【日曜更新】ライク・アン・エクリプス【完結】

幻奏堂

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2051年10月8日(日)

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 パトロール終わりの23時過ぎ。海央の部屋に集まったLYCANの4人と、美久とビンゴ。豪華な手料理が並んだ机を囲んでいる。

海央「本日はお集まりいただきありがとうございます。これより美久おかえり会兼、殿にようこそ会兼、陸カプ麺断ち6日目祝い会兼、今日はビンゴに吠えられなかったワーイ会兼、綜舞の誕生日会を始めたいと思います!」

綜舞「優先順位おい」

ビンゴ「ギャウゥゥゥンン!!」

陸翔「あ、吠えた」

 あれから美久は身の安全の為、銀架園を出て入殿することになった。
 ちなみに女子部屋として、今まで基本的に外飼いだったビンゴも一緒に暮らしている。

海央「えー皆さんはもう、無礼王?なので今日は楽しくいきましょう! カンパーイ!!」

 コーラを注いだワイングラスを恭しく掲げる海央。みなもそれぞれのグラスを軽く持ち上げる。

陸翔「無礼講な。邪智暴虐の王かよ」

海央「⋯⋯ん?」

陸翔「やめて。ごめんなさい」

 ゆるい雰囲気で宴が始まった。みな空腹だったのか、口数少なめに次々と料理に手を伸ばす。
 唐揚げやハンバーグなど、家庭的な肉料理が大皿でいくつも置かれている。今夜も炊飯器は3台控えている。
 龙成の前には前代未聞の刺身ブロック盛り合わせ。器用に切り分けながら頬張る龙成を、美久が微笑ましく見守る。

美久「というか今日、綜舞くんの誕生日だったんだ。ごめん知らなくて⋯⋯プレゼント今度渡すね。おめでとう」

 美久が右隣に座っている綜舞に話しかける。綜舞は焼き鳥ばかり食べ続けている。

綜舞「お、そうだ。これできたから付けといて」

 そう言って綜舞がパンツのポケットから取り出したのは、『MIKU』と刻印されたウルフタグだった。青く反射する、LYCANである証。

美久「これ⋯⋯」

綜舞「それを一生俺に触れさせるな。プレゼントはそれでいい」

 そう言い放つと、ジョッキに注いだプロテインを早くも飲み干す綜舞。
 『星間菩薩』とプリントされた四字錯誤Tの上に、連なるウルフタグ。綜舞が動く度にぶつかり合い、冷たい音を立てる。

美久「⋯⋯ありがとう」

 美久は手にしたウルフタグを見つめ、大切そうにぎゅっと握りしめた。意外と軽くて、重かった。
 傍らで焼き肉入りのドッグフードを食べていたビンゴが、美久の腕にふわふわの頭を押し付ける。美久が撫でてあげると満足したのか、すぐに食事に戻った。

龙成「それを一生俺に触れさせるな⋯⋯ハハッ笑」

 大げさに綜舞のモノマネをし始める龙成に、みなの視線が集中する。
 明らかに様子のおかしい龙成。頬が紅潮している。

綜舞「おい、こいつに何飲ませた?」

陸翔「いやいやいや俺じゃないし、酒ではねーよ?」

 綜舞にギロリと睨まれ、龙成の隣にいる陸翔が慌てて弁解する。
 龙成の前に置かれた一升瓶。ラベルには『狼中年』と筆文字で書かれており、おじさんのお面を付けた子供が道端で寝ているイラストが描かれている。

海央「あ、それ買ったの俺。子供用ビールなんだけど、なんかリアルで面白いなと思って」

 乾杯の挨拶を終えた海央は、美久の左隣りに座った。後片付けがあるからか、黒いエプロンを身に付けたままだ。

美久「ノンアルで酔ってるってこと笑?」

ビンゴ「グルルルル⋯⋯」

 ビンゴに唸られる海央だったが、すかさず焼き肉のおかわりを献上することで事なきを得た。

龙成「プレゼントはそれでいい⋯⋯フヘヘッ笑笑」

綜舞「おいそれ以上飲むな! お前も止めろ!!」

 コップを空にした龙成は、上機嫌で2杯目を注ごうとしている。
 綜舞はそれを阻止しようと立ち上がり、陸翔も渋々協力する。

龙成「ちょ触んなって!! 俺のタグには触れてもいいのかよ?!?!」

綜舞「お前、まじであとでわかってんな?」

陸翔「大丈夫ですよ~タグには触れませんからね~」

 なぜか逆ギレする龙成と、構わず掴みかかる2人。いつもとキャラの違う龙成に、美久は苦笑いを浮かべた。

美久「⋯⋯海央はいつもコーラだけど、お酒は飲まないの?」

海央「うん。というか、LYCANはみんな基本飲まないね。緊急で出動したりもするからさ、念の為」

美久「へ~偉いね⋯⋯」

 そう言いかけて、大事なことを思い出す美久。マスタードたっぷりのコールスローを食べている最中だったが、箸を置いて姿勢を正す。

海央「? どした?」

美久「あの⋯⋯この間は本当にごめんなさい。海央を危ない目に遭わせた。勝手にあんなこと⋯⋯、謝って済む問題じゃないけど」

海央「ああ、そのことなら全然! 美久にならいくら吸われたって平気だし。むしろ大歓迎」

陸翔「兄貴、その発言はちょっとやめよう」

 いつの間にか龙成と綜舞から距離を置いていた陸翔が、神妙な面持ちで釘を刺す。
 2人はまだ揉み合っている。というかもはやビールは関係なく、龙成が一方的にあらゆる寝技をかけられている。

海央「そ? あ、でもあれってどういう意味だったの? またくれるのって」

美久「え、なんの話?」

海央「いや、覚えてないならいいんだけど⋯⋯」

 美久には吸血前後の記憶がないようだ。陸翔は唐揚げを一気に口に入れ過ぎたせいで、ハムスターのように頬を膨らませながら、美久をじっと見つめた。

龙成「その為のアルファだろ⋯⋯ガハハハハハッ爆笑」

 その背後で、寝技をかけられながらも綜舞を煽り続ける龙成。命知らずだ。

海央「そういえば、テンテンとなんかあった?」

美久「え⋯⋯」

海央「いやこの前会った時、ちょっと様子がおかしかったから」

 あれから美久は一度も天陽に会っていない。高校も休学しているから、そもそも会いようがない。連絡先は交換していたが、特に音沙汰はなかった。

美久「⋯⋯なんというか、嘘ばっかりで⋯⋯もうわからなくて」

海央「そっか。⋯⋯まぁ、優しさからの嘘ってのもあるからなぁ」

 遠い目で肉巻きおにぎりを食べる海央。一口が大きい。

美久「でも、ずっとVAMPに協力してたのは事実で⋯⋯」

 『永月さんのおかげで今のJP-VAMPがある』と、赤髪のVAMPは言っていた。他のVAMPの言動からしても、重要な地位にいたのは間違いないだろう。

海央「⋯⋯じゃあ美久は、テンテンが危険を顧みず、世界中のVAMPを相手に1人で立ち向かってくれたらよかった?」

美久「っそれは⋯⋯、」

 優しげだが射抜くような視線を向けられ、美久は言葉に詰まった。

海央「そんな簡単じゃないよ。VAMPを潰すって」

美久「そう、だよね⋯⋯」

 美久が俯くと、食事を終えたビンゴが膝の上に潜り込み、心配そうに鼻を鳴らしながら美久を見上げる。

海央「嘘ばっかりは辛いけど、テンテンだって美久を傷付けたくはなかったと思うよ。それだけの理由があるんだろうし、もう少し待ってあげてもいいんじゃないかな」

美久「⋯⋯」

 ——心のどこかではわかっていた。天陽くんは私を裏切ったりしない、VAMPのような人じゃないって。
 ただ、大事なことを話してくれない、信用されていないのが悲しくて、怖かった。またあの時みたいに、急にいなくなってしまうんじゃないかって。
 そう考えたら、これ以上関わるのが怖くなってしまった。天陽くんを悪者にして、弱い自分を正当化して、私は逃げたかっただけなんだ。

海央「ってごめん。2人のことよく知らないのに、勝手なこと言って」

美久「ううん、その通りだと思う。ありがとう。私⋯⋯ひどいこと言っちゃった」

 天陽を突き放した時のことを思い出し、罪悪感に苛まれる美久。傷付きたくなくて、傷付けてしまった。

海央「大丈夫。美久も急に色々あって大変だったんだし、きっとわかってくれてるよ」

 海央に励まされ、美久の表情が幾分か和らぐ。すると海央は勢いよく美久の小皿にハンバーグを取り分けた。

海央「ほら、こういう時はチーズインハンバーグでも食べて! ピースフルボンバーグーでいこう!!」

美久「え」

陸翔「感動が台無し」

 呆れ返る陸翔だったが、海央は満足げな笑みを浮かべている。
 美久は素直にハンバーグを食べ始めた。ビンゴは美久の膝の上で、気持ちよさそうに寝息を立てている。

綜舞「はーだる。海央減給な」

 綜舞がため息をつきながら戻ってくる。龙成は大の字に倒れたまま、動かない。

海央「ええっノンアル無罪でしょ!?」

陸翔「龙成、今までありがとう。綜舞もしばらくお別れか⋯⋯」

綜舞「殺してねーよ」

龙成「榊綜舞⋯⋯今年中にVAMPを殲滅する⋯⋯フニャフニャ」

 寝言でモノマネを続けている龙成。なんだかんだ綜舞くんのことが大好きなんだなと、心が温まる美久。

陸翔「そういえばさ、俺らが捕まってる間、晚上と戦ってたんだよな。殺せた?」

綜舞「いや。まぁでもほぼ殺ってた」

陸翔「VAMPでほぼは全然殺れてないな」

綜舞「あ?」

海央「まぁまぁ! 無事に帰って来れただけピースフルボンバーグーだから!」

綜舞「あぁ?!」

海央「ヒッ⋯⋯」

 綜舞の小皿にハンバーグを取り分けようとして、意気消沈する海央。

陸翔「かわいそう」

美久「でも晚上ってしつこそうだから、かなり追い詰めて逃げられたってことだよね」

綜舞「昇給」

陸翔「給与で会話すんな」

美久「詳しく聞いてもいい?」

 美久がキラキラした目で綜舞に迫る。美久もまた、師として綜舞を尊敬していることが伝わってくる。

綜舞「まぁ、いいけど。惚れんなよ笑」

 すかさず龙成を振り返る陸翔だったが、無反応だとわかると舌打ちをした。





——————————



 2051年9月2日、土曜日。ララポリス。
 トイレ前で美久を待つ綜舞だったが、エントランスから悲鳴が聞こえ、その場を離れる。

 逃げ惑う人々をかき分けて駆けつけると、VAMPの集団に海央らが引きずられていくところだった。

綜舞「っおい、待て!!」

 瞬時に両手斧を構え、VAMPらに飛びかかる綜舞——だったが、寸前で何かを察知し、後ろに跳び退く。

キィィィン!!

 綜舞が退いた床に深い溝が刻まれる——晚上だ。

晚上「⋯⋯お前か? 最高にイキってるクソ犬ってのは笑」

 鼻まで隠れたマントから覗く、紫色の瞳がいやらしく歪む。
 上下互い違いに刃の付いた大鎌が、圧倒的な存在感を放っている。骨のように一定間隔で括れた黒い柄。中央には十字架型の持ち手、それが刺々しい円環に囲まれている。

綜舞「あぁ、素人に殺られかけたくせにイキり散らかしてるクソガキか笑。わりーけど今忙しいんだわ。どけよ」

 VAMPらはこちらをニヤニヤと振り返りながらも、着実に遠ざかっていく。
 ぐったりとしているLYCANの3人を見て、綜舞の殺気がさらに濃く、大きく膨れ上がる。

晚上「その心配はいらない。お前はここで死ぬんだからな⋯⋯っ」

ガキィィィン!!!

 晚上の一撃を両方の斧で受け止める綜舞——あの綜舞が押されている。武器越しに睨み合う2人。

「モジャモジャがんばえーっ!!!」

 あどけない声援に綜舞が目を移すと、まだ5歳にも満たないであろう少年が近付いてくるところだった。手には戦隊モノのフィギュアが握られている。

「ちょっと! 何してんの!!」

 背後から母親らしき女性が現れ、少年を抱き上げて退散する。
 「モジャモジャ~!」と、不満そうに叫ぶ少年の声がしばらく聞こえていた。

綜舞「⋯⋯仕方ねえな、そんなに遊んでほしいなら遊んでやるよ。ただし場所は変えさせてもらう」

晚上「ハッ、いるよなぁ笑。自分すら救えねーくせに、人間っておもしれえ」

 綜舞の思惑を察して鼻で笑う晚上。日曜だということもあり、夜でもかなり人が多い。
 なにより、美久が晚上に遭遇するのは避けたい狙いがあった。

晚上「変えたきゃ変えればいい。俺に背を向けて、無事でいられる自信があるならな笑」

 そう言って晚上は大鎌に体重をかけ、綜舞にのしかかる。
 しかし綜舞はニヤリと笑うと、右の斧だけで大鎌を弾き、よろけた晚上の首を左の斧で捉えた——さすがに後退する晚上。

綜舞「悪い、自信しかないわ笑」



 煌びやかな夜景と海に囲まれた暗闇。お台場海浜公園から繋がる第3台場、草原の上で対峙する綜舞と晚上。
 江戸時代末期に造られた砲台施設であり、国指定史跡に指定されている。夜間はひと気がなく、不気味な雰囲気が漂っている。

晚上「良い死に場所だな。お前の人生みたいに、何もなくて」

綜舞「死ぬのはテメーだよ」

キィィィン!!

 綜舞が晚上に斬りかかる。それを大鎌で薙ぎ払い、瞬時に反撃に出る晚上。
 体勢を崩しながらも跳躍し、空中で回転してギリギリでかわす綜舞。大鎌に触れた髪の毛が、はらりと地に落ちた。

ガキィィィン!!!

 晚上の猛攻が止まらない。綜舞もうまくかわしながら反撃し、技の応酬になる。
 目にも止まらぬ速さで斬り合う2人。弾けるような金属音が断続的に響いている。

 よく見ると、晚上のマントはところどころ引き裂かれ、綜舞も複数の裂傷を負っている。
 ここに辿り着くまでにも、熾烈な鍔迫り合いがあったようだ。

晚上「⋯⋯お前、限界だろ。初めてお前を見た時から、俺には聞こえてる。早く殺してくれってな」

 大鎌を振るいながら口を開く晚上。晚上の筋肉質な腕にも創痍が見て取れる。

綜舞「へえ、耳鼻科と精神科どっちがいい?」

 綜舞も絶え間なく晚上を斬りつけながら、淡々と言葉を返す。黄色い右目が爛々と戦意に燃えている。

晚上「強がらなくていい。死は救いだ。俺はその為に在る」

 晚上が大きく一歩を踏み出し、大鎌を下から振り上げた。

綜舞「精神科か笑。お前見てると昔を思い出すわ。押し付けられた自分を自分と思い込んで、かわいそうに」

 綜舞は跳び上がって赤黒い一閃をかわしたかと思うと一転、重く深く、晚上に斬りかかる。

晚上「俺は俺が創り上げた。俺だけのものだ」

 正面からぶつかり合う2人。小刻みに震えている斧と鎌、力は拮抗している。

綜舞「どうかな。俺にも聞こえるよ、パパママたすけてって笑」

 至近距離で晚上を煽る綜舞。晚上の瞳が、一瞬だけ揺れたように見えた。

晚上「⋯⋯まあいい。すぐにわかる、俺が正しいと。死に際にな!」

 晚上が吠え、力強く大鎌を薙ぎ払ったかと思うと、瞬く間に綜舞に斬りかかる。
 受けられないと判断した綜舞は体を反らし、なんとか直撃をまぬがれるが、左右の斧を繋ぐ鎖が断ち切られる。

 そして次いで繰り出される下からの斬撃を、右手の斧で受けようとした綜舞。が、体勢が悪く、斧が弾かれ、宙高く投げ出されてしまう。
 勝利を確信し、大きく鎌を振りかぶる晚上——斧ひとつでは、おそらく防げない。

綜舞「そうか、それは残念だ。わかり得ねえってことだからなぁ笑?!」

 何を思ったか、綜舞は残る左手の斧までも、晚上の下肢に向かって投げ付けた。
 それを避けたことで、失速する晚上。すかさず距離を詰める綜舞。

綜舞「お前に俺は殺せない」

 綜舞が足を振り上げ、晚上を蹴りつける——靴底を覆っていた装甲のようなメタルパーツが外れ、紫に光る刃が露わになっている。シューズ型UVアームズだ。

晚上「⋯⋯っ!」

 瞬時に状況を理解した晚上は、大鎌で防ごうとするが間に合わない——。

ガキィン!

 なんとか柄で受け止めた晚上だったが、大鎌は真っ二つに折れ、両刃同時に地面に突き刺さった。

綜舞「よかったな、救いだよ」

 綜舞が再び足を振り上げる。咄嗟に腰に下げていたナイフを抜く晚上。しかし綜舞相手では抵抗にすらならないのは明らかだ。
 紫の光が帯を引きながら、晚上の眼前に迫る——。

「いっけぇブラックーー!!!!!」

 あどけない叫声に、晚上の目が怪しく光る。ナイフの、矛先が変わった。

綜舞「っ⋯⋯」

「ぉわっ?」

 追撃を諦め、少年を抱えて退避する綜舞。ナイフは少年が立っていた地面に深く突き刺さった。

晚上「おもしれぇ」

 晚上は無表情でそう呟き、瞬時に移動してナイフを回収したかと思うと、夜闇に溶け消えた。綜舞の舌打ちが響く。

「⋯⋯モジャモジャ、負けたの?」

 綜舞の腕の中で、少年が不安そうに身じろぐ。ララポリスにいた少年だ。母親はどうしたのだろうか。

綜舞「そいつ誰?」

 少年が握り締めているフィギュアを見下ろす綜舞。翼の生えた男が、黒いレンジャースーツに身を包んでいる。

「これ? こえは銀河警察ウイングマンのブラック!!」
「ブラックはねぇ~いっちばん強くて、ぜったい助けてくれゆの! あとね、いっつもモジャモジャ!」

 嬉しそうに捲し立てる少年。綜舞は目眩がしたのか額を押さえ、仰向けに寝っ転がる。衣服はあちこちが裂け、ボロボロだ。

綜舞「そうか⋯⋯モジャモジャか⋯⋯」

 か細い月と目が合う。お互いギリギリだなと、綜舞は自嘲気味に笑った。



——————————





海央「スゲー!! 綜舞ってウイングマンだったんだ、全然わかんなかった⋯⋯サインもらってもいい?」

綜舞「読解力ゴミ?」

 どこからか色紙とマジックを取り出した海央に、げんなりする綜舞。戦隊モノにも詳しいらしい。

綜舞「てか聞いてたの海央だけかよ⋯⋯」

海央「美久も、急に走り出した龙成追っていなくなっちゃったもんね」

 耳鼻科のくだりあたりで消えた2人。陸翔は机に突っ伏して寝ている。

綜舞「あいつまだ酔ってんのかよ。海央減給な」

海央「また俺っ?! そんな1粒で2度おいしいみたいな⋯⋯」

陸翔「いやグミインキャンディかて‪笑」

 急に顔を上げる陸翔。頬に指の跡がついている。

海央「⋯⋯んん?」

陸翔「まじでやめろ」

綜舞「お前起きてたのかよ」

 傍らで寝そべっているビンゴを撫でながら、陸翔を睨む綜舞。ビンゴは嬉しそうに尻尾を振っている。

陸翔「いや序盤で致死量のイキリ摂取して一旦死んでたわ。イキリストの競演すぎた」

綜舞「殴って無給な」

陸翔「パワハラが過ぎる」

 言いながら逃げ出す陸翔を、真顔で追う綜舞。無駄なチェイスが始まる。

陸翔「ちょっ兄貴! 助けろ!!」

海央「無理。今月の献立練り直さないと」

 自作の献立表を前に、頭を抱えている海央。給料はほぼ食費に消えているらしい。

陸翔「俺の使っていいから!」

海央「お前無給じゃん」

陸翔「それな!!!」



美久「龙成、どうしたの? 大丈夫?」

 殿の前で夜空を見上げている龙成。つられて美久もその視線の先を追う。
 シルクロは山中にあることもあり、星がよく見える。その上に佇む、凛とした三日月。
 狼のDNAの影響で月に惹きつけられてしまうのかと、憂わしげな龙成を見て思う美久。

龙成「いや⋯⋯クロワッサンとバナナ、どっちかというとどっちなんかなって」

美久「どっちでもええわ」

 思わず関西弁になる美久に、龙成はヘラヘラと笑って見せる。

美久「まだ酔ってるの?」

龙成「えぇ笑? 酔ってないないナイジェリアそ~れっ⭐︎」

美久「⋯⋯」

 不可解なポーズで静止する龙成に、冷ややかな視線を向ける美久。すると龙成は胸あたりを押さえ、苦しみ始める。

龙成「う⋯⋯なんか気持ち悪い」

美久「えっ大丈夫?」

龙成「水⋯⋯水を⋯⋯」

美久「水? わかった、1杯でいい?」

龙成「うん、バケツ1杯」

美久「バケツ?!」

龙成「うん⋯⋯かぶるから⋯⋯」

 息も絶え絶えに懇願する龙成に、ため息をつく美久。

美久「酔ってるじゃん、めちゃくちゃ」

龙成「ないないナイジェリア!! いつもそうしてんの!!」

美久「いや酔うの初めてでしょ」

龙成「いいから早く!!!」

美久「えぇ~⋯⋯知らないからね」

 龙成に押し負け、渋々水を汲みにいく美久。殿の庭部分に水道が設置されている。


美久「じゃあいくよ? 本当にいいの?」

 ブリキ製のバケツを抱えて戻ってくる美久。陸翔作だろうか、犬かきしている狼のイラストが内側に描かれている。

龙成「いいよ!! こいよ!!!」

美久「うるさ」

 美久はバケツを振り上げ、半ば叩きつけるように龙成に水をかけた。容赦なくずぶ濡れになる龙成。

龙成「これこれぇ~~」

美久「へえ⋯⋯」

 嬉しそうに髪をかき上げる龙成を、軽蔑している様子の美久。

龙成「⋯⋯え、なんか寒くない?」

美久「そりゃそうだよ。秋だもん」

 酔いが醒めたのか、龙成は神妙な面持ちでその場で体育座りをする。美久もなんとなくその隣に座った。

美久「⋯⋯龙成もごめんね。私のせいで銀架園に入れられたりして」

 龙成も美久と共に銀架園を出て、今は殿で暮らしている。終電を気にする必要がなくなった為、いつも遅くまで海央の部屋に入り浸っている。

龙成「ううん⋯⋯俺の方こそ、ごめん」

美久「?」

龙成「⋯⋯俺、VAMPは全員悪人だと思ってたんだ。子供でも、残酷だったから」

 何かを思い返しながら、龙成が静かに語り出す。龙成の背後に横たわる影が、色濃くなった気がした。

龙成「だから美久ちゃんがVAMPだって知って、信じられなくなった。全部が嘘に思えて」

 苦悩に沈む龙成の横顔に、胸が締め付けられる美久。やはり、苦しめてしまった。

美久「当たり前だよ⋯⋯私だって、正直自分が信じられない」

龙成「いや俺が間違ってた。美久ちゃんはやっぱり、俺が思ってた通りの美久ちゃんだった。俺の大好きな⋯⋯、」

 そう言いかけて、少し照れくさそうに言葉を切る龙成。しかしすぐに思い直したように姿勢を正し、美久をまっすぐに見据える。

龙成「美久ちゃんが1番辛いはずなのに、LYCANでいようとしてくれてありがとう。今まで⋯⋯本当にごめんなさい」

美久「そんな、私のせいだし、龙成が謝るようなことじゃないよ。でも、ありがとう」

龙成「いや、俺が悪いんだ。だって俺は⋯⋯っ」

陸翔「なんなん!! まじでなんなん!?」

 何かを言いかけた龙成だったが、殿から飛び出してきた陸翔の喚声にかき消される。その後ろには——おたまを掲げた爆速の綜舞。

陸翔「おい龙成!! さっきのやれ!! お前が満給は絶対おかしい!!!」

龙成「えぇ~何のこと笑?」

陸翔「こいつまじ!!!」

 酔っていた時の記憶は早くもないらしい龙成に、憤慨する陸翔。
 陸翔と綜舞はぐるぐると、狭い範囲を走り続けている。さらにビンゴもはしゃぎながら並走している。

陸翔「お遊びとちゃうぞビンゴ!!」

美久「おたまだし、痛くないんじゃない?」

陸翔「ッバ、こいつ握力500だぞ?!」

龙成「絶対嘘だし、握力は関係ないでしょ笑」

美久「500ってたしかゴリラ⋯⋯」

陸翔「つかなんでずっと無言なの!! モーニングアサシンママなの!?」

海央「んんんん???」

陸翔「やめろ!!!!!」

 海央まで玄関ドアから顔を出し、結局勢揃いになる。深夜だというのにあまりの騒がしさに、他のLYCANの迷惑になっているのではないかと心配になる美久。

 龙成は楽しげにその様子を見守っている。そういえばさっきは何を言おうとしたんだろうと、疑問に思う美久。
 しかし思い詰めたような龙成の表情を思い出し、開きかけた口を閉じるのだった。




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