美久だったが、数人のVAMPに出くわし、さらに次々とVAMPが現れるという異常事態に見舞われていた。
「こっちはいなかったぞ」
「こっちもだ」
周囲を確認していたらしいVAMPが集団に加わる。20人ほどはいるだろうか。半数以上のVAMPが缶ビールや缶チューハイを片手に、好き勝手にくつろいでいる。
コンビニは完全に無人化している為、咎める者はいない。店内で商品を勧めるAI音声が、ここまで微かに聞こえてくる。
「やっぱガセだったんじゃねぇ?」
足を大きく開き、座り込んでいるVAMPが気怠げに言う。ツンツンと尖った黒髪ショートヘア、筋肉質でいかにも強そうだ。
黒い瞳、片方の黒目が異様に小さい。ギョロリと動く、不気味な眼球。
「え~でも今まではガチだったらしいよぉ~? この⋯⋯獣の正義、って人?」
PA3の画面を筋肉質のVAMPに見せる、ピンク髪のVAMP。華奢で、背が高い。
筋肉質のVAMP「名前ダッサ笑笑!!!!!」
やはり美久の居場所が何者かに把握されていた。天陽の姿を探し、美久は辺りを見回した。
金髪のVAMP「⋯⋯あそこは? 屋根の上」
それまで輪の中心で沈黙していた金髪のVAMPが、あごをしゃくって美久の方を示す。
元々死角にいた美久だったが、さらに頭を下げて息を殺す。緊張が走った。
ピンク髪のVAMP「ちょ、VAMP基準で考えんなって~人間でしょ~笑!!」
筋肉質のVAMP「まじそれな~久しぶりに喋ったかと思えば笑」
金髪のVAMP「いやゴリラって聞いたから⋯⋯」
ピンク髪のVAMP「ゴリラもコンビニ登れませ~ん!!!」
金髪のVAMPの提案は一笑に付され、美久はひとまず胸を撫で下ろす。
美久がVAMPだということは知られていないようだ。あの赤髪のVAMPはまだ咲鬼を探しているのだろうか。
しかしVAMPだと知られていないなら、捕まることもないということだ。銃はある。刃物を持っているVAMPも複数人いる。できるだけVAMPの戦力を削り、最後は刃物を奪えば⋯⋯。
胸に手を当て、心臓の状態を確認する美久。もうあまり痛みはないようだ。
SHIBUYA HIGHでの天陽も、咲鬼が言うほどはダメージを負っていないようだった。回復力の強さにも個人差があるのだろうか。
美久は2丁の銃を取り出し、それらに目を落とした。大切な人たちがくれた宝物。
こんなことになってしまったけれど、この2つと終われるなら本望だと、美久は感じた。
美久「みんな、ごめんね⋯⋯ありがとう」
震える声でそう呟き、立ち上がる美久——だったが、右手首の痛みと共に急激な目眩を覚え、すぐに膝を折った。
全身が痺れ、力が入らない。銃が手から落ちる。
やがて目を開けているのも難しくなり、美久は気を失った。
真っ白な世界。懐かしい気配がして、ずっと張り詰めていた緊張が解けていくのを感じる美久。
——強いけど柔らかくて、優しい手。別の世界のもの。死んでも誰も迎えに来ないはずなのに。
これが来世なら、嬉しいな。
「⋯⋯く! 美久! 大丈夫か?!」
ゆっくりと目を開ける美久。目の前には青ざめた海央の顔がある。背後には綺麗な朝焼け。美久を抱き抱え、その頬に片手を添えている海央。
ふと自分が涙していることに気付き、美久はようやく微睡から醒める。
美久「みんな⋯⋯、なんで⋯⋯」
いつの間にかコンビニの駐車場に下ろされていたらしい美久。辺りは灰だらけだ。集まっていたVAMPはほとんど殺されたようだ。
血塗れの刃物を手にしたまま、美久を見下ろしている綜舞と陸翔。
その後ろで銃の手入れをしていた龙成が、美久の視線に気付き顔を上げる。天陽の姿はない。
陸翔「死ぬな、美久」
仏頂面の陸翔がそう一言だけ、しかし力強く言い放つ。朝陽に照らされ、金色の髪がキラキラと輝いている。
海央「そうだ、美久が死ぬ必要なんかない。俺らが守るから、美久が安心して生きられる世界にするから⋯⋯!!!」
海央が必死に訴えかける。目には涙が溜まっていた。
美久「でも⋯⋯迷惑、かけたくない⋯⋯」
海央「迷惑じゃない!! 俺がそうしたいの⋯⋯っ!!!」
たまらず泣き出す海央。「兄貴は近所迷惑」と、陸翔がその肩に手を置く。
綜舞「仲間を守ることが、迷惑なわけがない。美久はLYCANの一員だ。少なくとも俺はそう思ってる。生きたいように生きろ。嫌なことは忘れていい。全部、俺がなんとかする。その為のアルファだろ」
強く優しい綜舞の言葉に、美久も泣き出したくなる気持ちを堪えた。
——この4人といる時間が大好きだった。温かい光で満ちた空気。
ずっと暗闇だった人生を一瞬で塗り替えてくれた。初めて心から安心できた。
もう会えないと思っていたのに。
ただ心境は複雑だった。そんな4人が大切だからこそ、傷付けたくなくて選んだ答えだった。
龙成「俺も、全部聞いて⋯⋯美久ちゃんにはもう辛い思いしてほしくないって思った。俺たちと同じだったんだね」
ずっと黙って頷いていた龙成が口を開く。あの場にはいなかったが、おそらく移動中に話を聞いたのだろう。
美久「え⋯⋯?」
陸翔「ごめん、親父から勝手に聞き出した。美久の父親⋯⋯高逸さんのこととか、色々」
美久「伊勢さんが⋯⋯? お父さんのこと、知ってるの?」
綜舞「そうか、美久は知らないよな。高逸さんは⋯⋯VAMPともシルクロとも、協力関係にあるらしい」
美久「え⋯⋯」
高逸とは縁が切れたとばかり思っていた美久には、信じ難い事実だった。
しかし、これまでのいくつかの違和感の正体が浮き彫りになった気がした。
そして何か、強い引っかかりを感じた。
海央「俺らからも謝らなきゃいけないことがある。美久と出会ったのは偶然じゃないんだ。美久を守らなければVAMPに有利な情報を流すって、親父が高逸さんに脅されてたらしい。俺らも理由は知らされてなかったんだけど⋯⋯嘘ついてごめん」
美久「そう、だったんだ⋯⋯」
高逸が自分を守らせようとしたのは愛情からではなく貴重な玩具だから、連れ帰らないのは泳がせて楽しんでいるからだと、美久にはすぐに理解できた。
それよりも、それほど前から自らの行動がみなに影響していたと知り、美久は申し訳なさでいっぱいになった。
海央「でも、今ここにいるのは俺らだけの意思だから。美久がVAMPだろうと人間だろうと関係ない。美久が大切だから、生きていてほしいんだ」
海央の真摯な思いが、傷だらけの美久の心にしみる。
しかし、その優しさに導かれる答えはいつも同じだ。美久もそう願っていた。
綜舞「ああ。あのクソサイコとは決別してきた笑」
陸翔「俺はほぼ殴ってきた」
龙成「俺も、もう綜くんの言うことしか聞くつもりない笑」
陸翔「お前はウ◎コしてただけだろ」
海央「ねぇちょっと待って? あんなにプラ侵プラ侵言ってたくせに自分はいいわけ?」
陸翔「こいつのウ◎コは一線を超えた」
龙成「なんでもいいから話長引かせないでもらえる笑?」
美久「ふふ⋯⋯っ」
いつもの光景に、思わず笑みがこぼれる美久。そんな美久を見て、4人も笑顔になる。
海央「帰ろう、美久」
海央が立ち上がり、美久に手を差し伸べる。美久はその手を見て、迷うように視線を泳がせた。
陸翔「そりゃ嫌だよな、さっき鼻水手で拭いてたもん。俺の手、使っていいぞ。今日だけ特別な」
そう言って今度は陸翔が手を突き出す。
美久「いやそういうことじゃ笑⋯⋯」
海央「待って! 今除菌シート買ってくるから! あ、エリスもPA3もない! 買えない!」
1人賑やかしい海央。美久がそれを眺めていると、今度は綜舞が一歩前へ歩み出る。
綜舞「わかる、彼女持ちの手は無理だよな。俺はフリーだし、海央みたいにキショくもない。安心安全アルファハンドを信じろ」
美久「なにこの流れ笑」
海央「今普通に悪口じゃなかった?」
自然とみなの視線が龙成に集まる。「俺?」と、苦笑いしながらも渋々歩み出る龙成。
龙成「え~笑、早く帰って甘いものでも食べて射撃勝負しよ? ビンゴも待ってる」
一切の迷いなく龙成の手を取る美久。
陸翔「はぁあ~~?ずっこいずっこい!」
龙成「ズルいとかないでしょ笑」
綜舞「三種盛りかよ。ペナルティな」
龙成「ねぇまじで嫌だ笑」
海央「ビンゴが待ってない俺らのことも考えろよ!」
龙成「言いがかりすぎる笑」
陸翔「俺入れんな? 俺のことはちょっと待ってるから」
美久「⋯⋯みんな、本当にありがとう」
美久がかしこまってそう言うと、4人は小競り合いをやめ、美久に向き直る。
海央「こちらこそ、話聞いてくれてありがとう」
綜舞「あ、一応言っとくと、美久の居場所教えてくれたの、天陽だから」
美久「天陽くんが⋯⋯?」
やはり天陽が近くにいたのは間違いないようだ。ただVAMPとLYCAN、双方に伝える理由がわからない。
陸翔「すげー心配してたぞ。反抗期かなんか知らんけど、オカンは大切にしろよ」
美久「うん⋯⋯」
龙成「オカン受け入れた笑」
美久は釈然としない気持ちで空を見上げた。美久の心境とは裏腹に、雲一つない朝天が広がっている。
数時間後。シルクロに戻った一同はある場所に立ち寄っていた。結希の病室だ。
美久は念の為、診察を受けていたので少し遅れて合流する。
綜舞「結希、咲鬼は陸翔が殺ってくれたぞ。もう大丈夫だ」
結希は答えない。横になっているが、目は開いている。天井の一点を見つめたまま、視線が動かない。何も聞こえていないようだ。
陸翔「さっきは眠ってたんだ。まぁ夜はいつもそうだからさ、また朝に来ようと思って一旦親父詰めに行ったんだけど⋯⋯っやっぱ駄目か⋯⋯⋯⋯」
傍らで結希の手を握っていた陸翔が、震える声でそう漏らす。苦しそうに顔を歪め、結希の手を額にあてて俯く。
海央「陸⋯⋯」
綜舞「しっかりしろ、陸翔。お前のおかげで結希は縛られなくてもよくなった。一歩前進だろ」
結希はもう鎖で繋がれていない。咲鬼の死を察したのだろう。VAMPと餌には特別な繋がりがあるらしい。
龙成「⋯⋯前に結希ちゃんが餌にされた直後、陸翔くんを守ろうとしたって言ってたよね。その後も、寝言で名前を呼んだって。そんなの聞いたことないし、それだけ自我が残ってるなら、咲鬼がいなくなった今、いずれ目を覚ますんじゃないかな。結希ちゃんなら大丈夫だと思う。俺は、そう信じてる」
遠慮がちに、しかし確信を持って言葉を紡ぐ龙成。
海央「そうだな、俺もそう思う。時間はいくらでもある。その助けになりそうなこと、全部やろう。結希は今頑張ってる。俺らも信じて、一緒に戦い続けるんだ」
海央の声に、陸翔は俯いたまま小さく頷いた。どこからか瑞々しい鳥の声が聞こえた。
美久「⋯⋯私も戦いたい」
美久が握り締めた右手を胸に、まっすぐに前を向く。
美久「そんな資格はないかもしれないけど、やっぱりVAMPは許せないし、みんなには幸せになってほしい。苦しんでほしくない。⋯⋯生きていていいなら、その為に生きたい」
最後は消え入りそうな声で、美久は悲しげに目を伏せた。
海央「美久⋯⋯っいいに決まってるだろ⋯⋯!!」
海央がたまらず声を荒げる。美久は視線を落としたまま、ぎこちなく微笑んで見せる。
綜舞「っしゃ! そういうことなら美久は復帰確ってことで。何があっても俺が守るから、好きなだけ戦ってこい」
綜舞が大きく一度手を叩き、重苦しい空気を切り替える。
陸翔「そんな犬みてーに⋯⋯」
龙成「普通に戦力として欲しがってない笑⋯⋯?」
綜舞は聞こえないとばかりに、わざとらしく伸びをしながら気の抜けた声を上げた。
海央「美久は俺の後ろで応援してるだけでいいからね?」
1人不満げだった海央が、心配そうに美久の顔を覗き込む。
陸翔「運動会じゃねーんだから⋯⋯てか一応今俺バッド入ってるからボケないでもらっていい? サイコパスみたくなってっから」
龙成「ツッコミはマストなんだ笑」
海央「陸翔くん、タバスコのコスパは最高ではないよ? バッドボケナスコスパ、その通り!」
陸翔「まじで何??」
綜舞「そういうことだから美久、これからまたよろしくな」
綜舞に握手を求められ、噛み締めるようにそれに応える美久。
美久「うん、ありがとう」
龙成「いやどういうこと笑?」
海央「まって、俺も握手する!」
陸翔「キショいから駄目」
海央「ちょ、陸まで!!」
4人とも不眠不休だというのに、騒ぎはまだしばらく続きそうだ。
人知れず、結希の口角が僅かに上がった。
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