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SIDE.RYUSEI 間奏
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戦うのが嫌だった。
普通の子が習い事をさせられるみたいに、冷たくて怖い場所に連れていかれた。
ママやパパのことは大好きだった。いつも優しいし、なんでもしてくれる。
だから期待に応えたかった。
これはお風呂に入ったり歯を磨くのと一緒で、やらなければならない、やって当たり前のことだと、自分に言い聞かせた。
それでも、気持ちが言うことを聞かなくて、訓練中は泣いてばかりだった。
そんな自分も、嫌だった。
龙成「VAMPってそんなに悪い人なの?」
ある休日の昼下がり。明日からまた始まる訓練が憂鬱で、僕はパパの仕事部屋で気を紛らわせていた。パパは電子機器の修理屋をしている。
父「そうだよ。自分のために人を傷付けるんだ。パパのママもひどいことされてね、パパのパパはそのせいで死んじゃったんだ」
パパが作業を中断して僕に向き直る。ゆっくりと僕にもわかるように話すパパの目は、寂しくてかわいそうで——でも暗くて怖かった。
父「罪を犯したら、償わなければならない。当たり前だろう? パパもママもね、その当たり前をVAMPにしてほしいだけなんだ」
龙成「ふーん。みんなVAMPになりたくてなるの?」
父「それは⋯⋯、」
VAMPは大人が嫌っている未知の存在で、僕にとっては妖精図鑑に載っている小さなエルフと同じだった。
龙成「生まれた時から悪い子なの?」
パパは答えなかった。ただ悲しそうに、そして少し残念そうに僕を見つめた。
子供ながら失敗したと思った。嫌われたかもしれない。VAMPみたいに。
その日の夜。自分がVAMPになって、もう1人の自分に殺される夢を見た。
パパとママも近くにいて、嬉しそうに笑っていた。
母「龙成。パパがもう頑張らなくていいって。今まで無理させてごめんね」
翌朝、ママが僕の頬に優しく触れながらそう言った。僕の好きなものばかりを詰めたお弁当が、今日は用意されていなかった。
訓練に行かなくていいのは嬉しかったけど、パパに見捨てられた悲しさの方が勝った。
母「大丈夫。パパ怒ってないよ」
僕の様子を見かねてママは微笑み、パパを呼びつけた。
少し気まずそうに現れたパパの顔を、僕は見られなかった。
父「⋯⋯ごめんな。パパが間違ってた。龙成はすごいよ。優しくて、偉い子だ」
パパの大きな手が頭に触れる。僕はようやく顔を上げた。涙目のパパが、そこにいた。
父「龙成の優しさを戦いなんかで無駄にするべきじゃない。龙成を必要としている人が沢山いる。数え切れないくらい、たくさん」
——涙が、溢れた。
ずっと自分を責め続けてきたから。
弱くてもいいって、そんなこと言われるわけないと思ってたから。
父「龙成はパパの自慢の息子だよ。生まれてきてくれてありがとう。⋯⋯普通に生んであげられなくて、ごめん」
泣きじゃくる僕をパパが抱き寄せる。いつのまにかママも泣いていて、3人抱き合って沢山泣いた。
僕の1番幸せな記憶。
きっと、最初で最後の。
父「じゃあ行こうか」
パパの提案で、しばらくママの実家に帰ることになった。あれからシルクロには一度も行っていない。
ママの故郷は外国で、飛行機に乗らなければいけなかった。短いフライトだったが怖がりの僕には拷問で、空港に着いた時には疲れ果てていた。
もう日が暮れている。なんだか色々な食べ物の匂いがしてきて、お腹が空いてきた。
母「大丈夫? タクシー乗ったらすぐだから」
ママが心配そうに僕の顔を覗き込む。僕は力なく頷いて見せた。
ポケットから梅味のタブレットを出して数粒、口に放り込む。安心する味だ。
そしてタクシー乗り場に向かおうと歩き始めたその時、真っ黒なタクシーが目の前で停車した。トランクと後部座席のドアが静かに開く。
父「お、珍しいな有人か。いいね」
今は自動運転の無人タクシーがほとんどだ。パパは昔ながらの有人タクシーが落ち着くと、前に話していた。
パパはママのスーツケースも預かり、慣れた手つきでトランクに入れて閉めた。
そして車内にママと僕を先に乗せ、自分も勢いよく乗り込んだ。
母「ちょっと~狭いんだから笑」
ママがそう言うとパパはおどけて見せ、つられてママも笑い出した。
優しい時間。僕は安心して、瞼が重くなってきた。
母「请让我在下车!!」
どれくらい経っただろうか。ママの叫び声に、僕は目を覚ました。
車内は騒然としている。心臓が早鐘を打ち始めた。
窓の外は薄暗くてよく見えないが、街中ではないことは確かだ。木々が生い茂り、車は激しく揺れている。
父「っおい聞いてるのか?!」
パパが立ち上がり、運転手に掴みかかった。かと思うと、すぐに元いた座席に倒れ込む。
右腕を押さえ、顔をしかめている——血の匂い。
母「大丈夫!?」
痛みをこらえながら、ママに首を振って見せるパパ。運転手は何事もなかったかのように前を向いている。
父「あいつ、VAMPだ⋯⋯!!」
運転手の高笑いが響き渡った。
その後、しばらくして停車したかと思うと、運転席から手が伸びてきて、僕は強引に抱きかかえられた。
つかまれた二の腕が千切れるんじゃないかと思うくらい、力が強くて痛かった。
——臭い。体臭はほとんど感じないが、腐った血みたいな匂いがする。これがVAMPの匂い?
ママが僕を取り返そうとすると、僕の首に長い爪を立てて見せる運転手。ママはなす術もなく、薄い唇を噛み締めた。
父「候補生の情報まで漏れていたのか⋯⋯? いつ、どうして⋯⋯」
パパが運転手を見据えたまま、なにやら呟いている。
僕はパニックを通り越して何も考えられなくなり、ぬいぐるみのように運転手の腕の中に収まっていた。
その後、深い森の中をしばらく歩かされた。開けた場所に出ると、大きな木の枝にくくり付けられた縄で、両手を頭上で縛られた。
1本の木に、1人ずつ。僕は真ん中で、右にパパ、左にママが吊るされている。
そして運転手は何も言わずに立ち去り、居心地の悪い静寂が訪れた。寒くて、歯がガチガチと音を立てる。
母「龙成、大丈夫だからね。大丈夫」
ママはいつもみたいに笑っていた。無理に縄を解こうとしているせいで、両手首から血が流れている。
龙成「ママ、むりだよ! 手がなくなっちゃう! やめて!」
僕の必死の呼びかけにも微笑むばかりで、諦めようとしない。パパはそれを苦しげに見つめている。
僕は天を仰いだ。木々の間から夜空が見える。星はうるさいくらい瞬いているのに、肝心の月が見えない——新月だからだ。LYCANの力が弱まる夜。
月さえ出ていれば、僕が海央くんくらい大きければ、どうにかできるかもしれないのに。
自分の弱さに初めて腹が立った。
ふと耳を澄ますと、2人分の足音が近付いてくるのがわかった。今まで聞いた中で、間違いなく1番嫌な音だった。
パパとママにはまだ聞こえていないようだ。耳を塞げない状況で、しばらくこの生き地獄を味わうのかと思うと、気が遠くなった。
数十分が経ってあの運転手と、1人の少年が姿を現した。
運転手がこちらを示しながら異国語で何かを話すと、少年は落ち着いた足取りで近付いてきた。
——10才くらいだろうか。灰色の細い髪、透き通った紫の瞳、真っ白なあどけない頬、小さな赤い唇。僅かにVAMPの匂い。こんな子供が?
驚くことではなかったが、その時の僕には衝撃だった。
次の瞬間、少年が消えた。と同時に、頭上の枝が軋む音がした。
音のした方向、右手に目を移すと——パパがうなだれていた。
完全に脱力し、縄に全体重を預けている。
その目の前で、虚ろにパパを見上げている少年。
新鮮で濃厚な、血の匂い。
僕は激しくむせ込んだ。怖い。
パパが死んだ? なんで??
母「住手!! 不要杀我的儿子!!!」
ママが異国語で叫び出す。少年は顔をしかめ、ママに体を向けた。
だめ。このままじゃ、だめなのに。体が動かない。声も出せない。体の芯から震えてくる。なんで? もうやめてよ。
ややあって、ママの声が止んだ。
僕の視界はパパを映したまま。人形みたいなパパ。ありのままの僕を認めてくれたパパ。
ついさっきまで、あんなに元気だったのに。ママも。
何が起きているのか、なにもかも信じられない自分と、全てを理解している自分がいた。
血の匂いがまた濃くなり、吐き気をもよおす。
なんで? なんで殺す? ママが、パパが、お前に何をした?
怒りと共に、恐怖が薄れるのを感じた。
「你怎么了?」
運転手の冷たい声がして、少年が動く気配がした。僕はパパから視線を外した。
少年が手にしている、血塗れのナイフが目に入る。元々赤い刃が、再び糧を得て悦んでいるみたいだ。
かなり古びていて、洋風の装飾がほどこされた持ち手は錆びついている。
そんなもので、あんなに良い人たちを殺したの? あいつに命令されたから仕方なく?
僕は運転手に指図される少年に、どこか自分を重ねていた。そうであってほしかった。
しかし少年の目に、後悔や恐怖の色は見えなかった。むしろ使命感のような、明確な意思を感じた。
それを見て、僕の方が後悔した。
——ごめんね、パパ。パパが正しかったよ。
僕は眼前に立ちはだかった少年を、まっすぐに見上げた。
もう怖くない。怒りもない。僕はお前を許さない。死んでも、諦めない。
僕が僕でいられる間に、必ずお前に償わせる。
少年の目に明らかな怒りが宿った。大人ぶった、小さな悪魔。
怒ったって変わらない。心が弱いから、間違える。心が弱いから、怒るんだ。お前が悪い。
僕は少年から、1ミリたりとも目を逸さなかった。ナイフが振り落ろされる——。
!?
突然、地面に投げ出された。痛みはなかった。もう死んだの?
ややあって、縄が切れていることに気付く。見上げると、少年は呆然と立ち尽くしていた。
少し驚いたようにくうを見つめたまま、微動だにしない。
「「逃げて!!」」
ママとパパの声が響いた。驚いて左右を確認するが——パパも、ママも、もういない。空っぽだ。
ようやく見ることができたママの最期。
僕を守ろうとしてくれて、いつも笑いかけてくれて、ありがとう。
ずっと、大好きだよ。
こみ上げる感情を飲み込み、僕は駆け出した。どこでもいい、できるだけ遠くへ。
足がもつれて、何度も転びかけた。草木が顔や手に刺さり、傷だらけになった。
やがて足の感覚がなくなって、あまりの息苦しさに肺が痛くなった。
でも絶対に諦めなかった。パパとママの命を、気持ちを、無駄にしたくないから。
あいつに償わせて、パパとママの願いを叶える。
僕の中で2人は生きる。何も変わらない。
それからの記憶は曖昧だけど、多分どこかの道路に出られて、誰かに助けてもらった。
迷子になったら渡すよう、ママにもらった封筒がポケットにあったから、それを見せたんだと思う。
翌日。昨日の空港に綜くんがシルクロの人と一緒に迎えに来てくれて、嬉しくて悲しくて、2人で抱き合っていっぱい泣いた。
僕がうるさいくらいに色々話しても、綜くんは全部に返事をしてくれて、でも聞くだけでいてくれて、温かくて勇気づけられた。
龙成「やっぱり、僕も一緒に戦う」
そう決意表明すると綜くんは一言、
「俺らなら大丈夫」
って、大人みたいに握手してくれた——僕の始まりの瞬間。
最高に最悪な、僕の物語。
普通の子が習い事をさせられるみたいに、冷たくて怖い場所に連れていかれた。
ママやパパのことは大好きだった。いつも優しいし、なんでもしてくれる。
だから期待に応えたかった。
これはお風呂に入ったり歯を磨くのと一緒で、やらなければならない、やって当たり前のことだと、自分に言い聞かせた。
それでも、気持ちが言うことを聞かなくて、訓練中は泣いてばかりだった。
そんな自分も、嫌だった。
龙成「VAMPってそんなに悪い人なの?」
ある休日の昼下がり。明日からまた始まる訓練が憂鬱で、僕はパパの仕事部屋で気を紛らわせていた。パパは電子機器の修理屋をしている。
父「そうだよ。自分のために人を傷付けるんだ。パパのママもひどいことされてね、パパのパパはそのせいで死んじゃったんだ」
パパが作業を中断して僕に向き直る。ゆっくりと僕にもわかるように話すパパの目は、寂しくてかわいそうで——でも暗くて怖かった。
父「罪を犯したら、償わなければならない。当たり前だろう? パパもママもね、その当たり前をVAMPにしてほしいだけなんだ」
龙成「ふーん。みんなVAMPになりたくてなるの?」
父「それは⋯⋯、」
VAMPは大人が嫌っている未知の存在で、僕にとっては妖精図鑑に載っている小さなエルフと同じだった。
龙成「生まれた時から悪い子なの?」
パパは答えなかった。ただ悲しそうに、そして少し残念そうに僕を見つめた。
子供ながら失敗したと思った。嫌われたかもしれない。VAMPみたいに。
その日の夜。自分がVAMPになって、もう1人の自分に殺される夢を見た。
パパとママも近くにいて、嬉しそうに笑っていた。
母「龙成。パパがもう頑張らなくていいって。今まで無理させてごめんね」
翌朝、ママが僕の頬に優しく触れながらそう言った。僕の好きなものばかりを詰めたお弁当が、今日は用意されていなかった。
訓練に行かなくていいのは嬉しかったけど、パパに見捨てられた悲しさの方が勝った。
母「大丈夫。パパ怒ってないよ」
僕の様子を見かねてママは微笑み、パパを呼びつけた。
少し気まずそうに現れたパパの顔を、僕は見られなかった。
父「⋯⋯ごめんな。パパが間違ってた。龙成はすごいよ。優しくて、偉い子だ」
パパの大きな手が頭に触れる。僕はようやく顔を上げた。涙目のパパが、そこにいた。
父「龙成の優しさを戦いなんかで無駄にするべきじゃない。龙成を必要としている人が沢山いる。数え切れないくらい、たくさん」
——涙が、溢れた。
ずっと自分を責め続けてきたから。
弱くてもいいって、そんなこと言われるわけないと思ってたから。
父「龙成はパパの自慢の息子だよ。生まれてきてくれてありがとう。⋯⋯普通に生んであげられなくて、ごめん」
泣きじゃくる僕をパパが抱き寄せる。いつのまにかママも泣いていて、3人抱き合って沢山泣いた。
僕の1番幸せな記憶。
きっと、最初で最後の。
父「じゃあ行こうか」
パパの提案で、しばらくママの実家に帰ることになった。あれからシルクロには一度も行っていない。
ママの故郷は外国で、飛行機に乗らなければいけなかった。短いフライトだったが怖がりの僕には拷問で、空港に着いた時には疲れ果てていた。
もう日が暮れている。なんだか色々な食べ物の匂いがしてきて、お腹が空いてきた。
母「大丈夫? タクシー乗ったらすぐだから」
ママが心配そうに僕の顔を覗き込む。僕は力なく頷いて見せた。
ポケットから梅味のタブレットを出して数粒、口に放り込む。安心する味だ。
そしてタクシー乗り場に向かおうと歩き始めたその時、真っ黒なタクシーが目の前で停車した。トランクと後部座席のドアが静かに開く。
父「お、珍しいな有人か。いいね」
今は自動運転の無人タクシーがほとんどだ。パパは昔ながらの有人タクシーが落ち着くと、前に話していた。
パパはママのスーツケースも預かり、慣れた手つきでトランクに入れて閉めた。
そして車内にママと僕を先に乗せ、自分も勢いよく乗り込んだ。
母「ちょっと~狭いんだから笑」
ママがそう言うとパパはおどけて見せ、つられてママも笑い出した。
優しい時間。僕は安心して、瞼が重くなってきた。
母「请让我在下车!!」
どれくらい経っただろうか。ママの叫び声に、僕は目を覚ました。
車内は騒然としている。心臓が早鐘を打ち始めた。
窓の外は薄暗くてよく見えないが、街中ではないことは確かだ。木々が生い茂り、車は激しく揺れている。
父「っおい聞いてるのか?!」
パパが立ち上がり、運転手に掴みかかった。かと思うと、すぐに元いた座席に倒れ込む。
右腕を押さえ、顔をしかめている——血の匂い。
母「大丈夫!?」
痛みをこらえながら、ママに首を振って見せるパパ。運転手は何事もなかったかのように前を向いている。
父「あいつ、VAMPだ⋯⋯!!」
運転手の高笑いが響き渡った。
その後、しばらくして停車したかと思うと、運転席から手が伸びてきて、僕は強引に抱きかかえられた。
つかまれた二の腕が千切れるんじゃないかと思うくらい、力が強くて痛かった。
——臭い。体臭はほとんど感じないが、腐った血みたいな匂いがする。これがVAMPの匂い?
ママが僕を取り返そうとすると、僕の首に長い爪を立てて見せる運転手。ママはなす術もなく、薄い唇を噛み締めた。
父「候補生の情報まで漏れていたのか⋯⋯? いつ、どうして⋯⋯」
パパが運転手を見据えたまま、なにやら呟いている。
僕はパニックを通り越して何も考えられなくなり、ぬいぐるみのように運転手の腕の中に収まっていた。
その後、深い森の中をしばらく歩かされた。開けた場所に出ると、大きな木の枝にくくり付けられた縄で、両手を頭上で縛られた。
1本の木に、1人ずつ。僕は真ん中で、右にパパ、左にママが吊るされている。
そして運転手は何も言わずに立ち去り、居心地の悪い静寂が訪れた。寒くて、歯がガチガチと音を立てる。
母「龙成、大丈夫だからね。大丈夫」
ママはいつもみたいに笑っていた。無理に縄を解こうとしているせいで、両手首から血が流れている。
龙成「ママ、むりだよ! 手がなくなっちゃう! やめて!」
僕の必死の呼びかけにも微笑むばかりで、諦めようとしない。パパはそれを苦しげに見つめている。
僕は天を仰いだ。木々の間から夜空が見える。星はうるさいくらい瞬いているのに、肝心の月が見えない——新月だからだ。LYCANの力が弱まる夜。
月さえ出ていれば、僕が海央くんくらい大きければ、どうにかできるかもしれないのに。
自分の弱さに初めて腹が立った。
ふと耳を澄ますと、2人分の足音が近付いてくるのがわかった。今まで聞いた中で、間違いなく1番嫌な音だった。
パパとママにはまだ聞こえていないようだ。耳を塞げない状況で、しばらくこの生き地獄を味わうのかと思うと、気が遠くなった。
数十分が経ってあの運転手と、1人の少年が姿を現した。
運転手がこちらを示しながら異国語で何かを話すと、少年は落ち着いた足取りで近付いてきた。
——10才くらいだろうか。灰色の細い髪、透き通った紫の瞳、真っ白なあどけない頬、小さな赤い唇。僅かにVAMPの匂い。こんな子供が?
驚くことではなかったが、その時の僕には衝撃だった。
次の瞬間、少年が消えた。と同時に、頭上の枝が軋む音がした。
音のした方向、右手に目を移すと——パパがうなだれていた。
完全に脱力し、縄に全体重を預けている。
その目の前で、虚ろにパパを見上げている少年。
新鮮で濃厚な、血の匂い。
僕は激しくむせ込んだ。怖い。
パパが死んだ? なんで??
母「住手!! 不要杀我的儿子!!!」
ママが異国語で叫び出す。少年は顔をしかめ、ママに体を向けた。
だめ。このままじゃ、だめなのに。体が動かない。声も出せない。体の芯から震えてくる。なんで? もうやめてよ。
ややあって、ママの声が止んだ。
僕の視界はパパを映したまま。人形みたいなパパ。ありのままの僕を認めてくれたパパ。
ついさっきまで、あんなに元気だったのに。ママも。
何が起きているのか、なにもかも信じられない自分と、全てを理解している自分がいた。
血の匂いがまた濃くなり、吐き気をもよおす。
なんで? なんで殺す? ママが、パパが、お前に何をした?
怒りと共に、恐怖が薄れるのを感じた。
「你怎么了?」
運転手の冷たい声がして、少年が動く気配がした。僕はパパから視線を外した。
少年が手にしている、血塗れのナイフが目に入る。元々赤い刃が、再び糧を得て悦んでいるみたいだ。
かなり古びていて、洋風の装飾がほどこされた持ち手は錆びついている。
そんなもので、あんなに良い人たちを殺したの? あいつに命令されたから仕方なく?
僕は運転手に指図される少年に、どこか自分を重ねていた。そうであってほしかった。
しかし少年の目に、後悔や恐怖の色は見えなかった。むしろ使命感のような、明確な意思を感じた。
それを見て、僕の方が後悔した。
——ごめんね、パパ。パパが正しかったよ。
僕は眼前に立ちはだかった少年を、まっすぐに見上げた。
もう怖くない。怒りもない。僕はお前を許さない。死んでも、諦めない。
僕が僕でいられる間に、必ずお前に償わせる。
少年の目に明らかな怒りが宿った。大人ぶった、小さな悪魔。
怒ったって変わらない。心が弱いから、間違える。心が弱いから、怒るんだ。お前が悪い。
僕は少年から、1ミリたりとも目を逸さなかった。ナイフが振り落ろされる——。
!?
突然、地面に投げ出された。痛みはなかった。もう死んだの?
ややあって、縄が切れていることに気付く。見上げると、少年は呆然と立ち尽くしていた。
少し驚いたようにくうを見つめたまま、微動だにしない。
「「逃げて!!」」
ママとパパの声が響いた。驚いて左右を確認するが——パパも、ママも、もういない。空っぽだ。
ようやく見ることができたママの最期。
僕を守ろうとしてくれて、いつも笑いかけてくれて、ありがとう。
ずっと、大好きだよ。
こみ上げる感情を飲み込み、僕は駆け出した。どこでもいい、できるだけ遠くへ。
足がもつれて、何度も転びかけた。草木が顔や手に刺さり、傷だらけになった。
やがて足の感覚がなくなって、あまりの息苦しさに肺が痛くなった。
でも絶対に諦めなかった。パパとママの命を、気持ちを、無駄にしたくないから。
あいつに償わせて、パパとママの願いを叶える。
僕の中で2人は生きる。何も変わらない。
それからの記憶は曖昧だけど、多分どこかの道路に出られて、誰かに助けてもらった。
迷子になったら渡すよう、ママにもらった封筒がポケットにあったから、それを見せたんだと思う。
翌日。昨日の空港に綜くんがシルクロの人と一緒に迎えに来てくれて、嬉しくて悲しくて、2人で抱き合っていっぱい泣いた。
僕がうるさいくらいに色々話しても、綜くんは全部に返事をしてくれて、でも聞くだけでいてくれて、温かくて勇気づけられた。
龙成「やっぱり、僕も一緒に戦う」
そう決意表明すると綜くんは一言、
「俺らなら大丈夫」
って、大人みたいに握手してくれた——僕の始まりの瞬間。
最高に最悪な、僕の物語。
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