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異世界の住人、ディック
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その日は、もう遅かった為、そのまま、二人の寝床に泊まる事になり、クースは、六人が、気に入ったらしく、リューマの伝統料理や酒を振る舞った。
「美味しい~」
「これ、何の肉?」
「このお酒、ちょっと辛いですね」
賑やかな夕食。
初めての料理や酒。
それらの効果で、遥は、普段よりも速いペースで、酒が進み、気付けば、その場に丸くなって、眠ってしまった。
「遥さん。寝るなら、奥、行きますよ」
ポルが、肩を揺らすが、遥は、鼻を鳴らしただけだった。
「遥。いい加減、起きないと風邪引く」
「ん」
「遥さん。起きて下さい」
「んん」
アクアネスとポルで、何度も揺らしたが、鼻を鳴らし、空返事をするだけで、遥は、全く、起きようとしなかった。
「どうします?」
「無理矢理にでも、起こした方が良いかもよ?」
「だが、一度寝ると、起きないからなぁ」
「ですよねぇ。おぶりますか?」
「殴られるだろうな」
遥が寝ただけで、完全に困り果てた様子の五人を尻目に、クースが、奥から毛布と、厚手の毛皮を持って来て、遥の肩に掛けた。
「すみません」
頭を下げたポルに向かい、クースは、優しく微笑んだ。
「良いさ。姉ちゃんも楽しそうだったしな」
そう言って、遥を見下ろすクースは、本当に嬉しそうで、今まで、淋しい日々を過ごしていたのだと、バイオレンスたちでも、気付くくらいだった。
「楽しそうなのは、良いんですけどね」
視線を合わせて、困ったような顔をする五人を見つめて、クースは、首を傾げた。
「楽しく飲んだ次の日は、最悪の状態になるんです」
「最悪の状態?」
「まぁ。明日になれば、分かりますよ。ところで、ディックさんは?」
そう言って、ティーキと一緒になって、四人も同じように見渡し、ディックの姿を探したが、そこには、ディックの姿は、見当たらず、そんな五人を他所に、クースは、溜め息混じりに、鼻で笑った。
「きっと外だ」
「外?それって、危ないんじゃないですか?」
「いや。デットベアルは、昼間にしか出て来ない」
そう答えたクースの口振りは、デットベアルの生態を熟知しているようだった。
「へぇ。デットベアルについて、詳しいんですか?」
「まぁな」
「じゃ、どの辺に出没するとかも知ってるの?」
「あぁ」
遥が起きるまでの間、出来るだけ情報が欲しかった四人は、クースが、知っている限りの事を聞いていた。
暫くすると、それぞれが、大きなアクビをし始めた。
「そろそろ寝るか」
「そうですね」
「じゃ、僕らは、クースさんと一緒に寝るけど、アクアネスちゃんとポルちゃんは、どうする?」
「私たちは、遥と一緒に寝る」
「大丈夫か?」
「お酒で、体も暖かいですし、こうして、くっついていれば、暖かいので、大丈夫です」
いつの間にか、床に寝ている遥を抱き締めるように、アクアネスとポルが、両脇に寝転がると、三人は、呆れたように微笑んだ。
「風邪引くなよ?」
「大丈夫。寒くなったら、起こしに行くから。ね?」
「そうですね」
顔を合わせて、二人は、クスクス笑った。
「二人とも、遥さんに似てきましたね?」
「遥ちゃんが三人もいたら、二人は、大変だね」
「ティーキは、痣も増えるだろうな」
「やめて下さいよ~」
笑いながら、クースを追うように、歩き出したバイオレンスをティーキが、追っ掛けると、イシュリュウは、鼻から溜め息を吐いて、二人に向き直った。
「それじゃ、おやすみ」
「おやすみ」
「おやすみなさい」
小さく手を振り、イシュリュウの姿が消えると、アクアネスとポルは、優しく笑い合って、静かな寝息を発て始めた。
真夜中になり、遥は、息苦しさで目を覚ました。
体を起こすと、アクアネスとポルが、両隣で寝ているのに驚き、自分が、寝てしまったのを二人が、心配して、一緒に寝てくれたのだと思い、遥は、嬉しくなり、静かに頬を緩め、一人で、密かに笑った。
二人を起こさないように、静かに抜け出すと、遥は、躊躇せず、洞穴から外へ出た。
冷たい風が、頬を撫でるように流れ、その冷たさに、遥の肩が、小さく揺れると、視界に人影が入った。
息を殺し、気配を消して、素早く人影に近付き、側にあった木の陰に身を潜めた。
人影は、ディックだった。
何処か遠く、一点を見つめる、その姿が、遥には、何か思い悩んでいるように思えた。
遥は、そっと、眼帯をずらして、ディックの背中を見つめ、驚きで、目を見開き、静かにディックに近付いた。
その足音に、ディックが、振り返ると、哀しそうな目をした遥が、眼帯を外し、ディックを見つめて立っていた。
「お前!!」
「ホント?」
文句を言おうと、口を開いたディックだったが、遥の声がそれを遮った。
「ホントなの?“世界を支配する"って」
ディックの本能は、遥にとって、哀しい物だった。
「アナタは…向こうの世界の人なの?」
遥から視線を反らし、ディックは、目を泳がせた。
「ねぇ。教えてよ。“裏切り"ってなに?」
ディックの本能は、複雑で、遥の左目でも、上手く読み取れない程で、その二つだけが、何とか分かる程度だった。
「お願い。教えて?ディックは、何を迷ってるの?」
初めて名前を呼ばれ、ディックが、視線を向けると、遥は、真剣な顔付きだが、今にも、泣き出してしまいそうな顔をしていた。
「なんでだよ。なんで、そんなに知りたいんだよ」
「知らなきゃならないの」
「どうして」
「私の役目を果す為に」
遥の左目は、とても深く、とても淡く、とても儚く感じ、その深い青色の瞳を見つめて、辛くなったディックは、哀しみで、顔を歪めた。
「お前の役目ってなんだ」
ディックが、聞くと、遥は、目を伏せて、唇に力を入れた。
「繋がってしまった世界の存亡を判断するの」
消え入りそうな小さな声だったが、遥の声は、確かに、ディックに届いていた。
「私は、どちらの世界にも存在しない審判員。だから!!」
遥は、勢い良く、顔を上げ、苦しそうに、歯を食い縛った。
「知りたいの!!世界を知り、私は、私の役目を果たしたいの!!皆の為に…世界の為に…」
どうしようもなった遥は、手に拳を作り、小さく揺らして、ディックを見つめるだけだった。
「十五年前。俺は、クロノフ博士と共に、この世界に迷い込んだ」
切なく揺れる遥の瞳を見つめ、ディックが、そう言ったと、それが、ディックの答えだと思い、遥は、嬉しそうに優しく目を細めた。
「クロノフとは、どんな関係なの?」
「俺の両親が、クロノフ博士と一緒に研究していた。その時、仲良くなったんだ」
遥は、ディックの隣に座った。
「ディックの両親は?」
「死んだよ」
二十年以上も前。
ディックの両親は、壊れた自然を復活させる為、日々、研究をし、それを元に、枯れた植物を蘇らせる機械を作り出した。
そして、庭先で、枯れた花を蘇らせる実験を行った。
「その実験が、成功したら、俺の世界では、世紀の大発明だったんだ。でも、実験は、失敗した」
熱と共に爆風が吹き荒れ、辺りを巻き込んで、機械は、大爆発を起こした。
「被害は?」
「町外れで、周りには、何もなかったのが、不幸中の幸いだったんだ。俺の両親と俺以外には、何の問題もなかった」
「側に居たの?」
「いや。家の中で寝てた」
想像を超える程、大きな爆発で、家が崩れてしまい、室内に居たディックは、瓦礫の下敷きになった。
「よく、生きてたね?」
「まだ小さかったから、隙間に入り込んで、助かったんだ。でも、無傷って訳じゃなかった」
「そう?そんな風には、見えないわよ?」
体を見回して、そう言った遥を横目で見て、口角を少し上げて、ディックは、上着に手を掛け、寒空の下で、服を脱ぎ始めた。
「え。わわわ!!ちょっと!!こんな…とこ…で…」
そう言って、ディックの手を掴んだ遥は、その体を見て、言葉を失った。
何か、堅い物が、刺さった痕の残る脇腹。
肩から背中に広がる火傷の痕。
その他にも、小さな傷痕や火傷の痕が、ディックの体に無数に残っていた。
「もう、二十年以上も経つのに、未だに消えないんだ」
傷痕を撫でるディックは、何処か嬉しそうだった。
「分かったから、早く、服着てよ。見てるこっちが寒い」
腕を擦る遥は、本当に寒そうだった。
「そうか?そんなに寒くないぞ」
「私は、寒いの」
「鍛え方が足らないんじゃないか?」
「ディックだって、そんなに鍛えてないじゃないのよ」
「そんな事ないし。ほら」
ディックは、腕を曲げ、力こぶを作って見せ、得意気な顔をした。
「触るか?」
「触らないわよ。いい加減着たら?ホントに風邪引くわよ?」
「さては、男に触った事ないだろ?」
「な!!」
頬を真っ赤にした遥を見て、ディックは、ニヤリと笑った。
「やっぱり。お前って、実は、初なんだな」
「うるさい!!変態!!」
「痛っ。痛いって。やめろよ」
肩や腕を叩かれたり、殴られたりしても、初々しい遥の反応が、おかして、声を上げて笑うディックの顔は、仏頂面の時よりも、幼く見え、心底、その時が楽しそうなディックに、遥は、何だか、嬉しくなり、バレないように、小さく笑った。
「んで?なんで、クロノフは、一緒に居たの?」
遥にそう聞かれ、ディックは、服を着ながら、それに答えるように、続きを話した。
爆発事故の事を聞き、偶然にも、助かったディックをクロノフが、引き取る事になり、それから、二人は、一緒に暮らした。
「そして、あの日。博士は、俺の両親の夢を果たそうとした」
ディックの両親と同様、クロノフも植物を蘇らせる機械を作り、実験を行った。
しかし、その実験も、失敗したが、それが引き金になり、クロノフとディックは、この世界に迷い込んでしまった。
「博士は、溢れる自然に感動し、この世界で暮らす人々に感銘を受けた」
「なら、どうして、こちらとあちらの世界を繋げたの?」
「繋げるつもりなんてなかった。帰りたかっただけなんだ」
「でも、現に繋げてしまったじゃない」
「違う。繋げたのは、博士じゃない」
「どうゆう事?」
クロノフは、この世界で、研究をする為の資金を稼ぐ為、あの依頼を請ける事にした。
「研究で稼いだ金で、生活をしながら、博士は、帰る研究もしていた」
手始めに、クロノフは、元の世界と通信する為の機械を作った。
「実験は、大成功だった。元の世界の友人の博士と通信する事が出来た」
クロノフは、友人に状況を伝え、協力してもらい、元の世界に戻る事が出来た。
「じゃ、何故、また、この世界に?」
「俺のせいなんだ…」
元の世界に戻り、友人や多くの学者が、この世界の事を聞いたが、クロノフは、絶対に話さなかった為、矛先が、ディックに向けられた。
「俺は、聞かれるままに話した。そしたら、アイツら、博士を捕まえて、牢屋に閉じ込めた」
「ん?ちょっと待って?そしたら、この世界を繋いだのは、その友人の学者?」
「あぁ」
「じゃ、なんで、化け物を?」
「それも、アイツらが博士の研究を利用したんだ」
友人の学者は、世界を繋げ、この世界を支配し、その土地を人々に売る事を考えた。
欲望のまま、富を得ようとする学者たちは、かつて、クロノフが依頼され、人を忠実な兵士にする研究は、その学者の手によって、化け物が造り出された。
「因みに、どうやって化け物を造り出したの?」
「最初は、向こうの罪人を使って造ったのをこっちに送り込んでたんだ。でも、そう長く続かない。そこで、この世界の人を拐い、化け物に変え、アイツらは、それぞれの大陸に渡り、少しずつ、この世界を侵略し始めたんだ」
「ところで、ディックは、どうしてここに居るの?」
「クロノフ博士に頼まれた」
「クロノフって、捕まってたんじゃないの?」
「この世界を繋いだ時、アイツらの実験体になって、この世界に来たんだ」
「あ~。それで、繋がったのを確認したのね」
「あぁ」
「それで、ディックも追って来て、クロノフに会えた。それで?何を頼まれたの?」
「アイツらを止めてくれって」
「“世界を支配する"ってのは、分かったけど、“裏切り"ってなに?」
「俺は、少し前まで、アイツらの研究を手伝ってたんだ」
「どうして?」
「アイツらを向こうに連れ戻して、博士との約束を守る為」
「そっか」
全てを話し、ディックは、スッキリした表情になった。
「ところで、お前、どっちの世界にも存在しないって言ってたよな?」
「言ったわよ?それが?」
「なら、何処から来たんだ?」
「ん~。聞きたい?」
遥が、上目遣いで、見上げ、ディックは、月明かりに照らされ、得意気に笑う遥の左目が、キラキラと輝いているのを見て、心底、綺麗だと思い、アクアネスが言っていた事を思い出した。
「今、“綺麗だ"って思ったでしょ?」
「うるさい。早く聞かせろよ」
「いや。ちゃんと、お願いしなきゃ、話してあげな~い」
そっぽを向いた遥の肩を掴もうと、伸ばされたディックの手は、その肩に触れられなかった。
身軽に立ち上がり、ディックの手から逃げた遥は、舌を出して、バカにしたように、顔の横で手をヒラヒラさせた。
「この」
ディックも立ち上がり、遥に手を伸ばしたが、また、ヒラリとかわされた。
「ざ~んねん。こっちだよ~」
「待てって。おい」
「こっちだよ~ん」
ヒラヒラとかわす遥と、それを追い掛けるディックの笑い声が響き、ディックは、久々に楽しい時間を過ごした。
「あ~疲れた」
「逃げるからだろ」
「寒いし、か~えろっと」
「お前、基本、人の話し聞かないだろ?」
「かもね」
笑いながら、二人は、洞穴に戻り、誰にも気付かれないように、静かに、それぞれの寝床に着いた。
次の日。
クースに案内され、リューマの大陸をバギーとゴブカートが、走っていた。
「なんだ。あれは」
一夜明け、ゴブカートの後ろで、遥とディックが、仲良くしてるのを見て、バイオレンスは、バギーを運転しながら、そう呟くと、サイドカーに乗ったクースも、微笑んで、ゴブカートに視線を向けていた。
「仲良くなったなぁ」
「そうですね。一晩で、何があったのでしょうか?」
バギーの後ろで、ティーキがそう言うと、バイオレンスは、ハンドルを切って、バギーを揺らした。
「ちょ!!危ないですよ!!」
バイオレンスは、鼻を鳴らし、前に視線を向けた。
「もう。いい加減にして下さいよ」
溜め息混じりで、ティーキが、そう言っても、バイオレンスは、無視していた。
「この兄ちゃんは、あの姉ちゃんが好きなのか?」
拗ねたような、バイオレンスの様子で、クースが、そう聞いてみたが、答えたのは、ティーキだった。
「バイオレンスさんは、遥さんの事になると、見境ないんですよ。僕やイシュリュウさんにまで、嫉妬してしまうんですよ。ね?」
「お前らが、遥にちょっかい出すからだ」
「もう。独占欲強すぎです。あんまり、やり過ぎると嫌われますよ?」
「お前に言われたくない」
バギーを揺らし、悲鳴に近い、叫び声を上げるティーキの様子に、イシュリュウと助手席のポルは、苦笑いしながら、バギーを追っていた。
「あんな事して、タイヤが滑っても、知らないんだから」
「大丈夫だろ。この辺は、あまり、滑らないらしいから」
「どうして?」
「この辺は、あまり、凍ってないんだって、クースが言ってたんだ」
後部座席の背もたれに座って、ディックが、そう説明すると、アクアネスとポルが、納得したように頷き、イシュリュウと遥は、ある疑問が浮かんだ。
「どうして、リューマの大陸には、こんなに寒いのかしら?」
「さぁ」
「クース君に聞いた事ないの?」
「あぁ。こんなもんなんだって、思ってたから、全く、気にしなかった」
「そっか。あれ?」
前を走っていたバギーが、速度を落とし、ゴブカートと並ぶと、バイオレンスは、前を指差した。
「何か居るみたい」
目を凝らすと、デットベアルのようだが、昨日のデットベアルよりも、一回り小さかった。
「デットベアル?じゃない。あれは?」
「狼」
ディックが、そう言うと、遥は、目をキラキラさせて、真っ白の狼を見つめた。
「化け物じゃない動物って、初めて見たかも」
「本当。白い狼なんて、初めて見ました」
「狼って、白じゃないの?」
「普通は、グレーでしょ?」
「茶色じゃないんですか?」
「黒だと思うんだけど」
三人が、自分たちの知ってる狼を思い出しながら、そう言っていたが、遥は、ディックのズボンを引っ張った。
「何故?」
「生息地の違い。まず、動物は、外敵から身を守る為、その大陸や森の特色に似せた毛の色になるんだ。擬態ってヤツ」
「へぇ」
遥は、ディックの説明で、改めて、狼に視線を戻し、その凛々しさを見つめた。
「あそこ。よ~く、見てみろ」
ディックが、指差した方をじっと見つめていると、まだ、小さな狼の子供、三匹が、白い大地を走っていた。
「か~わいい」
「あっちにも、親が居るぞ」
「ホントだ。ねぇ。あれは?」
遥は、狼の家族がいる、更に先、小さなコブのような物を指差した。
「多分、うさぎ。狙ってんだ」
「狙ってるって事は、狩りをしてるの?なんで、子供がいるのに?」
「子供は、親から狩りの仕方を学ぶんだ」
「それで、一緒なんだ」
ポルと遥が、あれやこれやと話をすると、それを聞きながら、アクアネスやポルは、ディックを睨むバイオレンスを見て、苦笑いしていた。
「ディック。今日は、何にする?」
「そうだな。この人数だから、熊なんか良いんじゃないか?」
「熊もいるの?」
「あぁ。もう少し行った所の泉に出没するんだ。そこで、今日の飯を捕る」
「へぇ。楽しみだなぁ」
初めて見る物に、キラキラと目を輝かせ、少女のように喜ぶ遥の姿を見て、バイオレンスは、さっきまでの苛立ちは、消え去り、喜ばしくなり、いつの間にか、頬を緩めて、小さく微笑んでいた。
そんなバイオレンスの密かな微笑みを他の四人も、微笑ましく思い、二人にバレないように、小さく笑っていた。
「兄ちゃん。なに笑ってんだ?」
「それは、遥さんが…」
「ティーキは、振り落とされたいみたいだな」
「違いま!!わ!!危ないですよ!!バイオレンスさん!!」
バイオレンスが、バギーの後ろから、ティーキを引き摺り下ろそうとする
騒ぎながらも、ティーキは、必死に、バイオレンスにしがみ付き、踏ん張り、そんな二人を見つめ、クースやイシュリュウたちは、大声で笑った。
そんな賑やかな中で、ディックだけは、哀しそうに目を細め、唇に力を入れて、悔しそうな顔をしていた。
暫くして、眩しい程の白い木々が生い茂る、林が見え始めると、賑やかな六人も静になり、恐ろしいと思える程、静かな林の中を走っていた。
「この辺で下りるぞ」
「どうして?」
「野生の動物は、人間が思うよりも、ずっと耳が良い。このまま近付いたら、逃げられる」
「バギーもだめ?」
「あの音じゃ…な。」
バイオレンスのバギーからは、爆音が発せられていて、広い場所ならきにならないが、林や森のような場所では、その音が反響し、大きいのが、更に大きく感じた。
「なら、これは、置いて。バギーは、押して行けば良いんじゃないかな?」
イシュリュウの提案で、そうする事になり、イシュリュウの横笛で、船と同じように、ゴブカートが消えると、ディックとクースは、驚き、その場に立ち尽くした。
「タミリオには、古くから、不思議な力を持っててね?楽器や歌声で、色々出来るんだよ」
イシュリュウの説明に、納得しながら、先を歩き始めた二人に続き、バイオレンスは、バギーを押しながら、泉に向かい、全員で歩き始めた。
「狩りって、どうやるの?」
「これだ」
遥の疑問に、ディックは、弓矢を取り出し、振って見せた。
「それで、大丈夫なの?」
「あぁ。あとは、クースのバズーカで…」
「バズーカって、あの黒い筒?あれだと、周りも吹き飛ぶんじゃない?」
クースが担いでいる筒を指差し、そう言うと、遥は、バイオレンスに視線を向けた。
「ティーキに撃ち抜いてもらった方が早くない?」
「僕もそう思います」
ティーキは、横目で、背中のライフルケースを見て、不意に、最近の事を思い返した。
「そう言えば、最近、実戦してませんね?」
「そう言えば、そうですね」
ティーキの呟きで、ポルも、持っていた槍を見て、首を傾げた。
「なら、実戦も踏まえて、ちょっとやってみたら?」
遥が何気なく言った冗談で、ポルとティーキをやる気にさせた。
「良いですね。僕、やりたいです」
「私もやりたいです」
「あらら。その気にさせちゃったみたい。どうしましょ?」
そうなる事を分かっていた遥が、意地悪な笑みを作り、振り返ると、顎を撫でてから、バイオレンスは、口角を上げて、ニヤリと笑った。
「ティーキ。やってみろ」
「はい!!」
ティーキが、返事をすると、意気揚々と歩くのを見て、ポルは、残念そうな顔をし、アクアネスとイシュリュウは、呆れたように、鼻から溜め息を吐いた。
「さてさて。どうなるかなぁ~」
「何とかなるだろ」
「って事だから。あとは、任せてね?」
話しに置いてかれていた、ディックとクースに顔を向け、遥は、ニッコリ笑った。
二人は、そんな遥たちを呆然と見つめていた。
静かな湖畔と言うのが、とてもよく合っているような、泉に大きな体を揺らし、真っ白な熊が、姿を現した。
木の影に隠れ、ティーキは、静かにライフルを構え、スコープで、熊の額に標準を合わせ、引き金を引いた。
ライフルから放たれた弾丸は、見事、熊の額を撃ち抜き、熊の大きな体は、白い大地に沈んだ。
「腕は、落ちてないみたいだな」
「そんな事ないですよ」
「いやぁ~。兄ちゃんは、狙撃が得意なのか。それにしても、こんな、綺麗なんて。凄いな」
バイオレンスとティーキが、そんな事を話してるのを見つめ、クースは、嬉しそうに熊の方に向かった。
「手伝うか。イシュリュウ。行くぞ」
「はいはい」
男三人が、クースの後を追って、熊の方に向かうと、遥たちも、その後を追った。
「それにしても、大きいですね?」
「そうね」
「どうやって運ぶの?」
「いつもは、こんなデカくないから、持って行けんだけど」
「ちょっと。どうしてくれるの?運べないじゃない」
ディックの隣で、腕組みをして、遥が、そう言うと、ティーキは、苦笑いして、頬をポリポリと掻いた。
「どうしましょうね」
「もうちょっと、考えてから撃ちなさいよ」
「って言われても、コイツしか居なかったですし」
「居なかったら、待てば良いじゃない」
「そう言われても…」
攻められて、困った顔をするティーキをいじる遥の肩をポルが、叩き、人差し指を立てて、ニッコリ笑った。
「大丈夫ですよ。ティーキさんが、運んでくれますから。ね?」
ポルの無茶ぶりに、ティーキは、ライフルを背負いながら、二人に向き直った。
「いやいやいや。それは、流石に無理ですよ」
「私たちは、先に戻りましょう」
「そうね。アクアネスは、どうする?」
「そうね。私もそうする」
「ちょっと!!アクアネスさんまで!!」
そんなティーキを無視して、三人は、バギーの方に歩き出そうとしたが、歩みを止め、じっと、林の中に視線を向け、動きを止めた。
「どうした?」
「何か来る」
アクアネスが、腰に着けた鉤爪に手を掛け、そう呟くと、ディックとクースの表情が、驚きに変わり、遥たちの視線の先を見つめた。
「何が…」
ディックの言葉は、林から現れた、デットベアルの雄叫びで、かき消された。
「イシュリュウ!!」
バイオレンスが、指示を出す前に、三人の側に行き、イシュリュウが、横笛を吹き始めると、デットベアルの動きが鈍り始めた。
「やれ!!」
ティーキも、イシュリュウの隣で、ライフルをデットベアルに向けたが、女三人が、それぞれの武器を手にして、走り出した。
デットベアルが、腕を振り下ろし、それを避けた遥は、ニヤリと笑って、ダガーナイフを振り抜き、その肩を切り裂いた。
「この前みたいには、ならないわよ」
遥の後ろから、アクアネスが飛び出すと、鉤爪が、デットベアルの顔を切り裂き、雄叫びを上げながら、怯んだ隙に、ポルの槍が、デットベアルの胸に突き刺さった。
「…うそ…だろ…」
「嘘じゃない」
遥たちの姿に、驚きと戸惑いで、呆然と立ち尽くしていた、ディックの呟きに、バイオレンスは、胸を張り、誇らしげに答えた。
「アイツらは、お前が思っている以上に強い」
ディックが、視線を戻すと、畳み掛けるように、遥たちが、それぞれ、武器を振り抜いていた。
何の迷いもなく、ただ、後ろに居る人を守る。
「凄い」
「あぁ。生まれた大陸が違うのに、どうしたら、あんな、息の合った動きが出来るんだろうな」
「信頼してるからだ」
遥たちを見つめ、ディックとクースが、そう言うと、バイオレンスは、二人に視線を向けた。
「互いが互いを信頼してるから、全力で動ける」
遥たちに視線を戻したバイオレンスと、一緒になって、クースとディックも、視線を戻した。
「信頼するって、そんな簡単じゃないだろ。それが、出来るのは何故だ」
「さぁな。遥が信頼してるから。なのかもしれないな」
そんな話をしてる間に、白い大地を血で汚し、デットベアルは、遥たちの足元に、倒れると、全く、動かなくなった。
「終わったわよ?」
そう言って、遥が振り返った。
血で、頬やマントを汚す、三人の姿は、ディックに恐怖心を芽生えさせ、背中を寒気が走り抜けた。
「なんだ。切り刻まなかったのか?」
「こんな巨体じゃ、切り刻めないわよ」
「遥さんでも、出来ない事があるんですね」
「代わりに、ティーキを切り刻んでも?」
「やめて下さい。ホントにされたら、シャレになりません」
「あら。冗談だと思ってるの?」
「お願いですから、それ仕舞って下さい」
ダガーナイフを構えて、遥が、ティーキにジリジリと近付くと、ティーキは、小さく手を振りながら、後退りした。
「ねぇティーキ。私とバイオレンス。どっちが良い?」
ティーキだけに聞こえるような、小さな声で、遥が、そう聞くと、ティーキは、首を傾げた。
「何がです?」
「良いから良いから。ね?どち?」
「え~っと~…どちらかと言えば、バイオレンスさん?」
「そっかぁ」
ニヤリと笑い、遥は、ダガーナイフを仕舞うと、ティーキの腕に抱き付いた。
「…遥さん?」
「なに?」
「何を?」
「さぁ?何でしょ?」
「あの…何もなければ…離れて…」
「おい」
鬼の形相のバイオレンスが、背中の剣に手を掛け、ティーキを睨み付けていた。
「何してる」
「何と言われましても…」
「慰めてって言うから、慰めてたのよ?」
「言ってないです!!断じて言ってないです!!待って!!いやぁーーーー!!」
遥の腕を振り払い、走り出したティーキを追い掛け始めたバイオレンスを見て、四人は、大笑いした。
「待ちやがれ!!」
「イヤです!!」
「このやろ!!」
バイオレンスが、その背中にタックルすると、ティーキは、前のめりに転んだ。
「今日と言う今日は、覚悟しろよ」
「ちょっと待って!!そんな事言うなら、ディックさんは、どうなんですか!?」
急に呼ばれ、ディックは、何度も瞬きをして、その周りで、遥たちは、クスクス笑った。
「ディックさんだって、遥さんとベタベタしてたじゃないですか!!」
「ちょっと待て。俺は、別にベタベタしてたんじゃ…」
「僕よりも、ディックさんの方が先じゃないんですか!!」
そんな風に言われ、バイオレンスは、ティーキから、ディックに視線を移した。
その目付きは、獲物を狙う野獣の目だった。
「ちょっと待てって。俺は、ベタベタしてたんじゃなくて、ただ、話をしてただけで…」
ちゃんと、説明しているはずなのに、バイオレンスの視線は、それを認めさせない程、威圧感があり、恐ろしさで、ディックは、頬を引き吊らせながら、後退りをした。
「だから、そんなに怒んなよ。な?遥もなんか言ってくれよ」
そう言って、ディックが視線を向けると、遥は、何かを思い付いたように、ニヤリと笑った。
「あら。そうだったの?私は、てっきり…」
遥は、舌をペッと出して、そう言った。
「お前は、悪魔か!!」
焦るディックは、そう叫び、バイオレンスに顔を向けると、バイオレンスは、剣に手を掛けたまま、突進して来るのが見え、悲鳴に近い、叫び声を出しながら、一気に走り出した。
「遥さん。ディックさんまで、巻き込まなくても…」
「良いじゃない。あれで、バイオレンスの気分が晴れれば」
そう言って、遥は、走り回るバイオレンスを見つめ、優しく微笑んでいた。
バイオレンスの気が済むまで、そのままにすることになり、イシュリュウが、ゴブカートを持って来て、熊をくくり付けると、遥たちは、暖を取りながら、おいかけっこが、終わるまで待っていた。
「それにしても、バイオレンス君も飽きないね」
ディックとティーキを追い掛けるバイオレンスを見つめ、イシュリュウが、そう呟くと、ポルやアクアネスも、同じ事を考えてたようだった。
「そうですね」
「あんな、必死になる必要があるのか?」
「僕は、何となく分かるけどな」
イシュリュウは、遥に視線を向けて、ニッコリ笑った。
「大好きな子の事なら、何でも、必死になるよ」
「そう?」
「僕だって、そう思うもん」
イシュリュウは、遥に向かって、ニッコリ笑った。
「イシュリュウも遥が好きなの?」
「さぁ。どうだろうね?」
「あら。そこで濁すなんて怪しいわよ?」
声を出して、ケタケタ笑うと、イシュリュウは、人差し指を唇に当てて、片目を閉じた。
「そこは、秘密で。ね?じゃないと、遥ちゃんの餌食になっちゃうから」
「もう聞いちゃってるけどね?」
ニヤリと笑う遥に、イシュリュウは、困った顔をしながらも、何処か、嬉しそうに笑っていた。
三人は、流石に、走り疲れて、戻って来た。
ディックは、来た時と同じように、ゴブカートの後部座席に乗り、バイオレンスとティーキもゴブカートに乗り込んだ。
「もう。何なのよ」
「自業自得」
「でもぉ~」
「仕方ないですよ。遥さんが、バイオレンスを煽ったのが悪いんですから」
遥が、バギーを運転し、その後ろには、アクアネスが座り、サイドカーには、ポルが乗り込み、来た道を戻っていた。
「だって。彼、元気なかったから」
「あら。遥でも、ちゃんと考えてんだ」
「いくらなんでも、それは、酷いんじゃないですか?」
「あらそう?失礼」
「もう。アクアネスってば」
場所が変わっても、賑やかで、華やかな女三人の様子を見つめ、イシュリュウとクースは、呆れたように笑っていた。
「女は、やっぱり賑やかだな」
「そうだね。あの三人は、特に仲良いから」
「いつもなのかい?」
それから、クースとイシュリュウは、色んな話をした。
その話を寝たふりをして、ディックは、ずっと聞いていた。
洞穴に着き、ティーキとバイオレンスを叩き起こした。
「ねぇ。ちょっと、周りを散歩して来ても良いかしら?」
「あぁ。別に構わんが」
「そう。それじゃ」
そう言って、遥がディックの腕を掴んだ。
「え!?何すんだよ!!」
「一緒に行くのよ」
頬を引き吊らせ、ディックが、遥の手を振り払おうとしたが、遥は、絶対に離さなかった。
「良いから良いから。じゃ、行ってきます」
「えぇ」
「ちょっ!!おい!!待て!!俺は!!」
騒ぐディックを引き摺り、女三人は、外に出て行った。
「何だかな」
「まぁ。あっちは、ディックに任せておけば、大丈夫だろ」
ディックを抜いた男四人で、熊を奥の部屋に運び込んだ。
「んじゃ、やるか」
クースは、手際良く、支度をすると、熊の毛皮を剥いで、肉を切り始めた。
「僕らも手伝うよ」
「何すれば良いですか?」
「そんじゃ、皮剥きを頼む。そんで、君らは…」
クースの指示で、男だけで、食事の準備を始めた。
「お前ら、料理した事ないだろ」
クースの指摘は、図星だった。
アルカに居る時は、使用人が作り、旅に出れば、ポルやアクアネスが作る為、男たちは、ほとんど、料理をしなかった。
「すみません」
苦笑いしながら、頭を掻く三人を見て、クースは、呆れたように鼻から溜め息を吐いた。
「たまには、やれよ。だから、あの姉ちゃんにいじられるんだぞ?」
「面目ない」
その後、クースに教わり、必死に食事を作りながら、遥たちが喜ぶ顔を思い浮かべ、三人は、ニコニコと頬を緩め、笑っていた。
「そろそろ、話してくれないかしら?」
男たちが食事の支度をしている頃、アクアネスが、遥に向かって聞くと、遥は、口角を上げてから、首を傾げた。
「何の事かしら?」
「私、知ってますよ?ディックさんを気遣ってなんですよね?」
「あら。バレちゃった」
「やっぱり。ちゃんと、言ってくれれば良いのに」
アクアネスとポルに向かい、遥は、ペッと舌を出して見せた。
「俺の為?どうして」
「だって…ずっと、怖いって顔してたから」
遥は、哀しそうに目を伏せた。
「私たちの事見て、怖いって顔してさ。私は、良いけど、ポルとアクアネスまで、そんな顔されるのは、イヤだったのよ。だから、もっと仲良くなれば、そんな顔しないかなって」
寂しそうに笑い、遥は、ディックに向き直った。
「そんな事ない」
「そうですよ。私たちも遥さんが、怖がられるのは、イヤです」
「そう」
遥を挟んで、ポルとアクアネスが、視線を向けると、ディックは、困ったように目を伏せ、頭を掻いた。
「そんな事言われても…俺は、そんな顔してるつもりないから」
そう言ったディックを見て、ムッとした遥は、わざとらしく、大きな声を出した。
「ねぇ。知ってる?ディックって…」
ポルとアクアネスに顔を寄せ、ゴニョゴニョと、内緒話をすると、三人は、クスクス笑いがら、ディックに視線を向けた。
「へぇ。そうなんだぁ」
「ディックさんって、そんな人なんですね」
「そんな人って…お前、どんな話したんだよ」
「ナイショ」
「おい」
ディックの指先をすり抜け、遥は、クスクス笑い、少し先で振り返った。
「おい。どんな話…」
「し~らな~い」
ディックが、顔を向けると、アクアネスは、ヒラヒラと手を振って、遥の隣に立った。
「おい」
「捕まえられたら、教えてあげますよ?」
ポルもヒラリと、マントをひるがえして、遥に走り寄った。
「それで?他には、何かないの?」
「そうだなぁ。あと…」
「おい!!」
ディックは、三人に向かい、手を伸ばしたが、遥たちは、その手からすり抜けるように、身をひるがえした。
「待て!!」
「イヤよ」
木の影から、顔を出した遥を追い掛けようとしたが、ディックは、視界に入ったポルに、手を伸ばした。
「イヤですよ」
「くそっ」
だが、ヒラリとかわされ、今度は、アクアネスに手を伸ばした。
「あら。残念」
「あーーもう!!この!!」
苛立ったディックから、遥たちは、バラバラに逃げた。
「こっちよ?」
「こっち。こっち」
「こちらですよ~」
「くそ!!」
ディックは、付かず、離れずの距離を保つ遥たちを必死に追った。
「待てよ!!」
「イヤよ。頑張って捕まえなさい?ほ~ら」
「あーーもう!!絶対、捕まえてやる!!」
手を鳴らしながら、逃げる三人を追って、ディックは、走り始め、遥たちの笑い声が、辺りに響き渡り、ディックの表情からは、恐怖が消えていた。
「ただいまぁ~」
辺りが暗くなって、遥たちが、帰って来ると、すでに、夕食の準備が出来ていた。
「わぁ~。美味しそ」
「本当」
「皆さんで、作ったんですか?」
ずっと、おいかけっこをしてたはずが、遥たちからは、全く、疲れを感じず、まだまだ、元気に話をしていた。
「あら。ディックったら、疲れちゃったの?」
そんな三人とは、全く裏腹で、ディックは、三人の向かいに、ドサッと座り込んだ。
「だらしないわね」
「まぁ。沢山、走りましたから。ね?それよりも、早く食べましょ?」
「そうね。それじゃ、お先に」
「いただきま~す」
三人は、話をしながら、食事を始めた。
「お前ら。毎日、こんな事してんのか?」
次々に料理を口に運び、話をする三人を見つめ、ディックは、何気なく、そう聞くと、ティーキたちは、キョトンとして、首を傾げた。
「何がですか?」
「何って…コイツらの相手だよ」
三人は、顔を寄せ見合わせて、首を傾げた。
「ディック君。遥ちゃんたちと何してたの?」
ディックは、口を尖らせながら、さっきの事を話した。
「要は、ディック君は、遥ちゃんたちに遊ばれたんだね」
苦笑いして、湯飲みを差し出したイシュリュウが、そう言うと、手を出したディックは、そのまま、固まったように動きを止め、イシュリュウを見つめた。
「まぁ。良い玩具にされたって事ですよ」
肩を落として、落ち込んだディックを慰めるように、ティーキとイシュリュウは、笑いながら、背中を擦ったり、軽く叩いたりした。
「まぁ。とりあえず食え」
バイオレンスが、小皿に料理を取り分け、ディックに差し出した。
「あぁ。すまねぇ」
それを受け取り、落ち込みながら、静かに食事を始め、ディックは、その向かいで、キャピキャピと食事をする遥たちを見つめ、辛そうに顔を歪めた。
「ディック君」
そんなディックの横顔を見つめ、イシュリュウが、その肩に手を置いた。
「何かあるなら、話してみたら?」
イシュリュウから、隣のクースに視線を移し、次々に視線を移動させ、顔をうつ向けて、奥歯を食い縛った。
「ごめん…俺…この世界の人間じゃないんだ…」
声を詰まらせながら、遥に話したのと同じ話をした。
時折、ディックの肩が揺れ、ティーキが、その背中を優しく撫でて、ゆっくり、ゆっくりと吐き出される言葉を全員が、黙って最後まで聞いた。
「本当に…すまない…」
「どうして貴方が謝るの?」
アクアネスの言葉に、ディックが、顔を上げると、皆、優しく微笑んでいた。
「ディックのせいじゃないんだから。謝らないで?」
遥たちの優しさに触れ、ディックの中で、強張っていた気持ちが、解きほぐされ、その瞳からは、涙が流れ落ちた。
「ディックさん。食べましょ?明日は、早いんですから」
ディックは、首を傾げた。
「明日は、お前に案内してもらう」
「…どうゆう…」
「もちろん。学者が潜んでた所に行くのよ?」
しれっと、そう言って、料理を口に入れる遥を見つめ、ディックは、また、ガクンと肩を落とした。
「ごめんね?でも、遥ちゃんは、あんなもんだから。諦めるてね?」
ニッコリ笑うイシュリュウに、そう言われ、ディックは、盛大な溜め息を吐いて、止めていた手を動かし、食事を再開し、バイオレンスやティーキたちも、お喋りをしながら、その日の食事を楽しんだ。
「美味しい~」
「これ、何の肉?」
「このお酒、ちょっと辛いですね」
賑やかな夕食。
初めての料理や酒。
それらの効果で、遥は、普段よりも速いペースで、酒が進み、気付けば、その場に丸くなって、眠ってしまった。
「遥さん。寝るなら、奥、行きますよ」
ポルが、肩を揺らすが、遥は、鼻を鳴らしただけだった。
「遥。いい加減、起きないと風邪引く」
「ん」
「遥さん。起きて下さい」
「んん」
アクアネスとポルで、何度も揺らしたが、鼻を鳴らし、空返事をするだけで、遥は、全く、起きようとしなかった。
「どうします?」
「無理矢理にでも、起こした方が良いかもよ?」
「だが、一度寝ると、起きないからなぁ」
「ですよねぇ。おぶりますか?」
「殴られるだろうな」
遥が寝ただけで、完全に困り果てた様子の五人を尻目に、クースが、奥から毛布と、厚手の毛皮を持って来て、遥の肩に掛けた。
「すみません」
頭を下げたポルに向かい、クースは、優しく微笑んだ。
「良いさ。姉ちゃんも楽しそうだったしな」
そう言って、遥を見下ろすクースは、本当に嬉しそうで、今まで、淋しい日々を過ごしていたのだと、バイオレンスたちでも、気付くくらいだった。
「楽しそうなのは、良いんですけどね」
視線を合わせて、困ったような顔をする五人を見つめて、クースは、首を傾げた。
「楽しく飲んだ次の日は、最悪の状態になるんです」
「最悪の状態?」
「まぁ。明日になれば、分かりますよ。ところで、ディックさんは?」
そう言って、ティーキと一緒になって、四人も同じように見渡し、ディックの姿を探したが、そこには、ディックの姿は、見当たらず、そんな五人を他所に、クースは、溜め息混じりに、鼻で笑った。
「きっと外だ」
「外?それって、危ないんじゃないですか?」
「いや。デットベアルは、昼間にしか出て来ない」
そう答えたクースの口振りは、デットベアルの生態を熟知しているようだった。
「へぇ。デットベアルについて、詳しいんですか?」
「まぁな」
「じゃ、どの辺に出没するとかも知ってるの?」
「あぁ」
遥が起きるまでの間、出来るだけ情報が欲しかった四人は、クースが、知っている限りの事を聞いていた。
暫くすると、それぞれが、大きなアクビをし始めた。
「そろそろ寝るか」
「そうですね」
「じゃ、僕らは、クースさんと一緒に寝るけど、アクアネスちゃんとポルちゃんは、どうする?」
「私たちは、遥と一緒に寝る」
「大丈夫か?」
「お酒で、体も暖かいですし、こうして、くっついていれば、暖かいので、大丈夫です」
いつの間にか、床に寝ている遥を抱き締めるように、アクアネスとポルが、両脇に寝転がると、三人は、呆れたように微笑んだ。
「風邪引くなよ?」
「大丈夫。寒くなったら、起こしに行くから。ね?」
「そうですね」
顔を合わせて、二人は、クスクス笑った。
「二人とも、遥さんに似てきましたね?」
「遥ちゃんが三人もいたら、二人は、大変だね」
「ティーキは、痣も増えるだろうな」
「やめて下さいよ~」
笑いながら、クースを追うように、歩き出したバイオレンスをティーキが、追っ掛けると、イシュリュウは、鼻から溜め息を吐いて、二人に向き直った。
「それじゃ、おやすみ」
「おやすみ」
「おやすみなさい」
小さく手を振り、イシュリュウの姿が消えると、アクアネスとポルは、優しく笑い合って、静かな寝息を発て始めた。
真夜中になり、遥は、息苦しさで目を覚ました。
体を起こすと、アクアネスとポルが、両隣で寝ているのに驚き、自分が、寝てしまったのを二人が、心配して、一緒に寝てくれたのだと思い、遥は、嬉しくなり、静かに頬を緩め、一人で、密かに笑った。
二人を起こさないように、静かに抜け出すと、遥は、躊躇せず、洞穴から外へ出た。
冷たい風が、頬を撫でるように流れ、その冷たさに、遥の肩が、小さく揺れると、視界に人影が入った。
息を殺し、気配を消して、素早く人影に近付き、側にあった木の陰に身を潜めた。
人影は、ディックだった。
何処か遠く、一点を見つめる、その姿が、遥には、何か思い悩んでいるように思えた。
遥は、そっと、眼帯をずらして、ディックの背中を見つめ、驚きで、目を見開き、静かにディックに近付いた。
その足音に、ディックが、振り返ると、哀しそうな目をした遥が、眼帯を外し、ディックを見つめて立っていた。
「お前!!」
「ホント?」
文句を言おうと、口を開いたディックだったが、遥の声がそれを遮った。
「ホントなの?“世界を支配する"って」
ディックの本能は、遥にとって、哀しい物だった。
「アナタは…向こうの世界の人なの?」
遥から視線を反らし、ディックは、目を泳がせた。
「ねぇ。教えてよ。“裏切り"ってなに?」
ディックの本能は、複雑で、遥の左目でも、上手く読み取れない程で、その二つだけが、何とか分かる程度だった。
「お願い。教えて?ディックは、何を迷ってるの?」
初めて名前を呼ばれ、ディックが、視線を向けると、遥は、真剣な顔付きだが、今にも、泣き出してしまいそうな顔をしていた。
「なんでだよ。なんで、そんなに知りたいんだよ」
「知らなきゃならないの」
「どうして」
「私の役目を果す為に」
遥の左目は、とても深く、とても淡く、とても儚く感じ、その深い青色の瞳を見つめて、辛くなったディックは、哀しみで、顔を歪めた。
「お前の役目ってなんだ」
ディックが、聞くと、遥は、目を伏せて、唇に力を入れた。
「繋がってしまった世界の存亡を判断するの」
消え入りそうな小さな声だったが、遥の声は、確かに、ディックに届いていた。
「私は、どちらの世界にも存在しない審判員。だから!!」
遥は、勢い良く、顔を上げ、苦しそうに、歯を食い縛った。
「知りたいの!!世界を知り、私は、私の役目を果たしたいの!!皆の為に…世界の為に…」
どうしようもなった遥は、手に拳を作り、小さく揺らして、ディックを見つめるだけだった。
「十五年前。俺は、クロノフ博士と共に、この世界に迷い込んだ」
切なく揺れる遥の瞳を見つめ、ディックが、そう言ったと、それが、ディックの答えだと思い、遥は、嬉しそうに優しく目を細めた。
「クロノフとは、どんな関係なの?」
「俺の両親が、クロノフ博士と一緒に研究していた。その時、仲良くなったんだ」
遥は、ディックの隣に座った。
「ディックの両親は?」
「死んだよ」
二十年以上も前。
ディックの両親は、壊れた自然を復活させる為、日々、研究をし、それを元に、枯れた植物を蘇らせる機械を作り出した。
そして、庭先で、枯れた花を蘇らせる実験を行った。
「その実験が、成功したら、俺の世界では、世紀の大発明だったんだ。でも、実験は、失敗した」
熱と共に爆風が吹き荒れ、辺りを巻き込んで、機械は、大爆発を起こした。
「被害は?」
「町外れで、周りには、何もなかったのが、不幸中の幸いだったんだ。俺の両親と俺以外には、何の問題もなかった」
「側に居たの?」
「いや。家の中で寝てた」
想像を超える程、大きな爆発で、家が崩れてしまい、室内に居たディックは、瓦礫の下敷きになった。
「よく、生きてたね?」
「まだ小さかったから、隙間に入り込んで、助かったんだ。でも、無傷って訳じゃなかった」
「そう?そんな風には、見えないわよ?」
体を見回して、そう言った遥を横目で見て、口角を少し上げて、ディックは、上着に手を掛け、寒空の下で、服を脱ぎ始めた。
「え。わわわ!!ちょっと!!こんな…とこ…で…」
そう言って、ディックの手を掴んだ遥は、その体を見て、言葉を失った。
何か、堅い物が、刺さった痕の残る脇腹。
肩から背中に広がる火傷の痕。
その他にも、小さな傷痕や火傷の痕が、ディックの体に無数に残っていた。
「もう、二十年以上も経つのに、未だに消えないんだ」
傷痕を撫でるディックは、何処か嬉しそうだった。
「分かったから、早く、服着てよ。見てるこっちが寒い」
腕を擦る遥は、本当に寒そうだった。
「そうか?そんなに寒くないぞ」
「私は、寒いの」
「鍛え方が足らないんじゃないか?」
「ディックだって、そんなに鍛えてないじゃないのよ」
「そんな事ないし。ほら」
ディックは、腕を曲げ、力こぶを作って見せ、得意気な顔をした。
「触るか?」
「触らないわよ。いい加減着たら?ホントに風邪引くわよ?」
「さては、男に触った事ないだろ?」
「な!!」
頬を真っ赤にした遥を見て、ディックは、ニヤリと笑った。
「やっぱり。お前って、実は、初なんだな」
「うるさい!!変態!!」
「痛っ。痛いって。やめろよ」
肩や腕を叩かれたり、殴られたりしても、初々しい遥の反応が、おかして、声を上げて笑うディックの顔は、仏頂面の時よりも、幼く見え、心底、その時が楽しそうなディックに、遥は、何だか、嬉しくなり、バレないように、小さく笑った。
「んで?なんで、クロノフは、一緒に居たの?」
遥にそう聞かれ、ディックは、服を着ながら、それに答えるように、続きを話した。
爆発事故の事を聞き、偶然にも、助かったディックをクロノフが、引き取る事になり、それから、二人は、一緒に暮らした。
「そして、あの日。博士は、俺の両親の夢を果たそうとした」
ディックの両親と同様、クロノフも植物を蘇らせる機械を作り、実験を行った。
しかし、その実験も、失敗したが、それが引き金になり、クロノフとディックは、この世界に迷い込んでしまった。
「博士は、溢れる自然に感動し、この世界で暮らす人々に感銘を受けた」
「なら、どうして、こちらとあちらの世界を繋げたの?」
「繋げるつもりなんてなかった。帰りたかっただけなんだ」
「でも、現に繋げてしまったじゃない」
「違う。繋げたのは、博士じゃない」
「どうゆう事?」
クロノフは、この世界で、研究をする為の資金を稼ぐ為、あの依頼を請ける事にした。
「研究で稼いだ金で、生活をしながら、博士は、帰る研究もしていた」
手始めに、クロノフは、元の世界と通信する為の機械を作った。
「実験は、大成功だった。元の世界の友人の博士と通信する事が出来た」
クロノフは、友人に状況を伝え、協力してもらい、元の世界に戻る事が出来た。
「じゃ、何故、また、この世界に?」
「俺のせいなんだ…」
元の世界に戻り、友人や多くの学者が、この世界の事を聞いたが、クロノフは、絶対に話さなかった為、矛先が、ディックに向けられた。
「俺は、聞かれるままに話した。そしたら、アイツら、博士を捕まえて、牢屋に閉じ込めた」
「ん?ちょっと待って?そしたら、この世界を繋いだのは、その友人の学者?」
「あぁ」
「じゃ、なんで、化け物を?」
「それも、アイツらが博士の研究を利用したんだ」
友人の学者は、世界を繋げ、この世界を支配し、その土地を人々に売る事を考えた。
欲望のまま、富を得ようとする学者たちは、かつて、クロノフが依頼され、人を忠実な兵士にする研究は、その学者の手によって、化け物が造り出された。
「因みに、どうやって化け物を造り出したの?」
「最初は、向こうの罪人を使って造ったのをこっちに送り込んでたんだ。でも、そう長く続かない。そこで、この世界の人を拐い、化け物に変え、アイツらは、それぞれの大陸に渡り、少しずつ、この世界を侵略し始めたんだ」
「ところで、ディックは、どうしてここに居るの?」
「クロノフ博士に頼まれた」
「クロノフって、捕まってたんじゃないの?」
「この世界を繋いだ時、アイツらの実験体になって、この世界に来たんだ」
「あ~。それで、繋がったのを確認したのね」
「あぁ」
「それで、ディックも追って来て、クロノフに会えた。それで?何を頼まれたの?」
「アイツらを止めてくれって」
「“世界を支配する"ってのは、分かったけど、“裏切り"ってなに?」
「俺は、少し前まで、アイツらの研究を手伝ってたんだ」
「どうして?」
「アイツらを向こうに連れ戻して、博士との約束を守る為」
「そっか」
全てを話し、ディックは、スッキリした表情になった。
「ところで、お前、どっちの世界にも存在しないって言ってたよな?」
「言ったわよ?それが?」
「なら、何処から来たんだ?」
「ん~。聞きたい?」
遥が、上目遣いで、見上げ、ディックは、月明かりに照らされ、得意気に笑う遥の左目が、キラキラと輝いているのを見て、心底、綺麗だと思い、アクアネスが言っていた事を思い出した。
「今、“綺麗だ"って思ったでしょ?」
「うるさい。早く聞かせろよ」
「いや。ちゃんと、お願いしなきゃ、話してあげな~い」
そっぽを向いた遥の肩を掴もうと、伸ばされたディックの手は、その肩に触れられなかった。
身軽に立ち上がり、ディックの手から逃げた遥は、舌を出して、バカにしたように、顔の横で手をヒラヒラさせた。
「この」
ディックも立ち上がり、遥に手を伸ばしたが、また、ヒラリとかわされた。
「ざ~んねん。こっちだよ~」
「待てって。おい」
「こっちだよ~ん」
ヒラヒラとかわす遥と、それを追い掛けるディックの笑い声が響き、ディックは、久々に楽しい時間を過ごした。
「あ~疲れた」
「逃げるからだろ」
「寒いし、か~えろっと」
「お前、基本、人の話し聞かないだろ?」
「かもね」
笑いながら、二人は、洞穴に戻り、誰にも気付かれないように、静かに、それぞれの寝床に着いた。
次の日。
クースに案内され、リューマの大陸をバギーとゴブカートが、走っていた。
「なんだ。あれは」
一夜明け、ゴブカートの後ろで、遥とディックが、仲良くしてるのを見て、バイオレンスは、バギーを運転しながら、そう呟くと、サイドカーに乗ったクースも、微笑んで、ゴブカートに視線を向けていた。
「仲良くなったなぁ」
「そうですね。一晩で、何があったのでしょうか?」
バギーの後ろで、ティーキがそう言うと、バイオレンスは、ハンドルを切って、バギーを揺らした。
「ちょ!!危ないですよ!!」
バイオレンスは、鼻を鳴らし、前に視線を向けた。
「もう。いい加減にして下さいよ」
溜め息混じりで、ティーキが、そう言っても、バイオレンスは、無視していた。
「この兄ちゃんは、あの姉ちゃんが好きなのか?」
拗ねたような、バイオレンスの様子で、クースが、そう聞いてみたが、答えたのは、ティーキだった。
「バイオレンスさんは、遥さんの事になると、見境ないんですよ。僕やイシュリュウさんにまで、嫉妬してしまうんですよ。ね?」
「お前らが、遥にちょっかい出すからだ」
「もう。独占欲強すぎです。あんまり、やり過ぎると嫌われますよ?」
「お前に言われたくない」
バギーを揺らし、悲鳴に近い、叫び声を上げるティーキの様子に、イシュリュウと助手席のポルは、苦笑いしながら、バギーを追っていた。
「あんな事して、タイヤが滑っても、知らないんだから」
「大丈夫だろ。この辺は、あまり、滑らないらしいから」
「どうして?」
「この辺は、あまり、凍ってないんだって、クースが言ってたんだ」
後部座席の背もたれに座って、ディックが、そう説明すると、アクアネスとポルが、納得したように頷き、イシュリュウと遥は、ある疑問が浮かんだ。
「どうして、リューマの大陸には、こんなに寒いのかしら?」
「さぁ」
「クース君に聞いた事ないの?」
「あぁ。こんなもんなんだって、思ってたから、全く、気にしなかった」
「そっか。あれ?」
前を走っていたバギーが、速度を落とし、ゴブカートと並ぶと、バイオレンスは、前を指差した。
「何か居るみたい」
目を凝らすと、デットベアルのようだが、昨日のデットベアルよりも、一回り小さかった。
「デットベアル?じゃない。あれは?」
「狼」
ディックが、そう言うと、遥は、目をキラキラさせて、真っ白の狼を見つめた。
「化け物じゃない動物って、初めて見たかも」
「本当。白い狼なんて、初めて見ました」
「狼って、白じゃないの?」
「普通は、グレーでしょ?」
「茶色じゃないんですか?」
「黒だと思うんだけど」
三人が、自分たちの知ってる狼を思い出しながら、そう言っていたが、遥は、ディックのズボンを引っ張った。
「何故?」
「生息地の違い。まず、動物は、外敵から身を守る為、その大陸や森の特色に似せた毛の色になるんだ。擬態ってヤツ」
「へぇ」
遥は、ディックの説明で、改めて、狼に視線を戻し、その凛々しさを見つめた。
「あそこ。よ~く、見てみろ」
ディックが、指差した方をじっと見つめていると、まだ、小さな狼の子供、三匹が、白い大地を走っていた。
「か~わいい」
「あっちにも、親が居るぞ」
「ホントだ。ねぇ。あれは?」
遥は、狼の家族がいる、更に先、小さなコブのような物を指差した。
「多分、うさぎ。狙ってんだ」
「狙ってるって事は、狩りをしてるの?なんで、子供がいるのに?」
「子供は、親から狩りの仕方を学ぶんだ」
「それで、一緒なんだ」
ポルと遥が、あれやこれやと話をすると、それを聞きながら、アクアネスやポルは、ディックを睨むバイオレンスを見て、苦笑いしていた。
「ディック。今日は、何にする?」
「そうだな。この人数だから、熊なんか良いんじゃないか?」
「熊もいるの?」
「あぁ。もう少し行った所の泉に出没するんだ。そこで、今日の飯を捕る」
「へぇ。楽しみだなぁ」
初めて見る物に、キラキラと目を輝かせ、少女のように喜ぶ遥の姿を見て、バイオレンスは、さっきまでの苛立ちは、消え去り、喜ばしくなり、いつの間にか、頬を緩めて、小さく微笑んでいた。
そんなバイオレンスの密かな微笑みを他の四人も、微笑ましく思い、二人にバレないように、小さく笑っていた。
「兄ちゃん。なに笑ってんだ?」
「それは、遥さんが…」
「ティーキは、振り落とされたいみたいだな」
「違いま!!わ!!危ないですよ!!バイオレンスさん!!」
バイオレンスが、バギーの後ろから、ティーキを引き摺り下ろそうとする
騒ぎながらも、ティーキは、必死に、バイオレンスにしがみ付き、踏ん張り、そんな二人を見つめ、クースやイシュリュウたちは、大声で笑った。
そんな賑やかな中で、ディックだけは、哀しそうに目を細め、唇に力を入れて、悔しそうな顔をしていた。
暫くして、眩しい程の白い木々が生い茂る、林が見え始めると、賑やかな六人も静になり、恐ろしいと思える程、静かな林の中を走っていた。
「この辺で下りるぞ」
「どうして?」
「野生の動物は、人間が思うよりも、ずっと耳が良い。このまま近付いたら、逃げられる」
「バギーもだめ?」
「あの音じゃ…な。」
バイオレンスのバギーからは、爆音が発せられていて、広い場所ならきにならないが、林や森のような場所では、その音が反響し、大きいのが、更に大きく感じた。
「なら、これは、置いて。バギーは、押して行けば良いんじゃないかな?」
イシュリュウの提案で、そうする事になり、イシュリュウの横笛で、船と同じように、ゴブカートが消えると、ディックとクースは、驚き、その場に立ち尽くした。
「タミリオには、古くから、不思議な力を持っててね?楽器や歌声で、色々出来るんだよ」
イシュリュウの説明に、納得しながら、先を歩き始めた二人に続き、バイオレンスは、バギーを押しながら、泉に向かい、全員で歩き始めた。
「狩りって、どうやるの?」
「これだ」
遥の疑問に、ディックは、弓矢を取り出し、振って見せた。
「それで、大丈夫なの?」
「あぁ。あとは、クースのバズーカで…」
「バズーカって、あの黒い筒?あれだと、周りも吹き飛ぶんじゃない?」
クースが担いでいる筒を指差し、そう言うと、遥は、バイオレンスに視線を向けた。
「ティーキに撃ち抜いてもらった方が早くない?」
「僕もそう思います」
ティーキは、横目で、背中のライフルケースを見て、不意に、最近の事を思い返した。
「そう言えば、最近、実戦してませんね?」
「そう言えば、そうですね」
ティーキの呟きで、ポルも、持っていた槍を見て、首を傾げた。
「なら、実戦も踏まえて、ちょっとやってみたら?」
遥が何気なく言った冗談で、ポルとティーキをやる気にさせた。
「良いですね。僕、やりたいです」
「私もやりたいです」
「あらら。その気にさせちゃったみたい。どうしましょ?」
そうなる事を分かっていた遥が、意地悪な笑みを作り、振り返ると、顎を撫でてから、バイオレンスは、口角を上げて、ニヤリと笑った。
「ティーキ。やってみろ」
「はい!!」
ティーキが、返事をすると、意気揚々と歩くのを見て、ポルは、残念そうな顔をし、アクアネスとイシュリュウは、呆れたように、鼻から溜め息を吐いた。
「さてさて。どうなるかなぁ~」
「何とかなるだろ」
「って事だから。あとは、任せてね?」
話しに置いてかれていた、ディックとクースに顔を向け、遥は、ニッコリ笑った。
二人は、そんな遥たちを呆然と見つめていた。
静かな湖畔と言うのが、とてもよく合っているような、泉に大きな体を揺らし、真っ白な熊が、姿を現した。
木の影に隠れ、ティーキは、静かにライフルを構え、スコープで、熊の額に標準を合わせ、引き金を引いた。
ライフルから放たれた弾丸は、見事、熊の額を撃ち抜き、熊の大きな体は、白い大地に沈んだ。
「腕は、落ちてないみたいだな」
「そんな事ないですよ」
「いやぁ~。兄ちゃんは、狙撃が得意なのか。それにしても、こんな、綺麗なんて。凄いな」
バイオレンスとティーキが、そんな事を話してるのを見つめ、クースは、嬉しそうに熊の方に向かった。
「手伝うか。イシュリュウ。行くぞ」
「はいはい」
男三人が、クースの後を追って、熊の方に向かうと、遥たちも、その後を追った。
「それにしても、大きいですね?」
「そうね」
「どうやって運ぶの?」
「いつもは、こんなデカくないから、持って行けんだけど」
「ちょっと。どうしてくれるの?運べないじゃない」
ディックの隣で、腕組みをして、遥が、そう言うと、ティーキは、苦笑いして、頬をポリポリと掻いた。
「どうしましょうね」
「もうちょっと、考えてから撃ちなさいよ」
「って言われても、コイツしか居なかったですし」
「居なかったら、待てば良いじゃない」
「そう言われても…」
攻められて、困った顔をするティーキをいじる遥の肩をポルが、叩き、人差し指を立てて、ニッコリ笑った。
「大丈夫ですよ。ティーキさんが、運んでくれますから。ね?」
ポルの無茶ぶりに、ティーキは、ライフルを背負いながら、二人に向き直った。
「いやいやいや。それは、流石に無理ですよ」
「私たちは、先に戻りましょう」
「そうね。アクアネスは、どうする?」
「そうね。私もそうする」
「ちょっと!!アクアネスさんまで!!」
そんなティーキを無視して、三人は、バギーの方に歩き出そうとしたが、歩みを止め、じっと、林の中に視線を向け、動きを止めた。
「どうした?」
「何か来る」
アクアネスが、腰に着けた鉤爪に手を掛け、そう呟くと、ディックとクースの表情が、驚きに変わり、遥たちの視線の先を見つめた。
「何が…」
ディックの言葉は、林から現れた、デットベアルの雄叫びで、かき消された。
「イシュリュウ!!」
バイオレンスが、指示を出す前に、三人の側に行き、イシュリュウが、横笛を吹き始めると、デットベアルの動きが鈍り始めた。
「やれ!!」
ティーキも、イシュリュウの隣で、ライフルをデットベアルに向けたが、女三人が、それぞれの武器を手にして、走り出した。
デットベアルが、腕を振り下ろし、それを避けた遥は、ニヤリと笑って、ダガーナイフを振り抜き、その肩を切り裂いた。
「この前みたいには、ならないわよ」
遥の後ろから、アクアネスが飛び出すと、鉤爪が、デットベアルの顔を切り裂き、雄叫びを上げながら、怯んだ隙に、ポルの槍が、デットベアルの胸に突き刺さった。
「…うそ…だろ…」
「嘘じゃない」
遥たちの姿に、驚きと戸惑いで、呆然と立ち尽くしていた、ディックの呟きに、バイオレンスは、胸を張り、誇らしげに答えた。
「アイツらは、お前が思っている以上に強い」
ディックが、視線を戻すと、畳み掛けるように、遥たちが、それぞれ、武器を振り抜いていた。
何の迷いもなく、ただ、後ろに居る人を守る。
「凄い」
「あぁ。生まれた大陸が違うのに、どうしたら、あんな、息の合った動きが出来るんだろうな」
「信頼してるからだ」
遥たちを見つめ、ディックとクースが、そう言うと、バイオレンスは、二人に視線を向けた。
「互いが互いを信頼してるから、全力で動ける」
遥たちに視線を戻したバイオレンスと、一緒になって、クースとディックも、視線を戻した。
「信頼するって、そんな簡単じゃないだろ。それが、出来るのは何故だ」
「さぁな。遥が信頼してるから。なのかもしれないな」
そんな話をしてる間に、白い大地を血で汚し、デットベアルは、遥たちの足元に、倒れると、全く、動かなくなった。
「終わったわよ?」
そう言って、遥が振り返った。
血で、頬やマントを汚す、三人の姿は、ディックに恐怖心を芽生えさせ、背中を寒気が走り抜けた。
「なんだ。切り刻まなかったのか?」
「こんな巨体じゃ、切り刻めないわよ」
「遥さんでも、出来ない事があるんですね」
「代わりに、ティーキを切り刻んでも?」
「やめて下さい。ホントにされたら、シャレになりません」
「あら。冗談だと思ってるの?」
「お願いですから、それ仕舞って下さい」
ダガーナイフを構えて、遥が、ティーキにジリジリと近付くと、ティーキは、小さく手を振りながら、後退りした。
「ねぇティーキ。私とバイオレンス。どっちが良い?」
ティーキだけに聞こえるような、小さな声で、遥が、そう聞くと、ティーキは、首を傾げた。
「何がです?」
「良いから良いから。ね?どち?」
「え~っと~…どちらかと言えば、バイオレンスさん?」
「そっかぁ」
ニヤリと笑い、遥は、ダガーナイフを仕舞うと、ティーキの腕に抱き付いた。
「…遥さん?」
「なに?」
「何を?」
「さぁ?何でしょ?」
「あの…何もなければ…離れて…」
「おい」
鬼の形相のバイオレンスが、背中の剣に手を掛け、ティーキを睨み付けていた。
「何してる」
「何と言われましても…」
「慰めてって言うから、慰めてたのよ?」
「言ってないです!!断じて言ってないです!!待って!!いやぁーーーー!!」
遥の腕を振り払い、走り出したティーキを追い掛け始めたバイオレンスを見て、四人は、大笑いした。
「待ちやがれ!!」
「イヤです!!」
「このやろ!!」
バイオレンスが、その背中にタックルすると、ティーキは、前のめりに転んだ。
「今日と言う今日は、覚悟しろよ」
「ちょっと待って!!そんな事言うなら、ディックさんは、どうなんですか!?」
急に呼ばれ、ディックは、何度も瞬きをして、その周りで、遥たちは、クスクス笑った。
「ディックさんだって、遥さんとベタベタしてたじゃないですか!!」
「ちょっと待て。俺は、別にベタベタしてたんじゃ…」
「僕よりも、ディックさんの方が先じゃないんですか!!」
そんな風に言われ、バイオレンスは、ティーキから、ディックに視線を移した。
その目付きは、獲物を狙う野獣の目だった。
「ちょっと待てって。俺は、ベタベタしてたんじゃなくて、ただ、話をしてただけで…」
ちゃんと、説明しているはずなのに、バイオレンスの視線は、それを認めさせない程、威圧感があり、恐ろしさで、ディックは、頬を引き吊らせながら、後退りをした。
「だから、そんなに怒んなよ。な?遥もなんか言ってくれよ」
そう言って、ディックが視線を向けると、遥は、何かを思い付いたように、ニヤリと笑った。
「あら。そうだったの?私は、てっきり…」
遥は、舌をペッと出して、そう言った。
「お前は、悪魔か!!」
焦るディックは、そう叫び、バイオレンスに顔を向けると、バイオレンスは、剣に手を掛けたまま、突進して来るのが見え、悲鳴に近い、叫び声を出しながら、一気に走り出した。
「遥さん。ディックさんまで、巻き込まなくても…」
「良いじゃない。あれで、バイオレンスの気分が晴れれば」
そう言って、遥は、走り回るバイオレンスを見つめ、優しく微笑んでいた。
バイオレンスの気が済むまで、そのままにすることになり、イシュリュウが、ゴブカートを持って来て、熊をくくり付けると、遥たちは、暖を取りながら、おいかけっこが、終わるまで待っていた。
「それにしても、バイオレンス君も飽きないね」
ディックとティーキを追い掛けるバイオレンスを見つめ、イシュリュウが、そう呟くと、ポルやアクアネスも、同じ事を考えてたようだった。
「そうですね」
「あんな、必死になる必要があるのか?」
「僕は、何となく分かるけどな」
イシュリュウは、遥に視線を向けて、ニッコリ笑った。
「大好きな子の事なら、何でも、必死になるよ」
「そう?」
「僕だって、そう思うもん」
イシュリュウは、遥に向かって、ニッコリ笑った。
「イシュリュウも遥が好きなの?」
「さぁ。どうだろうね?」
「あら。そこで濁すなんて怪しいわよ?」
声を出して、ケタケタ笑うと、イシュリュウは、人差し指を唇に当てて、片目を閉じた。
「そこは、秘密で。ね?じゃないと、遥ちゃんの餌食になっちゃうから」
「もう聞いちゃってるけどね?」
ニヤリと笑う遥に、イシュリュウは、困った顔をしながらも、何処か、嬉しそうに笑っていた。
三人は、流石に、走り疲れて、戻って来た。
ディックは、来た時と同じように、ゴブカートの後部座席に乗り、バイオレンスとティーキもゴブカートに乗り込んだ。
「もう。何なのよ」
「自業自得」
「でもぉ~」
「仕方ないですよ。遥さんが、バイオレンスを煽ったのが悪いんですから」
遥が、バギーを運転し、その後ろには、アクアネスが座り、サイドカーには、ポルが乗り込み、来た道を戻っていた。
「だって。彼、元気なかったから」
「あら。遥でも、ちゃんと考えてんだ」
「いくらなんでも、それは、酷いんじゃないですか?」
「あらそう?失礼」
「もう。アクアネスってば」
場所が変わっても、賑やかで、華やかな女三人の様子を見つめ、イシュリュウとクースは、呆れたように笑っていた。
「女は、やっぱり賑やかだな」
「そうだね。あの三人は、特に仲良いから」
「いつもなのかい?」
それから、クースとイシュリュウは、色んな話をした。
その話を寝たふりをして、ディックは、ずっと聞いていた。
洞穴に着き、ティーキとバイオレンスを叩き起こした。
「ねぇ。ちょっと、周りを散歩して来ても良いかしら?」
「あぁ。別に構わんが」
「そう。それじゃ」
そう言って、遥がディックの腕を掴んだ。
「え!?何すんだよ!!」
「一緒に行くのよ」
頬を引き吊らせ、ディックが、遥の手を振り払おうとしたが、遥は、絶対に離さなかった。
「良いから良いから。じゃ、行ってきます」
「えぇ」
「ちょっ!!おい!!待て!!俺は!!」
騒ぐディックを引き摺り、女三人は、外に出て行った。
「何だかな」
「まぁ。あっちは、ディックに任せておけば、大丈夫だろ」
ディックを抜いた男四人で、熊を奥の部屋に運び込んだ。
「んじゃ、やるか」
クースは、手際良く、支度をすると、熊の毛皮を剥いで、肉を切り始めた。
「僕らも手伝うよ」
「何すれば良いですか?」
「そんじゃ、皮剥きを頼む。そんで、君らは…」
クースの指示で、男だけで、食事の準備を始めた。
「お前ら、料理した事ないだろ」
クースの指摘は、図星だった。
アルカに居る時は、使用人が作り、旅に出れば、ポルやアクアネスが作る為、男たちは、ほとんど、料理をしなかった。
「すみません」
苦笑いしながら、頭を掻く三人を見て、クースは、呆れたように鼻から溜め息を吐いた。
「たまには、やれよ。だから、あの姉ちゃんにいじられるんだぞ?」
「面目ない」
その後、クースに教わり、必死に食事を作りながら、遥たちが喜ぶ顔を思い浮かべ、三人は、ニコニコと頬を緩め、笑っていた。
「そろそろ、話してくれないかしら?」
男たちが食事の支度をしている頃、アクアネスが、遥に向かって聞くと、遥は、口角を上げてから、首を傾げた。
「何の事かしら?」
「私、知ってますよ?ディックさんを気遣ってなんですよね?」
「あら。バレちゃった」
「やっぱり。ちゃんと、言ってくれれば良いのに」
アクアネスとポルに向かい、遥は、ペッと舌を出して見せた。
「俺の為?どうして」
「だって…ずっと、怖いって顔してたから」
遥は、哀しそうに目を伏せた。
「私たちの事見て、怖いって顔してさ。私は、良いけど、ポルとアクアネスまで、そんな顔されるのは、イヤだったのよ。だから、もっと仲良くなれば、そんな顔しないかなって」
寂しそうに笑い、遥は、ディックに向き直った。
「そんな事ない」
「そうですよ。私たちも遥さんが、怖がられるのは、イヤです」
「そう」
遥を挟んで、ポルとアクアネスが、視線を向けると、ディックは、困ったように目を伏せ、頭を掻いた。
「そんな事言われても…俺は、そんな顔してるつもりないから」
そう言ったディックを見て、ムッとした遥は、わざとらしく、大きな声を出した。
「ねぇ。知ってる?ディックって…」
ポルとアクアネスに顔を寄せ、ゴニョゴニョと、内緒話をすると、三人は、クスクス笑いがら、ディックに視線を向けた。
「へぇ。そうなんだぁ」
「ディックさんって、そんな人なんですね」
「そんな人って…お前、どんな話したんだよ」
「ナイショ」
「おい」
ディックの指先をすり抜け、遥は、クスクス笑い、少し先で振り返った。
「おい。どんな話…」
「し~らな~い」
ディックが、顔を向けると、アクアネスは、ヒラヒラと手を振って、遥の隣に立った。
「おい」
「捕まえられたら、教えてあげますよ?」
ポルもヒラリと、マントをひるがえして、遥に走り寄った。
「それで?他には、何かないの?」
「そうだなぁ。あと…」
「おい!!」
ディックは、三人に向かい、手を伸ばしたが、遥たちは、その手からすり抜けるように、身をひるがえした。
「待て!!」
「イヤよ」
木の影から、顔を出した遥を追い掛けようとしたが、ディックは、視界に入ったポルに、手を伸ばした。
「イヤですよ」
「くそっ」
だが、ヒラリとかわされ、今度は、アクアネスに手を伸ばした。
「あら。残念」
「あーーもう!!この!!」
苛立ったディックから、遥たちは、バラバラに逃げた。
「こっちよ?」
「こっち。こっち」
「こちらですよ~」
「くそ!!」
ディックは、付かず、離れずの距離を保つ遥たちを必死に追った。
「待てよ!!」
「イヤよ。頑張って捕まえなさい?ほ~ら」
「あーーもう!!絶対、捕まえてやる!!」
手を鳴らしながら、逃げる三人を追って、ディックは、走り始め、遥たちの笑い声が、辺りに響き渡り、ディックの表情からは、恐怖が消えていた。
「ただいまぁ~」
辺りが暗くなって、遥たちが、帰って来ると、すでに、夕食の準備が出来ていた。
「わぁ~。美味しそ」
「本当」
「皆さんで、作ったんですか?」
ずっと、おいかけっこをしてたはずが、遥たちからは、全く、疲れを感じず、まだまだ、元気に話をしていた。
「あら。ディックったら、疲れちゃったの?」
そんな三人とは、全く裏腹で、ディックは、三人の向かいに、ドサッと座り込んだ。
「だらしないわね」
「まぁ。沢山、走りましたから。ね?それよりも、早く食べましょ?」
「そうね。それじゃ、お先に」
「いただきま~す」
三人は、話をしながら、食事を始めた。
「お前ら。毎日、こんな事してんのか?」
次々に料理を口に運び、話をする三人を見つめ、ディックは、何気なく、そう聞くと、ティーキたちは、キョトンとして、首を傾げた。
「何がですか?」
「何って…コイツらの相手だよ」
三人は、顔を寄せ見合わせて、首を傾げた。
「ディック君。遥ちゃんたちと何してたの?」
ディックは、口を尖らせながら、さっきの事を話した。
「要は、ディック君は、遥ちゃんたちに遊ばれたんだね」
苦笑いして、湯飲みを差し出したイシュリュウが、そう言うと、手を出したディックは、そのまま、固まったように動きを止め、イシュリュウを見つめた。
「まぁ。良い玩具にされたって事ですよ」
肩を落として、落ち込んだディックを慰めるように、ティーキとイシュリュウは、笑いながら、背中を擦ったり、軽く叩いたりした。
「まぁ。とりあえず食え」
バイオレンスが、小皿に料理を取り分け、ディックに差し出した。
「あぁ。すまねぇ」
それを受け取り、落ち込みながら、静かに食事を始め、ディックは、その向かいで、キャピキャピと食事をする遥たちを見つめ、辛そうに顔を歪めた。
「ディック君」
そんなディックの横顔を見つめ、イシュリュウが、その肩に手を置いた。
「何かあるなら、話してみたら?」
イシュリュウから、隣のクースに視線を移し、次々に視線を移動させ、顔をうつ向けて、奥歯を食い縛った。
「ごめん…俺…この世界の人間じゃないんだ…」
声を詰まらせながら、遥に話したのと同じ話をした。
時折、ディックの肩が揺れ、ティーキが、その背中を優しく撫でて、ゆっくり、ゆっくりと吐き出される言葉を全員が、黙って最後まで聞いた。
「本当に…すまない…」
「どうして貴方が謝るの?」
アクアネスの言葉に、ディックが、顔を上げると、皆、優しく微笑んでいた。
「ディックのせいじゃないんだから。謝らないで?」
遥たちの優しさに触れ、ディックの中で、強張っていた気持ちが、解きほぐされ、その瞳からは、涙が流れ落ちた。
「ディックさん。食べましょ?明日は、早いんですから」
ディックは、首を傾げた。
「明日は、お前に案内してもらう」
「…どうゆう…」
「もちろん。学者が潜んでた所に行くのよ?」
しれっと、そう言って、料理を口に入れる遥を見つめ、ディックは、また、ガクンと肩を落とした。
「ごめんね?でも、遥ちゃんは、あんなもんだから。諦めるてね?」
ニッコリ笑うイシュリュウに、そう言われ、ディックは、盛大な溜め息を吐いて、止めていた手を動かし、食事を再開し、バイオレンスやティーキたちも、お喋りをしながら、その日の食事を楽しんだ。
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