丘を越えたり、下ったり(仮)

ムギオオ

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16 夏目 瞬 2

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 夏目 瞬、あいつは全くもって気に入らないが壁画と俺との約束だ。まあ一方的に俺が決めた約束なのだが。あんなにムカつく奴でも流石に六人がかりは酷い。仕方がないから助けてやる事に決めた。

 しかし大和相国寺駅の外へ出てみたいと常々思っていたが、その改札を通る初めての時がこんなにも助けたくない奴の為にとは、途轍もなく不本意ながらそこは我慢しよう。パッと行ってパッと戻ればなんとか山村さんとも会えるだろう。

 俺は改札口を飛び出し、彼らが下りた階段を慌てて駆け下り駅の外へ出た。初めて出た駅の外に何の感慨も感じる余裕もなく彼らを探すべく見回すと階段の後ろ側のフェンスを越えた先の空き地にいるのが見えた。

 近くて良かったと安堵して、直ぐにフェンスを越え彼らに追いつくと、ちょうど一人が夏目のことを殴ろうとしている。
「君たち、ちょっと待ってくれるかな」
 俺は全員に聞こえるように呼びかけた。

 夏目は驚いた顔で俺を見て直ぐに少し嬉しそうな表情になった。六人の空手部員達は邪魔をするなとばかりに、怒りの目をこちらに向け、今にもこちらに向かってきそうな凶悪な雰囲気を発した。

 リーダー格の坊主頭の学生がゆっくりこちらへ近づくと俺の目を真っ直ぐ見て「三秒やるから失せろ! 」と低い声で言った。
 俺より少し小さなこの男には逆らえないような威圧感があった。今までも、このように揉め事を処理してきたのだろう、まだ大学生なのにこの男にはそういった気迫が備わっていた。
 但し二か月前の俺ならまだしも、今は業を持っている余裕からか、坊主頭のセリフは薄っぺらく感じ、俺を脅している様子はとても滑稽に思えた。

 しかし業を習って初めての実践で使う機会が、夏目のアホの為とは思いもしなかった。そう思うとため息が出た。俺のため息が、気に入らなかったのだろう、他の部員達が俺を威嚇するように騒ぎ出したが、坊主頭が片手を上げ全員を制した。

 六人を相手にすることになるのだから勿論一分間の業を選択するべきだなと考えながら俺は掌の中心辺りに中指の先を押し立て業の準備をした。
「もう三秒以上経ってるぞ? 」
 俺が、煽るような態度で尋ねた瞬間、俺の顔目掛けて正拳突きが飛んできた。殴られても平気だという余裕から間近にもかかわらず、ハッキリとこの男の繰り出した拳の軌道を見える事が出来たし、避ける事も出来た。

 だが俺はそうしなかった、盾の性能を試してみたくなったからだ。正拳突きは俺の鼻付近にキッチリと入った、だが微《かす》かに何かが触れた感触しかしなかった。

 坊主頭は俺が鼻を抑えたり倒れない事に驚いた顔をしたが、直ぐに俺の頭に回し蹴りをした。それも敢えて避けなかった、がやはり痛みは感じなかった。俺が倒れないのが何故だか理解出来ないといった感じの周りの男達の顔は少し笑えた。

 次に矛の地獄と天国を坊主頭の頬に軽く当てた、俺の拳が当たる瞬間の男の呆けた顔を見て少し笑ってしまった。坊主頭がその場で崩れ落ちると、この男が倒されたのが余程ショックだったのか全員が静まり返る。

 残り時間の無い俺は次々、空手部員達を昇天させていった。気絶させるだけでなく地獄も一緒に使ったのは、また次に夏目に対して報復しようなどと思わせない為に、全員に恐怖を植え付けておいた方が良いと考えたからだ。

 坊主頭があっさり気絶した事への驚きと恐怖から棒立ち状態だった残りの部員達を気絶させていくのは、流れ作業のように呆気なく終わった。流れ作業の最後に、ついでに夏目の顔面にも地獄だけを打ち込んで帰ろうかと思ったが止めておいた。

 鼻血を流して気絶している学生達を見下ろし、一分以内でやり終える事が出来て安堵したと同時に全員鼻血を出させるのは少しやり過ぎたかもと思った。最初の坊主は加減出来たのだが、限られた時間では、なかなかに加減するのは難しいものだなと思った。

「こいつらは暫く起きないから、それじゃあ、元気で」
 口をポカンと開けっ放しの夏目 瞬に別れを告げ、山村さんに会うべく駅に戻ろうと走り出した。
「ちょちょっと、俺こんな凄いの見たことないよ」
 後ろで夏目がまだ何か言っていたが、構わず駅に向かい走り続けた。階段を上がり切符を買い、改札を通り、またブラブラゆっくりと歩き始めた。もう約束の時間は過ぎている。俺はキョロキョロ山村さんらしき人を探した。

「足も速いんだねえ」
 夏目がゼエゼエ息を切らしながら俺に追いつき声を掛けてきた。
「助けたんだからもう良いだろ、まだ何かあんの? 」
 俺はいい加減面倒になり、突き放すような言い方をした。
「いやまだお礼を言えてなかったから。さっきは有難うございました。助かりました」
 膝に手を置き呼吸を整えながら夏目は更に続けた。
「それからリカちゃんを助けてほしいんです」
 ここにきて急に秋吉 里香さんの名を出しやがった。

 コイツの発言を聞き俺の身体全体に稲妻が落ちた衝撃だ。鮮明に蘇る彼女の笑顔と爽やかな声。
「秋吉さん、どうかしたのか? 」
 彼女の事なら聞かずにはいられない。冷静を装い訊ねながらも、心は酷く乱れた。
「最近、誰かに後をつけられているそうなんです。四六時中、て訳ではないらしいんですけどね」
 夏目のニヤニヤした表情は無く、真面目な顔つきで話す。ただコイツの真剣な表情も何故か腹が立つなと思った。

「後をつけるってストーカーってやつか? 今は、秋吉さんは大丈夫なの? それどんな男だ? 助けるって、俺はどうすればいいの? その変な奴を退治すればいいのか? 」
 彼女の事が心配になり、ストーカーに物凄い怒りを感じ、居ても立ってもいられなく、矢継ぎ早に夏目に訊ねた。

「うーん。今日は僕がこれから里香ちゃんの所に行くんで大丈夫だと思うんですけど、出来るだけ早い方がいいんで、急ですけど明日は大丈夫ですか? 」
 完全に俺が断らないであろうという前提で話が進んで行く。里香さんの名が出た時点で俺の返事は決まっていた。今日は既にコイツの為に業を使ってしまったから明日と言われ丁度良かったとホッとしている自分がいる。

 いくら夏目の彼女とは言え、里香さんが困っているのであれば、何としてでも力になりたいと思う。俺は明日ここへ来る事を夏目に約束した。
「里香ちゃんから聞いていたけど、ハルイチくんは本当にいい人だね」
「ハハハ」
 馴れ馴れしく名前を呼ぶ夏目に手が出そうになったが、代わりに笑っておいた。コイツには無意識に他人を怒らせる能力が有るのだろう。取り敢えず、恐らく多分、俺を怒らせるつもりはないのだろう、そう思うと逆に面白くなってきた。
「怒らせ屋、夏目だな」と心の中で呟くと少し笑ってしまった。

 名残惜しいがそろそろこのバカを帰らして、本来の目的に戻らなければと思い、携帯番号だけ交換し、その場で別れた。まさか秋吉さんより先に夏目のボケの番号を手に入れる事になるとは思いもしなかったが。

 まだ振り返り振り返り俺に手を振りながら駅のホームへと降りていくあいつを見ていると段々と愛嬌のある人間に思えてきた。最後は俺も笑顔で手を上げていた。



 
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