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1話
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古いお寺のような建物を見下ろしている。
瞬きをした次の瞬間、見えていた景色が変わった。
薄暗く埃臭い部屋の隅で、顔を隠すように、少女が、膝を抱えている。
その小さな肩が、微かに震えている。
少女は、声を殺して、泣いているのだろう。
そっと、手を伸ばし、少女の頭に触れようとするが、触れられない。
今度は、声を掛けようと、視線を向けた瞬間、眩しい程の光が、少女を包み込んだ。
眩しすぎて、目を開けていられない。
腕で顔を庇い、光が静まるのを待った。
瞼を閉じても、明るく感じる程の光は、どれ程続いたのだろうか。
光が弱くなるのを感じ取り、徐々に、閉じていた瞼を開けると、少女の前に人のような影が現れた。
瞬きをした瞬間、また景色が変わる。
今まで横から見ていた光景が、目の前に広がった。
少女の姿へと変わり、驚きと困惑が入り交じる。
顔を上げ、ろくに涙も拭かず、逆光となり、顔も姿も分からない人を見上げる。
『どうした?』
頭の中に、直接、声が響くように聞こえる。
とても低く、優しく、そして、何よりも暖かい声の主は、見上げている人なのだろうか。
「おじいちゃんが…しんじゃ…って…ままが…ままがぁ…う…うぅ…ふぅ~~うっうぅ…ふぅっ…ふぅっ」
悲しくなり、また声を殺して、目を伏せ、涙を堪えていた。
『…泣くな』
優しく触れられた頭から、強張っていた気持ちが、楽になっていく。
いつの間にか、その膝に顔を埋め、唇を噛んで泣いていた。
『…淋しいのか?』
流れる涙の跡を消すように、首を左右に振る。
『…悲しいのか?』
また首を振ると、しばらくの間、鼻をすする音だけが、室内に響いた。
『辛く、苦しいのだな?』
しばらくして、発せられた言葉に、小さく頷く。
また、無言になり、布が擦れる音が聞こえ、柔らかく、暖かな手が、頭の上に乗せられた。
次第に、体の力が抜け、徐々に、眠気が襲ってくる。
『…眠いのか?』
頭を優しく撫でる手は、あの人に、似ている。
『一緒にいてやる。だから…もう、泣くな』
顔を上げ、相手を見つめる。
だが、その顔は、その背に背負う光に因って見えない。
「ほんと?」
『あぁ』
「…ずっと…?」
その肩が、ビクッと震え、また、鼻水をすする音だけが、湿気った室内に響く。
『…分かった。ずっと一緒にいよう』
瞬きをすると、さっきと同じように、少女たちを横から見ていた。
少女は、涙を溜めたまま、ニッコリと、嬉しそうな笑顔を見せた。
『だから、もう泣くなよ』
2人の姿が、光に包まれ、眩しさに瞼を閉じると、今度は、何も見えない程の暗闇が現れた。
次の瞬間、ジリリリと、耳障りな目覚ましの音が聞こえ、閉じていた瞼を開けた。
上半身だけを起こし、ベットの横のローチェストの上を手探りする。
根源である目覚まし時計が、コツンと、指先にぶつかり、けたたましく鳴り響く音を止めた。
重たい体を起こし、目を擦りながら、ベットから足を降し、冷たい床に足裏がヒヤッとした。
ベットから一気に立ち上がり、のそのそと歩く後ろ姿は、中年親父のように見えるだろう。
冷蔵庫の食パンを1枚取り出して、レンジに入れ、トーストのボタンを押し、浴室に向う。
着ていた物を脱ぎ捨て、頭から、熱いシャワーを浴びた。
手短に全身を洗い、スッキリした顔で、シャワーを止めると、ドアを開けた。
湯気が、脱衣場の中を充満していく。
その中で、適当に、全身を拭き、チェストから、下着を取り出して、身に付けた。
そのまま脱衣場を出て、トーストをかじって脱衣場に戻る。
下着姿のまま、トーストを食べながら、ドライヤーを乱暴にかける。
器用に、口だけを動かし、トーストを食べ続け、全てを飲み込むと、髪は、乾ききっていないが、ドライヤーを止めた。
口に歯ブラシを突っ込み、ブラウスの袖に腕を通した。
ブラウスのボタンを留めながら、歯を磨き、制服のスカートを履く。
歯磨きを続けていると、今度は、携帯のアラームが鳴り響く。
歯磨きを終わらせ、脱衣場を出て、テレビ台の上にある充電器から、携帯を外し、アラームを止めて鞄を持った。
玄関先で、ブレザーを着ながら、靴箱の上の小物入れから、鍵を持ち、革靴を履く。
玄関を開け、外に出ると、鍵を掛けて、ブレザーのボタンを留めながら、コンコンと、靴音を響かせ、軽快に階段を降りた。
コツコツと、短い距離を足早に歩き、駐輪場から、自転車を取り出した。
「おはよう。凜華ちゃん」
「おはようございます」
近所のおばさんと挨拶しながら、自転車に跨り、ペダルに足を乗せる。
「行ってらっしゃい」
「行ってきます」
ペダルを踏み込み、いつもと同じ学校までの道のりを走り抜ける。
「おはよ」
学校に近付く程、同じ制服を着た人が増えた。
「おはよう」
挨拶しながら、学校の駐輪場に、自転車を止めて、校舎に向かい、足早に歩いた。
下駄箱で、靴を取り替えていると、後ろから声を掛けられた。
「寺西。おはよ」
振り返ると、クラスメイトの五月女幸彦(サオトメユキヒコ)が、立っていた。
「おはよう」
「プリントやった?」
「なんの?」
「前に渡されたプリントだよ」
「あれ?今日提出だっけ」
「なに?忘れてたのかよ」
「まぁ、なんとかなるよ」
そんな他愛のない事を話ながら、教室に向かい、並んで階段を登る。
雑談をする女子。
雑誌を広げて盛り上がる男子。
後ろのドアから入り、その賑やかな教室内を通り抜け、窓際の一番後ろの席に座り、鞄からプリントを取り出した。
進路希望調査。
プリントを机に置いて、頬杖を着いた。
にらめっこをするように、じっとプリントを見下ろした。
開いていた窓から風が、流れ込んみ、髪を揺らした。
眩しい程の太陽。
まだ少し冷たい風。
視線を向けた外の景色に、不意に、頭の中に、今朝の夢が、鮮明に浮かんできた。
古いお寺のような建物。
薄暗く、埃臭い室内。
そこで泣く少女。
顔の見えない人影。
誕生日を迎え、18歳になってから、あの夢を頻繁に見るようになった。
「おっはよう!!」
大きな声が聞こえ、ドキドキと、小さく心臓を鳴らしながら、平常を装って横を向くと、友人の一条舞子(イチジョウマイコ)が、ニコニコと満面の笑みを携えていた。
「どうした?」
舞子は、机に置いてあるプリントに、視線を向け、鼻で溜め息をついた。
「そんなさ~。マジで、悩まなくていいんじゃない?」
またプリントに視線を向け、鼻を小さく鳴らすと、舞子は、また鼻で溜め息をついた。
「進路なんて、変わるもんでしょ。私なんか、父さんの会社の後継ぎって書いたけど、本当に後を継ごうなんて、思ってないし。それに、これって夏休みが終わったら、また、書かされるらしいから、今は、なんとなくでいいんじゃない?」
「そっかぁ」
「そうだよ。それよりさ。昨日の…え~。マジでか~。また、あとでね」
チャイムが鳴り、舞子は、手を振り、自分の席に戻ったいく。
小さく手を振って、鼻で、小さな溜め息をつき、外に視線を向けた。
『ずっと一緒にいよう』
夢の中で聞こえた声が、また聞こえた気がした。
視線を下げ、校庭を見下ろすと、校舎の木陰の中に人影が見えた。
肩の辺りまで伸びた金髪は、太陽の光を跳ね返す程、輝いていた。
肉食獣のような鋭い目元が、柔らかく弧を描き、優しく微笑んでいる。
距離があるのに、すぐ側で、見つめ合っているような感覚に陥り、周囲の雑音が消え、そこが、2人だけの世界のように感じる。
「…し…て…らに…寺西…寺西凜華(テラニシリンカ)!!」
「はっはい!!」
突然聞こえた声に、立ち上がりながら、返事をすると、担任の佐藤隆也(サトウタカヤ)が、教台に立っていた。
「外を見てもいいが、アホ面はやめろ」
周りから、クスクスと、笑い声が漏れ、恥ずかしさで、頬に熱が集まり赤くなる。
その顔を上げていられず、机に視線を落とした。
「…すみません」
小さな声で謝罪をし、椅子に座り直して、横目で、窓の外に視線を戻す。
そこに、あの人は、もういない。
小さく、首を傾げると、また隆也の声が飛ぶ。
「寺西~。調子悪なら保健室行けよ~」
教台の上から降りようと、名簿を持った隆也に、首を傾げたのが、見られたらしく、首を振り、ニコッと、笑みを浮かべた。
だが、その無理に浮かべた笑みは、とても弱々しい。
隆也は、ため息をつき、仏頂面になって、教室から出て行った。
座ったまま、両腕を伸ばして、机にうつ伏せになると、舞子と幸彦が近付いてきた。
「大丈夫か?」
また、小さく鼻を鳴らすと、2人は、心配そうに眉を寄せた。
「保健室行く?」
「行かない」
「無理すんなよ?」
「大丈夫だよ」
体を起こすと、舞子は、机に手を着き、前のめりになって顔を近付けた。
「大丈夫じゃない!!凜華は、頑張りすぎなんだよ。放課後とか、休みの日も、バイトしてんでしょ?」
「マジ!?」
「知らないの?」
「初めて知った」
「ダサ。そんなんだから、モテないんじゃない?」
「うっせぇ。週、何日?」
「週、五…くらい?」
「マジかよ。ちゃんと寝てんのか?」
「寝てるよ。それより、1限目ってなんだっけ?」
「数学だよ?」
「マジか。連続で、隆也先生は、イヤかも」
「そういえば、宿題やった?」
そんな風に、3人で雑談をしていたが、徐々に、気分が悪くなり始めた。
「凜華?大丈夫?」
「大丈夫」
「かなり顔色悪いぞ?保健室…」
「大丈夫だって」
チャイムが鳴り、2人が戻って行くのを見送り、数学の準備を机の上に置くと、隆也が、教室に入って来て、すぐに授業が始まった。
しばらくは、授業を聞いていることが出来たが、もう限界だった。
「先生」
呼び掛けながら、手を挙げると、数式を書いていた隆也が振り返り、数人の生徒も視線を向ける。
その中には、あの2人の視線もあった。
「なんだ?」
「気分が悪いので、保健室行ってもいいですか?」
「…あぁ。いいぞ」
立ち上がろうとした瞬間、めまいで視界が歪んだ。
ガタンと、音を発てながら、机に手を着いたが、目の前がボヤけ、薄暗くなり始めた。
「寺西!!大丈夫か?」
「…はい」
かなり小さな声で、返事をしたが、あっという間に、視界が暗くなり、意識が途絶え、冷たい教室の床に倒れてしまった。
「寺西!!」
「凜華!!」
幸彦と舞子の声と周囲のざわつきが、重なる中、走り寄った足音に、ぐったりする体を抱き上げた。
一気に走り出すと、教室内が騒がしくなる。
重く熱くなった体が、振動で大きく揺れる。
だが、その振動が心地よく、荒くなった呼吸が、耳に伝わる心音に、少しずつ落ち着く。
『…ンカ…リンカ…』
誰かが呼んでる。
瞼を開けようとも、とても重く、上がらない。
そこに、急に光が溢れ、その中に、人影が浮かぶ。
『迎えに来たぞ』
手を差し出したように、人影が動くが、眩しい光の中では、ハッキリと見ることが出来ない。
『リンカ』
ぼんやりする頭に、その手が触れた。
その冷たい手に、熱が奪われていくようで、体が少しずつ楽になる。
重たく感じた瞼も、徐々に軽くなり、静かに持ち上げると、そこには、校庭にいた人が、優しい微笑みを携えていた。
その隙間から燃え盛る炎のような赤い瞳が、小さく揺れている。
その口元が、静かに開かれた瞬間、ガラガラと、戸が開く音が響いた。
瞬きをすると、そこにいた彼の姿は、消えていた。
「凜華」
カーテンを捲り、舞子と幸彦が、顔を出した。
「大丈夫?」
視線を向け、上半身を起こそうと動き、2人は、慌てて近付いた。
「無理すんなよ」
「そうだよ」
2人に支えられるように座り、周りを見渡してみたが、2人以外は、誰もいない。
「今の…人は?」
2人は、顔を見合わせると、舞子は、眉を寄せたまま、不思議そうに、首を傾げた。
「誰かいたの?」
「男の人。2人が入って来たら、いなくなったけど」
何度も、瞬きする舞子に向かい、幸彦が、首を傾げた。
「誰もいなかったよな?」
「うん…」
「うそだぁ」
「どんな奴?」
「こう…肩よりも少し短い金髪で、猫の目みたいに、目尻が少し上がってて、瞳の色が赤いけど、優しそうな人」
「五月女くらいの長さ?」
幸彦の髪も、真っ黒で肩よりも短い。
だが、何かが違う。
「ん~。五月女君よりも、こう、襟足だけが、長かったような気がする」
「そんな人、学校にいないと思うけど」
「そう…だよね。寝ぼけてたのかな」
一瞬、窓の外に視線を向けると、木の影で、何か動いたような気がしたが、すぐに、心配する2人を見上げた。
その後、保険医が戻り、熱を計ると平熱に戻っていた。
体のダルさや熱っぽさもなく、3限目から、普通に授業を受け、休み時間や昼食は、舞子や幸彦と、話をしながら一緒に過ごした。
午後の授業も、難なく終わり、放課後になると、幸彦と舞子に、遊びに誘われたが断った。
靴を履き替えようと、下駄箱を開ける。
「…え」
靴の上に、二つ折りになった紙が、置かれていた。
周りを見回して、その紙を取り出して、開こうとした。
「寺西?」
声を掛けられ、驚きながら、視線を向けると、鞄を持った幸彦が、1人でいた。
「五月女君…」
「どうした?」
「何でもない」
ぎこちなく笑い、隠すように、紙をブレザーのポケットに押し込んで、靴を履き替える。
「じゃぁねぇ」
「あ。寺西」
呼び止められても、振り返らず、小走りで、駐輪場に向かう。
不意に、駐輪場の近くにある木が、視界に入り、足を止めた。
優しく吹き抜ける風が、キラキラと、輝く金色の髪を拐う。
後ろ髪だけを長く伸ばし、緩く束ね、赤い瞳が細く見える。
暖かく優しい微笑みに、視線を奪われた。
見つめ合っていると、また2人だけの世界になったような感覚になる。
そんな世界に浸っている時、肩を叩かれ、驚きながら、振り返った。
そこには、舞子が、不思議そうに首を傾げていた。
「どうしたの?」
「さっき、話した人がいたの」
「どこ?」
「あそこ…」
木陰を指差したが、その姿は、もうそこにない。
「誰もいないじゃん」
「そんな…確かにいたのに…」
「凜華…本当に大丈夫?」
「舞子…」
「今日は、バイト休んだら?」
「大丈夫…って今何時!?」
「え?今…4時半だけど」
「ヤバい!!じゃね」
「あ!凜華!!行っちゃったよ…」
舞子を残し、駐輪場から自転車を取り出すと、急いで、バイト先に向かい、ペダルを踏む。
時間ギリギリで、バイト先の飲食店に着き、慌ただしく準備をし、タイムカードに打刻をして働き始めた。
普段ならば、22時まで働く。
社員に、声を掛けられた。
「寺西さん。もうあがって」
「はい」
タイムカードを機械に入れ、退刻時間を印字する。
21時15分。
時間を見て、溜め息をつきそうになるが、飲み込んで、着替えを始める。
「お先に失礼します」
「お疲れ」
他の社員は、定時ギリギリまで、働かせてくれるが、この社員の時だけは、定時前に帰される。
適当に挨拶をして、店を出て、自転車を走らせる。
家の近くにあるコンビニに寄り、一番安くて、大きいお茶の紙パックを手に持つ。
弁当やおにぎりが乗った棚の前に移動し、不意に、いなり寿司が視界に入った。
じっと見つめてから手に持ち、会計を済ませ、レジ袋を自転車のカゴに入れ、周囲を見渡す。
ずっと、誰かに見られてる気がするが、周りを見ても、誰もいない。
その状況に、恐怖を感じ、全速力で、自転車を走らせた。
駐輪場に自転車を止め、階段を一気に駆け上がる。
壁に張り付きながら、玄関を見て、そこに、何もないことを確認する。
階段や廊下、周りも、キョロキョロと、見渡して誰もいないのを確認した。
いつの間にか、止めていた息を一気に吐き出し、鍵を取り出して、玄関の前に立つ。
鍵穴に、鍵を差し込んだ瞬間、後ろに気配を感じた。
顔を横に向けて、横目で後ろを見ると、黒いコートに野球帽を深く被り、マスクで、口元を隠した人が立っていた。
背中に、冷や汗が吹き出し、口が、カラカラに渇き、喉が、張り付いたように声が出ない。
体が動かず、呼吸が浅くなり、胸が苦しい。
恐怖で、小さく震え始めると、その手が伸びてくる。
瞬きをした瞬間、目の前に、あの金髪が揺れていた。
「…っつ!!」
小さな声に、背中の向こうに、視線を移すと、不審者の手が掴まれ、赤黒く色を変え始めた。
「コイツは私のだ」
その手を軽く押したように見えたが、不審者は、背中を塀にぶつけた。
「消えろ」
不審者が、ヨロヨロと立ち上がり、走って逃げて行く。
その背中が見えなくなった瞬間、足から力が抜け、ヘナヘナと、その場に座り込み、下を向いた。
「…大丈夫か?」
目の前に、差し出された手を伝い、視線を上げると、あの優しい微笑みがあった。
「あっありがとうございます」
その手を借りて、ゆっくり立ち上がった。
「礼はいらない。許嫁を助けるのは、当たり前の事だ」
「イイナズケって…」
「やっと一緒にいれる」
「…はぁ?」
「約束しただろ?ずっと一緒にいてやるって。やっと、見付けたぞ。リンカ」
訳が分からず、固まっていると、首を傾けながら、徐々に、徐々に顔が近付く。
「…うそでしょ?」
体を反らし、聞き返してみるものの、その答えは、返ってこない。
「リンカ」
赤い瞳が目の前まで迫り、その左手が、頬に触れられた。
また、二人だけの世界になったように、周囲が静かになった。
「リンカ…」
「いっ!いやっ!!」
その頬を平手打ちして、怯んだ隙に、急いで鍵を開けた。
部屋に逃げ込み、鍵とチェーンを掛け、玄関先で、何度も、深呼吸を繰り返した。。
呼吸が落ち着き、小物入れに鍵を戻し、革靴を脱ぎ捨てた。
真っ暗な中、壁を手で探り、スイッチを押した。
パチンと音と共に、パッと部屋が明るくなる。
廊下に荷物を置き、ブレザーを所定の位置に下げた時、放課後、ポケットに、押し込んだ紙が、カサっと、音を立てた。
紙を取り出し、荷物を持って部屋の中に入り、テーブルに、レジ袋を置こうと視線を向けると、椅子に、フワフワとした毛並みが見えた。
犬のようなの生き物が、椅子に座り、顔を上げた。
「いきなり、平手打ちはないだろう。痛かったじゃないか」
「い…い…い…」
「なんだ?」
「いやぁーーーーーー!!」
夜の空に叫び声を響かせ、持っていた鞄を投げ、レジ袋も投げ付けた
犬のような生き物は、体を揺らして、それらを避け、近付こうとした。
「ちょっと待って!!リンカ!!話を…」
「いや!!」
「待て!!リンカ!!」
「来ないでよ!!」
しばらく、騒いで、喚いてを続けながら、部屋中を逃げ回っていたが、次第に疲れ、ペタンと、その場に座り込んだ。
大人しくなると、犬のような生き物が、そろそろと近付いた。
「リンカ。頼むから話を…」
「来ないで!!来ないでよ!!」
近くにあったクッションを掴み、目を閉じて、投げようとすると、手首を掴まれた。
驚きで、目を開けると、そこには、、さっき、金髪の人が、怒ったように、目尻を吊り上げていた。
「聞け」
地を這うような低い声で、静かに告げられたが、その威圧感に、恐怖で震えそうになる。
それを我慢し、大人しくなると、少し目元を緩めて、優しい表情に戻った。
「大丈夫だから…もう泣くな」
いつの間にか、涙が溢れ、頬を流れ落ちていく。
優しく暖かな声色に、懐かしさを感じ、振り上げた腕を静かに下ろした。
「だ…れ?」
「稲荷だ」
「い…なり?」
「昔、よく一緒にいたんだぞ?」
「…知らない…」
「古寺で、幼いリンカが、泣いていた時に…」
それは、夢の話であった。
確かに、今の声色は、夢の中で聞いた声、そのものだが、服装が、全く違っていた。
夢で見た人は、袴姿だった。
服を見つめると、稲荷という人は、自分の体を見下ろした。
「あぁ」
瞬きをすると、その人の服装が、変わっていた。
「これでいいか?」
結んでいた髪を解き、袴姿の稲荷は、夢の人と似ているが、瞬きすると、そこには、犬のような生き物がいた。
驚いて、その生き物を見下ろしていると、自分の体を見て、申し訳なさそうに、頭を下げた。
「…すまん」
しばらく、その姿を見つめていたが、袖で涙を乱暴に拭き、投げた荷物を拾った。
「リンカ?」
クッションをあったの場所に戻す。
「怒ってるのか?」
レジ袋をテーブルに置いて、鞄をベットの横に置く。
「それとも、私の姿が、衝撃だったか?」
部屋着のスウェットを持って、脱衣場に向かう。
「婚約者が、妖怪では…」
一緒になって、脱衣場に入ろうとした生き物の目の前で、バタンと、大きな音をさせながらドアを締める。
「リンカ~。開けてくれ~。リンカ~。お~い」
その声を無視して、脱衣場にある洗面台で、乱暴に顔を洗った。
そのまま、顔を上げて、洗面台に、備え付きの鏡を見ると、泣いたせいで、白目が、真っ赤になっていた。
ため息をついて、チェストから、適当にフェイスタオルを取り出す。
乱暴に拭き、着替えを済ませ、脱衣場を出ると、さっきの生き物が、勝手に、荷物を漁っていた。
「ひへんは、ふぁほっはは?」
口いっぱいに、いなり寿司を頬張る姿を見て、盛大な溜め息をついた。
「サイテーだ…」
そう呟き、冷蔵庫の残りご飯で、お茶漬けを作り食べ始めた。
お茶漬けを食べ終えて、紙パックのお茶をマグカップに、注いで飲んでいると、一気に飲み干した。
「…なんなの?」
「稲荷だ」
「違う。アンタは、何処から来て、なんで、ここにいんの」
「何処って…そこから」
その生き物の視線の先を見ると、窓が開いていた。
「ちゃんと締めてたのに…どうやって、開けたのよ」
生き物に向き直って、睨み付けた。
「…普通に」
その答えに、呆れて、何も言えなくなった。
「もういい。なんで、ここにいんのよ」
「なんでって…ちゃんと、伝えたじゃないか」
「聞いてないし」
「履物の所に、書き置きがあったはずだが…」
さっきの紙切れをの存在を思い出し、中身を確認すると、訳の分からない落書きがしてあるだけだった。
「なにこれ。ただの落書きにしか見えない」
「約束したじゃないか」
「約束って何よ」
「幼いかったリンカが、泣きながら“一緒にいろ”と言って、私は、“ずっと一緒にいよう”と約束したんだ」
「ワケ分かんないし。大体、アンタは、何なの?」
「稲荷だ」
「だから違う!!」
「妖狐だ」
「だから、名前…」
「狐だ。妖怪の狐で、妖狐」
「はぁ?呆れた。人ん家に勝手に入って、何が妖怪の狐よ。大体、このご時世、そんな事…」
「本当なんだ!!…信じてくれないのか?」
顔を横に向けて、ため息をつき、横目で生き物を睨んだ。
「信じられるワケないでしょ?こうして、動物と話をしてる事さえ、信じられないんだから」
「だが、現に私は、妖狐なんだ。その証拠に、リンカの前で、変化(ヘンゲ)したり、姿を消して見せただろう」
その日1日の出来事を思い返す。
確かに、突然、消えたり、目の前に現れたり、服装が変わったりしていた。
だが、このご時世、手品師やマジシャンが、簡単にやっている。
「無理ね。その瞬間を見てないんだから、何か仕掛け…」
ボンと音と共に、生き物の周りに、煙が、一瞬だけ立ち込めると、その中から、さっきの人が現れた。
「これでも、信じてくれないか?」
驚きながらも、その人の周りに、さっきの生き物がいないかを確認した。
テーブルの下や椅子の下にはいない。
その人の周りをグルグルと回り、探したがいないのに、何も考えられなくなり、力なく椅子に座った。
「あの頃…私は、よく、人を騙して、楽しんでいたんだ。通行人に道を尋ねるフリをして、水を掛けて、逃げたり…車の前に、この姿のまま、飛び出して、止まらせ、元の姿になって、逃げたり…」
「逃げてばっか」
「あの日も、私が住みかにしていた古寺に、入って行くリンカを見て、バカにしてやろうと思って後を追った」
そこで、声を殺し泣く姿に近付いた。
泣き疲れ、眠っている隙に、元の姿に戻り、脅してやろうとすると、起きるや否や、慌てたように、古寺から飛び出し、走り去ってしまった。
それを追い、黒と白の幕が張られた家に、真っ黒な服装で、老婆に手を引かれて、入って行くのを見た。
「そこから、古寺に向かって、走る後ろ姿を見た時、私は、何とも言えない感情を抱えた。そして、それから私は、古寺に、リンカが、来るのを楽しみにした。だが…ある日…リンカは…来なくなってしまった…何故だ…何故なんだ!!何故…来なくなってしまったんだ…」
テーブルに肘を着き、頭を抱えた。
「そんな事、言われても…全然、覚えてないし」
頭を抱えていた手に、拳を作り、テーブルの上に置いた。
「リンカが、いなくなってからも、私は、リンカの事ばかり、考えていた。この感情が、分からずに戸惑った。それから、色んな、動物や人の話を聞いていく内に、これは、“愛”と言う物だと知り、私は、リンカを愛しているのだと分かった。そして、リンカも、きっと、あの時から、私の事を愛してくれていたのだと知った」
「…はぁ?」
「だから、私は、リンカを探した。リンカを私の嫁として…」
「ちょっと待て!!」
手のひらを見せるように、目の前に突き出し、話を止めさせた。
「それ、小さい頃の話でしょ?私とアンタが、同じ気持ちって、アンタが、思ってるだけだし。私は、思ってないし。てか、そんな約束した覚えないし、そんな事知らない」
その顔を見ると、とても淋しそうに、歪められた。
「…忘れたのか?…私と過ごしたあの日々を…忘れてしまったのか?」
「えっと…あの…まぁ。とにかく、私は、そんな約束してないから。分かったら、もう私に近付かないで」
椅子から立ち上がり、開いている窓に、フラフラと向かっていく。
「…え。ちょっと?」
顔を横に向けてから、一瞬、視線が合うと、小さく微笑んで、窓から飛び降りた。
窓に駆け寄り、外を見下ろすと、さっきの生き物が、こっちを見上げてから、走り去って行った。
その体は、外灯の光を浴びて、金色に光っていた。
昨夜は、寝ることが出来ず、いつもと変わりなく、学校に来たのだが、体が重く、動くのが辛かった。
机に寝そべるようにしていると、幸彦と舞子がやって来た。
「凜華…」
「大丈夫か?」
微かに首を縦に動かすが、その姿は、とても大丈夫には見えない。
その後も、心配されながら、授業を乗り越え、放課後を迎えた。
駐輪場に向かう途中、何かに群がる女子生徒たちがいた。
「通れない」
道が、その群れに塞がれていて、駐輪場に行けない。
「凜華?」
振り返ると、不思議そうに首を傾げた舞子がいた。
「どうしたの?」
「あれ」
群れを指差すと、舞子も、視線を向け、嫌そうな顔をした。
「何あれ」
「分かんない」
「何かいんの?」
「ここからじゃ見えないね」
背伸びをして、人の山が、何に群がっているか、覗こうとしたが、人が、多すぎて見えない。
「よし」
舞子は、一番外側に、いた女子生徒の肩を叩いた。
「なんかあるの?」
「何か分かんないけど、可愛い犬がいるみたいよ」
「どんなの?」
「金色で、ちっちゃくて、可愛いらしいの。それで、尻尾が、フサフサしてるんだって。私も見たい~」
女子生徒は、また、人の群れに戻った。
昨夜の生き物の姿が、頭を過ぎった。
「ちょっとすみません」
「凜華!?」
驚く舞子を残して、人の群れを掻き分けて進む。
「ちょっと!!押さないでよ!!」
「割り込まないでよ!!」
意気込んで、人の山に入ったが、すぐに、舞子の場所に、吐き出されてしまった。
「痛っ」
「大丈夫!?」
吐き出された勢いで、尻餅を着くと、舞子が、近寄って、声を掛けてくれた。
腰をさすりながら、また、人の山を見ると、足の間から、少しだけ、金色の物体が見えた。
「イナリ!!」
名前を呼ぶと、その金色の物体は、女子生徒の足元をすり抜けるように、動き始めた。
「きゃ!!」
「どこ?」
「危ない!!」
「ちょっと!!どけてよ!!」
最後の一人の足元から、飛び出してきた稲荷を抱き止め、持ち上げて顔を見た。
「大丈夫?」
稲荷は、クゥンと、鼻を鳴らして、フサフサの尻尾を振った。
「なに?」
「あの娘のペット?」
「さぁ」
「ズルくない?」
「私も触りたい」
人の群れから、ヒソヒソと、話し声が、聞こえ始めた。
「ちょっと!!凜華!!それ、凜華の?」
「え?あ…うん」
立ち上がり、女子生徒たちに向かって、頭を下げる。
「お騒がせしました」
一瞬、人の山は、黙ったが、すぐにまた、騒ぎだした。
「ねぇー!!触らせて!!」
「私も!!」
「抱っこさせて!!」
「私も抱っこしたい!!」
今度は、こっちに向かって、人の群れが押し寄せて来る。
「あの…」
「お前ら、何してんだ?」
その時、後ろから隆也が現れ、近付いてきた。
隆也を見上げると、いつもの寝ぼけたような顔で、見下ろされた。
「先生…あの…」
隆也に、じっと見下ろされ、言葉が出なくなった。
「寺西。動物は、校内に持ち込むな」
「…すみません…」
下を向いて謝ると、今度は、女子生徒たちに視線を向けた。
「お前らも、騒いでないで、さっさと帰れ」
「え~~~~」
女子生徒たちから、残念そうに声が上がると、そこにいた女子生徒を散らすように、手を振りながら、後ろに隆也が移動した。
「ほお~。今度のテストは、赤点でいいんだな」
「ひっど~い」
「おぉ。何とでも言え。今すぐ、帰らない奴は、覚悟しろよ」
女子生徒は、散って、さっきまでの騒がしさが、嘘のように静かになった。
「寺西」
「はい」
「お前も覚悟しろよ」
「…はい。すみませんでした」
「ちょっと隆也!!」
「先生を付けろ」
「今のは、凜華が悪いんじゃないし!!あの人たちが、勝手に…」
「舞子」
隆也に向かって、抗議する舞子の言葉を遮った。
「追い払ってもらったんだから。じゃ、先生。有難うございました。舞子も。じゃね」
稲荷を連れて、駐輪場に向かう。
「隆也」
「先生を付けろ。先生を」
「凜華に酷い事したら、訴えるからね」
「しねぇよ」
「…はぁ?」
「寺西に、んな事しねぇよ」
「サイテーだ」
「何とでも言え」
カゴに、鞄と稲荷を入れて、自転車を走らせる。
「…相変わらずだな」
小さくなる背中に呟き、隆也は、校舎に向かった。
それを見送った舞子が、自転車を押して、校門に向かう。
「一条?」
校門を出るところで、帰ろうとしていた幸彦が、舞子に、後ろから声を掛けられた。
舞子が振り返ると、幸彦が、小走りで近付いた。
「遅くね?」
「どうでもいいでしょ」
「なんで、機嫌悪いんだよ」
並んで歩く幸彦に、舞子は、さっきの事を話した。
「マジでか。寺西は、大丈夫だったのか?」
「尻餅着いてたけど、隆也が来て、その人たち、追い払ったら、そのまんま、バイト行ったよ」
「なんだかな。そうゆう時は呼べよ」
「呼んでも、何にも出来ないじゃん」
「うっせーよ。じゃな」
「ばいば~い」
分かれ道に差し掛かり、二人は、別々の道を帰っていく。
そのまま、バイト先に向かい、社員や人に見付からないような場所に、稲荷を隠した。
「絶対、ここにいてね」
稲荷に念を押し、店に入ると、その日も、昨日と同じ社員が出勤していた。
定時前に、タイムカードに押し、さっさと着替えると、適当に挨拶を済ませ、足早に店を出て、稲荷の所に向かった。
「イナリ?」
顔を出した稲荷をカゴに乗せ、家の近くのコンビニで、いなり寿司を二つ買って帰宅した。
稲荷を抱えて、階段を駆け上がり、急いで、玄関の鍵を開けた。
素早く、家に入り、乱れた呼吸を整える。
それから、稲荷を下ろし、いつも通り、電気を点けた。
レジ袋を置くと、稲荷は、椅子に乗り、テーブルに前足を着いて、身を乗り出し、袋の中に顔を突っ込もうとした。
「待て!!」
稲荷が、大人しく、椅子に座り直したのを確認し、鞄をベットの横に置いた。
普段着に着替えて、洗濯機を回してから戻り、稲荷の前に、蓋を開けて、いなり寿司を置いた。
「どうぞ」
稲荷は、口いっぱいに、いなり寿司を頬張り始めた。
台所から、マグカップと紙パックのお茶を持って来て座り、いなり寿司を食べる。
食べ終わってから、ガラスコップに注いだお茶を稲荷の目の前に置き、自分のマグカップにも注いだ。
「なんで、あんな所にいたの?」
人の姿になって、お茶を飲んでいた稲荷は、コップをテーブルに置いて、視線を泳がせた。
「リンカに…会い…たくて…」
ため息をついてから、稲荷を見ると、悪い事をして、怒られた子供のように、手を膝の上に、置いて下を向いていた。
「もう来ないでね?」
勢い良く、顔を上げた稲荷に微笑むと、その表情が、少しずつ緩み、安心したように、目を細めた。
「学校には、もう来ないでね?」
何度も頷く稲荷に、笑いが込み上げくる。
「昨日は、どこに行ったの?」
「…茂みに隠れながら、ここをずっと見てた」
「茂みって、駐輪場の近く?」
微かに頷いた稲荷は、大きな体を出来る限り、小さく縮めて下を向いた。
「行く所ないの?」
稲荷は、顔を上げずに、静かに頷いた。
「古寺が、壊されてから、住みかに出来そうな場所を探したんだが、なかなか、見付からなくて。仕方なく、茂みや物陰を転々と…」
「そっかぁ…見付かるまで、ここにいる?」
また勢い良く顔を上げた稲荷は、嬉しそうで、不安そうな複雑な表情をした。
「…い…いの?」
小さな声で聞く稲荷に、両手を広げて見せる。
「しょうがないでしょ。追い出して、死なれて、呪われでもしたら、イヤだし」
頬が少し、赤くなって、微かに涙を溜めた稲荷は、急に、動物の姿になって飛んできた。
「リンカー!!大好きだーー!!」
立ち上がって受け止めよとした瞬間、人の姿になった稲荷が、抱き付いてそう叫んだ。
「リンカ~」
「ちょっと!!やめてっ!!っ!!イナリ!!」
頬擦りをして、チュッと音を発てて、頬に唇を押し当てられ、顔が真っ赤になった。
こうして、妖怪の狐、稲荷との同居が始まった。
瞬きをした次の瞬間、見えていた景色が変わった。
薄暗く埃臭い部屋の隅で、顔を隠すように、少女が、膝を抱えている。
その小さな肩が、微かに震えている。
少女は、声を殺して、泣いているのだろう。
そっと、手を伸ばし、少女の頭に触れようとするが、触れられない。
今度は、声を掛けようと、視線を向けた瞬間、眩しい程の光が、少女を包み込んだ。
眩しすぎて、目を開けていられない。
腕で顔を庇い、光が静まるのを待った。
瞼を閉じても、明るく感じる程の光は、どれ程続いたのだろうか。
光が弱くなるのを感じ取り、徐々に、閉じていた瞼を開けると、少女の前に人のような影が現れた。
瞬きをした瞬間、また景色が変わる。
今まで横から見ていた光景が、目の前に広がった。
少女の姿へと変わり、驚きと困惑が入り交じる。
顔を上げ、ろくに涙も拭かず、逆光となり、顔も姿も分からない人を見上げる。
『どうした?』
頭の中に、直接、声が響くように聞こえる。
とても低く、優しく、そして、何よりも暖かい声の主は、見上げている人なのだろうか。
「おじいちゃんが…しんじゃ…って…ままが…ままがぁ…う…うぅ…ふぅ~~うっうぅ…ふぅっ…ふぅっ」
悲しくなり、また声を殺して、目を伏せ、涙を堪えていた。
『…泣くな』
優しく触れられた頭から、強張っていた気持ちが、楽になっていく。
いつの間にか、その膝に顔を埋め、唇を噛んで泣いていた。
『…淋しいのか?』
流れる涙の跡を消すように、首を左右に振る。
『…悲しいのか?』
また首を振ると、しばらくの間、鼻をすする音だけが、室内に響いた。
『辛く、苦しいのだな?』
しばらくして、発せられた言葉に、小さく頷く。
また、無言になり、布が擦れる音が聞こえ、柔らかく、暖かな手が、頭の上に乗せられた。
次第に、体の力が抜け、徐々に、眠気が襲ってくる。
『…眠いのか?』
頭を優しく撫でる手は、あの人に、似ている。
『一緒にいてやる。だから…もう、泣くな』
顔を上げ、相手を見つめる。
だが、その顔は、その背に背負う光に因って見えない。
「ほんと?」
『あぁ』
「…ずっと…?」
その肩が、ビクッと震え、また、鼻水をすする音だけが、湿気った室内に響く。
『…分かった。ずっと一緒にいよう』
瞬きをすると、さっきと同じように、少女たちを横から見ていた。
少女は、涙を溜めたまま、ニッコリと、嬉しそうな笑顔を見せた。
『だから、もう泣くなよ』
2人の姿が、光に包まれ、眩しさに瞼を閉じると、今度は、何も見えない程の暗闇が現れた。
次の瞬間、ジリリリと、耳障りな目覚ましの音が聞こえ、閉じていた瞼を開けた。
上半身だけを起こし、ベットの横のローチェストの上を手探りする。
根源である目覚まし時計が、コツンと、指先にぶつかり、けたたましく鳴り響く音を止めた。
重たい体を起こし、目を擦りながら、ベットから足を降し、冷たい床に足裏がヒヤッとした。
ベットから一気に立ち上がり、のそのそと歩く後ろ姿は、中年親父のように見えるだろう。
冷蔵庫の食パンを1枚取り出して、レンジに入れ、トーストのボタンを押し、浴室に向う。
着ていた物を脱ぎ捨て、頭から、熱いシャワーを浴びた。
手短に全身を洗い、スッキリした顔で、シャワーを止めると、ドアを開けた。
湯気が、脱衣場の中を充満していく。
その中で、適当に、全身を拭き、チェストから、下着を取り出して、身に付けた。
そのまま脱衣場を出て、トーストをかじって脱衣場に戻る。
下着姿のまま、トーストを食べながら、ドライヤーを乱暴にかける。
器用に、口だけを動かし、トーストを食べ続け、全てを飲み込むと、髪は、乾ききっていないが、ドライヤーを止めた。
口に歯ブラシを突っ込み、ブラウスの袖に腕を通した。
ブラウスのボタンを留めながら、歯を磨き、制服のスカートを履く。
歯磨きを続けていると、今度は、携帯のアラームが鳴り響く。
歯磨きを終わらせ、脱衣場を出て、テレビ台の上にある充電器から、携帯を外し、アラームを止めて鞄を持った。
玄関先で、ブレザーを着ながら、靴箱の上の小物入れから、鍵を持ち、革靴を履く。
玄関を開け、外に出ると、鍵を掛けて、ブレザーのボタンを留めながら、コンコンと、靴音を響かせ、軽快に階段を降りた。
コツコツと、短い距離を足早に歩き、駐輪場から、自転車を取り出した。
「おはよう。凜華ちゃん」
「おはようございます」
近所のおばさんと挨拶しながら、自転車に跨り、ペダルに足を乗せる。
「行ってらっしゃい」
「行ってきます」
ペダルを踏み込み、いつもと同じ学校までの道のりを走り抜ける。
「おはよ」
学校に近付く程、同じ制服を着た人が増えた。
「おはよう」
挨拶しながら、学校の駐輪場に、自転車を止めて、校舎に向かい、足早に歩いた。
下駄箱で、靴を取り替えていると、後ろから声を掛けられた。
「寺西。おはよ」
振り返ると、クラスメイトの五月女幸彦(サオトメユキヒコ)が、立っていた。
「おはよう」
「プリントやった?」
「なんの?」
「前に渡されたプリントだよ」
「あれ?今日提出だっけ」
「なに?忘れてたのかよ」
「まぁ、なんとかなるよ」
そんな他愛のない事を話ながら、教室に向かい、並んで階段を登る。
雑談をする女子。
雑誌を広げて盛り上がる男子。
後ろのドアから入り、その賑やかな教室内を通り抜け、窓際の一番後ろの席に座り、鞄からプリントを取り出した。
進路希望調査。
プリントを机に置いて、頬杖を着いた。
にらめっこをするように、じっとプリントを見下ろした。
開いていた窓から風が、流れ込んみ、髪を揺らした。
眩しい程の太陽。
まだ少し冷たい風。
視線を向けた外の景色に、不意に、頭の中に、今朝の夢が、鮮明に浮かんできた。
古いお寺のような建物。
薄暗く、埃臭い室内。
そこで泣く少女。
顔の見えない人影。
誕生日を迎え、18歳になってから、あの夢を頻繁に見るようになった。
「おっはよう!!」
大きな声が聞こえ、ドキドキと、小さく心臓を鳴らしながら、平常を装って横を向くと、友人の一条舞子(イチジョウマイコ)が、ニコニコと満面の笑みを携えていた。
「どうした?」
舞子は、机に置いてあるプリントに、視線を向け、鼻で溜め息をついた。
「そんなさ~。マジで、悩まなくていいんじゃない?」
またプリントに視線を向け、鼻を小さく鳴らすと、舞子は、また鼻で溜め息をついた。
「進路なんて、変わるもんでしょ。私なんか、父さんの会社の後継ぎって書いたけど、本当に後を継ごうなんて、思ってないし。それに、これって夏休みが終わったら、また、書かされるらしいから、今は、なんとなくでいいんじゃない?」
「そっかぁ」
「そうだよ。それよりさ。昨日の…え~。マジでか~。また、あとでね」
チャイムが鳴り、舞子は、手を振り、自分の席に戻ったいく。
小さく手を振って、鼻で、小さな溜め息をつき、外に視線を向けた。
『ずっと一緒にいよう』
夢の中で聞こえた声が、また聞こえた気がした。
視線を下げ、校庭を見下ろすと、校舎の木陰の中に人影が見えた。
肩の辺りまで伸びた金髪は、太陽の光を跳ね返す程、輝いていた。
肉食獣のような鋭い目元が、柔らかく弧を描き、優しく微笑んでいる。
距離があるのに、すぐ側で、見つめ合っているような感覚に陥り、周囲の雑音が消え、そこが、2人だけの世界のように感じる。
「…し…て…らに…寺西…寺西凜華(テラニシリンカ)!!」
「はっはい!!」
突然聞こえた声に、立ち上がりながら、返事をすると、担任の佐藤隆也(サトウタカヤ)が、教台に立っていた。
「外を見てもいいが、アホ面はやめろ」
周りから、クスクスと、笑い声が漏れ、恥ずかしさで、頬に熱が集まり赤くなる。
その顔を上げていられず、机に視線を落とした。
「…すみません」
小さな声で謝罪をし、椅子に座り直して、横目で、窓の外に視線を戻す。
そこに、あの人は、もういない。
小さく、首を傾げると、また隆也の声が飛ぶ。
「寺西~。調子悪なら保健室行けよ~」
教台の上から降りようと、名簿を持った隆也に、首を傾げたのが、見られたらしく、首を振り、ニコッと、笑みを浮かべた。
だが、その無理に浮かべた笑みは、とても弱々しい。
隆也は、ため息をつき、仏頂面になって、教室から出て行った。
座ったまま、両腕を伸ばして、机にうつ伏せになると、舞子と幸彦が近付いてきた。
「大丈夫か?」
また、小さく鼻を鳴らすと、2人は、心配そうに眉を寄せた。
「保健室行く?」
「行かない」
「無理すんなよ?」
「大丈夫だよ」
体を起こすと、舞子は、机に手を着き、前のめりになって顔を近付けた。
「大丈夫じゃない!!凜華は、頑張りすぎなんだよ。放課後とか、休みの日も、バイトしてんでしょ?」
「マジ!?」
「知らないの?」
「初めて知った」
「ダサ。そんなんだから、モテないんじゃない?」
「うっせぇ。週、何日?」
「週、五…くらい?」
「マジかよ。ちゃんと寝てんのか?」
「寝てるよ。それより、1限目ってなんだっけ?」
「数学だよ?」
「マジか。連続で、隆也先生は、イヤかも」
「そういえば、宿題やった?」
そんな風に、3人で雑談をしていたが、徐々に、気分が悪くなり始めた。
「凜華?大丈夫?」
「大丈夫」
「かなり顔色悪いぞ?保健室…」
「大丈夫だって」
チャイムが鳴り、2人が戻って行くのを見送り、数学の準備を机の上に置くと、隆也が、教室に入って来て、すぐに授業が始まった。
しばらくは、授業を聞いていることが出来たが、もう限界だった。
「先生」
呼び掛けながら、手を挙げると、数式を書いていた隆也が振り返り、数人の生徒も視線を向ける。
その中には、あの2人の視線もあった。
「なんだ?」
「気分が悪いので、保健室行ってもいいですか?」
「…あぁ。いいぞ」
立ち上がろうとした瞬間、めまいで視界が歪んだ。
ガタンと、音を発てながら、机に手を着いたが、目の前がボヤけ、薄暗くなり始めた。
「寺西!!大丈夫か?」
「…はい」
かなり小さな声で、返事をしたが、あっという間に、視界が暗くなり、意識が途絶え、冷たい教室の床に倒れてしまった。
「寺西!!」
「凜華!!」
幸彦と舞子の声と周囲のざわつきが、重なる中、走り寄った足音に、ぐったりする体を抱き上げた。
一気に走り出すと、教室内が騒がしくなる。
重く熱くなった体が、振動で大きく揺れる。
だが、その振動が心地よく、荒くなった呼吸が、耳に伝わる心音に、少しずつ落ち着く。
『…ンカ…リンカ…』
誰かが呼んでる。
瞼を開けようとも、とても重く、上がらない。
そこに、急に光が溢れ、その中に、人影が浮かぶ。
『迎えに来たぞ』
手を差し出したように、人影が動くが、眩しい光の中では、ハッキリと見ることが出来ない。
『リンカ』
ぼんやりする頭に、その手が触れた。
その冷たい手に、熱が奪われていくようで、体が少しずつ楽になる。
重たく感じた瞼も、徐々に軽くなり、静かに持ち上げると、そこには、校庭にいた人が、優しい微笑みを携えていた。
その隙間から燃え盛る炎のような赤い瞳が、小さく揺れている。
その口元が、静かに開かれた瞬間、ガラガラと、戸が開く音が響いた。
瞬きをすると、そこにいた彼の姿は、消えていた。
「凜華」
カーテンを捲り、舞子と幸彦が、顔を出した。
「大丈夫?」
視線を向け、上半身を起こそうと動き、2人は、慌てて近付いた。
「無理すんなよ」
「そうだよ」
2人に支えられるように座り、周りを見渡してみたが、2人以外は、誰もいない。
「今の…人は?」
2人は、顔を見合わせると、舞子は、眉を寄せたまま、不思議そうに、首を傾げた。
「誰かいたの?」
「男の人。2人が入って来たら、いなくなったけど」
何度も、瞬きする舞子に向かい、幸彦が、首を傾げた。
「誰もいなかったよな?」
「うん…」
「うそだぁ」
「どんな奴?」
「こう…肩よりも少し短い金髪で、猫の目みたいに、目尻が少し上がってて、瞳の色が赤いけど、優しそうな人」
「五月女くらいの長さ?」
幸彦の髪も、真っ黒で肩よりも短い。
だが、何かが違う。
「ん~。五月女君よりも、こう、襟足だけが、長かったような気がする」
「そんな人、学校にいないと思うけど」
「そう…だよね。寝ぼけてたのかな」
一瞬、窓の外に視線を向けると、木の影で、何か動いたような気がしたが、すぐに、心配する2人を見上げた。
その後、保険医が戻り、熱を計ると平熱に戻っていた。
体のダルさや熱っぽさもなく、3限目から、普通に授業を受け、休み時間や昼食は、舞子や幸彦と、話をしながら一緒に過ごした。
午後の授業も、難なく終わり、放課後になると、幸彦と舞子に、遊びに誘われたが断った。
靴を履き替えようと、下駄箱を開ける。
「…え」
靴の上に、二つ折りになった紙が、置かれていた。
周りを見回して、その紙を取り出して、開こうとした。
「寺西?」
声を掛けられ、驚きながら、視線を向けると、鞄を持った幸彦が、1人でいた。
「五月女君…」
「どうした?」
「何でもない」
ぎこちなく笑い、隠すように、紙をブレザーのポケットに押し込んで、靴を履き替える。
「じゃぁねぇ」
「あ。寺西」
呼び止められても、振り返らず、小走りで、駐輪場に向かう。
不意に、駐輪場の近くにある木が、視界に入り、足を止めた。
優しく吹き抜ける風が、キラキラと、輝く金色の髪を拐う。
後ろ髪だけを長く伸ばし、緩く束ね、赤い瞳が細く見える。
暖かく優しい微笑みに、視線を奪われた。
見つめ合っていると、また2人だけの世界になったような感覚になる。
そんな世界に浸っている時、肩を叩かれ、驚きながら、振り返った。
そこには、舞子が、不思議そうに首を傾げていた。
「どうしたの?」
「さっき、話した人がいたの」
「どこ?」
「あそこ…」
木陰を指差したが、その姿は、もうそこにない。
「誰もいないじゃん」
「そんな…確かにいたのに…」
「凜華…本当に大丈夫?」
「舞子…」
「今日は、バイト休んだら?」
「大丈夫…って今何時!?」
「え?今…4時半だけど」
「ヤバい!!じゃね」
「あ!凜華!!行っちゃったよ…」
舞子を残し、駐輪場から自転車を取り出すと、急いで、バイト先に向かい、ペダルを踏む。
時間ギリギリで、バイト先の飲食店に着き、慌ただしく準備をし、タイムカードに打刻をして働き始めた。
普段ならば、22時まで働く。
社員に、声を掛けられた。
「寺西さん。もうあがって」
「はい」
タイムカードを機械に入れ、退刻時間を印字する。
21時15分。
時間を見て、溜め息をつきそうになるが、飲み込んで、着替えを始める。
「お先に失礼します」
「お疲れ」
他の社員は、定時ギリギリまで、働かせてくれるが、この社員の時だけは、定時前に帰される。
適当に挨拶をして、店を出て、自転車を走らせる。
家の近くにあるコンビニに寄り、一番安くて、大きいお茶の紙パックを手に持つ。
弁当やおにぎりが乗った棚の前に移動し、不意に、いなり寿司が視界に入った。
じっと見つめてから手に持ち、会計を済ませ、レジ袋を自転車のカゴに入れ、周囲を見渡す。
ずっと、誰かに見られてる気がするが、周りを見ても、誰もいない。
その状況に、恐怖を感じ、全速力で、自転車を走らせた。
駐輪場に自転車を止め、階段を一気に駆け上がる。
壁に張り付きながら、玄関を見て、そこに、何もないことを確認する。
階段や廊下、周りも、キョロキョロと、見渡して誰もいないのを確認した。
いつの間にか、止めていた息を一気に吐き出し、鍵を取り出して、玄関の前に立つ。
鍵穴に、鍵を差し込んだ瞬間、後ろに気配を感じた。
顔を横に向けて、横目で後ろを見ると、黒いコートに野球帽を深く被り、マスクで、口元を隠した人が立っていた。
背中に、冷や汗が吹き出し、口が、カラカラに渇き、喉が、張り付いたように声が出ない。
体が動かず、呼吸が浅くなり、胸が苦しい。
恐怖で、小さく震え始めると、その手が伸びてくる。
瞬きをした瞬間、目の前に、あの金髪が揺れていた。
「…っつ!!」
小さな声に、背中の向こうに、視線を移すと、不審者の手が掴まれ、赤黒く色を変え始めた。
「コイツは私のだ」
その手を軽く押したように見えたが、不審者は、背中を塀にぶつけた。
「消えろ」
不審者が、ヨロヨロと立ち上がり、走って逃げて行く。
その背中が見えなくなった瞬間、足から力が抜け、ヘナヘナと、その場に座り込み、下を向いた。
「…大丈夫か?」
目の前に、差し出された手を伝い、視線を上げると、あの優しい微笑みがあった。
「あっありがとうございます」
その手を借りて、ゆっくり立ち上がった。
「礼はいらない。許嫁を助けるのは、当たり前の事だ」
「イイナズケって…」
「やっと一緒にいれる」
「…はぁ?」
「約束しただろ?ずっと一緒にいてやるって。やっと、見付けたぞ。リンカ」
訳が分からず、固まっていると、首を傾けながら、徐々に、徐々に顔が近付く。
「…うそでしょ?」
体を反らし、聞き返してみるものの、その答えは、返ってこない。
「リンカ」
赤い瞳が目の前まで迫り、その左手が、頬に触れられた。
また、二人だけの世界になったように、周囲が静かになった。
「リンカ…」
「いっ!いやっ!!」
その頬を平手打ちして、怯んだ隙に、急いで鍵を開けた。
部屋に逃げ込み、鍵とチェーンを掛け、玄関先で、何度も、深呼吸を繰り返した。。
呼吸が落ち着き、小物入れに鍵を戻し、革靴を脱ぎ捨てた。
真っ暗な中、壁を手で探り、スイッチを押した。
パチンと音と共に、パッと部屋が明るくなる。
廊下に荷物を置き、ブレザーを所定の位置に下げた時、放課後、ポケットに、押し込んだ紙が、カサっと、音を立てた。
紙を取り出し、荷物を持って部屋の中に入り、テーブルに、レジ袋を置こうと視線を向けると、椅子に、フワフワとした毛並みが見えた。
犬のようなの生き物が、椅子に座り、顔を上げた。
「いきなり、平手打ちはないだろう。痛かったじゃないか」
「い…い…い…」
「なんだ?」
「いやぁーーーーーー!!」
夜の空に叫び声を響かせ、持っていた鞄を投げ、レジ袋も投げ付けた
犬のような生き物は、体を揺らして、それらを避け、近付こうとした。
「ちょっと待って!!リンカ!!話を…」
「いや!!」
「待て!!リンカ!!」
「来ないでよ!!」
しばらく、騒いで、喚いてを続けながら、部屋中を逃げ回っていたが、次第に疲れ、ペタンと、その場に座り込んだ。
大人しくなると、犬のような生き物が、そろそろと近付いた。
「リンカ。頼むから話を…」
「来ないで!!来ないでよ!!」
近くにあったクッションを掴み、目を閉じて、投げようとすると、手首を掴まれた。
驚きで、目を開けると、そこには、、さっき、金髪の人が、怒ったように、目尻を吊り上げていた。
「聞け」
地を這うような低い声で、静かに告げられたが、その威圧感に、恐怖で震えそうになる。
それを我慢し、大人しくなると、少し目元を緩めて、優しい表情に戻った。
「大丈夫だから…もう泣くな」
いつの間にか、涙が溢れ、頬を流れ落ちていく。
優しく暖かな声色に、懐かしさを感じ、振り上げた腕を静かに下ろした。
「だ…れ?」
「稲荷だ」
「い…なり?」
「昔、よく一緒にいたんだぞ?」
「…知らない…」
「古寺で、幼いリンカが、泣いていた時に…」
それは、夢の話であった。
確かに、今の声色は、夢の中で聞いた声、そのものだが、服装が、全く違っていた。
夢で見た人は、袴姿だった。
服を見つめると、稲荷という人は、自分の体を見下ろした。
「あぁ」
瞬きをすると、その人の服装が、変わっていた。
「これでいいか?」
結んでいた髪を解き、袴姿の稲荷は、夢の人と似ているが、瞬きすると、そこには、犬のような生き物がいた。
驚いて、その生き物を見下ろしていると、自分の体を見て、申し訳なさそうに、頭を下げた。
「…すまん」
しばらく、その姿を見つめていたが、袖で涙を乱暴に拭き、投げた荷物を拾った。
「リンカ?」
クッションをあったの場所に戻す。
「怒ってるのか?」
レジ袋をテーブルに置いて、鞄をベットの横に置く。
「それとも、私の姿が、衝撃だったか?」
部屋着のスウェットを持って、脱衣場に向かう。
「婚約者が、妖怪では…」
一緒になって、脱衣場に入ろうとした生き物の目の前で、バタンと、大きな音をさせながらドアを締める。
「リンカ~。開けてくれ~。リンカ~。お~い」
その声を無視して、脱衣場にある洗面台で、乱暴に顔を洗った。
そのまま、顔を上げて、洗面台に、備え付きの鏡を見ると、泣いたせいで、白目が、真っ赤になっていた。
ため息をついて、チェストから、適当にフェイスタオルを取り出す。
乱暴に拭き、着替えを済ませ、脱衣場を出ると、さっきの生き物が、勝手に、荷物を漁っていた。
「ひへんは、ふぁほっはは?」
口いっぱいに、いなり寿司を頬張る姿を見て、盛大な溜め息をついた。
「サイテーだ…」
そう呟き、冷蔵庫の残りご飯で、お茶漬けを作り食べ始めた。
お茶漬けを食べ終えて、紙パックのお茶をマグカップに、注いで飲んでいると、一気に飲み干した。
「…なんなの?」
「稲荷だ」
「違う。アンタは、何処から来て、なんで、ここにいんの」
「何処って…そこから」
その生き物の視線の先を見ると、窓が開いていた。
「ちゃんと締めてたのに…どうやって、開けたのよ」
生き物に向き直って、睨み付けた。
「…普通に」
その答えに、呆れて、何も言えなくなった。
「もういい。なんで、ここにいんのよ」
「なんでって…ちゃんと、伝えたじゃないか」
「聞いてないし」
「履物の所に、書き置きがあったはずだが…」
さっきの紙切れをの存在を思い出し、中身を確認すると、訳の分からない落書きがしてあるだけだった。
「なにこれ。ただの落書きにしか見えない」
「約束したじゃないか」
「約束って何よ」
「幼いかったリンカが、泣きながら“一緒にいろ”と言って、私は、“ずっと一緒にいよう”と約束したんだ」
「ワケ分かんないし。大体、アンタは、何なの?」
「稲荷だ」
「だから違う!!」
「妖狐だ」
「だから、名前…」
「狐だ。妖怪の狐で、妖狐」
「はぁ?呆れた。人ん家に勝手に入って、何が妖怪の狐よ。大体、このご時世、そんな事…」
「本当なんだ!!…信じてくれないのか?」
顔を横に向けて、ため息をつき、横目で生き物を睨んだ。
「信じられるワケないでしょ?こうして、動物と話をしてる事さえ、信じられないんだから」
「だが、現に私は、妖狐なんだ。その証拠に、リンカの前で、変化(ヘンゲ)したり、姿を消して見せただろう」
その日1日の出来事を思い返す。
確かに、突然、消えたり、目の前に現れたり、服装が変わったりしていた。
だが、このご時世、手品師やマジシャンが、簡単にやっている。
「無理ね。その瞬間を見てないんだから、何か仕掛け…」
ボンと音と共に、生き物の周りに、煙が、一瞬だけ立ち込めると、その中から、さっきの人が現れた。
「これでも、信じてくれないか?」
驚きながらも、その人の周りに、さっきの生き物がいないかを確認した。
テーブルの下や椅子の下にはいない。
その人の周りをグルグルと回り、探したがいないのに、何も考えられなくなり、力なく椅子に座った。
「あの頃…私は、よく、人を騙して、楽しんでいたんだ。通行人に道を尋ねるフリをして、水を掛けて、逃げたり…車の前に、この姿のまま、飛び出して、止まらせ、元の姿になって、逃げたり…」
「逃げてばっか」
「あの日も、私が住みかにしていた古寺に、入って行くリンカを見て、バカにしてやろうと思って後を追った」
そこで、声を殺し泣く姿に近付いた。
泣き疲れ、眠っている隙に、元の姿に戻り、脅してやろうとすると、起きるや否や、慌てたように、古寺から飛び出し、走り去ってしまった。
それを追い、黒と白の幕が張られた家に、真っ黒な服装で、老婆に手を引かれて、入って行くのを見た。
「そこから、古寺に向かって、走る後ろ姿を見た時、私は、何とも言えない感情を抱えた。そして、それから私は、古寺に、リンカが、来るのを楽しみにした。だが…ある日…リンカは…来なくなってしまった…何故だ…何故なんだ!!何故…来なくなってしまったんだ…」
テーブルに肘を着き、頭を抱えた。
「そんな事、言われても…全然、覚えてないし」
頭を抱えていた手に、拳を作り、テーブルの上に置いた。
「リンカが、いなくなってからも、私は、リンカの事ばかり、考えていた。この感情が、分からずに戸惑った。それから、色んな、動物や人の話を聞いていく内に、これは、“愛”と言う物だと知り、私は、リンカを愛しているのだと分かった。そして、リンカも、きっと、あの時から、私の事を愛してくれていたのだと知った」
「…はぁ?」
「だから、私は、リンカを探した。リンカを私の嫁として…」
「ちょっと待て!!」
手のひらを見せるように、目の前に突き出し、話を止めさせた。
「それ、小さい頃の話でしょ?私とアンタが、同じ気持ちって、アンタが、思ってるだけだし。私は、思ってないし。てか、そんな約束した覚えないし、そんな事知らない」
その顔を見ると、とても淋しそうに、歪められた。
「…忘れたのか?…私と過ごしたあの日々を…忘れてしまったのか?」
「えっと…あの…まぁ。とにかく、私は、そんな約束してないから。分かったら、もう私に近付かないで」
椅子から立ち上がり、開いている窓に、フラフラと向かっていく。
「…え。ちょっと?」
顔を横に向けてから、一瞬、視線が合うと、小さく微笑んで、窓から飛び降りた。
窓に駆け寄り、外を見下ろすと、さっきの生き物が、こっちを見上げてから、走り去って行った。
その体は、外灯の光を浴びて、金色に光っていた。
昨夜は、寝ることが出来ず、いつもと変わりなく、学校に来たのだが、体が重く、動くのが辛かった。
机に寝そべるようにしていると、幸彦と舞子がやって来た。
「凜華…」
「大丈夫か?」
微かに首を縦に動かすが、その姿は、とても大丈夫には見えない。
その後も、心配されながら、授業を乗り越え、放課後を迎えた。
駐輪場に向かう途中、何かに群がる女子生徒たちがいた。
「通れない」
道が、その群れに塞がれていて、駐輪場に行けない。
「凜華?」
振り返ると、不思議そうに首を傾げた舞子がいた。
「どうしたの?」
「あれ」
群れを指差すと、舞子も、視線を向け、嫌そうな顔をした。
「何あれ」
「分かんない」
「何かいんの?」
「ここからじゃ見えないね」
背伸びをして、人の山が、何に群がっているか、覗こうとしたが、人が、多すぎて見えない。
「よし」
舞子は、一番外側に、いた女子生徒の肩を叩いた。
「なんかあるの?」
「何か分かんないけど、可愛い犬がいるみたいよ」
「どんなの?」
「金色で、ちっちゃくて、可愛いらしいの。それで、尻尾が、フサフサしてるんだって。私も見たい~」
女子生徒は、また、人の群れに戻った。
昨夜の生き物の姿が、頭を過ぎった。
「ちょっとすみません」
「凜華!?」
驚く舞子を残して、人の群れを掻き分けて進む。
「ちょっと!!押さないでよ!!」
「割り込まないでよ!!」
意気込んで、人の山に入ったが、すぐに、舞子の場所に、吐き出されてしまった。
「痛っ」
「大丈夫!?」
吐き出された勢いで、尻餅を着くと、舞子が、近寄って、声を掛けてくれた。
腰をさすりながら、また、人の山を見ると、足の間から、少しだけ、金色の物体が見えた。
「イナリ!!」
名前を呼ぶと、その金色の物体は、女子生徒の足元をすり抜けるように、動き始めた。
「きゃ!!」
「どこ?」
「危ない!!」
「ちょっと!!どけてよ!!」
最後の一人の足元から、飛び出してきた稲荷を抱き止め、持ち上げて顔を見た。
「大丈夫?」
稲荷は、クゥンと、鼻を鳴らして、フサフサの尻尾を振った。
「なに?」
「あの娘のペット?」
「さぁ」
「ズルくない?」
「私も触りたい」
人の群れから、ヒソヒソと、話し声が、聞こえ始めた。
「ちょっと!!凜華!!それ、凜華の?」
「え?あ…うん」
立ち上がり、女子生徒たちに向かって、頭を下げる。
「お騒がせしました」
一瞬、人の山は、黙ったが、すぐにまた、騒ぎだした。
「ねぇー!!触らせて!!」
「私も!!」
「抱っこさせて!!」
「私も抱っこしたい!!」
今度は、こっちに向かって、人の群れが押し寄せて来る。
「あの…」
「お前ら、何してんだ?」
その時、後ろから隆也が現れ、近付いてきた。
隆也を見上げると、いつもの寝ぼけたような顔で、見下ろされた。
「先生…あの…」
隆也に、じっと見下ろされ、言葉が出なくなった。
「寺西。動物は、校内に持ち込むな」
「…すみません…」
下を向いて謝ると、今度は、女子生徒たちに視線を向けた。
「お前らも、騒いでないで、さっさと帰れ」
「え~~~~」
女子生徒たちから、残念そうに声が上がると、そこにいた女子生徒を散らすように、手を振りながら、後ろに隆也が移動した。
「ほお~。今度のテストは、赤点でいいんだな」
「ひっど~い」
「おぉ。何とでも言え。今すぐ、帰らない奴は、覚悟しろよ」
女子生徒は、散って、さっきまでの騒がしさが、嘘のように静かになった。
「寺西」
「はい」
「お前も覚悟しろよ」
「…はい。すみませんでした」
「ちょっと隆也!!」
「先生を付けろ」
「今のは、凜華が悪いんじゃないし!!あの人たちが、勝手に…」
「舞子」
隆也に向かって、抗議する舞子の言葉を遮った。
「追い払ってもらったんだから。じゃ、先生。有難うございました。舞子も。じゃね」
稲荷を連れて、駐輪場に向かう。
「隆也」
「先生を付けろ。先生を」
「凜華に酷い事したら、訴えるからね」
「しねぇよ」
「…はぁ?」
「寺西に、んな事しねぇよ」
「サイテーだ」
「何とでも言え」
カゴに、鞄と稲荷を入れて、自転車を走らせる。
「…相変わらずだな」
小さくなる背中に呟き、隆也は、校舎に向かった。
それを見送った舞子が、自転車を押して、校門に向かう。
「一条?」
校門を出るところで、帰ろうとしていた幸彦が、舞子に、後ろから声を掛けられた。
舞子が振り返ると、幸彦が、小走りで近付いた。
「遅くね?」
「どうでもいいでしょ」
「なんで、機嫌悪いんだよ」
並んで歩く幸彦に、舞子は、さっきの事を話した。
「マジでか。寺西は、大丈夫だったのか?」
「尻餅着いてたけど、隆也が来て、その人たち、追い払ったら、そのまんま、バイト行ったよ」
「なんだかな。そうゆう時は呼べよ」
「呼んでも、何にも出来ないじゃん」
「うっせーよ。じゃな」
「ばいば~い」
分かれ道に差し掛かり、二人は、別々の道を帰っていく。
そのまま、バイト先に向かい、社員や人に見付からないような場所に、稲荷を隠した。
「絶対、ここにいてね」
稲荷に念を押し、店に入ると、その日も、昨日と同じ社員が出勤していた。
定時前に、タイムカードに押し、さっさと着替えると、適当に挨拶を済ませ、足早に店を出て、稲荷の所に向かった。
「イナリ?」
顔を出した稲荷をカゴに乗せ、家の近くのコンビニで、いなり寿司を二つ買って帰宅した。
稲荷を抱えて、階段を駆け上がり、急いで、玄関の鍵を開けた。
素早く、家に入り、乱れた呼吸を整える。
それから、稲荷を下ろし、いつも通り、電気を点けた。
レジ袋を置くと、稲荷は、椅子に乗り、テーブルに前足を着いて、身を乗り出し、袋の中に顔を突っ込もうとした。
「待て!!」
稲荷が、大人しく、椅子に座り直したのを確認し、鞄をベットの横に置いた。
普段着に着替えて、洗濯機を回してから戻り、稲荷の前に、蓋を開けて、いなり寿司を置いた。
「どうぞ」
稲荷は、口いっぱいに、いなり寿司を頬張り始めた。
台所から、マグカップと紙パックのお茶を持って来て座り、いなり寿司を食べる。
食べ終わってから、ガラスコップに注いだお茶を稲荷の目の前に置き、自分のマグカップにも注いだ。
「なんで、あんな所にいたの?」
人の姿になって、お茶を飲んでいた稲荷は、コップをテーブルに置いて、視線を泳がせた。
「リンカに…会い…たくて…」
ため息をついてから、稲荷を見ると、悪い事をして、怒られた子供のように、手を膝の上に、置いて下を向いていた。
「もう来ないでね?」
勢い良く、顔を上げた稲荷に微笑むと、その表情が、少しずつ緩み、安心したように、目を細めた。
「学校には、もう来ないでね?」
何度も頷く稲荷に、笑いが込み上げくる。
「昨日は、どこに行ったの?」
「…茂みに隠れながら、ここをずっと見てた」
「茂みって、駐輪場の近く?」
微かに頷いた稲荷は、大きな体を出来る限り、小さく縮めて下を向いた。
「行く所ないの?」
稲荷は、顔を上げずに、静かに頷いた。
「古寺が、壊されてから、住みかに出来そうな場所を探したんだが、なかなか、見付からなくて。仕方なく、茂みや物陰を転々と…」
「そっかぁ…見付かるまで、ここにいる?」
また勢い良く顔を上げた稲荷は、嬉しそうで、不安そうな複雑な表情をした。
「…い…いの?」
小さな声で聞く稲荷に、両手を広げて見せる。
「しょうがないでしょ。追い出して、死なれて、呪われでもしたら、イヤだし」
頬が少し、赤くなって、微かに涙を溜めた稲荷は、急に、動物の姿になって飛んできた。
「リンカー!!大好きだーー!!」
立ち上がって受け止めよとした瞬間、人の姿になった稲荷が、抱き付いてそう叫んだ。
「リンカ~」
「ちょっと!!やめてっ!!っ!!イナリ!!」
頬擦りをして、チュッと音を発てて、頬に唇を押し当てられ、顔が真っ赤になった。
こうして、妖怪の狐、稲荷との同居が始まった。
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