丘を越えたり、下ったり(仮)

ムギオオ

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71 報告その後

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「私は知りませんでしたが、石田会長と月島省吾さんは割と親密な関係だそうです」
 歌川さんは席に着くと、コーヒーを小さな口で一口飲んでから話し出した。

 石田家と月島家が仲が良好ということは、この間、月島さん自身から聞いたことなので分かってはいたことなのだが。

 歌川さんは俺から伝説の武人と試合をするという話を聞き、どうしても観戦したくなり何とか見学できないものかと考え、石田会長に頼み込んだそうだ。

 会長も俺たちの対戦に大変興味を持ち、月島さんに連絡を入れてもらい、金曜日に雲雀の里に行き許可を貰って数台のビデオカメラを月島邸の試合部屋に設置したそうだ。

 土曜日に歌川さんに出会った時、彼女はビデオカメラを回収に行く途中、ドライブウェイに寄ったところで、俺たちに出くわしたという訳だ。

 月島さんが不自然に隣の部屋に着替えに行ったのはビデオのスイッチを入れに行った為だろう。あの時俺は月島さんを怒らせてしまったと焦っていたのだが。

「それで、会長もご覧になられたんですか? 」
 試合の映像には里香ちゃんが映り込んでいた可能性がある。
「ええ、随分あっさり決まりましたね。会長もそう仰っていましたよ。あっさり過ぎて会長には期待外れだったようですね」

 どうせバレるのなら彼女も連れて行けば良かった。いや、行かなくてよかった。収拾がつかなくなる。

 夏目のことは情報提供者として説明はしていたのだが、里香ちゃんと行動していたことを会長に知られるのは少し、いや大分気不味い。

 いや、そもそも会長と月島さんが懇意にしていると知っていたら雲雀の里まで行く必要などなかったのに。

「試合の始まる直前だと言うのにお薦めの地酒の事を訊いてらっしゃったので随分余裕があるなとは思ってはいたのですが。先程のお土産の地酒、改めて有難うございます」
 彼女は笑いを堪えるように話す。
 俺はあの時の事を見られていたのかと思い出し恥ずかしさで、またもやヘラヘラしてしまった。

「一応、報告は必要ないと思いますが、月島邸には壁画の手掛かり等は有りませんでした。当然ですよね、ハハハ」
 俺は恥ずかしい映像の話から話題を逸らすとコーヒーを一気に飲み干した。

「私も会長との月島さんとの関係が良好だとは知りませんでしたので、古川くんたちが疑ってしまったのも当然だったと思いますよ」

「ありがとうございます。そう言って頂けると俺としても……」
「ところで古川くんはどうしてそんなに強いのですか? 相手の月島さんは町の喧嘩自慢ではなく、伝説の武人ですよ。月島さんの攻撃は全く効いていなかったんですか? 流石に何もやっていないということは考えにくいのですが」
 歌川さんは不意に真剣な眼差しで俺を見つめる。

 俺は全てを見透かされるような瞳にドキドキした。だが、本当の事を話す訳にはいかない。
「本で……見て自己流で、勉強して……ハハハ」
「では、今度その本を貸してくださいますか? とても良く書かれた素晴らしい内容なのでしょうね」
「えーと、失くしちゃいました、ハハハ」
「……嘘なんですね」
 彼女の冷徹の眼差しに震える俺。

「……ええと」
 今日から一週間は特別対策課勤務なので逃げ道はない。

「では、本当にただ生まれながらの才能と頑丈な身体ということですか? でも……信じます。何か格闘技を習ってらっしゃったなら、既に世界的に有名になっている筈ですものね」
 彼女は優しく微笑んだ。
 彼女の整った美しい顔で面と向かって信じると言われ、後ろめたさを感じながらも彼女の笑顔に見惚れてしまった。

 その後、会長への報告は歌川さんと一緒に行くことになった。会長に色々と突っ込んで訊いてこられると面倒だなと重い腰を上げた。

 確かに特別対策課の俺たちは会長の直属の部下ではあるが、こんなに頻繁にアポなしで会えるものなのだろうかという疑問を持ちながらも俺は歌川さんの後に続く。

「これは、これは、歌川くんに、伝説の武人を倒した男、古川くん。ようこそ! 」
 石田会長はノリノリの上機嫌である。横に立つ秘書の一之瀬さんもニッコリと笑っている。

 俺と歌川さんが会長の向かいのソファに座ると、一之瀬さんは別の椅子に座り俺たちの報告を一緒に聴いていた。
 会長のご満悦の理由は伝説の武人である月島さんが指導教官として全日本警備会社に来ることになったからだ。
 会長は警備会社としての株はうなぎ上りになるだろうと予測している。

 ということは俺も会社に貢献出来たわけだから、このまま正社員として雇ってもらえるかもしれないと内心ほくそ笑んだ。

 歌川さんは里香ちゃんたちのことに触れずに報告を終えた。
 会長からも里香ちゃんの件は特に触れられる事なく無事に話しは済んで俺たちは会長室を出た。
「上手くいって良かったですね、古川くん」
 並んで歩く歌川さんがニヤリと笑った。

「…………何のことですか? 」
 俺が惚けたことに対し彼女は
「彼女たちのことを突っ込まれずに終わったじゃないですか、フフ」
 と嬉しそうに笑った。

 俺も彼女が気にしてくれたのが嬉しくて顔が綻んだ。
 なんだか今日の歌川さんは優しい気がする。お互いニコニコしながら和やかな雰囲気のまま対策課に戻った。なんだろうこの感じは、なんだかとてもいい感じだ。

これこそが俺の求めていた働きやすい環境だ! 

 先程の俺のお世辞が効いたのか、またはパートナーだから庇ってくれたのだろうか。いや、元々この人に言わなければこんな気苦労は無かったのだが。

 先週は秘書課で一週間秘書の研修、今週は特別対策課で一週間全日本警備会社の社員としての研修と特別対策課の研修と交互に繰り返し覚える事は山ほどある。

 まだ研修だけで仕事らしい仕事などはしていないが、今まで働きたくても働けなかった分の充実感から嬉しくて、もっと頑張ろうという気持ちと仕事がある幸せでいっぱいである。


 終業時間六時きっかり、歌川さんへの挨拶もそこそこに俺は田中 葵子との待ち合わせの公園に急いで向かった。
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