審判

咲 カヲル

文字の大きさ
11 / 13

異世界の住人、ディック

しおりを挟む
その日は、もう遅かった為、そのまま、二人の寝床に泊まる事になり、クースは、六人が、気に入ったらしく、リューマの伝統料理や酒を振る舞った。

  「美味しい~」

  「これ、何の肉?」

  「このお酒、ちょっと辛いですね」

賑やかな夕食。
初めての料理や酒。
それらの効果で、遥は、普段よりも速いペースで、酒が進み、気付けば、その場に丸くなって、眠ってしまった。

  「遥さん。寝るなら、奥、行きますよ」

ポルが、肩を揺らすが、遥は、鼻を鳴らしただけだった。

  「遥。いい加減、起きないと風邪引く」

  「ん」

  「遥さん。起きて下さい」

  「んん」

アクアネスとポルで、何度も揺らしたが、鼻を鳴らし、空返事をするだけで、遥は、全く、起きようとしなかった。

  「どうします?」

  「無理矢理にでも、起こした方が良いかもよ?」

  「だが、一度寝ると、起きないからなぁ」

  「ですよねぇ。おぶりますか?」

  「殴られるだろうな」

遥が寝ただけで、完全に困り果てた様子の五人を尻目に、クースが、奥から毛布と、厚手の毛皮を持って来て、遥の肩に掛けた。

  「すみません」

頭を下げたポルに向かい、クースは、優しく微笑んだ。

  「良いさ。姉ちゃんも楽しそうだったしな」

そう言って、遥を見下ろすクースは、本当に嬉しそうで、今まで、淋しい日々を過ごしていたのだと、バイオレンスたちでも、気付くくらいだった。

  「楽しそうなのは、良いんですけどね」

視線を合わせて、困ったような顔をする五人を見つめて、クースは、首を傾げた。

  「楽しく飲んだ次の日は、最悪の状態になるんです」

  「最悪の状態?」

  「まぁ。明日になれば、分かりますよ。ところで、ディックさんは?」

そう言って、ティーキと一緒になって、四人も同じように見渡し、ディックの姿を探したが、そこには、ディックの姿は、見当たらず、そんな五人を他所に、クースは、溜め息混じりに、鼻で笑った。

  「きっと外だ」

  「外?それって、危ないんじゃないですか?」

  「いや。デットベアルは、昼間にしか出て来ない」

そう答えたクースの口振りは、デットベアルの生態を熟知しているようだった。

  「へぇ。デットベアルについて、詳しいんですか?」

  「まぁな」

  「じゃ、どの辺に出没するとかも知ってるの?」

  「あぁ」

遥が起きるまでの間、出来るだけ情報が欲しかった四人は、クースが、知っている限りの事を聞いていた。
暫くすると、それぞれが、大きなアクビをし始めた。

  「そろそろ寝るか」

  「そうですね」

  「じゃ、僕らは、クースさんと一緒に寝るけど、アクアネスちゃんとポルちゃんは、どうする?」

  「私たちは、遥と一緒に寝る」

  「大丈夫か?」

  「お酒で、体も暖かいですし、こうして、くっついていれば、暖かいので、大丈夫です」

いつの間にか、床に寝ている遥を抱き締めるように、アクアネスとポルが、両脇に寝転がると、三人は、呆れたように微笑んだ。

  「風邪引くなよ?」

  「大丈夫。寒くなったら、起こしに行くから。ね?」

  「そうですね」

顔を合わせて、二人は、クスクス笑った。

  「二人とも、遥さんに似てきましたね?」

  「遥ちゃんが三人もいたら、二人は、大変だね」

  「ティーキは、痣も増えるだろうな」

  「やめて下さいよ~」

笑いながら、クースを追うように、歩き出したバイオレンスをティーキが、追っ掛けると、イシュリュウは、鼻から溜め息を吐いて、二人に向き直った。

  「それじゃ、おやすみ」

  「おやすみ」

  「おやすみなさい」

小さく手を振り、イシュリュウの姿が消えると、アクアネスとポルは、優しく笑い合って、静かな寝息を発て始めた。
真夜中になり、遥は、息苦しさで目を覚ました。
体を起こすと、アクアネスとポルが、両隣で寝ているのに驚き、自分が、寝てしまったのを二人が、心配して、一緒に寝てくれたのだと思い、遥は、嬉しくなり、静かに頬を緩め、一人で、密かに笑った。
二人を起こさないように、静かに抜け出すと、遥は、躊躇せず、洞穴から外へ出た。
冷たい風が、頬を撫でるように流れ、その冷たさに、遥の肩が、小さく揺れると、視界に人影が入った。
息を殺し、気配を消して、素早く人影に近付き、側にあった木の陰に身を潜めた。
人影は、ディックだった。
何処か遠く、一点を見つめる、その姿が、遥には、何か思い悩んでいるように思えた。
遥は、そっと、眼帯をずらして、ディックの背中を見つめ、驚きで、目を見開き、静かにディックに近付いた。
その足音に、ディックが、振り返ると、哀しそうな目をした遥が、眼帯を外し、ディックを見つめて立っていた。

  「お前!!」

  「ホント?」

文句を言おうと、口を開いたディックだったが、遥の声がそれを遮った。

  「ホントなの?“世界を支配する"って」

ディックの本能は、遥にとって、哀しい物だった。

  「アナタは…向こうの世界の人なの?」

遥から視線を反らし、ディックは、目を泳がせた。

  「ねぇ。教えてよ。“裏切り"ってなに?」

ディックの本能は、複雑で、遥の左目でも、上手く読み取れない程で、その二つだけが、何とか分かる程度だった。

  「お願い。教えて?ディックは、何を迷ってるの?」

初めて名前を呼ばれ、ディックが、視線を向けると、遥は、真剣な顔付きだが、今にも、泣き出してしまいそうな顔をしていた。

  「なんでだよ。なんで、そんなに知りたいんだよ」

  「知らなきゃならないの」

  「どうして」

  「私の役目を果す為に」

遥の左目は、とても深く、とても淡く、とても儚く感じ、その深い青色の瞳を見つめて、辛くなったディックは、哀しみで、顔を歪めた。

  「お前の役目ってなんだ」

ディックが、聞くと、遥は、目を伏せて、唇に力を入れた。

  「繋がってしまった世界の存亡を判断するの」

消え入りそうな小さな声だったが、遥の声は、確かに、ディックに届いていた。

  「私は、どちらの世界にも存在しない審判員。だから!!」

遥は、勢い良く、顔を上げ、苦しそうに、歯を食い縛った。

  「知りたいの!!世界を知り、私は、私の役目を果たしたいの!!皆の為に…世界の為に…」

どうしようもなった遥は、手に拳を作り、小さく揺らして、ディックを見つめるだけだった。

  「十五年前。俺は、クロノフ博士と共に、この世界に迷い込んだ」

切なく揺れる遥の瞳を見つめ、ディックが、そう言ったと、それが、ディックの答えだと思い、遥は、嬉しそうに優しく目を細めた。

  「クロノフとは、どんな関係なの?」

  「俺の両親が、クロノフ博士と一緒に研究していた。その時、仲良くなったんだ」

遥は、ディックの隣に座った。

  「ディックの両親は?」

  「死んだよ」

二十年以上も前。
ディックの両親は、壊れた自然を復活させる為、日々、研究をし、それを元に、枯れた植物を蘇らせる機械を作り出した。
そして、庭先で、枯れた花を蘇らせる実験を行った。

  「その実験が、成功したら、俺の世界では、世紀の大発明だったんだ。でも、実験は、失敗した」

熱と共に爆風が吹き荒れ、辺りを巻き込んで、機械は、大爆発を起こした。

  「被害は?」

  「町外れで、周りには、何もなかったのが、不幸中の幸いだったんだ。俺の両親と俺以外には、何の問題もなかった」

  「側に居たの?」

  「いや。家の中で寝てた」

想像を超える程、大きな爆発で、家が崩れてしまい、室内に居たディックは、瓦礫の下敷きになった。

  「よく、生きてたね?」

  「まだ小さかったから、隙間に入り込んで、助かったんだ。でも、無傷って訳じゃなかった」

  「そう?そんな風には、見えないわよ?」

体を見回して、そう言った遥を横目で見て、口角を少し上げて、ディックは、上着に手を掛け、寒空の下で、服を脱ぎ始めた。

  「え。わわわ!!ちょっと!!こんな…とこ…で…」

そう言って、ディックの手を掴んだ遥は、その体を見て、言葉を失った。
何か、堅い物が、刺さった痕の残る脇腹。
肩から背中に広がる火傷の痕。
その他にも、小さな傷痕や火傷の痕が、ディックの体に無数に残っていた。

  「もう、二十年以上も経つのに、未だに消えないんだ」

傷痕を撫でるディックは、何処か嬉しそうだった。

  「分かったから、早く、服着てよ。見てるこっちが寒い」

腕を擦る遥は、本当に寒そうだった。

  「そうか?そんなに寒くないぞ」

  「私は、寒いの」

  「鍛え方が足らないんじゃないか?」

  「ディックだって、そんなに鍛えてないじゃないのよ」

  「そんな事ないし。ほら」

ディックは、腕を曲げ、力こぶを作って見せ、得意気な顔をした。

  「触るか?」

  「触らないわよ。いい加減着たら?ホントに風邪引くわよ?」

  「さては、男に触った事ないだろ?」

  「な!!」

頬を真っ赤にした遥を見て、ディックは、ニヤリと笑った。

  「やっぱり。お前って、実は、初なんだな」

  「うるさい!!変態!!」

  「痛っ。痛いって。やめろよ」

肩や腕を叩かれたり、殴られたりしても、初々しい遥の反応が、おかして、声を上げて笑うディックの顔は、仏頂面の時よりも、幼く見え、心底、その時が楽しそうなディックに、遥は、何だか、嬉しくなり、バレないように、小さく笑った。

  「んで?なんで、クロノフは、一緒に居たの?」

遥にそう聞かれ、ディックは、服を着ながら、それに答えるように、続きを話した。
爆発事故の事を聞き、偶然にも、助かったディックをクロノフが、引き取る事になり、それから、二人は、一緒に暮らした。

  「そして、あの日。博士は、俺の両親の夢を果たそうとした」

ディックの両親と同様、クロノフも植物を蘇らせる機械を作り、実験を行った。
しかし、その実験も、失敗したが、それが引き金になり、クロノフとディックは、この世界に迷い込んでしまった。

  「博士は、溢れる自然に感動し、この世界で暮らす人々に感銘を受けた」

  「なら、どうして、こちらとあちらの世界を繋げたの?」

  「繋げるつもりなんてなかった。帰りたかっただけなんだ」

  「でも、現に繋げてしまったじゃない」

  「違う。繋げたのは、博士じゃない」

  「どうゆう事?」

クロノフは、この世界で、研究をする為の資金を稼ぐ為、あの依頼を請ける事にした。

  「研究で稼いだ金で、生活をしながら、博士は、帰る研究もしていた」

手始めに、クロノフは、元の世界と通信する為の機械を作った。

  「実験は、大成功だった。元の世界の友人の博士と通信する事が出来た」

クロノフは、友人に状況を伝え、協力してもらい、元の世界に戻る事が出来た。

  「じゃ、何故、また、この世界に?」

  「俺のせいなんだ…」

元の世界に戻り、友人や多くの学者が、この世界の事を聞いたが、クロノフは、絶対に話さなかった為、矛先が、ディックに向けられた。

  「俺は、聞かれるままに話した。そしたら、アイツら、博士を捕まえて、牢屋に閉じ込めた」

  「ん?ちょっと待って?そしたら、この世界を繋いだのは、その友人の学者?」

  「あぁ」

  「じゃ、なんで、化け物を?」

  「それも、アイツらが博士の研究を利用したんだ」

友人の学者は、世界を繋げ、この世界を支配し、その土地を人々に売る事を考えた。
欲望のまま、富を得ようとする学者たちは、かつて、クロノフが依頼され、人を忠実な兵士にする研究は、その学者の手によって、化け物が造り出された。

  「因みに、どうやって化け物を造り出したの?」

  「最初は、向こうの罪人を使って造ったのをこっちに送り込んでたんだ。でも、そう長く続かない。そこで、この世界の人を拐い、化け物に変え、アイツらは、それぞれの大陸に渡り、少しずつ、この世界を侵略し始めたんだ」

  「ところで、ディックは、どうしてここに居るの?」

  「クロノフ博士に頼まれた」

  「クロノフって、捕まってたんじゃないの?」

  「この世界を繋いだ時、アイツらの実験体になって、この世界に来たんだ」

  「あ~。それで、繋がったのを確認したのね」

  「あぁ」

  「それで、ディックも追って来て、クロノフに会えた。それで?何を頼まれたの?」

  「アイツらを止めてくれって」

  「“世界を支配する"ってのは、分かったけど、“裏切り"ってなに?」

  「俺は、少し前まで、アイツらの研究を手伝ってたんだ」

  「どうして?」

  「アイツらを向こうに連れ戻して、博士との約束を守る為」

  「そっか」

全てを話し、ディックは、スッキリした表情になった。

  「ところで、お前、どっちの世界にも存在しないって言ってたよな?」

  「言ったわよ?それが?」

  「なら、何処から来たんだ?」

  「ん~。聞きたい?」

遥が、上目遣いで、見上げ、ディックは、月明かりに照らされ、得意気に笑う遥の左目が、キラキラと輝いているのを見て、心底、綺麗だと思い、アクアネスが言っていた事を思い出した。

 「今、“綺麗だ"って思ったでしょ?」

  「うるさい。早く聞かせろよ」

  「いや。ちゃんと、お願いしなきゃ、話してあげな~い」

そっぽを向いた遥の肩を掴もうと、伸ばされたディックの手は、その肩に触れられなかった。
身軽に立ち上がり、ディックの手から逃げた遥は、舌を出して、バカにしたように、顔の横で手をヒラヒラさせた。

  「この」

ディックも立ち上がり、遥に手を伸ばしたが、また、ヒラリとかわされた。

  「ざ~んねん。こっちだよ~」

  「待てって。おい」

  「こっちだよ~ん」

ヒラヒラとかわす遥と、それを追い掛けるディックの笑い声が響き、ディックは、久々に楽しい時間を過ごした。

  「あ~疲れた」

  「逃げるからだろ」

  「寒いし、か~えろっと」

  「お前、基本、人の話し聞かないだろ?」

  「かもね」

笑いながら、二人は、洞穴に戻り、誰にも気付かれないように、静かに、それぞれの寝床に着いた。
次の日。
クースに案内され、リューマの大陸をバギーとゴブカートが、走っていた。

  「なんだ。あれは」

一夜明け、ゴブカートの後ろで、遥とディックが、仲良くしてるのを見て、バイオレンスは、バギーを運転しながら、そう呟くと、サイドカーに乗ったクースも、微笑んで、ゴブカートに視線を向けていた。

  「仲良くなったなぁ」

  「そうですね。一晩で、何があったのでしょうか?」

バギーの後ろで、ティーキがそう言うと、バイオレンスは、ハンドルを切って、バギーを揺らした。

  「ちょ!!危ないですよ!!」

バイオレンスは、鼻を鳴らし、前に視線を向けた。

「もう。いい加減にして下さいよ」

溜め息混じりで、ティーキが、そう言っても、バイオレンスは、無視していた。

  「この兄ちゃんは、あの姉ちゃんが好きなのか?」

拗ねたような、バイオレンスの様子で、クースが、そう聞いてみたが、答えたのは、ティーキだった。

  「バイオレンスさんは、遥さんの事になると、見境ないんですよ。僕やイシュリュウさんにまで、嫉妬してしまうんですよ。ね?」

  「お前らが、遥にちょっかい出すからだ」

  「もう。独占欲強すぎです。あんまり、やり過ぎると嫌われますよ?」

  「お前に言われたくない」

バギーを揺らし、悲鳴に近い、叫び声を上げるティーキの様子に、イシュリュウと助手席のポルは、苦笑いしながら、バギーを追っていた。

  「あんな事して、タイヤが滑っても、知らないんだから」

  「大丈夫だろ。この辺は、あまり、滑らないらしいから」

  「どうして?」

  「この辺は、あまり、凍ってないんだって、クースが言ってたんだ」

後部座席の背もたれに座って、ディックが、そう説明すると、アクアネスとポルが、納得したように頷き、イシュリュウと遥は、ある疑問が浮かんだ。

  「どうして、リューマの大陸には、こんなに寒いのかしら?」

  「さぁ」

  「クース君に聞いた事ないの?」

  「あぁ。こんなもんなんだって、思ってたから、全く、気にしなかった」

  「そっか。あれ?」

前を走っていたバギーが、速度を落とし、ゴブカートと並ぶと、バイオレンスは、前を指差した。

  「何か居るみたい」

目を凝らすと、デットベアルのようだが、昨日のデットベアルよりも、一回り小さかった。

  「デットベアル?じゃない。あれは?」

  「狼」

ディックが、そう言うと、遥は、目をキラキラさせて、真っ白の狼を見つめた。

  「化け物じゃない動物って、初めて見たかも」

  「本当。白い狼なんて、初めて見ました」

  「狼って、白じゃないの?」

  「普通は、グレーでしょ?」

  「茶色じゃないんですか?」

  「黒だと思うんだけど」

三人が、自分たちの知ってる狼を思い出しながら、そう言っていたが、遥は、ディックのズボンを引っ張った。

  「何故?」

  「生息地の違い。まず、動物は、外敵から身を守る為、その大陸や森の特色に似せた毛の色になるんだ。擬態ってヤツ」

  「へぇ」

遥は、ディックの説明で、改めて、狼に視線を戻し、その凛々しさを見つめた。

  「あそこ。よ~く、見てみろ」

ディックが、指差した方をじっと見つめていると、まだ、小さな狼の子供、三匹が、白い大地を走っていた。

  「か~わいい」

  「あっちにも、親が居るぞ」

  「ホントだ。ねぇ。あれは?」

遥は、狼の家族がいる、更に先、小さなコブのような物を指差した。

  「多分、うさぎ。狙ってんだ」

  「狙ってるって事は、狩りをしてるの?なんで、子供がいるのに?」

  「子供は、親から狩りの仕方を学ぶんだ」

  「それで、一緒なんだ」

ポルと遥が、あれやこれやと話をすると、それを聞きながら、アクアネスやポルは、ディックを睨むバイオレンスを見て、苦笑いしていた。

  「ディック。今日は、何にする?」

  「そうだな。この人数だから、熊なんか良いんじゃないか?」

  「熊もいるの?」

  「あぁ。もう少し行った所の泉に出没するんだ。そこで、今日の飯を捕る」

  「へぇ。楽しみだなぁ」

初めて見る物に、キラキラと目を輝かせ、少女のように喜ぶ遥の姿を見て、バイオレンスは、さっきまでの苛立ちは、消え去り、喜ばしくなり、いつの間にか、頬を緩めて、小さく微笑んでいた。
そんなバイオレンスの密かな微笑みを他の四人も、微笑ましく思い、二人にバレないように、小さく笑っていた。

  「兄ちゃん。なに笑ってんだ?」

  「それは、遥さんが…」

  「ティーキは、振り落とされたいみたいだな」

  「違いま!!わ!!危ないですよ!!バイオレンスさん!!」

バイオレンスが、バギーの後ろから、ティーキを引き摺り下ろそうとする
騒ぎながらも、ティーキは、必死に、バイオレンスにしがみ付き、踏ん張り、そんな二人を見つめ、クースやイシュリュウたちは、大声で笑った。
そんな賑やかな中で、ディックだけは、哀しそうに目を細め、唇に力を入れて、悔しそうな顔をしていた。
暫くして、眩しい程の白い木々が生い茂る、林が見え始めると、賑やかな六人も静になり、恐ろしいと思える程、静かな林の中を走っていた。

  「この辺で下りるぞ」

  「どうして?」

  「野生の動物は、人間が思うよりも、ずっと耳が良い。このまま近付いたら、逃げられる」

  「バギーもだめ?」

  「あの音じゃ…な。」

バイオレンスのバギーからは、爆音が発せられていて、広い場所ならきにならないが、林や森のような場所では、その音が反響し、大きいのが、更に大きく感じた。

  「なら、これは、置いて。バギーは、押して行けば良いんじゃないかな?」

イシュリュウの提案で、そうする事になり、イシュリュウの横笛で、船と同じように、ゴブカートが消えると、ディックとクースは、驚き、その場に立ち尽くした。

  「タミリオには、古くから、不思議な力を持っててね?楽器や歌声で、色々出来るんだよ」

イシュリュウの説明に、納得しながら、先を歩き始めた二人に続き、バイオレンスは、バギーを押しながら、泉に向かい、全員で歩き始めた。

  「狩りって、どうやるの?」

  「これだ」

遥の疑問に、ディックは、弓矢を取り出し、振って見せた。

  「それで、大丈夫なの?」

  「あぁ。あとは、クースのバズーカで…」

  「バズーカって、あの黒い筒?あれだと、周りも吹き飛ぶんじゃない?」

クースが担いでいる筒を指差し、そう言うと、遥は、バイオレンスに視線を向けた。

  「ティーキに撃ち抜いてもらった方が早くない?」

  「僕もそう思います」

ティーキは、横目で、背中のライフルケースを見て、不意に、最近の事を思い返した。

  「そう言えば、最近、実戦してませんね?」

  「そう言えば、そうですね」

ティーキの呟きで、ポルも、持っていた槍を見て、首を傾げた。

  「なら、実戦も踏まえて、ちょっとやってみたら?」

遥が何気なく言った冗談で、ポルとティーキをやる気にさせた。

  「良いですね。僕、やりたいです」

  「私もやりたいです」

  「あらら。その気にさせちゃったみたい。どうしましょ?」

そうなる事を分かっていた遥が、意地悪な笑みを作り、振り返ると、顎を撫でてから、バイオレンスは、口角を上げて、ニヤリと笑った。

  「ティーキ。やってみろ」

  「はい!!」

ティーキが、返事をすると、意気揚々と歩くのを見て、ポルは、残念そうな顔をし、アクアネスとイシュリュウは、呆れたように、鼻から溜め息を吐いた。

  「さてさて。どうなるかなぁ~」

  「何とかなるだろ」

  「って事だから。あとは、任せてね?」

話しに置いてかれていた、ディックとクースに顔を向け、遥は、ニッコリ笑った。
二人は、そんな遥たちを呆然と見つめていた。
静かな湖畔と言うのが、とてもよく合っているような、泉に大きな体を揺らし、真っ白な熊が、姿を現した。
木の影に隠れ、ティーキは、静かにライフルを構え、スコープで、熊の額に標準を合わせ、引き金を引いた。
ライフルから放たれた弾丸は、見事、熊の額を撃ち抜き、熊の大きな体は、白い大地に沈んだ。

  「腕は、落ちてないみたいだな」

  「そんな事ないですよ」

  「いやぁ~。兄ちゃんは、狙撃が得意なのか。それにしても、こんな、綺麗なんて。凄いな」

バイオレンスとティーキが、そんな事を話してるのを見つめ、クースは、嬉しそうに熊の方に向かった。

  「手伝うか。イシュリュウ。行くぞ」

  「はいはい」

男三人が、クースの後を追って、熊の方に向かうと、遥たちも、その後を追った。

  「それにしても、大きいですね?」

  「そうね」

  「どうやって運ぶの?」

  「いつもは、こんなデカくないから、持って行けんだけど」

  「ちょっと。どうしてくれるの?運べないじゃない」

ディックの隣で、腕組みをして、遥が、そう言うと、ティーキは、苦笑いして、頬をポリポリと掻いた。

  「どうしましょうね」

  「もうちょっと、考えてから撃ちなさいよ」

  「って言われても、コイツしか居なかったですし」

  「居なかったら、待てば良いじゃない」

  「そう言われても…」

攻められて、困った顔をするティーキをいじる遥の肩をポルが、叩き、人差し指を立てて、ニッコリ笑った。

  「大丈夫ですよ。ティーキさんが、運んでくれますから。ね?」

ポルの無茶ぶりに、ティーキは、ライフルを背負いながら、二人に向き直った。

  「いやいやいや。それは、流石に無理ですよ」

  「私たちは、先に戻りましょう」

  「そうね。アクアネスは、どうする?」

  「そうね。私もそうする」

  「ちょっと!!アクアネスさんまで!!」

そんなティーキを無視して、三人は、バギーの方に歩き出そうとしたが、歩みを止め、じっと、林の中に視線を向け、動きを止めた。

  「どうした?」

  「何か来る」

アクアネスが、腰に着けた鉤爪に手を掛け、そう呟くと、ディックとクースの表情が、驚きに変わり、遥たちの視線の先を見つめた。

  「何が…」

ディックの言葉は、林から現れた、デットベアルの雄叫びで、かき消された。

  「イシュリュウ!!」

バイオレンスが、指示を出す前に、三人の側に行き、イシュリュウが、横笛を吹き始めると、デットベアルの動きが鈍り始めた。

  「やれ!!」

ティーキも、イシュリュウの隣で、ライフルをデットベアルに向けたが、女三人が、それぞれの武器を手にして、走り出した。
デットベアルが、腕を振り下ろし、それを避けた遥は、ニヤリと笑って、ダガーナイフを振り抜き、その肩を切り裂いた。

  「この前みたいには、ならないわよ」

遥の後ろから、アクアネスが飛び出すと、鉤爪が、デットベアルの顔を切り裂き、雄叫びを上げながら、怯んだ隙に、ポルの槍が、デットベアルの胸に突き刺さった。

  「…うそ…だろ…」

  「嘘じゃない」

遥たちの姿に、驚きと戸惑いで、呆然と立ち尽くしていた、ディックの呟きに、バイオレンスは、胸を張り、誇らしげに答えた。

  「アイツらは、お前が思っている以上に強い」

ディックが、視線を戻すと、畳み掛けるように、遥たちが、それぞれ、武器を振り抜いていた。
何の迷いもなく、ただ、後ろに居る人を守る。

  「凄い」

  「あぁ。生まれた大陸が違うのに、どうしたら、あんな、息の合った動きが出来るんだろうな」

  「信頼してるからだ」

遥たちを見つめ、ディックとクースが、そう言うと、バイオレンスは、二人に視線を向けた。

  「互いが互いを信頼してるから、全力で動ける」

遥たちに視線を戻したバイオレンスと、一緒になって、クースとディックも、視線を戻した。

  「信頼するって、そんな簡単じゃないだろ。それが、出来るのは何故だ」

  「さぁな。遥が信頼してるから。なのかもしれないな」

そんな話をしてる間に、白い大地を血で汚し、デットベアルは、遥たちの足元に、倒れると、全く、動かなくなった。

  「終わったわよ?」

そう言って、遥が振り返った。
血で、頬やマントを汚す、三人の姿は、ディックに恐怖心を芽生えさせ、背中を寒気が走り抜けた。

  「なんだ。切り刻まなかったのか?」

  「こんな巨体じゃ、切り刻めないわよ」

  「遥さんでも、出来ない事があるんですね」

  「代わりに、ティーキを切り刻んでも?」

  「やめて下さい。ホントにされたら、シャレになりません」

  「あら。冗談だと思ってるの?」

  「お願いですから、それ仕舞って下さい」

ダガーナイフを構えて、遥が、ティーキにジリジリと近付くと、ティーキは、小さく手を振りながら、後退りした。

  「ねぇティーキ。私とバイオレンス。どっちが良い?」

ティーキだけに聞こえるような、小さな声で、遥が、そう聞くと、ティーキは、首を傾げた。

  「何がです?」

  「良いから良いから。ね?どち?」

  「え~っと~…どちらかと言えば、バイオレンスさん?」

  「そっかぁ」

ニヤリと笑い、遥は、ダガーナイフを仕舞うと、ティーキの腕に抱き付いた。

  「…遥さん?」

  「なに?」

  「何を?」

  「さぁ?何でしょ?」

  「あの…何もなければ…離れて…」

  「おい」

鬼の形相のバイオレンスが、背中の剣に手を掛け、ティーキを睨み付けていた。

  「何してる」

  「何と言われましても…」

  「慰めてって言うから、慰めてたのよ?」

  「言ってないです!!断じて言ってないです!!待って!!いやぁーーーー!!」

遥の腕を振り払い、走り出したティーキを追い掛け始めたバイオレンスを見て、四人は、大笑いした。

  「待ちやがれ!!」

  「イヤです!!」

  「このやろ!!」

バイオレンスが、その背中にタックルすると、ティーキは、前のめりに転んだ。

  「今日と言う今日は、覚悟しろよ」

  「ちょっと待って!!そんな事言うなら、ディックさんは、どうなんですか!?」

急に呼ばれ、ディックは、何度も瞬きをして、その周りで、遥たちは、クスクス笑った。

  「ディックさんだって、遥さんとベタベタしてたじゃないですか!!」

  「ちょっと待て。俺は、別にベタベタしてたんじゃ…」

  「僕よりも、ディックさんの方が先じゃないんですか!!」

そんな風に言われ、バイオレンスは、ティーキから、ディックに視線を移した。
その目付きは、獲物を狙う野獣の目だった。

  「ちょっと待てって。俺は、ベタベタしてたんじゃなくて、ただ、話をしてただけで…」

ちゃんと、説明しているはずなのに、バイオレンスの視線は、それを認めさせない程、威圧感があり、恐ろしさで、ディックは、頬を引き吊らせながら、後退りをした。

  「だから、そんなに怒んなよ。な?遥もなんか言ってくれよ」

そう言って、ディックが視線を向けると、遥は、何かを思い付いたように、ニヤリと笑った。

  「あら。そうだったの?私は、てっきり…」

遥は、舌をペッと出して、そう言った。

  「お前は、悪魔か!!」

焦るディックは、そう叫び、バイオレンスに顔を向けると、バイオレンスは、剣に手を掛けたまま、突進して来るのが見え、悲鳴に近い、叫び声を出しながら、一気に走り出した。

  「遥さん。ディックさんまで、巻き込まなくても…」

  「良いじゃない。あれで、バイオレンスの気分が晴れれば」

そう言って、遥は、走り回るバイオレンスを見つめ、優しく微笑んでいた。
バイオレンスの気が済むまで、そのままにすることになり、イシュリュウが、ゴブカートを持って来て、熊をくくり付けると、遥たちは、暖を取りながら、おいかけっこが、終わるまで待っていた。

  「それにしても、バイオレンス君も飽きないね」

ディックとティーキを追い掛けるバイオレンスを見つめ、イシュリュウが、そう呟くと、ポルやアクアネスも、同じ事を考えてたようだった。

  「そうですね」

  「あんな、必死になる必要があるのか?」

  「僕は、何となく分かるけどな」

イシュリュウは、遥に視線を向けて、ニッコリ笑った。

  「大好きな子の事なら、何でも、必死になるよ」

  「そう?」

  「僕だって、そう思うもん」

イシュリュウは、遥に向かって、ニッコリ笑った。

  「イシュリュウも遥が好きなの?」

  「さぁ。どうだろうね?」

  「あら。そこで濁すなんて怪しいわよ?」

声を出して、ケタケタ笑うと、イシュリュウは、人差し指を唇に当てて、片目を閉じた。

  「そこは、秘密で。ね?じゃないと、遥ちゃんの餌食になっちゃうから」

  「もう聞いちゃってるけどね?」

ニヤリと笑う遥に、イシュリュウは、困った顔をしながらも、何処か、嬉しそうに笑っていた。
三人は、流石に、走り疲れて、戻って来た。
ディックは、来た時と同じように、ゴブカートの後部座席に乗り、バイオレンスとティーキもゴブカートに乗り込んだ。

  「もう。何なのよ」

  「自業自得」

  「でもぉ~」

  「仕方ないですよ。遥さんが、バイオレンスを煽ったのが悪いんですから」

遥が、バギーを運転し、その後ろには、アクアネスが座り、サイドカーには、ポルが乗り込み、来た道を戻っていた。

  「だって。彼、元気なかったから」

  「あら。遥でも、ちゃんと考えてんだ」

  「いくらなんでも、それは、酷いんじゃないですか?」

  「あらそう?失礼」

  「もう。アクアネスってば」

場所が変わっても、賑やかで、華やかな女三人の様子を見つめ、イシュリュウとクースは、呆れたように笑っていた。

  「女は、やっぱり賑やかだな」

  「そうだね。あの三人は、特に仲良いから」

  「いつもなのかい?」

それから、クースとイシュリュウは、色んな話をした。
その話を寝たふりをして、ディックは、ずっと聞いていた。
洞穴に着き、ティーキとバイオレンスを叩き起こした。

  「ねぇ。ちょっと、周りを散歩して来ても良いかしら?」

  「あぁ。別に構わんが」

  「そう。それじゃ」

そう言って、遥がディックの腕を掴んだ。

  「え!?何すんだよ!!」

  「一緒に行くのよ」

頬を引き吊らせ、ディックが、遥の手を振り払おうとしたが、遥は、絶対に離さなかった。

  「良いから良いから。じゃ、行ってきます」

  「えぇ」

  「ちょっ!!おい!!待て!!俺は!!」

騒ぐディックを引き摺り、女三人は、外に出て行った。

  「何だかな」

  「まぁ。あっちは、ディックに任せておけば、大丈夫だろ」

ディックを抜いた男四人で、熊を奥の部屋に運び込んだ。

  「んじゃ、やるか」

クースは、手際良く、支度をすると、熊の毛皮を剥いで、肉を切り始めた。

  「僕らも手伝うよ」

  「何すれば良いですか?」

  「そんじゃ、皮剥きを頼む。そんで、君らは…」

クースの指示で、男だけで、食事の準備を始めた。

  「お前ら、料理した事ないだろ」

クースの指摘は、図星だった。
アルカに居る時は、使用人が作り、旅に出れば、ポルやアクアネスが作る為、男たちは、ほとんど、料理をしなかった。

  「すみません」

苦笑いしながら、頭を掻く三人を見て、クースは、呆れたように鼻から溜め息を吐いた。

  「たまには、やれよ。だから、あの姉ちゃんにいじられるんだぞ?」

  「面目ない」

その後、クースに教わり、必死に食事を作りながら、遥たちが喜ぶ顔を思い浮かべ、三人は、ニコニコと頬を緩め、笑っていた。

  「そろそろ、話してくれないかしら?」

男たちが食事の支度をしている頃、アクアネスが、遥に向かって聞くと、遥は、口角を上げてから、首を傾げた。

  「何の事かしら?」

  「私、知ってますよ?ディックさんを気遣ってなんですよね?」

  「あら。バレちゃった」

  「やっぱり。ちゃんと、言ってくれれば良いのに」

アクアネスとポルに向かい、遥は、ペッと舌を出して見せた。

  「俺の為?どうして」

  「だって…ずっと、怖いって顔してたから」

遥は、哀しそうに目を伏せた。

  「私たちの事見て、怖いって顔してさ。私は、良いけど、ポルとアクアネスまで、そんな顔されるのは、イヤだったのよ。だから、もっと仲良くなれば、そんな顔しないかなって」

寂しそうに笑い、遥は、ディックに向き直った。

  「そんな事ない」

  「そうですよ。私たちも遥さんが、怖がられるのは、イヤです」

  「そう」

遥を挟んで、ポルとアクアネスが、視線を向けると、ディックは、困ったように目を伏せ、頭を掻いた。

  「そんな事言われても…俺は、そんな顔してるつもりないから」

そう言ったディックを見て、ムッとした遥は、わざとらしく、大きな声を出した。

  「ねぇ。知ってる?ディックって…」

ポルとアクアネスに顔を寄せ、ゴニョゴニョと、内緒話をすると、三人は、クスクス笑いがら、ディックに視線を向けた。

  「へぇ。そうなんだぁ」

  「ディックさんって、そんな人なんですね」

  「そんな人って…お前、どんな話したんだよ」

   「ナイショ」

  「おい」

ディックの指先をすり抜け、遥は、クスクス笑い、少し先で振り返った。

  「おい。どんな話…」

  「し~らな~い」

ディックが、顔を向けると、アクアネスは、ヒラヒラと手を振って、遥の隣に立った。

  「おい」

  「捕まえられたら、教えてあげますよ?」

ポルもヒラリと、マントをひるがえして、遥に走り寄った。

  「それで?他には、何かないの?」

  「そうだなぁ。あと…」

  「おい!!」

ディックは、三人に向かい、手を伸ばしたが、遥たちは、その手からすり抜けるように、身をひるがえした。

  「待て!!」

  「イヤよ」

木の影から、顔を出した遥を追い掛けようとしたが、ディックは、視界に入ったポルに、手を伸ばした。

  「イヤですよ」

  「くそっ」

だが、ヒラリとかわされ、今度は、アクアネスに手を伸ばした。

  「あら。残念」

  「あーーもう!!この!!」

苛立ったディックから、遥たちは、バラバラに逃げた。

  「こっちよ?」

  「こっち。こっち」

  「こちらですよ~」

  「くそ!!」

ディックは、付かず、離れずの距離を保つ遥たちを必死に追った。

  「待てよ!!」

  「イヤよ。頑張って捕まえなさい?ほ~ら」

  「あーーもう!!絶対、捕まえてやる!!」

手を鳴らしながら、逃げる三人を追って、ディックは、走り始め、遥たちの笑い声が、辺りに響き渡り、ディックの表情からは、恐怖が消えていた。

  「ただいまぁ~」

辺りが暗くなって、遥たちが、帰って来ると、すでに、夕食の準備が出来ていた。

  「わぁ~。美味しそ」

  「本当」

  「皆さんで、作ったんですか?」

ずっと、おいかけっこをしてたはずが、遥たちからは、全く、疲れを感じず、まだまだ、元気に話をしていた。

  「あら。ディックったら、疲れちゃったの?」

そんな三人とは、全く裏腹で、ディックは、三人の向かいに、ドサッと座り込んだ。

  「だらしないわね」

  「まぁ。沢山、走りましたから。ね?それよりも、早く食べましょ?」

  「そうね。それじゃ、お先に」

  「いただきま~す」

三人は、話をしながら、食事を始めた。

  「お前ら。毎日、こんな事してんのか?」

次々に料理を口に運び、話をする三人を見つめ、ディックは、何気なく、そう聞くと、ティーキたちは、キョトンとして、首を傾げた。

  「何がですか?」

  「何って…コイツらの相手だよ」

三人は、顔を寄せ見合わせて、首を傾げた。

  「ディック君。遥ちゃんたちと何してたの?」

ディックは、口を尖らせながら、さっきの事を話した。

  「要は、ディック君は、遥ちゃんたちに遊ばれたんだね」

苦笑いして、湯飲みを差し出したイシュリュウが、そう言うと、手を出したディックは、そのまま、固まったように動きを止め、イシュリュウを見つめた。

  「まぁ。良い玩具にされたって事ですよ」

肩を落として、落ち込んだディックを慰めるように、ティーキとイシュリュウは、笑いながら、背中を擦ったり、軽く叩いたりした。

  「まぁ。とりあえず食え」

バイオレンスが、小皿に料理を取り分け、ディックに差し出した。

  「あぁ。すまねぇ」

それを受け取り、落ち込みながら、静かに食事を始め、ディックは、その向かいで、キャピキャピと食事をする遥たちを見つめ、辛そうに顔を歪めた。

  「ディック君」

そんなディックの横顔を見つめ、イシュリュウが、その肩に手を置いた。

  「何かあるなら、話してみたら?」

イシュリュウから、隣のクースに視線を移し、次々に視線を移動させ、顔をうつ向けて、奥歯を食い縛った。

  「ごめん…俺…この世界の人間じゃないんだ…」

声を詰まらせながら、遥に話したのと同じ話をした。
時折、ディックの肩が揺れ、ティーキが、その背中を優しく撫でて、ゆっくり、ゆっくりと吐き出される言葉を全員が、黙って最後まで聞いた。

  「本当に…すまない…」

  「どうして貴方が謝るの?」

アクアネスの言葉に、ディックが、顔を上げると、皆、優しく微笑んでいた。

  「ディックのせいじゃないんだから。謝らないで?」

遥たちの優しさに触れ、ディックの中で、強張っていた気持ちが、解きほぐされ、その瞳からは、涙が流れ落ちた。

  「ディックさん。食べましょ?明日は、早いんですから」

ディックは、首を傾げた。

  「明日は、お前に案内してもらう」

  「…どうゆう…」

  「もちろん。学者が潜んでた所に行くのよ?」

しれっと、そう言って、料理を口に入れる遥を見つめ、ディックは、また、ガクンと肩を落とした。

  「ごめんね?でも、遥ちゃんは、あんなもんだから。諦めるてね?」

ニッコリ笑うイシュリュウに、そう言われ、ディックは、盛大な溜め息を吐いて、止めていた手を動かし、食事を再開し、バイオレンスやティーキたちも、お喋りをしながら、その日の食事を楽しんだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

乙女ゲームの正しい進め方

みおな
恋愛
 乙女ゲームの世界に転生しました。 目の前には、ヒロインや攻略対象たちがいます。  私はこの乙女ゲームが大好きでした。 心優しいヒロイン。そのヒロインが出会う王子様たち攻略対象。  だから、彼らが今流行りのザマァされるラノベ展開にならないように、キッチリと指導してあげるつもりです。  彼らには幸せになってもらいたいですから。

短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜

美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?

処理中です...