犬に生まれ変わった魔王は勇者を倒したい

ビーグル犬のポン太

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トイプードルを連れた女

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犬として生まれ変わり、季節は夏から冬へと変わった。つまり、俺はようやく生後6カ月程度という事だ。

毎日、ミルク飲んでは眠り、起きてはミルクを飲み、遊び、また眠る。

それにしても、人間はどうして、犬に話しかける時、

「ご飯でちゅよ」

「ネンネしましょうね」

「ミルクでちゅよ」

「お散歩でしゅよ~」

と、赤ん坊に話しかけるような口調になるのだろうか。

普通に喋ってくれれば理解できるというのに、困ったものだ。

いちいち、それに付き合わされる身にもなれと言いたい。

今も、レイチェル嬢に「散歩でちゅよぉ」と、お出掛けにつき合わされている。

尻尾を振っているのは仕方なくだ!

く……草の発する臭いに抗えない……。

何とも香しい香りが……ぐえ!

「ロイ、こっちでちゅよ」

リードを引っ張る時は、一声かけてくれんですかね?

王都インペリアルブールは、黒海とマルマラ海に面したボスポラス海峡で栄える大都市だ。マルマラ海から南は地中海で、まさに流通の中心である。そのインペリアルブール西側市街地の、高級住宅街に侯爵家の屋敷はあり、俺達は今、貴族や元老院議員ばかりが住む街区を歩いている。広い街路は両端に街路樹が並び、おしっこをひっかけて歩くのも忙しいというものだ。

さすがレイチェル嬢は、名門のご令嬢らしく俺がおしっこを木にひっかける度、革水筒を取り出し、水でそこを洗う。

マナーが良い。

だが、彼女の動きが止まる。

原因はすぐに分かった。

ローダー侯爵家のライバルと目される大貴族、シュタイック侯爵家のご令嬢が、前方から歩いてくるではないか。それも、見事に手入れされたトイプードルを連れている。

「あいつ……私がロイをもらったの知って、わざとね」

俺達は接近する。

トイプードルは、俺を見て尻尾を滅茶苦茶に振っている。

俺のお尻の匂いを嗅ぎたいのか? 御免だ……。

「あら! レイチェル様じゃありませんか? ご機嫌麗しゅう……」

黒髪にエメラルドグリーンの瞳が美しいお嬢のライバルは、手を口にあて「ほっほっほ!」と笑う。何がおもしろいのか不明だが、お嬢も「マリーナ様、相変わらずお美しいですわね!」
と言い、高らかに「おーほっほっほ!」と返す。

舞踏会、晩餐会で、出くわす度に緊張を周囲に敷いているだろうメスの戦いは、今のこの様子からでも容易に想像できるというものだ。

トイプードルが、俺に近づこうとしたが、リードを引っ張られ離れていった。

グイーン! てされた時の苦しさ、分かるぞ!

「アルバニア公爵閣下の晩餐会、貴女も呼ばれてるの? だったら嬉しいのだけれど」

マリーナ嬢はつまり、アルバニア公爵家の晩餐会に私は呼ばれているけど、貴女は? ふふん? 呼ばれてないんでしょ? だっさ! と言っているのである。

「あら、残念。それはいつ?」

レイチェル嬢は意外と冷静である。

「十二月十日よ」
「ああ、じゃあご招待頂いても無理だったわ。その日、ヒルスメン伯爵家のジャン様と歌劇を鑑賞に行くの」

なるほど、約束があったのか、お嬢。

「ジャン様と!? あんた、何、調子こい……あら、失礼。まさかジャン様をお誘いしてたなんて存じませんでしたわ」

「ふふふ、お誘いを受けましたの。お断りしたのですけれど、どうしてもと仰るものだから仕方なく……もちろん、公爵家の晩餐会に招待頂いていれば、お断りできたのですけれど」

つまり、お嬢はマリーナ嬢も羨むジャンとやらでさえ、別になんとも思ってないのだと言っているのだ。

我がご主人ながら、とても良い性格をしている。

マリーナ嬢はわなわなと震えていたが、俺を見ると笑みを浮かべて口を開いた。

「レイチェル様はどうしてこんな犬をお連れなの?」

お……俺?

見上げると、マリーナ嬢の勝ち誇った顔がそこにあった。

「うちのマリアンヌちゃんは、由緒正しきアラブル王家ご用達のブリーダーが、クレオパメラ女王の飼い犬だったゲルルオ三世と、アメントープラ大王の飼い犬だったメルルフィス五世の直系から親犬を選んでくれた、それはもう高貴なトイプードルなの。二百万ルーブもしたわ! ……で、貴女のこれ、なんていう犬? まさか……ビーグルじゃないわよね?」

お嬢! 言ってやんなさい! 魔王が転生した最強のビーグル犬だとな!

「……ビーグルだよ」

元気ない? お嬢の声はそれはもう小さかった。

「ビーグル!? 本当にビーグル!?」

マリーナ嬢が、驚き大きな声を出し、俺は垂れ耳で鼓膜を守った。

うるさい……。

「ビーグルですって!? あの兎狩り用の? 野蛮にも山や森の中を走り回る!? お手入れなんてしなくてもいい下等な貧民が飼う犬の!?」

お嬢……先ほどまでの勝ち誇った顔はどうした?

マリーナ嬢が今度は勝ち誇り、高らかに声をあげる。

「親犬は!? 親犬が由緒あるのですよね!? レイチェル様がお連れになられている犬ですもの! どこの王家のペットとゆかりがあるのかしら!?」

お嬢! 俺そのものが最強の魔王なのだと言ってやんなさい! ……ええい、言葉が通じないのは厄介な! もどかしい!

「親犬は……庭師のロランが飼ってるメグとポコ……」

お嬢は、高らかに笑うマリーナ嬢から、俺を抱きかかえ離れる。

お嬢? 冷たいのは涙か?

見上げると、レイチェル嬢が泣いている。

悔しいのか? そりゃあ、そうだろう。中盤まで圧倒していたのだ。それが最後の訳わからん何世とか直系とか、どうでもよい論法で敗れたのだ。

俺は、お嬢の仇を取ると決めた。

高らかに笑うマリーナ嬢は、歩き離れるお嬢のせいで小さくなっていたが、それでも俺は確かに捉えた。

魔法を発動させる。呪文の詠唱など必要としない力を持つ俺は、一瞬でそれを成した。

恥晒無自覚オールグリーン

この魔法は、一瞬で対象が身に着けている衣服や装飾品を消す魔法だ。しかも、された本人は、誰かにそれを指摘されるまで気づかないという、それはもう危険で、使いどころが難しい魔法である。

高らかに笑うマリーナ嬢は、遠目にも一瞬でスッポンポンになったと俺には分かった。

犬の気持ちを知るがいい!

不適に笑ったつもりだったが、どうやら「クンクン」と言っていたらしい。

「慰めてくれるの? ごめんね? ひどいご主人だよね。ごめんね。そうだよ。ロイはとっても可愛くて優しい私のロイだもん! 血統とか、そんなの関係ない。私にはロイが一番! ロイ、行こう!」

涙を指で拭いたレイチェル嬢が、俺を地面に降ろしてくれた。

俺は、ご機嫌な彼女の隣を、尻尾を振りつつ従い歩く。

大きな悲鳴が聞こえたのは、俺の耳がいいからで、それは間違いなく、マリーナ嬢であった。もちろん、レイチェル嬢には届かない。

俺は、ご主人の為にちょっと良い事をしたと思えたのだった。

……いや、魔王として、人間を不幸にするのは、当然の行いであるのだ。
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