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しおりを挟む一列になって黙々と歩き、しばらくすると洞窟の出口が見えてきた。
!
金属がぶつかり合うような音や、白熱した喧騒が大きくなっていく。
大剣を背負い、みなを先導するアトレカル。モンスターをハントするゲームで似たような武器あったな、と悠久は思った。
アトレカルは淡々とした歩調で出口に辿り着くと、外の様子を確認することもなく、そのまま出て行ってしまった。
すぐ後ろを歩いていた悠久は思わず立ち止まり、恐る恐る出口から顔を出す。
――辺り一面が焼け野原で詳細はわからないが、どこか市街地にある広場か公園のようだった。
空は黒雲で覆われ、ところどころから薄日が差している。かなり薄暗いが、夜ではないようだ。火災臭が漂っている。出口は小高い丘に位置しており、戦闘は眼下で繰り広げられていた。
白い軍服姿に、片手剣を武器に戦うアフトラガ人部隊。戦況は芳しくなさそうだ。何人ものアフトラガ兵が地に伏し、沈黙している。
リバーサーはというと、全てが真っ黒でシルエットしかわからない。フード付きのコートを着用し、何か杖のようなものを振り回しているように見える。アフトラガ兵よりもさらに背が高い。
「何してる。早く出て来い」
アトレカルが怪訝そうな顔で振り返った。
「ビビってんのか~?」 雅仁が煽る。
「いやちょっ確認をね! 戦況とか戦力差とか……ねっ」
弁解しながら歩き出す悠久。ぎこちない足取り。
「確認だいじだいじ♪」 愛利が同調する。
「アフトラガ残り百二十七、リバーサー残り四百三」
臆することなく先頭に立った流輝が呟く。
「そんなに細かくわかるの?!」 蜜花が驚く。
「じゃ、うち切り込み隊長~! 見てろよ悠久!!」
佳乃はそう言うと、カチューシャを固定しているネジの頭を左手で回した。するとネジが強く発光し、バチバチと大きな炸裂音を立てる。
一瞬、目から電光を発する佳乃。犬耳の毛が逆立ち、カチューシャ全体が電気を帯びる。
「っしゃー!!」
佳乃が両手を上げると、カチューシャから上空へと電撃が放たれた。同時に激しい風が巻き起こり、周囲の土や灰を巻き込みながら上昇する。
頭上の雲が対流し、辺りはさらに陰っていく。唸りを上げながら明滅する空。
「いっけー! レイアムスサンダーレイン!!」
佳乃がそう叫んだ瞬間、数多の雷が落ちる。思わず耳を塞ぐ悠久。
――稲妻はまるで意思を持っているかのように、リバーサーのみに直撃した。ように見えた。
「おい誤射ってんぞ!」
落雷を受け、その場で倒れるアフトラガ兵を示す雅仁。
「ま、多少はね?」
全く悪びれる様子のない佳乃に、雅仁は深くため息をついた。
「アフトラガ残り百二、リバーサー残り二百七十一」
流輝の目が淡く光っている。散りばめられたグリッターが散光しているかのよう。
「百いったじゃん!レイアムスへの愛の証……」 佳乃が感慨深げに頷く。
「味方も二十五逝ったけどな」
雅仁が釘を刺すが、佳乃は素知らぬ顔だ。
「じゃ、俺も行くわ。絶対生き残れよ」
雅仁は悠久を一瞥すると、大鎌を軽々と担ぎ上げ、駆けて行く。
「うちはもー今日は無理かも。ノリでやってみたけど、普段使いはきちー技だわ」
佳乃はそう言って地べたに座り込んだ。威力が大きい分、疲労も激しいらしい。額には汗が滲み、血色も悪いように見える。
雅仁は大鎌を巧みに使い、次々とリバーサーを斬り倒していく。鎌を振るう度にたなびく旗が、その圧倒的な戦闘力を際立たせている。
「私も頑張ろっと」
蜜花はそう言い、後ろ髪をかき分けた。そして両二の腕を寄せるようにして、肩上の丸い金具に左右同時に触れた。
!
肩甲骨に埋め込まれたアーネウが光り出し、ネジ頭が回転する。露出したネジ部が横方向に膨らみ、翼のような形状になった。
「じゃあ、いってきますっ」
蜜花は悠久に笑いかけると、躊躇なく地面を蹴り、そのまま上空へと舞い上がった。
「きゃー蜜花ちゃん天使!」 声援を送る愛利。
肩掛けにした矢筒から太い矢を取り、弓にかける蜜花。蔦のような装飾が目を惹く正円の弓。矢も同様のデザインだ。
蜜花は狙いを定める様子もなく、すぐに矢を放った。すると、戦場めがけて降下する矢が空中で数十本に分裂した。
矢の雨が降る。
正確にリバーサーのみを射抜き、アフトラガ兵は助かったとばかりに蜜花に手を振った。笑顔で手を振り返す蜜花。アフトラガ兵の野太い歓声が上がる。
何人かのリバーサーは黒い傘のような盾を出現させ、身を守っていた。どうやら人知を超えた力を使えるらしい。
「リバーサーは魔術を使用する。杖の先端が光れば発動の合図だ。その隙に対処しろ。魔術陣からは距離をとれ。危険性が高い」
珍しく戦術らしい戦術を教示するアトレカル。
「そんな簡単に言われてもねぇ。ゴリラじゃあるまいし」
佳乃はお手上げとばかりに天を仰いだ。
「みんなすごいなぁ! ゲームのキャラみたい!」
悠久が感激していると、アトレカルが圧迫感のある視線を向けてくる。
「お師匠顔怖」と佳乃。
「よ、よ~し。俺もかましてこよっと~」
平静を装ってアーネウのスイッチを入れる悠久。一瞬、スイッチの位置を見失ったのを佳乃は見逃さなかった。
「え~じゃあ私も!」
左手の甲にあるネジ頭を回す愛利。刀は右太ももに巻かれたベルトに取り付けられている。
「一緒に行こう」
悠久はそう言い、愛利を持ち上げた。
「お姫様抱っこ~!」 愛利がはしゃぐ。
「手めっちゃ震えてるけど。強化されたの足だけだかんな?」
佳乃が冷静に指摘するが、悠久は勢いに任せ、高く跳ね上がる。ひとっ飛びで戦場に辿り着くつもりらしい。
――しかし、高すぎる。際限なく上昇している。
「うゎああぁぁぁおぉぉ!!」 絶叫する悠久。
街一帯が望める高さまで上がったところで、勢いは弱まった。
海が近くに見える。焼け残った沿岸の一部が目にとまる。暗くてよく見えないがあのテーマパークだと、悠久は直感した。
やがて、降下し始める二人。内臓が浮くような感覚。激しい風圧。
「死んじゃう死んじゃう~」 愛利が手足をばたつかせる。
「あ、だめ動いちゃ」
悠久の腕から愛利の体が離れた。悠久が必死で手を伸ばすが、体勢が安定せず、うまくつかめない。
真っ逆さまに落ちていく二人。迫る地面。金切り声を上げる愛利。悠久は気を失った。
「いっ」
衝撃で意識を取り戻す悠久。
――無傷だ。無意識の内に足から着地していたらしい。破損することなく、正常に動作している様子のアーネウ。
ハッと空を見上げ、愛利を探す悠久。
「悠久っ大丈夫?!」
愛利は蜜花に抱きとめられ、無事だった。ゆっくりと戦場に降り立つ愛利。
「びっくりした~」と蜜花。
「ごめん。本当にごめん」
茫然自失とする悠久。風圧で髪の毛が逆立ったままだ。
「大丈夫! いざとなったら左腕一本で着地しようと思ってたから! トントトーンて!」
屈託のない笑顔でサムズアップする愛利。
「ほんとに間に合ってよかった……」
それを見て蜜花は胸を撫で下ろした。
「アコウアトタビズウデクンイ……」
?!
いつのまにか背後に迫っていたリバーサーが悠久につかみかかる。
「危ない!」
蜜花が矢を射抜き、リバーサーの顔面に直撃した。矢が悠久の目の下をかすめ、頬に血が伝う。
「ごめんなさい! 大丈夫?!」 蜜花が呼びかける。
「大丈夫! かすっただけ」
手の甲で血を拭う悠久。「エチスノブ……」と言い残し、倒れるリバーサー。地の底から響くような、聞き苦しい声。
「ありがとう! あとは任せて!」
悠久がお礼を言うと蜜花は頷き、上空へと戻っていった。
「よぉーし! お覚悟!」
刀を抜く愛利。柄に繋がれた鎖がジャラジャラと音を立てる。
「ンリエチスウアルオカメクンイ……オーイシンンフク……」
騒ぎを聞きつけたのか、辺りのリバーサーが集まってくる。悠久と愛利はあっという間に囲まれてしまった。
「アブアウアミエヒコウア……ンリエチウ……」
「イイアグンオヒアウイシケギソメクンイ……アボフンカケテエヲタウ……」
じりじりと距離を詰めてくるリバーサー。意味不明な言語。
リバーサーの一人が杖を上げると、皆一斉に杖を掲げ、先端が光った。正確には杖の先端に向かい合った三日月型の台座のようなものがあり、その間の空間が放射状に黒い光を発した。
「うぉっ」「ひゃ……」
身構えた悠久と愛利の足元を襲う黒い蔦。悠久はすぐさま振り払い、地面蹴って上昇するが、蔦は執拗に追ってくる。愛利も剣を振るい応戦する。
「エヲカク……」
足元に高くせり上がった蔦が四方八方に割れ、悠久はバランスを崩した。
そのまま取り込まれ、蔦で形成された四角い籠に閉じ込められる悠久。蹴って破壊しようと試みるがすぐに再生し、どんどん強固になっていく。
「悠久を返せー!! ザシュザシュッ!」
愛利の声が間近に聞こえたかと思うと、複数の閃光が走り、籠が崩壊する。
「ありがとう……!」
悠久はお礼を言うと愛利を抱え、蔦から離れる。
「動かないで!」
悠久と愛利が着地すると同時に、蜜花が矢を降らせる。周囲のリバーサーが次々に倒れていく。しかし、生き残ったリバーサーが再び蔦を出現させる。
「回りくどいなぁ」
横っ飛びでかわす悠久。愛利は見事な剣さばきで蔦を切り刻む。
「リバーサーって捕虜を欲しがってるんだって。悠久も狙われてるみたい」
「え、捕まったらどうなるの?」
息を切らしながらも、会話をする余裕のある二人。辺りは切り捨てられた蔦の残骸で黒く染まっている。
「実験体にされて、最終的にはリバーサー化するって噂」 愛利の表情が陰る。
「じゃあ、今戦ってるのももしかして……」
悠久が苦々しげに顔をしかめたところで、蔦の攻勢が弱まる。かと思うと急上昇し、反対方向に気を取られていた蜜花を捉えた。
弓を取り落す蜜花。黒い蔦に呑み込まれていく。悠久を捉えた籠と同様のものが形成される。
「蜜花ちゃん!!」 愛利が取り乱す。
「くそっ」
助けに向かおうとした悠久に蔦の壁が襲いかかる。壁を蹴り、宙返りをして避ける悠久。近付けない。
――空中に浮かび、籠に群がるフード姿のリバーサー。魔術によって生やされた黒い翼。死神のようだと、悠久は思った。湿った匂いが鼻をつく。
!!
悠久の眼前を白い影が横切り、巻きつこうとする全ての蔦をなぎ倒しながら籠へと向かっていく。雅仁だ。
変形して進路を妨害する蔦の柱を、見事な身のこなしで駆け上っていく。そして籠へと辿り着く雅仁に向かって、リバーサーが杖を振るう。
「おせぇ!!」
雅仁はそう叫ぶと大鎌を片手で切り払い、魔術が発動する前にリバーサーを殲滅した。
そのまま籠を壊し、蜜花を抱えて地上に戻る。浮力を失い、墜落するリバーサー。
「雅仁くんかっこよ……」 見惚れる悠久。
「悠久もかっこよかったよ!」 励ます愛利。
雅仁は蜜花を立たせると、落ちていた弓を拾う。雅仁から弓を手渡された蜜花は、「ありがとう」と微笑んだ。
「もう弾切れか?」
リバーサーを見やり、煽る雅仁。気付けば数十人しか残っていない。しかしアフトラガ兵も、相当数が再起不能に陥っている。
近くのリバーサーは怖気付いたのか、四人を遠巻きに見つめている。呆れ顔になる雅仁。
「やる気ねえなら終わらす」
雅仁が大鎌を握り直し、リバーサーに向かっていく。はためく旗。
すぐさま魔術を発動するリバーサー。すると黒い魔術陣が雅仁の行く手を阻み、大量の鋭い針を放った。
「危ない……っ」
蜜花が弓を構えるが、なかなか狙いを定められない。雅仁に当たってしまいそうなのだ。
「それで本気のつもりか?」
雅仁はひるむことなく針を弾き返し、すかさず放たれる追撃も高く飛び上がってかわした。
そのまま大鎌をかざし、リバーサーに向かって突っ込む。
?!?!
その時、轟々たる衝撃音が響いた。そして雅仁が跳ね返される。
荒く地面を削りながら後退させられる雅仁。悠久ら三人から数メートル、後方で止まった。
「エクンイヤビロウントンイノブ……」
土煙から現れたのは、一際図体の大きいリバーサーだった。全身から禍々しいオーラを発している。明らかに他のリバーサーとは一線を画している。
どうやら杖で雅仁を打ち払ったらしい。深く息を吐きながら杖を持ち直すリバーサー。大きく上下する隆々とした肩。
シルエットからして他のリバーサーとは違い、コートを着ていない。下半身には袴のようなものを纏っているように見える。武器は同じだ。
「なんだ……こいつ……」 呻く雅仁。
雅仁には興味を失ったのか、迷わず悠久らに向き直るリバーサー。
雅仁は起き上がることができない。悠久は愛利と蜜花をかばい、一歩前に進み出る。
「アブアテヲタラカブ……イアモヤメアヲ……アバカハサエトンカウ……」
杖を強く握り締め、力を溜めるリバーサー。激しい怒りのような波動が伝わってくる。戦慄する一同。
――雨が降り出した。加乃が作り出した雷雲の影響だろう。
見上げるリバーサー。悠久は覚悟を決める。
「蜜花ちゃん、愛利ちゃんをお願い」
そう言って駆け出す悠久。リバーサーがゆっくりと悠久に視線を戻す。跳ぶ悠久。
「アブンレトチエトタパカハサアゴロコトニノス……」
悠久の渾身の飛び蹴りを、いとも簡単に弾き飛ばすリバーサー。
すぐに体勢を立て直し、繰り返し蹴りかかる悠久。アーネウが発熱する。
「アウィサオウオサプアウ……イイサマラゲク……」
リバーサーに杖で殴打され、負傷する悠久。しかし何度倒されても立ち上がり、両足を駆使して戦う。雨が強くなっていく。
「悠久っ!」
加勢しようとする愛利を蜜花が押しとどめる。「大丈夫!」と悠久は叫んだ。
段々と勢いが増す悠久の攻撃に、リバーサーが押され始めた。決死の攻防が続く。
「ンーンスノペトトワウノイグイウアウウア……」
「悠久くん! 避けて!」
背後から蜜花の呼びかけを受け、宙を舞う悠久。何本もの矢がリバーサーを襲う。
全て杖で防ぎきったリバーサーだったが、上方から迫る悠久への反応が遅れた。
「さっきからアウアウアウアウ……うるさいんだよ!!」
罵声と共に、リバーサーの顔面に強力な一撃をお見舞いする悠久。衝撃で後ろに下がるリバーサー。片手で額を覆っている。
リバーサーの足元に落ちる黒い影――仮面のように見える。ベネチアンマスクに似た形状だ。今まで仮面を被っていたらしい。
「アウンニンタクンワプパエアヲ……ンラエトチガトトンキサオウオス……」
空気が変わった。
濃密な殺気を放ち、静止したまま魔術を発動するリバーサー。避ける間も無く、悠久の足元の土が盛り上がり、足首まで地中に取り込まれる。
すぐさま抜け出そうとする悠久だったが、びくともしない。アーネウが圧迫され、不穏な音を立てる。
!
リバーサーの横に魔術陣が浮かび上がり、金属製の黒い円盤が現出した。電動ノコギリの刃のように、高速で回転しながら、悠久に向かって猛進する。
「だめ……っ!!」
蜜花を振り払い、刀を手に走り出す愛利。
しかし、間に合わない。悠久は脱力し、目を閉じた――。
!!!
けたたましい金属音がして、円盤が叩きのめされる。ぐちゃぐちゃに変形し、地面に転がった。
悠久が目を開けると、そこにはアトレカルの姿があった。
舌打ちをするアトレカル。大剣を片手に、悠久の目の前に立ち塞がっている。
「ノラエガコタウウンサワイズ……」
リバーサーが激昂し、先ほどと同じ刃を複数出現させる。アトレカルが前を向いたまま、悠久を後方へ蹴り飛ばした。
「うおっ!?」
吹っ飛んだ悠久を愛利が受け止める。
アトレカルを同時に襲う刃。身を翻し、回避するアトレカル。しかし刃は追尾してくる。
「はぁ」
アトレカルは苛立たしげにため息をつくと、空高く舞い上がった。そして上半身を軽く捻ったかと思うと、高速で回転しながら落下し、追ってきた刃を粉々に切り刻んだ。
間髪入れずにリバーサーに斬りかかるアトレカル。大剣と杖がぶつかり合う。思わず後ずさるほどの衝撃音。
「お師匠やっちゃえー! ゴリかませー!」
いつのまにか悠久らに合流していた佳乃ちゃんが叫ぶ。流輝もその横におり、「戦力ほぼ互角」と呟いた。
先ほどまでとは次元の違う戦い。凄まじい気迫に満ちている。目にも留まらぬ速さの攻防に、呆気にとられる悠久。
「ンラエチサムエガケトンオイチ……アウアミウイアーンクンリケプンイコク……」
痺れを切らした様子のリバーサーが大きく杖を振るい、アトレカルをなぎ払った。そして宙を舞うアトレカルの着地点を囲むように、魔術陣を出現させる。
「ぐ……っ!」
着地するなり回避に転じるアトレカルだったが、魔術陣から発現した複数の鎖に足を取られた。続けて黒い炎が噴き出し、アトレカルの姿は見えなくなる。
「先生!!」 悲痛な声を上げる愛利。
燃え盛る炎は激しく揺らめき、アトレカルの抵抗を伝えている。悠久は拳を握り締めた。
「アピカインスン……オリスイスア……」
ゆらりと方向転換し、悠久と愛利を見据えるリバーサー。悠久の後方に蜜花、佳乃、流輝。さらに後方で、雅仁が呻きながら立ち上がった。
重々しい足取りで近付いてくるリバーサー。雨は弱まり、霧が漂う。
「やっべ~ゴリ神かみんぐすーん~」
佳乃が後退しながら気の抜けた声を出す。
苦し紛れに蜜花が矢を放つが、やはり全て叩き落とされた。刀を構える愛利。刃先が震えている。
それを横目にした悠久は愛利に刀を下げさせ、憎らしげにリバーサーを睨み付けた。先ほどの戦闘でかなり消耗している様子の悠久。
「ンラアケーントウェピウイライーンワメアヲアギイサタパラフ……」
呪文のようなものを呟き、悠久に向かって走り出すリバーサー。大地が揺れる。
悠久は前に飛び出したかと思うと、地面を半円状に足で抉った。砂利が銃弾の如くリバーサーを襲う。顔面を庇うリバーサー。
瞬時に跳ね上がり、リバーサーに蹴りかかる悠久。思わず杖を取り落とすリバーサー。
悠久は猛撃を続ける。が、致命傷には至らない。
「アピザウオオウェトタヨプアウ……」
リバーサーの手が悠久の足首を正確に捉えた。そのまま地面に叩きつけられる悠久。衝撃で体が反り返る。
悠久は痛みに朦朧としながらも、駆けつけようとする愛利に向かって首を振った。湿った土の匂い。
「ぅがっ……」
リバーサーに首を鷲掴みにされ、片手で持ち上げられる悠久。力なく垂れ下がる手足。もう抵抗すらできない。
「……くない」
何かを呟く悠久。リバーサーがさらに強く悠久を締め上げる。頭の中で鳴り響く、鐘のような音。
「っ俺は……弱くない…………強くなるって決めたか、ら……」
動きを止めるリバーサー。と同時に、リバーサーの上空に黒い影が現れた。刃物を振り上げ、リバーサーに斬りかかる。
悠久を放り投げ、後ろ跳びで逃れるリバーサー。転がる悠久。リバーサーが立っていた地面が大きく抉れる。
しかし避けきれなかったようだ。リバーサーは左腕を押さえ、大きく肩で息をしている。押さえている指の隙間から黒煙が漏れ出ている。
「せん、せ……」
上体を起こした悠久の傍に、アトレカルが立っていた。どうにか炎から抜け出したらしい。
全体的に焼け焦げた下衣、ボロ切れ状態だ。上衣は脱ぎ捨てたようで、逞しい上半身が露わになっている。
「立てるか? あいつらを連れて逃げろ。アレは俺だけで事足りる」
殺気立つアトレカル。呼吸は荒く、全身の血管が浮き上がっている。
「でも……っ」
躊躇する悠久を、駆け寄ってきた愛利が立ち上がらせる。
「先生、死なないでねっ待ってるから!」
愛利がそう呼びかけると、アトレカルは何も答えず、小さく舌打ちをした。そして立ち尽くすリバーサーへと歩いていく。
「大丈夫?!」 蜜花が悠久に向かって叫ぶ。
愛利に肩を借りながらも、悠久は蜜花らと合流した。アトレカルを尻目に退避を促す。
「アイツは俺がやる……!!」
リバーサーと戦おうとする雅仁を数人がかりで押さえ込み、なんとか洞窟へと連行する。
「落ち着け」
流輝がそう言って雅仁に銃口を向け、躊躇なく引き金を引いた。唖然とする四人。
――しかし、銃口から射出されたのは正真正銘、水だった。本当に水鉄砲だったらしい。
「も~ビビらせんなよマジで……」 流輝に軽くデコピンをする佳乃。
「痛」 額を押さえる流輝。
「あっ今『も~』って言った! 牛じゃん!」
愛利が騒ぎ立て、蜜花が吹き出す。
「そりゃ子供に武器は渡さないか」 腑に落ちた様子の悠久。
緊張の糸が切れた様子の面々に、雅仁もどうでもよくなったらしい。
「水も滴る良いイケメンってか?」
そう言って濡れた前髪をかき上げ、一人歩き始める雅仁。それを聞き逃さなかった佳乃。
「ずぶ濡れのハゲゴリラってか?」
静かに向かい合う二人。火花が散る。
「オヤクンサゴウ……」
突如、怒号を上げるリバーサー。振り向く一同。
!
そこには、アトレカルの攻撃を物ともせず、突進してくるリバーサーの姿があった。
リバーサーを背後から斬り付けるアトレカル。しかしリバーサーは止まらない。避けず反撃せず、走り続ける。
「ストーカーかよ!」 佳乃が震え上がる。
「っ面倒だ」
アトレカルは悪態をつくと、大剣を持ち直し、リバーサーの背中に深く突き刺した。貫通する刃。
ようやくリバーサーの足が止まり、うつ伏せに倒れる。雅仁が悔しげに唸った。
「オエサワソメマラウイオイント……」
尚も悠久らににじり寄るリバーサー。アトレカルがその頭を踏みつける。
そしてとどめを刺そうと大剣を振りかぶった――その時だった。
ンセピエリエウィヒアテウイイアツエジロユアキエリス……
透き通った、しかし恐ろしく絶望に満ちた声が響き渡った。リバーサーの真下に魔術陣が出現し、アトレカルがその場を離れる。
リバーサーから噴出していた複数の黒煙が立ち消えた。
「再生したの……?」 驚愕する蜜花。
リバーサーがゆっくりと体を起こし、振り返る。
そこには――あの女のリバーサーの姿があった。
刀を両手に、ツインテールを揺らしながら一歩ずつ近付いてくる。ワンピースの上にフードコートを羽織っている、ように見える。もちろん全身真っ黒だ。
思わず身構える悠久。痛いくらい心臓が波打つ。昨日のことのように感じられる、あの日。終わりと始まりの、元凶。
「なんか愛利っぽくね?」と佳乃。
愛利は顔面蒼白だ。震える手で悠久の腕をつかむ。
女のリバーサーは緩慢な動きで辺りを見回したかと思うと、踵を返して去っていく。すると男のリバーサーが立ち上がり、追随する。生き残ったリバーサーらも退却を始めた。
女のリバーサーの魔術により、相当数が息を吹き返したらしい。地に伏したままのリバーサーも、他のリバーサーの魔術によって一人残らず運ばれていく。アトレカルは動かない。
「ゲームセット」 流輝が呟く。
激しい怒りに肩を震わせる悠久。罪の意識の欠片もない様子が、許せなかった。
「ふざけるな!!」
「悠久、だめ……っ!」
走り出そうとする悠久を、愛利が後ろから抱きとめる。女のリバーサーは振り返り、悠久を見据えた。
「……っ?!」
見えない顔から射抜くような視線を感じ、悠久は目を逸らした。強烈な吐き気を催し、膝を折る。
「悠久?! 大丈夫……大丈夫だから……」
必死で背中をさする愛利に、「ありがとう」と笑顔を向ける悠久。
しばらくして悠久が顔を上げると、リバーサーらは忽然と姿を消していた。
――眼前に広がる陰惨な焦土。未来など期待もしていないとばかりに、静まり返っている。
地下施設に戻り、医務室にて治療兼反省会をする一同。
重度の火傷を負ったアトレカルも、アレディヴに渡された塗り薬を自ら体に塗り込んでいる。
「てかさ、雑魚って言ってたじゃん? 死ぬかと思ったんだけど。なんなん?」
多少疲労は残っているものの、無傷だった佳乃は饒舌だ。透明な丸椅子にまたがるように座り、アトレカルに苦情を言う。
「戦場は常に死と隣り合わせだ。気を抜くな」
意に介していない様子のアトレカル。悠久は診察台に横になり、アーネウの修理が終わるのを待っていた。
丁寧な手つきでアーネウを扱う、女性のアフトラガ人。僅かに装甲が歪んだ程度なので外装交換のみで済むそうだ。怪我も軽く、驚異的な回復力もしくは耐久力だとアレディヴが絶賛していた。
「なんならお師匠も死にそうだったじゃん。弱くね? 先行き不安なんだけど」
「俺は死ぬつもりはない。よって死なない」
「めちゃくちゃかよ。さっきから」
佳乃は呆れ返り、アトレカルとの対話を諦めた。既に治療を終えていた愛利と蜜花が笑い合う。
「彼あれなんですよ。脳筋……でしたっけ。なのでご容赦ください」
そう言い放ったアレディヴをアトレカルが睨み付ける。
「あ、ご存知でしたか? 意味」 満面の笑みを浮かべるアレディヴ。
「そういえばあのリバーサー、愛ちゃんに似てたけど、あっちのリバーサーはちょっと雅仁くんっぽかったよね」
蜜花がそう言うと、「筋肉だけじゃん?」と佳乃が返す。愛利の表情が曇る。
「いや、おそらくあえて擬態している。戦いにくいだろ」
アトレカルの問いかけに、顔を見合わせる面々。
「そうでもないよね」と蜜花、「いや全然?」と佳乃。
「悠久なんかも~蹴り倒してたじゃん? 積年の恨み!つって。逆にやりやすかったまである」
佳乃が座ったまま空を蹴ってみせる。椅子が不安定に揺れる。
「そんなことは言ってない」 全力で否定する悠久。
雅仁は肋骨が何本か折れ、内臓も損傷していたらしく、別室で集中治療を受けている。ちなみに流輝は知らぬ間に姿を消していた。
「てかさ、あっちとかこっちとか分かりにくくね? あだ名つけよーよ。あいつらとはまた戦いそうだし」
佳乃の提案に、考えを巡らす四人。真剣な表情。
「闇筋肉とかどうかな」「なら闇ツインテ!」「ミクとカイトにしましょう」「……ダークLOVE & MASA」
結局、雅仁似の方はMリバーサー、愛利似の方はAリバーサーということで落ち着いた。
「急に無難」
悠久がなんともいえない表情で言う。
「ねーねーお師匠。じゃ、次敵くるまで休み? 自由?」
「お前らに休みはない」
佳乃の一縷の望みを断ち切るアトレカル。
「特に悠久。お前は体が貧弱過ぎる。アーネウを活かしきれていない。明日から終日トレーニングだ。食事制限も課す」
悠久の顔から血の気が引いていく。代わり映えしない地下生活の中で、食事は数少ない楽しみの一つだ。
「大丈夫! バレなきゃいーんだから!」
励ます佳乃。アトレカルが鬼の形相になる。
「でも悠久くん、すごい頑張ってましたし、ずっと私達を守ろうとしてくれて……」
擁護する蜜花、頬が緩む悠久。
「頑張るだけなら誰でも出来る。コイツは弱い上、衝動的だ。このままだと次で死ぬぞ」
容赦のないアトレカル。沈黙が流れる。アーネウを修理する機械音が虚しく響いている。
「……俺、強くなるし、もっと冷静に戦うようにする。みんなを守る為ならなんでもやるから」
決意を込めて宣言する悠久。アトレカルは静かに頷いた。
「わたしもやるっ」と愛利。
「私も!」とアレディヴ。
蜜花は憧憬の眼差しで悠久を見つめている。「お師匠こそ次で死にそう」と、佳乃は小さく呟いた。
??????????
優しいその笑顔に今はもう届かない。歪んで映るは、きっと醜いわたし。そこにいるの? 何も見えない。何も、わからなくなる。
後悔の今日、色褪せた明日。希望すら持てないこの現実で、少しずつ奪われて、誰が、何の為に。何故。
時に囚われている。いずれ延々と繰り返すならば、この身はこの心は、ただの人形としか思えなくて。どこまで逃げても自由にはなれない。無数の細胞の一つとして、植え付けられた正義を振りかざす他ない。
本当は、ありもしない真実なんてどうでもいい。ただ愛しいあの日々をもう一度。醒めない夢に沈めて。
??????????
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「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
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