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都心より、一時間程離れた郊外。
鬱蒼と生い茂る木々の中に、まさに豪邸が、相応しい程の大きな屋敷。
奥村幸雄は、その豪邸に住み込みで、秘書として働いている。
「文太。新商品の方はどうなってる」
「順調です。来週には…」
以前は、親子らしい会話で、賑やかであった朝食が、2年前から、その会話が一切なくなり、いつも仕事の話ばかりとなっていた。
その原因は、主である鷹志にあった。
「明後日だ」
有無を言わせぬ鷹志は、文太の父であり、カワセネットショップの社長。
文太は、その商品開発部の総責任者兼副社長。
「明後日までに持ってこい」
文太の返事も聞かず、傲慢な態度で、鷹志が、ティーカップを掲げると、静かに紅茶が注がれた。
そのティーポットを持つ藤崎葉菜は、この川瀬邸で働くお手伝いの一人だが、他のお手伝いと違った。
“お人形さん"
可愛らしい顔付きで、真っ黒の長い髪が、本当に人形の様で、周囲は、葉菜をそう呼ぶ。
それは、言葉を発しない葉菜をバカにしてる様であり、不気味に思ってる様でもあった。
「おはよ~。今日も可愛いねぇ」
気まずい食堂に、三男の久孝の声が響き、それを次男の博文が睨む。
「久孝」
「良いじゃん。別に。ねぇねぇ、そろそろ…」
肩に触れようとした久孝から離れ、葉菜は、鷹志の後ろに立った。
「そんな事してる暇があるなら、もっと勉強しろ」
葉菜に椅子を引かれながら、立ち上がった鷹志から、冷たい視線を向けられ、久孝は、ムッとした。
「お前もだ。博文」
葉菜がドアを開け、鷹志と共に食堂から出て行くと、久孝は、ドスンと椅子に座り、黙って食事を始めた。
幸雄は、重苦しい雰囲気になった食堂で、無言で食事をする三人を見つめていたが、その重圧に耐えられなくなり、早々に食堂を出た。
「幸雄」
大きな溜め息をついた時、羽鳥遼が声を掛けた。
「どうした?朝から疲れた顔して」
小学生時代の同級生だった二人は、奇跡的に同じ屋根の下で、仕事をして、生活して、親友になっていた。
「いつもの事だ」
幸雄の様子で、事情を察した遼の眉間にシワが寄った。
「またか…どうして、こうなったんだろうな」
「奥様が、いなくなってからだろうな」
5年前。
仕事ばかりで、家庭に滅多にいない鷹志に、愛想が尽き、三人を置いて、文太達の母親、一葉が出て行った。
それから、3年間、鷹志は、息子である文太達を遼達に任せ、屋敷には、ほとんどいない状態になった。
2年前。
葉菜を連れて来た時から、鷹志の態度は、更に悪くなった。
元々、無口で、厳格だった鷹志は、それに輪を掛けたように、傲慢な態度を取るようになり、無理を押し通すようになった。
「彼女が、悪い訳じゃないんだけどな」
「なぁ。お前どう思う?」
「どうって?」
「社長だよ。なんか、嫌われようとしてると思わないか?」
「まさか。なんで、そんな事…」
遼も思い当たる節があるようで、言葉を切って、考えるような仕草をした。
「まぁ。考えすぎって事にしとこうぜ」
「そう…だな」
「さ。仕事に戻るか」
「そうだな。じゃ」
「おう」
ぎこちない笑みを浮かべ、それぞれの仕事に向かい、幸雄は、ガレージから車を発進させ、玄関前に停めた。
「じゃ。行って来るねぇ~」
久孝と博文は、それぞれ、高校と大学に向かう為、運転手付きの車に乗り込み、その後ろから、文太は、自分の運転で、会社に向かう。
それらを見送り、幸雄は、鷹志が出て来るのを待った。
暫くして、鷹志が、出て来ると、後ろから来た葉菜が、後部座席のドアを開け、鞄を差し出し、頭を下げた。
鷹志は、そんな葉菜を無表情で見下ろし、鞄を受け取ると、何も言わず、車に乗り込んだ。
「出せ」
「はい」
頭を下げたままの葉菜を置いて、幸雄は、車を発進させ、会社に向かった。
車が見えなくなると、葉菜は、足早に屋敷に入り、自室に向かった。
他のお手伝いは、二人一組で、一部屋を使っているが、葉菜は、一人で一部屋を使っていた。
だが、その部屋は、掃除道具や新しいシーツ、枕カバーなど、多くの物が押し込まれている。
所謂、リネン室。
そこで、新しいシーツや枕カバー、掃除用具をキャビネットカートに積み、鷹志の部屋に向かった。
窓を開け、シーツや枕カバーを取り替え、床を掃き、シャワールームやトイレを掃除してから、棚やガラスを拭き、モップかけをする。
鷹志のベットには、薄手のカーテンが、周りに引いてある。
まるで、童話のお姫様が使っている様なメルヘンな感じになっている。
床が乾くまで、ランドリールームで、持って来た物を洗濯をし、乾燥機を使わず、裏庭に干して、Yシャツにアイロンをかけ、シワを綺麗に伸ばす。
お昼近くになると、他のお手伝いと同じ様に昼食を摂り、食器を洗い、すぐに仕事に戻る。
葉菜は、良く出来るお手伝いだが、人間らしさが足りない。
可愛らしい顔付きと不釣り合いな体のラインが、それを更に際立たせ、本当に、お人形さんの様な容姿が、周囲の視線を集める。
四六時中ではないが、遼も、気付けば、葉菜に視線が向かってしまう。
「ただいま~」
そんな遼を現実に引き戻すのは、屋敷中に響き渡る久孝の声だった。
久孝が帰って来ると、“ちょっかい"を出され、仕事が進まなくなる為、葉菜は、博文や文太が、帰って来るまで、自室に籠り、そこで、洗濯物を畳んだり、シーツやカバーを片付けたり、部屋で出来る仕事をする。
そして、時間を見計らい、博文が帰って来ると、自室から出て来て、鷹志の部屋に向かい、続きを始める。
そんな葉菜を見てると、いつの間にか、時間が過ぎていて、気付けば、鷹志と幸雄も帰宅し、夕食の時間になる。
「葉菜ちゃん。おかわりちょうだい」
ニコニコして、葉菜に向かい、ティーカップを差し出したが、葉菜の視線は、鷹志に向けられた。
鷹志は、久孝を睨んだ。
「羽鳥」
「はい。失礼します」
その度、遼がティーカップに紅茶を注ぎ、久孝は睨み返すが、鷹志は、そんなの気にも止めず、食堂を出て行く。
それを見て、博文は、小さな溜め息をついた。
それが毎日で、いい加減、久孝や博文の我慢も、限界に近付いていた。
「だぁーーーー!!もう寝る!!」
「ご馳走さまでした。おやすみなさい」
二人も自室に戻り、遼と幸雄は、視線を合わせて、大きな溜め息をつき、テーブルを片付け始めた。
暫くすると、文太も帰って来たが、そのまま、自室に向かう。
文太は、朝食だけしか、食堂で食事をしない。
「んじゃ。お疲れ」
「お疲れ」
幸雄と遼の仕事が終わり、酒を片手に、その日一日の話をする。
「大丈夫か?」
「あぁ。仕事の方は、なんとかなる。そっちは?」
「藤崎さんの方は、なんら変わりないかな。相変わらず喋らないし」
「彼女、声が出ないんじゃないか?」
「いや。普通に話せるらしい」
「調べたのか」
「前にちょっとな」
「したら、なんで喋んないんだろうな」
「さぁな。それが、良く分かんないんだよ」
葉菜の話題で、二人は、たった一杯の晩酌を楽しんだ。
真夜中になり、誰もが深い眠りに落ちている頃。
葉菜は、水差しとガラスのコップを乗せた銀トレーを持ち、薄暗い廊下を進み、大きな扉を3回ノックした。
「入れ」
鷹志の声に誘われ、静かに部屋に入ると、その部屋の中も、廊下と同じくらい薄暗く、デスクに向かう背中が浮かんでいた。
その背中に一礼し、大きなベットに近付き、横にあるチェストで、薬の準備を始めた。
「葉菜。そろそろ、諦めたらどうだ。楽になるぞ」
毎晩の様に、鷹志に惑わされそうになるが、葉菜は、唇を噛んで、それを耐えた。
「お前も辛いだろう」
葉菜を背中から抱き、首筋に鼻を寄せる鷹志の姿は、ただの獣と化した男になっていた。
葉菜は、そんな鷹志に向き直り、薬と水を差し出した。
毅然とした態度の様に見えるが、その肩は、小さく震え、猛獣に追い詰められた小動物の様だ。
それを見下ろす鷹志も、怪しく瞳を光らせ、片頬を引き上げ、不気味に笑った。
薬を含み、コップ一杯の水を飲み干して、鷹志は、ベットに腰掛け、背中を丸め、口元を隠すように指を組み、葉菜を見上げた。
銀トレーを持ち、頭を下げてから、大きな扉に向かい、鷹志に背中を向けた。
「葉菜」
扉の前で呼び止められ、振り向いた葉菜を鷹志が見つめる。
その視線で、葉菜は、扉の横にトレーを置き、鷹志の前に膝を着いた。
鷹志が背中を伸ばすと、葉菜の手が、Yシャツのボタンを外した。
上半身が露になり、葉菜は、脱がした衣類を片付けようとした。
「下もだ」
肩をビクッと揺らし、衣類を床に置くと、葉菜は、ベルトに指を掛け、鷹志のズボンを脱がした。
「葉菜」
葉菜の後頭部に手を添え、鷹志は、自分の股間に引き寄せた。
「舐めろ」
葉菜は、鷹志の下着を脱がし、露になったペニスに唇を寄せ、舌を滑らせた。
鷹志の膝が震え、葉菜の口の中にペニスを押し入れた。
頭を押さえ付け、腰を振り始めた。
無言のまま、鼻息を荒くしてる姿は、葉菜の口で、オナニーをしてる様だ。
射精をした鷹志は、華奢な体を持ち上げ、ベットに寝かせた。
「飲み込め」
精液を飲み込み、葉菜は、口を開けて見せると、鷹志の片頬が、引き上げられた。
「開け」
膝を広げ、自ら、股を開くと、鷹志は、葉菜の腕を掴み、天井から垂れ下がっていた布で、その手首を拘束した。
一度、射精した鷹志のペニスは、葉菜の下着が見えると、また大きく膨れ上がる。
それを葉菜の下着に擦り付け、上下に動かした。
鷹志の体液が、下着を濡らし、グチュグチュと、厭らしい音が部屋に響き、鷹志の呼吸が荒くなった。
下着がずらされ、ペニスが、葉菜のナカに押し込まれると、鷹志は、激しく腰を振り、性欲をぶちまけた。
「何度も言ってるだろ。こうだ」
膝を大きく広げさせ、お尻を絞る様に手で押す。
「腹に力を入れろ。そうだ」
言われた通りに動く葉菜は、奥歯を噛み締め、その状況をひたすら耐えた。
この性癖が、一葉の出て行った理由の一つでもあった。
相手を服従させ、己の性欲を満たす様な、身勝手なセックスをする。
愛情がなくなり、一葉が、出て行ってからは、我慢していたようだが、半年前から、葉菜は、鷹志の理想の肉便器の様な存在になった。
「なんだよ…これ」
鷹志の部屋に向かう葉菜を見付け、その異変に気付いた幸雄が、遼と話していた。
そこに通り掛かった文太達は、二人を連れ、扉の隙間から中を覗いていた。
猛獣と化した父親の姿を見つめ、久孝は、声を震わせ、怒りを露にした。
「静かにしろ。気付かれる」
「だけどさ。って、何処行くんだよ。文兄」
一緒に覗いていた文太が、静かに離れ、歩き出したのを追って、食堂に移動した。
「遼君」
「はい」
「彼女の事知ってるか?」
遼が葉菜の事を話すと、久孝や博文は、目を閉じて、何かを考えてる文太を見つめた。
「遼君。幸雄さん。父に知られないように、詳しく、彼女を調べる事は出来ますか?」
「まぁ。出来ない事はないですが」
「なら、幸雄さんは、母さんが出て行ってから、最近までの父の行動を調べて下さい」
「分かりました」
「遼君は、彼女の家庭環境を調べて下さい」
「家庭環境?そんなの調べて、どうすんだよ」
体を差し出す時、人は、何か事情を抱えている。
その大半は、家庭の事や自身の問題が多い。
文太は、遼から聞いた話で、葉菜も、そうなのではないかと考えた。
「それが分かれば、彼女が喋らない理由ワケも、分かる気がする」
「分かりました。出来る限り調べてみます」
「では、かいさ…」
「ちょっと待てよ。やめさせないのかよ」
「事情が分からないままじゃ、やめさせられないだろ」
「そうじゃなくて。今だよ。アイツ、まだ葉菜ちゃんと…」
「気が済めば解放するだろう」
冷たく言い放つ文太に、久孝は、鷹志が重ねて見え、睨み付けた。
「なんだよそれ。なんでだよ」
「今まで耐えてるなら、耐えれるからだ」
「そんなの理由にならねぇだろ」
「仕方ないだろ。今は何も…」
「葉菜ちゃんにお人形さん続けさせる気かよ!!そんなの可哀想とか思わねぇのかよ!!」
テーブルを叩き、怒りに任せて怒鳴る久孝を見つめ、文太は、大きな溜め息をついた。
「文兄!!」
「久孝。落ち着け」
怒りで震える久孝の肩を掴み、博文は、文太の方に視線を向けた。
「兄さん。僕も、久孝に同意します。今だけでも、やめさせるべきなんじゃないですか?」
「それじゃ、何の解決にもならないだろ」
「だけど、あんな悲しい目をしてたんですよ?それを見過ごすのは…」
「博文。今、止めた所で、明日はどうする」
「明日もやめさせれば…」
「それを繰り返すのか?」
確かに、今の行為をやめさせた所で、明日もやめると確証はない。
「それに、父は、あの性格だ。偶然だと言っても信じないだろ。そしたら、彼女は、どんな目に合う」
葉菜が、文太達に告げ口をしたと、思い込んだ鷹志は、彼女を追い出すかもしれないが、最悪の場合、今以上の過激な事をやらせる可能性もある。
「助けたいならば、彼女の問題を解決してからだ。いいな?」
「分かりました」
博文は、文太の説明で納得したが、久孝は、納得しきれずにいた。
「我々も、早く解決できるように、調べます」
「お願いします。くれぐれも、父にバレないように」
久孝と博文が、頷いたのを確認し、文太は、久々に微笑んだ。
毎日、眉間にシワを寄せ、難しい顔ばかりしているが、文太の微笑みは、昔から変わらず、とても優しく暖かい。
その時は、解散となったが、久孝は、どうしても、納得出来なかった。
文太の言ってる事は、正論だとも思えるが、今を見逃す事が、どうしても許せなかった。
鬱蒼と生い茂る木々の中に、まさに豪邸が、相応しい程の大きな屋敷。
奥村幸雄は、その豪邸に住み込みで、秘書として働いている。
「文太。新商品の方はどうなってる」
「順調です。来週には…」
以前は、親子らしい会話で、賑やかであった朝食が、2年前から、その会話が一切なくなり、いつも仕事の話ばかりとなっていた。
その原因は、主である鷹志にあった。
「明後日だ」
有無を言わせぬ鷹志は、文太の父であり、カワセネットショップの社長。
文太は、その商品開発部の総責任者兼副社長。
「明後日までに持ってこい」
文太の返事も聞かず、傲慢な態度で、鷹志が、ティーカップを掲げると、静かに紅茶が注がれた。
そのティーポットを持つ藤崎葉菜は、この川瀬邸で働くお手伝いの一人だが、他のお手伝いと違った。
“お人形さん"
可愛らしい顔付きで、真っ黒の長い髪が、本当に人形の様で、周囲は、葉菜をそう呼ぶ。
それは、言葉を発しない葉菜をバカにしてる様であり、不気味に思ってる様でもあった。
「おはよ~。今日も可愛いねぇ」
気まずい食堂に、三男の久孝の声が響き、それを次男の博文が睨む。
「久孝」
「良いじゃん。別に。ねぇねぇ、そろそろ…」
肩に触れようとした久孝から離れ、葉菜は、鷹志の後ろに立った。
「そんな事してる暇があるなら、もっと勉強しろ」
葉菜に椅子を引かれながら、立ち上がった鷹志から、冷たい視線を向けられ、久孝は、ムッとした。
「お前もだ。博文」
葉菜がドアを開け、鷹志と共に食堂から出て行くと、久孝は、ドスンと椅子に座り、黙って食事を始めた。
幸雄は、重苦しい雰囲気になった食堂で、無言で食事をする三人を見つめていたが、その重圧に耐えられなくなり、早々に食堂を出た。
「幸雄」
大きな溜め息をついた時、羽鳥遼が声を掛けた。
「どうした?朝から疲れた顔して」
小学生時代の同級生だった二人は、奇跡的に同じ屋根の下で、仕事をして、生活して、親友になっていた。
「いつもの事だ」
幸雄の様子で、事情を察した遼の眉間にシワが寄った。
「またか…どうして、こうなったんだろうな」
「奥様が、いなくなってからだろうな」
5年前。
仕事ばかりで、家庭に滅多にいない鷹志に、愛想が尽き、三人を置いて、文太達の母親、一葉が出て行った。
それから、3年間、鷹志は、息子である文太達を遼達に任せ、屋敷には、ほとんどいない状態になった。
2年前。
葉菜を連れて来た時から、鷹志の態度は、更に悪くなった。
元々、無口で、厳格だった鷹志は、それに輪を掛けたように、傲慢な態度を取るようになり、無理を押し通すようになった。
「彼女が、悪い訳じゃないんだけどな」
「なぁ。お前どう思う?」
「どうって?」
「社長だよ。なんか、嫌われようとしてると思わないか?」
「まさか。なんで、そんな事…」
遼も思い当たる節があるようで、言葉を切って、考えるような仕草をした。
「まぁ。考えすぎって事にしとこうぜ」
「そう…だな」
「さ。仕事に戻るか」
「そうだな。じゃ」
「おう」
ぎこちない笑みを浮かべ、それぞれの仕事に向かい、幸雄は、ガレージから車を発進させ、玄関前に停めた。
「じゃ。行って来るねぇ~」
久孝と博文は、それぞれ、高校と大学に向かう為、運転手付きの車に乗り込み、その後ろから、文太は、自分の運転で、会社に向かう。
それらを見送り、幸雄は、鷹志が出て来るのを待った。
暫くして、鷹志が、出て来ると、後ろから来た葉菜が、後部座席のドアを開け、鞄を差し出し、頭を下げた。
鷹志は、そんな葉菜を無表情で見下ろし、鞄を受け取ると、何も言わず、車に乗り込んだ。
「出せ」
「はい」
頭を下げたままの葉菜を置いて、幸雄は、車を発進させ、会社に向かった。
車が見えなくなると、葉菜は、足早に屋敷に入り、自室に向かった。
他のお手伝いは、二人一組で、一部屋を使っているが、葉菜は、一人で一部屋を使っていた。
だが、その部屋は、掃除道具や新しいシーツ、枕カバーなど、多くの物が押し込まれている。
所謂、リネン室。
そこで、新しいシーツや枕カバー、掃除用具をキャビネットカートに積み、鷹志の部屋に向かった。
窓を開け、シーツや枕カバーを取り替え、床を掃き、シャワールームやトイレを掃除してから、棚やガラスを拭き、モップかけをする。
鷹志のベットには、薄手のカーテンが、周りに引いてある。
まるで、童話のお姫様が使っている様なメルヘンな感じになっている。
床が乾くまで、ランドリールームで、持って来た物を洗濯をし、乾燥機を使わず、裏庭に干して、Yシャツにアイロンをかけ、シワを綺麗に伸ばす。
お昼近くになると、他のお手伝いと同じ様に昼食を摂り、食器を洗い、すぐに仕事に戻る。
葉菜は、良く出来るお手伝いだが、人間らしさが足りない。
可愛らしい顔付きと不釣り合いな体のラインが、それを更に際立たせ、本当に、お人形さんの様な容姿が、周囲の視線を集める。
四六時中ではないが、遼も、気付けば、葉菜に視線が向かってしまう。
「ただいま~」
そんな遼を現実に引き戻すのは、屋敷中に響き渡る久孝の声だった。
久孝が帰って来ると、“ちょっかい"を出され、仕事が進まなくなる為、葉菜は、博文や文太が、帰って来るまで、自室に籠り、そこで、洗濯物を畳んだり、シーツやカバーを片付けたり、部屋で出来る仕事をする。
そして、時間を見計らい、博文が帰って来ると、自室から出て来て、鷹志の部屋に向かい、続きを始める。
そんな葉菜を見てると、いつの間にか、時間が過ぎていて、気付けば、鷹志と幸雄も帰宅し、夕食の時間になる。
「葉菜ちゃん。おかわりちょうだい」
ニコニコして、葉菜に向かい、ティーカップを差し出したが、葉菜の視線は、鷹志に向けられた。
鷹志は、久孝を睨んだ。
「羽鳥」
「はい。失礼します」
その度、遼がティーカップに紅茶を注ぎ、久孝は睨み返すが、鷹志は、そんなの気にも止めず、食堂を出て行く。
それを見て、博文は、小さな溜め息をついた。
それが毎日で、いい加減、久孝や博文の我慢も、限界に近付いていた。
「だぁーーーー!!もう寝る!!」
「ご馳走さまでした。おやすみなさい」
二人も自室に戻り、遼と幸雄は、視線を合わせて、大きな溜め息をつき、テーブルを片付け始めた。
暫くすると、文太も帰って来たが、そのまま、自室に向かう。
文太は、朝食だけしか、食堂で食事をしない。
「んじゃ。お疲れ」
「お疲れ」
幸雄と遼の仕事が終わり、酒を片手に、その日一日の話をする。
「大丈夫か?」
「あぁ。仕事の方は、なんとかなる。そっちは?」
「藤崎さんの方は、なんら変わりないかな。相変わらず喋らないし」
「彼女、声が出ないんじゃないか?」
「いや。普通に話せるらしい」
「調べたのか」
「前にちょっとな」
「したら、なんで喋んないんだろうな」
「さぁな。それが、良く分かんないんだよ」
葉菜の話題で、二人は、たった一杯の晩酌を楽しんだ。
真夜中になり、誰もが深い眠りに落ちている頃。
葉菜は、水差しとガラスのコップを乗せた銀トレーを持ち、薄暗い廊下を進み、大きな扉を3回ノックした。
「入れ」
鷹志の声に誘われ、静かに部屋に入ると、その部屋の中も、廊下と同じくらい薄暗く、デスクに向かう背中が浮かんでいた。
その背中に一礼し、大きなベットに近付き、横にあるチェストで、薬の準備を始めた。
「葉菜。そろそろ、諦めたらどうだ。楽になるぞ」
毎晩の様に、鷹志に惑わされそうになるが、葉菜は、唇を噛んで、それを耐えた。
「お前も辛いだろう」
葉菜を背中から抱き、首筋に鼻を寄せる鷹志の姿は、ただの獣と化した男になっていた。
葉菜は、そんな鷹志に向き直り、薬と水を差し出した。
毅然とした態度の様に見えるが、その肩は、小さく震え、猛獣に追い詰められた小動物の様だ。
それを見下ろす鷹志も、怪しく瞳を光らせ、片頬を引き上げ、不気味に笑った。
薬を含み、コップ一杯の水を飲み干して、鷹志は、ベットに腰掛け、背中を丸め、口元を隠すように指を組み、葉菜を見上げた。
銀トレーを持ち、頭を下げてから、大きな扉に向かい、鷹志に背中を向けた。
「葉菜」
扉の前で呼び止められ、振り向いた葉菜を鷹志が見つめる。
その視線で、葉菜は、扉の横にトレーを置き、鷹志の前に膝を着いた。
鷹志が背中を伸ばすと、葉菜の手が、Yシャツのボタンを外した。
上半身が露になり、葉菜は、脱がした衣類を片付けようとした。
「下もだ」
肩をビクッと揺らし、衣類を床に置くと、葉菜は、ベルトに指を掛け、鷹志のズボンを脱がした。
「葉菜」
葉菜の後頭部に手を添え、鷹志は、自分の股間に引き寄せた。
「舐めろ」
葉菜は、鷹志の下着を脱がし、露になったペニスに唇を寄せ、舌を滑らせた。
鷹志の膝が震え、葉菜の口の中にペニスを押し入れた。
頭を押さえ付け、腰を振り始めた。
無言のまま、鼻息を荒くしてる姿は、葉菜の口で、オナニーをしてる様だ。
射精をした鷹志は、華奢な体を持ち上げ、ベットに寝かせた。
「飲み込め」
精液を飲み込み、葉菜は、口を開けて見せると、鷹志の片頬が、引き上げられた。
「開け」
膝を広げ、自ら、股を開くと、鷹志は、葉菜の腕を掴み、天井から垂れ下がっていた布で、その手首を拘束した。
一度、射精した鷹志のペニスは、葉菜の下着が見えると、また大きく膨れ上がる。
それを葉菜の下着に擦り付け、上下に動かした。
鷹志の体液が、下着を濡らし、グチュグチュと、厭らしい音が部屋に響き、鷹志の呼吸が荒くなった。
下着がずらされ、ペニスが、葉菜のナカに押し込まれると、鷹志は、激しく腰を振り、性欲をぶちまけた。
「何度も言ってるだろ。こうだ」
膝を大きく広げさせ、お尻を絞る様に手で押す。
「腹に力を入れろ。そうだ」
言われた通りに動く葉菜は、奥歯を噛み締め、その状況をひたすら耐えた。
この性癖が、一葉の出て行った理由の一つでもあった。
相手を服従させ、己の性欲を満たす様な、身勝手なセックスをする。
愛情がなくなり、一葉が、出て行ってからは、我慢していたようだが、半年前から、葉菜は、鷹志の理想の肉便器の様な存在になった。
「なんだよ…これ」
鷹志の部屋に向かう葉菜を見付け、その異変に気付いた幸雄が、遼と話していた。
そこに通り掛かった文太達は、二人を連れ、扉の隙間から中を覗いていた。
猛獣と化した父親の姿を見つめ、久孝は、声を震わせ、怒りを露にした。
「静かにしろ。気付かれる」
「だけどさ。って、何処行くんだよ。文兄」
一緒に覗いていた文太が、静かに離れ、歩き出したのを追って、食堂に移動した。
「遼君」
「はい」
「彼女の事知ってるか?」
遼が葉菜の事を話すと、久孝や博文は、目を閉じて、何かを考えてる文太を見つめた。
「遼君。幸雄さん。父に知られないように、詳しく、彼女を調べる事は出来ますか?」
「まぁ。出来ない事はないですが」
「なら、幸雄さんは、母さんが出て行ってから、最近までの父の行動を調べて下さい」
「分かりました」
「遼君は、彼女の家庭環境を調べて下さい」
「家庭環境?そんなの調べて、どうすんだよ」
体を差し出す時、人は、何か事情を抱えている。
その大半は、家庭の事や自身の問題が多い。
文太は、遼から聞いた話で、葉菜も、そうなのではないかと考えた。
「それが分かれば、彼女が喋らない理由ワケも、分かる気がする」
「分かりました。出来る限り調べてみます」
「では、かいさ…」
「ちょっと待てよ。やめさせないのかよ」
「事情が分からないままじゃ、やめさせられないだろ」
「そうじゃなくて。今だよ。アイツ、まだ葉菜ちゃんと…」
「気が済めば解放するだろう」
冷たく言い放つ文太に、久孝は、鷹志が重ねて見え、睨み付けた。
「なんだよそれ。なんでだよ」
「今まで耐えてるなら、耐えれるからだ」
「そんなの理由にならねぇだろ」
「仕方ないだろ。今は何も…」
「葉菜ちゃんにお人形さん続けさせる気かよ!!そんなの可哀想とか思わねぇのかよ!!」
テーブルを叩き、怒りに任せて怒鳴る久孝を見つめ、文太は、大きな溜め息をついた。
「文兄!!」
「久孝。落ち着け」
怒りで震える久孝の肩を掴み、博文は、文太の方に視線を向けた。
「兄さん。僕も、久孝に同意します。今だけでも、やめさせるべきなんじゃないですか?」
「それじゃ、何の解決にもならないだろ」
「だけど、あんな悲しい目をしてたんですよ?それを見過ごすのは…」
「博文。今、止めた所で、明日はどうする」
「明日もやめさせれば…」
「それを繰り返すのか?」
確かに、今の行為をやめさせた所で、明日もやめると確証はない。
「それに、父は、あの性格だ。偶然だと言っても信じないだろ。そしたら、彼女は、どんな目に合う」
葉菜が、文太達に告げ口をしたと、思い込んだ鷹志は、彼女を追い出すかもしれないが、最悪の場合、今以上の過激な事をやらせる可能性もある。
「助けたいならば、彼女の問題を解決してからだ。いいな?」
「分かりました」
博文は、文太の説明で納得したが、久孝は、納得しきれずにいた。
「我々も、早く解決できるように、調べます」
「お願いします。くれぐれも、父にバレないように」
久孝と博文が、頷いたのを確認し、文太は、久々に微笑んだ。
毎日、眉間にシワを寄せ、難しい顔ばかりしているが、文太の微笑みは、昔から変わらず、とても優しく暖かい。
その時は、解散となったが、久孝は、どうしても、納得出来なかった。
文太の言ってる事は、正論だとも思えるが、今を見逃す事が、どうしても許せなかった。
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